第八話
39日目 朝 ジラコスタ連合王国 前線基地
会議は踊るとは有名な言葉だが、有名なだけあってそれは実際に起こりうる。
議題が重要であればあるほど、参加者たちの発言力が同等であればあるほど、上位者が決断できなければできないほど、会議は踊る。
現在の議題は、友軍が到着するまでの防衛方針である。
領主様を筆頭に、ライス・ヴェル騎士団長、アラバン・エルドナ兵士隊長、そして筆頭鍛冶の俺が参加メンバーだ。
「ですが、何度も申していますように、今のままでは守り切ることは出来ません」
何度目かになる主張をエルドナ兵士隊長が述べる。
彼の主張は、現在のペースで兵士たちの疲労が蓄積されると、数日で撤退すら困難になるというものだ。
別に兵士たちが弛んでいるからではない。
休む間もなく波状攻撃を仕掛けてくるモンスター相手に連戦を強いられているために、休息を取る隙がないのだ。
『結界石』や『回復護符』といった、疲労を回復するためのアイテムは当然存在する。
だが、それらのアイテムはあくまでも消耗品であり、数に限りがある。
アルナミアの街から補給を受けることは出来ているが、そもそもが冒険者向けの物であり、軍隊の大量消費をいつまでも支えられる備蓄はない。
「そうは言ってもだな、ここで我々が引くわけにはいかんのだ。
諸侯軍が到着するまでの時間を稼がなければ、我が国自体が立ち行かなくなる」
対する意見をヴェル騎士団長が述べる。
彼の主張は分かりやすい。
要するに死守だ。
とはいっても、これは彼が頭の固い融通の効かない人間であるためではない。
ジラコスタ連合王国は、縦に長いこの大陸の北東に位置している。
その直ぐ東に先日崩壊したナルガ王国が、更に海を渡ったその先には魔王領がある。
南と西にはそれぞれ大河が走っており、南西には巨大な湖が横たわっている。
つまり、援軍は直ぐにはやってこれない上に、一度敵の手に落ちてしまうと、奪還が困難になる。
ナルガ王国が警報機としての役目すら果たせずに崩壊した結果、今ここで敵を食い止められないと、一気に大陸の北東地域全域が制圧されてしまうのだ。
「それは私も理解しています。
しかしながらその方法がありません。
もちろん私も兵たちも、ご命令とあれば最後の一人になるまで戦います。
ですが、それでも一週間を稼ぐことが出来るかどうかが精一杯でしょう。
そうしろというのであれば従いますが、そうなった後、誰が街の人々を守るのですか?」
兵士隊長は当然のことを言っている。
何も決まっていないよりはマシなのだが、それでも大まかな方針だけではこちらの劣勢を覆すことは出来ない。
それを実現させるための方法がない以上、引けるうちに撤退するべきだと主張しているのだ。
確かに、援軍が来ることが分かっている以上、籠城は悪い手ではない。
「だから、全滅しないための方法を探すために集まっているのではないか。
とはいえ、確かにうまい手が見つからないのも事実ではあるな。
筆頭鍛冶、先程から黙っているが、何か意見はないのか?」
おいおい、そこで俺に話を振らないでくれよ。
元の世界でどこかの軍隊の指揮官でもやっていたのならば少しは役に立てたかもしれない。
だが、俺は民間人でサラリーマンでしかなかった。
確かにいわゆるミリタリーオタク的な趣味を持ってはいたが、それだって趣味レベルの話だ。
「はい、騎士団長様。私はあくまでも鍛冶屋ですので、お恥ずかしいことですが軍のことはよくわかりません」
生兵法は怪我のもとである。
経験もないのにうろ覚えの知識で適当なことを言っても恥をかく以外の効果はない。
「そうは言うが、先程から随分と熱心に地図を見ているじゃないか?
まさか、地図ではなくて、テーブルに興味があったとでも言うつもりかね?」
よく見ていらっしゃる。
確かに俺は先程から広げられた地図をずっと見ていた。
ファンタジーな世界にありがちの適当な作りのものだが、それでもこの世界で軍事目的で使用される精度だ。
脳内に表示される衛星写真並に高精細な周辺マップと組み合わせて考えれば、取るべき方法を思いつかなくもない。
「いやはや、こうもお見通しですと、言い訳をするだけ無駄のようですね。
何か私でもお役に立てることがないかとお二人の話を聞きながら地図を見てはいたのですが、ろくな手が思いつきません」
気分転換に話を振ってみたのだろうが、頼むからプロが素人に意見を求めないでくれ。
とはいえ、このまま回答を拒否し続けると機嫌を損ねてしまうおそれがある。
何か適当に愚策でも答えておくか。
「そうですね、素人考えではありますが、いくつかは思いつきました」
その言葉に二人がこちらを見る。
先程まで黙っていただけに、何を言い出すのかが楽しみなのだろう。
ケチをつけまくってストレス発散に使っていいから、もう二度と話は振らないでくれよ。
「そうですね、ええと、三つほど提案があります。
まず一つですが」
地図上の川が狭くなっている地点に指を置く。
「敵が攻めてくる道を見定め、そこに警戒する兵を置くというのはいかがでしょうか?
昨日の戦いしか見ていませんが、モンスターどもはある程度まとまった数でやってきています。
逆に言えば、一回攻めてきた後には、少し時間が開きます。
地図によれば、川は幅があり、自由に渡ることは難しいでしょう」
地図上では適当に引かれている川だが、脳内マップによると、狭まっている場所以外での渡河は難しそうだ。
集団で渡河を行うとなれば、なおの事この地点以外は想定しづらい。
「ああ、警戒する兵といっても、そこで全てを受け止めるわけではありません。
彼らには敵が川を渡ろうとしているかどうかを見張ることと、味方が駆けつけるまで生き残ることを仕事としてもらいます」
つまり、二重の防衛線を引くのではなく、本隊を呼び出すまでもない敵を食い止め、それ以上が現れた時だけ増援を要請する部隊を作るわけだ。
このいわゆる警戒陣地を作ることにより、敵の行動と規模を素早く把握し、常に全軍出撃という無駄を省くことが出来るはずだ。
「騎士団長様、騎士の皆様では、この距離はどれくらいかかりますか?」
川原からこの前線基地までを指で辿りながら尋ねる。
騎士と名乗るだけあり、彼らは全員が騎乗している。
突撃が成功した場合の破壊力はかなりのものだが、降りて剣士として戦っても十分な強さはある。
もったいないことではあるが、機動力のある歩兵として考えるのもありだろう。
「うむ、詳しくは実際に試してみないとなんとも言えないが、大体15分といったところか」
この15分とは地球のものと同じである。
ゲームの仕様がそのまま適応されているのは興味深いところであるが、取り敢えず今は置いておこう。
「それでしたら、兵士を10人程度ここに置いておきましょう。
少し手持ちの兵力が少なくなりますが、ここで二つ目の提案です」
口を開こうとした兵士隊長を見つつ言葉を続ける。
ローテーションを考えると、そんな事をすればこの基地の防衛戦力すら不足しかねないといいたいのだろう。
「私は『多重結界石』を幾つかもっています。
もちろん、皆様が想像した通りの物のことですよ」
俺の言葉に一同の眼の色が変わる。
一晩で疲労を完全に回復できるのが結界石であるが、これは睡眠しつつ一晩を過ごす必要がある。
確かに大変に便利な道具なのだが、その上位機種である多重結界石はさらに優れた能力を持っている。
こいつは効果範囲の中にいれば、起きていようが寝ていようが関係なく、一時間程度で全回復できるのだ。
言うまでもなく、これは大変に貴重なものだ。
鍛冶レベルを25以上に上げた時に開放される生産物フラグを別に取得しなければならない。
生産物フラグというのは、要するに鍛冶レベルに応じて作れるものを個別に増やしていくという事だ。
出来るだけ長い時間をプレイしてもらうため、そしてゲーム内でのインフレを避けるための苦肉の策なのだろうが、こいつのおかげで鍛冶レベルは非常に人気がなかった。
まあ、市場に流通しているものがあるかもしれないが、たしかゲーム内通貨で金貨五十枚ほどだったはず。
こんな地方の領主軍では、購入を検討することすら無かっただろう。
「これを騎士団に一つ、兵士隊に一つ、最前線に一つ、合計で三つ提供します。
よほど連戦を強いられない限りは、これで疲労については心配なくなると思います」
疲労を消し去るという形で無視できるようになれば、取れる戦術の幅は大きく広がる。
今まで以上に多くの兵士を一度に投入できるようになるし、警戒できる範囲をかなり広げることが可能だ。
「それで、三つ目の提案とやらはなんなのだ?」
領主様が突然会議に参加してきた。
今までが無言だっただけに、いきなり口を挟まれると不安になってくる。
「冒険者と猟師を何人か、私の部下に加えてほしいのです。
素人でなければそれでいいです」
筆頭鍛冶である俺の質問に、領主は首を傾げる。
そうだろうな、確かに説明不足にも程がある。
「ああ、別にどこかへ戦いに行かせたいわけではないのです。
今使っているこの地図を実際に現地に派遣して確認させ、可能であればより詳細なものにしておきたいのですよ」
恐らく、俺の脳内にあるマップを書きだせば最も正確なものが出来るはずだ。
しかしながら、軍事用の地図よりも詳細な物を持った民間人など不自然にもほどがある。
これから鍛冶という本業の世界では人間業を超えた活躍をしなければならないのだから、これ以上目をつけられるような事は慎まなければならない。
「地図が大切であることを否定するつもりはないが、それは今やらなければならないことなのか?」
兵士隊長の気持ちはわからんでもない。
増援がもらえるのであれば自分たちに回してもらいたいという気持ちがあるのだろう。
それはわかるのだが、今回だけは勘弁してもらおう。
敵の先遣隊程度しか来ていない今のうちに、出来る限り国境線のこちら側は確認しておかなければならない。
「はい、兵士隊長様、これは地図の確認を兼ねた偵察です。
本当に見張るべき場所はここだけでいいのか、モンスターどもはこれ以上入り込んでいないのか?
これだけは絶対に確認する必要があります」
システムに縛られたゲームとは違い、渡河できる場所が一箇所とは限らない。
万全の体制を整えたつもりで背後から奇襲をかけられるなどという醜態は絶対に避けたい。
「まあ、言わんとするところはわかる。
我々としても敵がどこから来るかがわかれば随分と楽になるしな。
領主様、私は問題はないと思います」
あっさりと納得してくれたのか、兵士隊長は俺の意見を肯定してくれた。
「何だ、こうも具体的な策を持っているのであれば、もっと早くに言ってくれればいいものを。
今後はそういう遠慮は止めるのだぞ」
肯定の意味を含んだ言葉を発しつつ、苦笑した騎士団長が会議を切り上げようとする。
現代の軍隊の戦術を拙いながらも応用し、多重結界石というファンタジー極まりない物を持ち込むことで、確かに問題は解決できそうだ。
あとは領主様が俺の意見をどうするかだが。
「意見は出尽くしたようだな。
それでは、筆頭鍛冶の意見を採用する。
騎士団長、兵士隊長、直ぐに部下たちを動かせ」
思っていたよりも我らが領主様は話せる人物のようだ。
絶望的な状況下において、これは僅かながらもいい話だな。




