第1話-10 二人の転校生 時間と老後のツケ
神子上&嵩文(零雨はただ座っていただけだが)の衝撃的な話も一段落し、
窓から外をみると、
いつの間にか太陽は、あと少しで街中に沈み始める、というところまで下がっている。リビングに掛けてある時計は、もうすぐで六時だということを知らせている。
「そろそろ、俺帰った方がいいみたいだ」
俺はやっと言いたかったこの一言を告げると、神子上は残念そうな顔で、
「本当は、今の話もさっさと終わらせて、いろいろお話したかったんだけど」
という。
「まあ、明日も学校があるじゃないか」
友達になった、ということを意識して、砕けた言い方をしてみる。
神子上は照れくさそうな顔をしてうつむいた。
「うん……そうだね。明日があるしね」
明日……、神子上が噛みしめるように、そうつぶやいたとき、聞き慣れない声がした。
「私、少し……なら、時間を止められる」
「え!?」
「え!?」
俺と神子上は同時に声を出す。
零雨がしゃべった!
時間を止められることよりも、そっちの方がサプライズ。
飼っていた小鳥が、初めておしゃべりした瞬間を聞いた気分だ。
飼ったことはないがな。
「嵩文さん、しゃべれるの!?」
神子上は驚いた顔で聞く。
零雨はうなずき、透き通った声で話す。
「私……も話す……練習がしたい」
「いつから話せるようになったの?」
「……ついさっき。会話に必要な……最低限のデーターベースとプログラムが揃った」
「いつから集めていたの?」
零雨は首を横に振って、
「USER……があなたの言語データのアクセスを許可してくれた」
と、説明。
零雨は、だんだんとスラスラ言えるようになってきた。
……そういえば、神子上との話の途中、急にビクッとしたり、寝たりしていたな。
その間に何かしらやってたのかもしれない。
「良かったじゃない!
それなら、もうこれは要らないよね?」
神子上は、黒の翻訳機をどこからか取り出し、それを片手に聞く。
「……要らない」
ま、零雨が話せるようになって良かったことには変わりない。
USERとかいう謎の存在に感謝感謝。
てか、翻訳機を使っての会話とか、
いかにも普通の女子高生を演じたって、怪しさ満点だ。
比喩する必要はないと思うが、一応念のためどれぐらい怪しいか比喩しておくと、
とある山奥のAさんの別荘で起きたAさん殺人未遂事件で、
一緒に宿泊していたAの友人達のうちの一人の、
服が血で汚れており、血の付いた包丁を持っているのに、
私は無実ですなどと堂々と言い張るBさんぐらいあやしい。
……やっぱこの比喩は気にしないでくれ。頼む。
それと、もっと巧い比喩表現を思いついたら、教えてほしい。
すまん、話を元に戻そう。
まあ、よくよく考えれば、白髪に赤い目という、
零雨の特異な容姿の時点で怪しがられるのは明白なわけで。
怪しがられる材料が一つ減った、という感じだ。
「嵩文さん、今日は時間が時間だし、また明日にしようよ。時間を止めるなんて……
零雨が神子上の言葉を遮った。
「USERが時間の一時停止を許可してくれている」
マジで?USERって、そこまで介入してくんのか?
「……じゃあ、ちょっとだけね。
私達には差し障りがないけれど、コウくんの寿命が短くなっちゃうから」
神子上は言う。
……って、おいコラちょっと待て。
俺の寿命が減るとか、さらっと言うな!
「おいちょっと待てよ!
俺の寿命が減るってどういうことだ?」
俺が聞くと、神子上は意外そうな顔をして、首をかしげる。
「え……?そんなの、当たり前じゃない」
「当たり前って……」
「んー……、じゃあ例え話ね。
寿命が残り30分の人がいたとするよ。
現在時刻は午後6時30分と仮定ね。いい?」
「ああ」
「この寿命30分の人は、そのままだと午後7時に亡くなってしまう。
それで、例えばその人が午後6時30分から15分間、
時間の止まった世界にいたとする。
時間が進みだしたとき、時刻は当然午後6時30分よね?
でも、その人は時間の止まった世界に15分間いたんだから、
15分ぶんの寿命は減ってる。
だから、その人は午後6時45分に亡くなってしまうの。
ね?寿命が減るでしょ?」
言われてみれば、確かにそうだ。
「……確かに」
確かに本人は30分生きたのだが、時間が15分止まっているなら、そうなる。
とすると、
俺が時間の停止した空間にいた間の《ツケ》は、
俺がヨボヨボのジジイになってから払うのか……
嫌だ……
死ぬ間際、俺の家族(いると仮定)に遺言を遺している最中に、
「はーい!時間切れでぇっす☆」
ってなって、途中で昇天するのは。
遺言じゃなくとも、例えばTVで野球中継を見てて、
延長戦に突入したところで寿命尽きて昇天、
「いいところだったのにー!」ってなる可能性もある。
いや、普通に寿命全うしてたなら、そら諦めもつくだろうが、
「あん時に時間を止めてなければ……!」
って俺の場合は後悔する。
たぶん。きっと。いや、絶対。
人生志半ば、不慮の事故で死亡とかなる予定なら、別に構わないか。
本来の寿命に到達するよりもずっと前に逝くのだからな。
その場合、死ぬ時間が固定されてるわけだから、
逆に時間を停止している分だけ長生きできる。
やべ、思考が超ネガティブだ、俺。
「もしもーし、コウくん?」
俺が、あの世では野球中継とか、やってんのかな?
などと思い始めたとき、神子上から呼ばれていることに気づいた。
「何?」
「今、すっごーく暗い顔してたから、どうしたんだろうと思って」
「……後悔しないかな、と思ってたんだ」
「何が?」
「自分の寿命を短くして、死ぬ間際に後悔するんじゃないかと」
俺が言うと、神子上は困った顔をする。
「……そうね、時間が止まってるっていうのは、
やっぱりコウくんにとっては特殊な環境よね……
私達はシステム、言い換えればプログラムだから、寿命がない。
だから、時間に束縛されることはないけれど、コウくんは……」
そういって黙り込む。
しんと静かになるリビング。
時計のカチ、カチ、という音だけが響く。
……俺は、何も無理に今ここで時間を止める必要はないと考えている。
この全宇宙の時間を停止する理由が、ただおしゃべりしたいからってのは、
近所のコンビニに買い物に行くのに、ヘリコプターに乗ることと同じで……
なんというか……そう、用途が明らかにミスってる。
この若干気まずい系の静寂を破ったのは、零雨だった。
2010年10月25日投稿