第七話
39日目 早朝 ジラコスタ連合王国 前線基地 西側陣地
兵士たちが駆けまわり、騎士たちが命令を怒鳴り続ける。
とにもかくにも戦争だ。
現在の我が国は常備兵力に総動員をかけ、常設の守備隊を全て国境付近へ移動させつつあるらしい。
最低限の戦力だけを残し、巡回などは全て各ギルドからかき集めた冒険者たちで賄うのだそうだ。
それは普通は逆ではないかと思うのだが、冒険者たちが軍隊と同時行動を取るための訓練を兼ねているというのだから驚く。
真っ先に最前線に拠点を構えた我らが領主様の軍勢を中心に、最終的にはいくつかの砦をずらりと並べるのだとか。
騎士たちの話を盗み聞くと、既に各国が魔法通信(そんな便利なものがあるそうだ)で連絡を取り合い、国際連合軍のようなものを組織する方向で話が進んでいるとか。
「お疲れ様です。
昨晩より西側陣地を警備しておりましたが、異常はありませんでした。
以上、報告を終わります」
いわゆる後方支援に携わる我々鍛冶屋は、基本的に日の出と共に目覚め、日の入りと共に課業を終了するという生活をしている。
戦闘を繰り広げる兵士たちの装備を直し続けなければならないため、ある程度体調に配慮したシフトとする必要があるからだ。
もちろん何事につけても例外はある。
例えば、開戦初日である昨晩は、人手不足のために俺も含めた戦闘経験のある鍛冶屋が臨時で警備を行うこととなったのだ。
「え?ああ、お疲れ様。
それじゃあ後は我々がやるので休んでくれ」
敵国に面している東側に比べて格段に安全な位置であるここで問題など起こるはずがない。
それはそうなのだが、引継ぎに来たのが明らかな新兵だったというのはなかなか衝撃だ。
見れば全員の戦闘レベルが1のようだ。
これでは安心して眠ることは難しそうなのだが、取り敢えずのところ日中は安全に違いないので、後は夜に考えることにしよう。
「それではよろしくお願いします」
敬礼という文化がないため、頭を下げてテントへと歩き出す。
今日は一日休みをもらえたということもあるし、取り敢えず仮眠を取って、それから彼らの動きを観察するか。
単なる鍛冶屋でありながら相当に出過ぎたことを思いつつ、俺は自分に与えられたテントに到着した。
「これはこれは?何か私めに御用でしょうか?」
技能職だということもあり、鍛冶屋はそれなりに優遇されている。
自分の工房からある程度の道具を持ち込むことも許可されているし、兵士たちが天幕で雑魚寝している中、個人用のテントも与えられている。
俺も例外ではなく、荷物を家から運び出す余裕は時間的な理由でなかったが、自分用の場所を持っているのだ。
「おお、返事がないと思ったら向こうにいたのか」
俺のテントの前にはエーリア嬢が立っている。
何故だろうか、とても良くない感じがするな。
「お前が手入れをしてくれた装備はとても良かったよ」
手を加えた人間として、そう言ってもらえる事はとても光栄であるが、それだけでわざわざ俺を探しに来るだろうか?
いや、実際には答えてもらうまでもなく理由はわかるのだが。
「そう言っていただけますと、腕を振るったかいもあるというものです。
今日も何か御用でしょうか?」
今後も武具の手入れを俺に任せたいというところだろうが、早合点は危険である。
「いや、なに、お前の能力を私は高く買っている」
直ぐに本題を切り出さないということは、どうやらそれ以上に面倒な話のようだ。
「誠にありがとうございます。
エーリア様にこうも言って頂けるとは、鍛冶の神に感謝したいところです。
ですが、これだけはないのですよね?」
最悪の場合で領主軍の専属として召抱え、最良の場合でエーリア嬢の個人的専属といったところか。
どちらに転んでも行動の自由が失われるので勘弁してもらいたいな。
「うむ、我が領主様からのお言葉を伝える」
そこでエーリア嬢は姿勢を正す。
合わせて俺も背筋を伸ばすが、内心では最悪の事態になったことを確信して憂鬱になる。
今は亡きバルニアに全てを任せていたウチの領主軍は、現在のところ他の街からかき集めた鍛冶屋を使って整備を行なっている。
だが、他の領主軍が集合すれば、そちらの力を借りることになるだろう。
そうなれば、領主を名乗っておきながら軍の一つもまともに維持できないのかと大いに威信を損なうことになる。
「領主軍筆頭鍛治の任を与える。
軍の装備を維持し、後任を育てよ。
期限は一年とする」
バルニアに依存していたことは認めるが、代わりの人間など当然見つけていて、そしてさらに改善しようとしている。
我らが領主様はそのようなストーリーで進めるつもりらしい。
領主をしているだけあって無能ではないらしい。
「謹んで承ります。
それで、筆頭鍛冶とはどのような役職なのでしょうか?」
よくわからない地位であるからには、確認することはとても重要だ。
名前からして鍛冶に関わる部門の部門長のようだが、名前と責任だけ立派な下っ端の可能性もある。
「鍛冶の長だ。
今はお前しかいないが、認めるものがいたらこれを領主様の名において雇う権利がある。
必要な道具があれば、領主軍の予算で購入することもできるぞ」
自分の部門限定とはいえ人事権まで与えてもらえるとは大したものだ。
それに、道具についても経費で落とすことが出来るというのも破格の扱いと言えるだろう。
「とはいえ」
あまりの厚遇に内心で感激していると、エーリア嬢は苦笑しながら後を続けてきた。
「戦地にいる以上、当面は雇おうにも軍以外の人間と会う機会自体がないだろう。
この非常時だ。軍人を引き抜くことは本人が同意したとしても無理だ。
それに、給金はもちろん支払うが、何かを作ったり直したりする事についての報酬はない。
お前自身が得るものは少ない」
それはまあ、そうだろう。
ここは極めて遺憾なことに最前線だ。
そんなところにわざわざ腕に覚えがある人間が来るとは思えない。
金についてもそうだ。
領主の部下になるということは、つまり身内になるわけだ。
身内から報酬を得ることは出来ない。
「得るものはありますよ。
とても大きなものが、ね」
領主軍が戦闘力を失えば、今までの生活は永遠に戻ってこない。
別の地域へ避難したところで、この国が落ちればまた逃げなくてはならなくなる。
逃げて逃げて、どこまで行っても最後には戦うか死ぬかを選ぶ時が来るのだ。
そんな可能性に賭けるぐらいならば、今ここで踏みとどまれるように全力をつくすべきである。
もちろん、国家レベルで言えば、俺は自分が戦略的な価値を持っていると自惚れるつもりはない。
だが、この地域に限定して言えば、俺はたった一人のマトモな腕を持つ鍛冶屋であり、ここで踏ん張る価値は十分にある。
「確かにな。
腕のいい鍛冶屋がいてくれれば、我々も遠慮無く剣を振るえるというものだ」
難しい話を抜きにしてしまえば、まさに彼女の言葉のとおりだな。
前線の兵士達が目の前の敵だけに集中して戦うことが出来る。
それだけ実現してしまえば、あとはいずれ集まってくる増援部隊が後を引き継いでくれる。
「ええ、遠慮はいりません。
思う存分戦ってきてください、あとはこちらが何とかしますよ」
緒戦はいいようにやられているが、ここで敵の進行を止めることが出来れば、万金に価する『時間』という貴重な資産を手に入れることができる。
時間さえあれば、我々は増援部隊を展開させ、敵のこの大陸での支配地域を最小限に抑えることができるだろう。
後は英雄様でも国連軍でもどちらでもいいので、そちらにお任せしてしまえばいい。
「頼もしいことだ。
じゃあ、軍議にいくぞ」
色々と妄想を弄んでいたことがいけなかったのだろう。
気がついたときには、俺はエーリア嬢に手を引かれて領主様の天幕へと連行される最中だった。




