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第五話

2011年11月5日

頂戴したご指摘を参考に、エンチャントについての記載を追加しました。

37日目 朝 日本サーバー 【アルナミアの街】


 微力ながら全力を尽くした翌日、俺は詰所の仮眠室で目覚めた。

 夜遅くまで掛かった整備の後に、ささやかな礼として一室を借りることができたのだ。

 手の届く範囲内の武具はあらかた直すことができたと思う。

 一泊の礼を言いたかったのだが、ドルフ兵士長は既に今日の巡察に出発した後だった。

 モンスターの出現率が増大した今、兵士たちは恐怖の2交代制で治安維持に当たっているらしい。

 これに加えて騎士団は24時間の待機任務に付いているというのだから恐れ入る。

 元NPCと一線を引いた形でしか見ることの出来なかった兵士たちの知られざる一面を目にし、俺は一つの決心が付いていた。


「銀鉱石に鉄鉱石に、金鉱石もいるな。

 それ以上の素材はさすがにやめておこう」


 彼らが兵士として担当地域の治安を命がけで守るというのであれば、俺も命を賭けよう。

 領主軍に召し抱えられるかもしれない、いつかは現れるであろう英雄の付き人にされるかもしれない。

 運が悪ければ、現れない英雄の代わりに連合軍に徴用されるかもしれない。

 ひょっとしたら、技能と在庫を尽く供出させられるかもしれない。

 だが、身近なところで命を賭けてくれている人々に全力で答えないのは、男ではない。


「どうも、銀鉱石と鉄鉱石、あと金鉱石ありますか?」


 鍛冶ギルドに顔を出した俺は、第一声から仕事モードだった。

 俺の他にまともな鍛冶屋がいないこの街では、ギルド支部の規模もそれ相応に小さい。

 

「いきなりでご挨拶だなヤマダ。

 ここは小さいとは言っても鍛冶ギルドだぞ?」


 名前を知らないので取り敢えず支部長と呼んでいる支部長兼受付である彼は、嫌そうな表情を浮かべて答えた。

 確かに気が急いていたとはいえ失礼だった。


「失礼しました。

 領主様からご依頼を受けてかなりの数の武具を収めないといけなくなりまして。

 どれくらい在庫がありますか?」


 謝罪と事情の説明、そして質問を極めて短く行う。

 作るだけならばそれほど時間はいらないが、質を上げたりエンチャントを行うとすると時間がかかってしまう。

 

「儲かりそうな話じゃないか。

 今あるのはこれくらいだが、足りるか?」


 途端に表情を緩めた支部長は、在庫表を手渡してくる。

 なるほど、失敗が許されないと仮定すれば必要な量があるな。

 

「手持ちの在庫と合わせれば何とかなりそうです。

 申し訳ないですが、全部下さい」


 金貨五枚を手渡す。

 自分で採取する分には丸儲けだが、原料を購入するとなると厳しいのが鍛冶屋の世界だ。

 鍛冶ギルドは全国の支部を取りまとめる組織で、各地の鉱山を使用する権利を持っている。

 彼らはそれぞれの王家や領主から使用権を購入しており、そこで手に入れた鉄鉱石などの原料をギルド員に販売する。

 俺たち鍛冶屋、つまり鍛冶ギルド員は、鉱山を使わせてもらうか購入するかして原料を仕入れ、それを元に武具を製造するわけだ。

 ちなみに各地の鉱山は山岳地帯にある関係からモンスターの襲撃にあいやすいので、戦士ギルドや魔術師ギルドで雇った冒険者を護衛として配置している。

 当然無料ではなく、有料で、それも一定期間ごと契約更新をしてだ。

 そうして作られた装備を商人ギルドが買取り、販売して利益を手に入れる。

 そして王家や各領主はそれら全てから税金を徴収するわけだ。

 ファンタジーな世界でも経済らしいものは存在するんだな。


「全部かよ、豪勢なことだが、いや、まあいいか。

 バルニアさんも来なくなったおかげで、お前以外に鉄鉱石以上を買おうとする奴はいなくなったしな」


 支部長は苦笑しつつ金貨を受け取る。

 いつものとおり、原料は全てギルドで配送してもらう。

 持って歩くための道具を持っているのだが、慎重に調べた結果、そういうゲームらしいアイテムは他に存在していないらしいためだ。


「はい、じゃあこれが配送料ということで、ああ、もちろん護衛も付けてくださいよ」


 追加で銀貨30枚を手渡す。

 一般家庭からすれば目も眩むような大金が次々とやり取りされていくが、俺もギルドも儲けは莫大とまではいかない。

 いや、やり取りという言葉は正しくないな。

 俺が一方的に払い続けている。


「あと炭と、ハンマーも痛んできたのでお願いします」


 必要なものを発注しつつ、商人ギルドと結託して総合商社を作れたら大いに儲かるんだろうな、などと妄想を弄んでみたりした。

 いわゆる大商人と呼ばれる人々が既にそれを実現している以上、あとから来た俺がその地位に行くことは果てしなく不可能に近いのだが、妄想は自由だ。


「いやーヤマダさん!探してましたよ!」


 収支を考えると気が滅入ってきたところで背後から声をかけられた。

 振り返ると、通りの向こうに店を構える食料品店の店主が笑顔で立っている。


「助かります、次に伺おうと思っていたんですよ。

 一週間分の食料、あと酒もお願いします。

 配送は鍛冶ギルドの荷車に放りこんでおいてください」


 生きるのには金がかかる。

 特に、街から離れた場所に暮らす俺は、一度に多額の現金が必要となってしまう。

 分かってはいるが、辛い現実だな。

 




38日目 朝 日本サーバー 【森14エリア】 ユーザーハウス


 自宅に戻った俺は、直ぐに生産を開始することにした。

 魔王が本当に復活したと確認をとったわけではないが、それでも現状は非常にまずい。

 領主軍が崩壊する前に手を打たなくてはならない。


「銀をベースに鉄鉱石を混ぜて、金で装飾を入れてエンチャント効果を一つだけ付けておくか」


 持てる限りの技能とスキルを駆使して納品物を強化する。

 銀の剣と指定された以上、それ以外を納品することは生産者として間違っている。

 だが、銀の剣なのであれば、そこにありったけの技術と能力を注ぎ込んだとしても、問題は起こらない。

 いや、どうしてこんな物が作れるのかという問題は起こるだろうが、それはもういい。


「付けるとすれば、スタミナ回復(小)かな」


 エンチャントの効果とは、実に多彩なものがある。

 半永久的な効果を付けるにはそれなりの条件が必要になるが、俺には素材もレベルもある。

 金や銀を装飾として付けることにより、俺の鍛冶レベルに応じた様々な能力を付与することができる。

 もちろん時間や製作難易度による成功率といったものもあるが、よほど強力な能力をつけるのでなければ、好きなように付けることが可能だ。

 選べる効果には、スタミナ回復や自動回復といった使用者に作用するものもあれば、威力増大や耐久力回復といった武器自体に作用するものもある。

 もちろん基本である属性付与や特定の魔法を使用可能になるといったものも可能だ。



「さすがに+4はやり過ぎだから、3でやめておくか」


 脳内で目指すべき完成予想図を創り上げていく。

 今回作成するのは、とても貴重な、だが世の中に二つとして無いとまではいかない装備だ。

 +3やエンチャントが施された武器というのは、大きな街の武器屋に行けば必ずと言っていいほど売られている。

 数が多いわけではないが、優れた鍛冶屋というのは過去も含めればそれなりにあるのだ。

 俺が作る予定の武具に異常性を見出すとすれば、騎士や兵士たちの戦闘力向上と継戦能力の維持を両立を明らかに目的としている点にある。

 

「盾の方も同じ方針にすればいいとして、矢は普通に+3なだけで十分だな」


 実は、矢のように弓と組み合わせれば効果を倍加させたり多数持たせられる物の方が作る側としては面白い。

 しかしながら、男気に答えるにしても物事には限度というものがある。

 過ぎたるは及ばざるが如しという諺のとおり、無敵の軍団を創り上げてウチの領主様に乱心してもらっても困るし、後先を考えないバカが装備目当てに強盗を働いても困る。

 それに、仮に連合軍を作って魔王に攻め込むとなれば、装備の力だけに依存しているような軍隊はまず生き残れない。

 

「おい、鍛冶屋、確かヤマダ、とか言ったか」


 あれこれと考えつつ鍛冶場に立っていた俺に、不意に声がかけられた。

 玄関や窓を施錠していたわけではないのでしょうがないが、隠している素材や装備からすれば無用心にもほどがあったな。

 内心で反省しつつ、剣に手をやって振り返る。

 そこに立っていたのは、見るからに負傷している血まみれの兵士だった。


「大丈夫ですか!?」


 立ってられないとまではいかないにしろ、それなりに負傷しているらしい。

 改めてよく見ると、昨日最初に剣を整備したあの壮年の兵士だ。


「時間がない、直ぐに荷物を、直ぐに逃げるんだ」


 俺の見立ては間違っていたらしい。

 ぼんやりとした目付き、ぎこちない言葉遣い。

 それなりどころではない、かなりの重傷らしい。

 頭上の体力ゲージを見ると、六分の一程度しか残っていない。


「何があったんですか?とにかく座って!薬草とかそういうの在庫ありますから!」


 念の為に窓から離れた場所にある椅子に強引に座らせ、隣室に置いてある荷物袋に走る。

 いわゆるインベントリにアクセスできるこれは、外見からは全く予測できないほど多くのものを入れることが出来る。

 ゲーム中では出先でクエストクリアに必要なアイテムを作成したり、そのための大量の素材を持ち運んだりする関係で、鍛冶スキルが高いとその容量はさらに大きくなる。

 そう言った次第で、豊富な品揃えの店を一定期間やっていけるだけの種類と量のアイテムを保管しているのだ。


「薬草じゃあ間に合わない、こっちだな」


 俺が取り出したのは一本の瓶だ。

 体力回復の薬草には弱・中・強と三種類があるのだが、この三種類に加えていくつかの薬を混ぜることで、液状の回復薬が作成できる。

 これは飲んで良し患部に直接かけても良しと使い勝手が良く、状態異常や呪いなどが掛かっていなければ一発で怪我を治せるのだ。


「失礼しますよ」


 兵士の怪我に回復薬を直接かける。

 装備も汚れてしまうが、それは非常時ということで勘弁してもらおう。


「お、おい、痛たた!痛いぞこれ!」


 効果はあるのだが、どうやらしみるらしく、兵士は非常に痛そうな表情を浮べていた。

 だが、先程までの痛みが麻痺しつつある状況からすれば、明らかに回復に向かっているのだから勘弁してほしい。


「痛いのは生きている証拠ですよ。

 もう大丈夫、秘蔵の回復薬を使いましたから、怪我は治ってますよ」


 こんな猛スピードで怪我を治したら副作用がとんでもないことになりそうだが、まあ、ファンタジーなのだろう。

 

「すごい効き目だな、確かにもう痛みがない。

 いや、そんな事はどうでもいい、直ぐに逃げるぞ!」


 怪我が治ったことを確認した彼は、すぐさま立ち上がった。

 これは余程の緊急事態のようだな。


「分かりました、武器を取ってきます」


 まずは素直に従うことが生き残る第一歩である。

 再び隣室に戻り、インベントリから剣と盾を取り出す。

 鎧を着込んでいる時間はないので、気休めに兜も身につけておこう。


「行きましょう、貴重品は全部身につけてます」


 急かされるまでもなくドアへと急ぐ。

 彼の戦闘レベルは2だが、兵士というのは基本的に単独では行動しない。

 その彼が重傷を負わされたということは、それなりの敵が近くにいるということだ。


「話が早くて助かる、急ぐぞ!」


 先導するようにして彼はドアから飛び出し、直後に戻ってきた。

 何事だろうか?


「なあ、あの回復薬、まだあるか?」


 どうやら負傷者が他にも出ているようだ。

 これはもう、相当の緊急事態だぞ。


「在庫はあります。

 怪我人が他にもいるんですね?」


 鍛冶スキルで出し惜しみなしだと思ったら、それだけでは収まらないようだ。

 まったく、今日はどうなってるんだ。


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