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第四十二話


221日目 早朝 ジラコスタ連合王国 王都隣接部 スラム街入り口


 スラム街は、王都の一部ではないと正式に文書で定められているのだそうだ。

 そこは王都ではないが、隣接地であるから王都衛兵隊が本来の管轄に加えてしかたなく対応している。

 また、王都と名の付く民生に関わる様々な組織も同じ理屈で関わってはいるが、それでも王都の一部ではないとされていた。


 そんな場所に魔族が侵入したという情報が正規の指揮系統で流されたのは、昨夜のことである。

 状況を鑑み、王都に害が及ぶ前に早期に鎮圧する。

 先鋒は、ナルガ王国救国新衛兵団。

 この国難に際し、自分たちが時間稼ぎをすることで、一人でも多くの騎士を集めてほしい。

 我々は、連合王国への大恩を返すためならば、笑って死地に赴ける。

 そんな泣ける申し出をしたことになっている。


 本当の理由は単純だ。

 こちらの動きを察知したのか準備が整ったのかは知らないが、敵が行動に移りそうだという偵察結果が昨晩得られた。

 ところが、現時点でまとまった人数で街路封鎖に即応できる部隊が我々しかいなかったのだ。

 そこでお題目が用意され、貴族院も、騎士団も同意したことで、俺たちは早朝からスラム街に展開していた。



 整列する救国新衛兵団員たちを眺めていた俺に、一人の兵士が声をかけてくる。

 毎度おなじみの、冒険者ギルドのあの男だ。

 今日は最後までご一緒します、と言ってきた事には驚いたが、彼がここで他の兵士たちと同じ格好をしている事には驚きはない。

 何しろ、彼は正式に装備を一人分用意してほしいと事前に申し入れてきていたからだ。

 なるほど、こちら側の伝令のふりをして、本当にギルドとの伝令役をするつもりか。


「それにしても、このまま始まってしまってギルドとして本当に問題はないんですか?

 よりにもよってギルド長が相手の手の内にあるというのは、醜聞として随分と致命的に思えますが」


 こちらが行動の自由を得られた事は喜ばしいが、冒険者ギルドとしては面白くない状況のはずだ。

 敵が悪いとはいえ、自分たちの最高責任者が操られ、さらに自力での解決をすることができなかった。

 これで被害者が出た場合には、政治的に大変によろしくないことになるだろう。

 と、相手を気遣っているような言葉を並べているが、実際にはそんな気持ちは持っていない。

 こちらに被害が出ないように、操られたギルド長や冒険者たちを今からでも暗殺してほしいだけである。 

 

「おや、ご存じありませんか?

 ギルド長は今朝から新しい人がすることになったんですよ。

 彼の最初の仕事は、敵に操られつつも必死に抵抗して自身を無力化している前任者を、楽にしてあげる事です」


 こいつら、自分たちのボスを切り捨てる名目を作りやがった。

 まあ、あったこともないギルド長がどうなろうとどうでも良いが、少なくとも前ギルド長からの逆恨みは心配しなくてもよさそうだな。

 不祥事で辞任した者が、私怨で追加の不祥事を起こすという事をギルドは許さないだろう。

 いや、そもそも、殉職していたことにするつもりなのかな。


「なるほど、それで私でも名前を存じ上げているような方々を集めた、というわけですね」


 俺の言葉に薄ら笑いで答える彼の背後には、明らかに凄腕の冒険者たちが10人ほどいる。

 彼らのために精神防御のアクセサリーは用意したが、武装に関しては持ち込まれたものだ。

 できる限り殺傷を控える方針のこちらとは異なり、彼らの装備は殺傷を前提にしているものである。



「曹長」


 背後に声をかける。

 今回の相手は冒険者ギルド長を筆頭に、上級冒険者数名、一般の冒険者多数、おそらくはスラム街の連中も山程。

 質の面でも、量の面でも、かなりのものだ。

 だが、俺には曹長がついている。

 彼が鍛えた団員たちが200人、一等級の装備に身を包んだ王女殿下と、それを守るナルガ王国騎士たちもいる。

 さらに、後方に王都衛兵隊、騎士団、貴族有志が集結中でもある。

 これで負けたら、切腹ものだ。


「はい、筆頭鍛冶殿。

 中隊長殿、ただちに前進命令を下すことが妥当かと自分は考えます」


 彼の言葉は命令だ。

 もちろん意見具申という形は崩していないが、そこはご愛嬌というものだろう。

 訓練期間は短いとはいえ、ナルガ王国救国新衛兵団中隊長はその命令を正しく受け取る能力を会得していた。

 できればドゥルーズ殿に指揮をお願いしたかったが、さすがに魔族相手の戦いで本来の職務を優先させないわけにもいかんか。


「ありがとう曹長。

 ナルガ王国救国新衛兵団中隊長より達する、総員構え!」


 その一言で、団員たちは行軍隊形から密集防御へと素早く陣形変換を行う。

 全員が大盾を構え、左右を通りの両脇に任せ、前方と頭上に盾を向けていく。

 もちろん専門家から見れば防御が甘い部分もあるのだろうが、付け焼刃の民兵としてみれば十分な練度を持ってくれていると思う。


「陣形完成!いつでも前進できます!」


 報告が上がる。

 本来であればこの内容は周囲に知らしめる必要はないのだが、今の彼らにはそういったやり取りは必須だ。

 何しろ数日前までは、彼らは正式に雇われたゴロツキというレベルだったのだ。


「前進!」


 中隊長より再び命令が下され、総勢200名の救国親衛兵団員たちは前進を開始する。 

 彼らの装備は、紺色の染料で鮮やかに染められている。

 選んだ理由こそ一番安くて量を集められたからというものだが、一斉に前進する彼らは、どこをどう見ても警察機動隊に見えた。

 数日間徹夜で装備を量産しなければならなかった状態であるにも関わらず、せっかくだから揃いの色で整えようと考えた瞬間は自分に呆れたが、なかなかどうして絵になる光景になったな。


「油断するなよ!全ての窓と路地に注意!」


 続けて命令が下される中、彼らは前進する。

 目的地は既に定められていた。

 スラム街の先、色町の最奥にある『夢魔の寝床』と呼ばれる売春宿だ。

 



221日目 早朝 ジラコスタ連合王国 王都隣接部 色町 売春宿『夢魔の寝床』付近


「ここからさきは、とおさないぞ!」


 どうにも締まりのない声音の叫びが聞こえてきたのは、前進して5分も経たない時だった。

 前進を続ける我々の前には、廃屋や路地から飛び出してきた男たちがバラバラと集まってきている。

 衛兵、冒険者、貴族、そしてギルド長らしい身なりの良い老人。

 その後ろには100人ばかりの浮浪者らしい人々の姿もあった。

 これで全部なのかはわからないが、少なくとも今目の前にいるこれだけの人数を操れるのか。

 敵は恐ろしい力を持っていると改めて思うが、同時に安心できる材料も見て取れた。

 明らかに冒険者の格好をした人物が何人もいるが、彼らは剣や槍は持っているものの、弓や魔法を使う気配がない。

 大量に操る場合、代償としてそれぞれに高等な思考を持たせる事ができないのだろうか。

 こちらの油断を誘うための罠という可能性もあるが、現状だけでは判断がつかないな。


「中隊長殿」


 後ろで曹長が中隊長に発言を促す命令をしているのが聞こえた。

 彼は上官に恥をかかせずに命令する能力にも長けている。


「こちらは王都衛兵隊の命令を受けたナルガ王国救国新衛兵団です!

 現在この場所に集まる事は禁じられています!

 ただちに解散し、立ち去りなさい!」


 戦闘を開始する直前であるが、剣を交える前であることは間違いないため、強すぎない言い回しを行っている。

 法律違反となる危険性を指摘し、具体的に取るべき行動を示す。

 うん、実に民主的な姿ではないか。

 ここは封建主義全開の王都であるが。


「わたしたちはまけないぞ!」


 相変わらず締まりのない声音で先頭の男がそう叫ぶと、操られた冒険者たちを盾にした浮浪者たちは、一斉に投石を開始した。

 これにはさすがに驚いた。

 相手が何人でこれらの人々を操っているのかはわからないが、100人に投石とはいえ戦闘行動を取らせることができるのか。

 石を投げると言えば大したことが無いように思えるが、100人がこぶし大程度の石を投げつけるというのは大変な威力を持っている。

 自分の頭部を軽く小突けばわかるが、それは十分に痛みを覚える攻撃だ。

 それが全力で投げつけられたコンクリート片や石であると仮定すれば、殺傷能力が十分ある攻撃だという事が容易に理解できるだろう。


「投石来るぞ!」「盾を構えろ!」「防御!」


 命令が続けて飛ばされ、団員たちは大盾をしっかりと構えなおす。

 最前列はつま先から頭頂部までを守れるように大盾を地面に突き立てる。

 二列目以降は、同僚や自分を守れるように大盾を空へと向け、仲間のそれにしっかりと密着させる。

 こういった陣形は、なんといったか、確かファランクスというんだったかな。

 そこに飛来した投石は、怖気を誘う音を立てて、だがしっかりと防御された。

 あいにくと、その攻撃は想定の範囲内だ。


「直ちに無駄な抵抗を止めなさい!君たちに最後の警告を行う!

 我々の警告に従わず、解散をせずに攻撃を行うのであれば、我々は必要な対応を行う!」


 不必要に思えるほど丁寧な命令が伝えられる中、団員たちは定められた方針に従って対応の準備を整える。

 最前列では短く揃えられた棍棒、まあ要するに警棒が握られ、ウォーターロッドを装備した放水兵たちが攻撃準備に入る。

 後方では予備隊が整列を完了して状況の変化に備えていた。


「中隊長殿」


 曹長が更なる命令を求める。

 所定の計画では、敵対的な行動を取る集団と接触した場合の行動が定められていた。

 


「前進!」


 投石は続いているが、彼らはそれを防御する手段を持っている。

 頑丈な大盾というものは、それだけの防御力を持っているのだ。


「隙間を開けるなよ!」「前進!隊列を乱すな!」


 団員たちは声を掛け合いつつも進む。

 彼らは短すぎる期間ではあるが訓練を受けており、盾を構えて前進するという行動を何とか実行できていた。


「構えを崩すな!」「放水準備!」「前進!」


 互いに押し合いながら進んでいくその姿は優雅さの欠片もないものであったが、投石が飛び交う市街戦においては、最上のものである。

 正面からの直射も、放物線を描いて飛来する曲射も、人力で投擲された石である以上、団員たちの持つ大盾を砕くことはできない。

 だが、盾にぶつかる投石を耐えつつ進んでいく中、一人の兵士が違和感を覚えた。

 たった今ぶつかってきたそれは、石に比べると随分と硬質な音だったように感じたのだ。

 

「なんだ?」


 思わず疑問が声に出るほどの違和感。

 それに答えたのは、閃光と衝撃、そして高熱の奔流だった。



 最前列で発生した爆発は、後方からでも容易に見る事ができた。

 それほどに大きいものだったのだ。

 瞬間的に広がっていく火炎が兵士たちを飲み込み、その周囲の全てを爆風で吹き飛ばす。

 重いはずの大盾が木の葉のように舞い上がった。


「火炎水晶、だと」


 唖然としている中隊長のすぐ隣に、飛ばされてきた大盾が落下して轟音を立てた。


「ああアアァァァ!」


 全身を炎に包まれた兵士が、燃え盛る装備に身を包んでのたうち回る兵士が、刻一刻と死に向かっていく。

 現代の機動隊のように携行式消火器など持たない彼らは、普通であれば助からない。

 だが、幸いなことにこの部隊は普通ではなかった。


「ほっ放水だ」


 中隊長の声が上ずっている。

 敵が火炎結晶を使ってくるとなると、この周囲すべてが危険だ。


「水をかけろ!放水!早く!」


 直後に放水が開始される。

 魔法を放つ杖は (本来の魔法レベル-設定する魔法レベル)×10+10という計算式で発射弾数を増やすことができる。

 今回で言うと、魔法レベル11の俺が、あえてレベル1のものを作ることで、差分の10×10+10で110連発のものを作成できた。

 これでモンスターを倒すことは非常に難しいが、放水用具としては最強と言える能力を持っている。


「火が消えたものから救助!一人も死なせるな!」


 いつの間にか最前列に飛び込んでいた曹長が周囲の兵士たちに命令しつつ、ポーションを近くの負傷兵に振りかける。

 筆頭鍛冶謹製のそれは、まだ動く焼死体といった外観の重傷者を、一瞬で無傷の失神者へと変えた。

 

「敵は向こうだぞ!盾を構え直せ!」


 曹長の号令と、重傷者が一瞬で回復した姿に、崩れかけていた士気は回復した。

 

「放水!薙ぎ払え!!」


 まだ動けるものが隊列を素早く立て直し、そして敵に向けての放水が開始される。

 直撃を受けた人々の反応は、思わず笑ってしまうほどに劇的だった。

 敵最前列を占めていた乗っ取られた冒険者たちは、放水を完全に耐えた。

 倒された者は一人もいない。

 だが、彼らは一瞬硬直したかと思えば、直後に武器を投げ捨て、左右の路地へと駆け込んでいく。

 どうやら、操られている間の記憶が多少なりとも残っているようだ。

 その後ろにいた冒険者たちも、さらにその後ろにいた浮浪者たちも、動きは変わらなかった。

 それなりの死傷者を覚悟していた我々は、負傷者を出しただけで、至極あっさりと抵抗を排除した。



「崩れたぞ!一斉に突撃ぃー前へ!!」


 この期に及んでは、曹長から中隊長への進言は必要ない。

 彼の号令と同時に、救国新衛兵団は突撃を開始した。

 隊形を崩し、無人の街路を突き進み、夢魔の寝床へと殺到していく。


 夢魔の寝床は、歴史のある高級売春宿である。

 そこには後宮や上級貴族の愛人に収まるレベルの女性たちが所属しており、平民では例え裕福な商人であっても紹介以外では入れないという格式を持っていた。

 だが、この日は平民たちが殺到している。

 彼らはある意味では高級な格好に身を包み、貴族どころか王族を伴っていた。


「取りつけぇ!」


 伍長たちの怒号に押された最前列が、建物に到達する。

 全力疾走しつつ底辺を正面に向けた大盾たちは、破城槌としての能力を発揮し、窓に張られた木戸を突き破る。


「放水隊は前へ!」


 思っていたよりも相当に弱い防御に安堵し、新たな命令が下される。

 ウォーターロッドを抱えた放水兵たちが素早く同僚と交代し、杖の先端を開口部へとねじ込む。


「放水開始!」


 次の瞬間は、まるで何かの冗談のようだった。

 放水が始まると同時に、残っていた木戸が一斉に内部から吹き飛んだのだ。

 もちろんそれでは収まらず、室内からは濁流と共に様々な細々とした物があふれ出す。


「進入路を確保!急げ!」


 中隊長からの命令は、状況の進展に合わせて進んでいく。

 大盾の代わりに木槌や手斧を持った数名が前進し、仲間に守られつつ木戸や扉を破壊していく。

 開口部が増えると同時に、放水兵が次々とウォーターロッドをそこへ突き刺して内部への直接放水を行う。

 解呪と障害物の除去と、可能であれば敵への嫌がらせ。

 すべてを一撃で行える便利な武器を持っているのだから、使わない理由はない。


「開口部を確保しろ!内部からの攻撃に注意!」


 火炎水晶による爆破を受けている兵士たちに油断の二文字は無かったが、それでも警戒を促さない理由はない。

 相手は王都へ少数もしくは単独で侵入し、これだけの事態を引き起こせる存在なのだ。

 警戒して無駄に疲れることと、油断して死傷者を出すことのどちらが良いかの判断をできる程度には、救国新衛兵団の兵士たちは訓練されていた。


「後ろから来ているぞ!敵襲!敵襲!」


 誰もが突入へと向かっていく中、不意に部隊の後方から叫びが上がる。

 相手も作戦を練っていたらしい。

 いくつかの路地から、明らかにこちらへ敵意を向ける集団が湧き出し続けていた。

 剣を持ったもの、弓を引くもの、とりあえず何かを持っているもの。

 そのいずれもが、今にもこちらへ攻め寄せようとしていた。

 先ほどよりも高度な戦闘を行おうとしているように見えるあたり、操れる人数と、それらに取らせることのできる行動の難易度には関係性があったようだな。


「予備隊!」


 曹長の叫びが上がる。

 先ほどまで負傷兵の面倒を見ていた彼は、いつの間にか予備隊の隣で剣を抜いていた。

 何ら具体的ではない叫び声を聞いた予備隊のメンバーは、返事の代わりに無言で防御隊形を取ることでそれに答えた。

 前へと向かう本隊の後方に横隊を組み、大盾をしっかりと構えて攻撃に備える。

 うむ、特に優れたメンバーを予備隊に入れておいて正解だったな。

 彼らは曹長が何を考えているのかを正しく理解でき、同時にどこまでして良いかを判断できる能力を持っている。


「予備隊、放水開始!」


 解呪のエンチャントを施されたウォーターロッドは、予備隊においても十分な能力を発揮した。

 最初の放水で敵の前列が崩れ、次の放水で隊列が瓦解。

 三度目の放水が行われる頃には、不意打ちをしようと集まってきた敵の大半が戦線を離脱しようとしていた。

 数名が必死に耐えようとしているが、あれは何か特別な処置を施されているのだろうか。


「抵抗を確認!確保!」


 号令と共に放水が停止され、後方を守る予備隊の最前列が突撃を開始する。

 彼らは装備の重さを感じさせない軽やかな動きで進み、最も敵に近い数名が大盾の底辺を突き出して殴りつける。

 体勢を立て直そうとしていた数名が殴り飛ばされるが、それでもまだ、何人かが起き上がろうと試みた。

 だが、直後に殺到した兵士たちによって袋叩きにされては、それ以上の抵抗は不可能だった。




 221日目 早朝 ジラコスタ連合王国 王都隣接部 色町 売春宿『夢魔の寝床』 正面玄関前


「突入せよ!突入!突入!」


 命令と突入を意味する笛が吹き鳴らされる中、兵士たちは建物内部へと遂に入り込んでいく。

 第一陣は総勢40名。

 訓練期間こそ短いが、全員が意気軒高である。


「中隊長、あとは曹長の助言を聞きつつ制圧を完了させてください」


 大勢は決した。

 先ほどギルド監査部から寄せられた報告によると、路上の戦闘の後、ギルド長も含めて行方不明だった冒険者の大半が投降したらしい。

 特に、上級の冒険者はそのすべての所在が確認でき、流れの凄腕でも捕まっていない限りは、敵の抵抗はもはや軽微であると判断できるのだそうだ。

 そういう事であれば、今回の一件の幕引きをそろそろやった方が良い。

 

「了解しました。中隊長殿、よろしくお願いいたします」


 有無を言わさずに中隊の指揮を依頼し始めた曹長に苦笑しつつ、移動を開始する。

 救国新衛兵団のメンバーは引き続きこの場所で制圧にあたるが、冒険者ギルドから派遣されたメンバーは俺と行動を共にする。

 目的地はここから少し離れた場所にある、この売春宿の別館だ。

 仕事が終わったので遊びに行こうというわけではない。

 この事件を終わらせるための最後の行動を、冒険者ギルド主導という形で実行するためだ。



「本当によろしかったのですか?」


 ギルド監査部の男が小声で訪ねてくる。

 そういった質問が出てしまうのも無理はない。

 今の戦況であれば、この事件は救国新衛兵団だけで解決することが可能だ。

 俺や曹長が前に出るのであれば、魔族退治も夢じゃない。

 だが、最後の一手は、冒険者ギルドに譲ると決めていた。


「自分たちの不始末は自分たちで。

 当然なことだと思いますよ」


 普通は相手の落ち度として利用しようとする、と言いたいのだろうが、別に我々は冒険者ギルドと戦って利益を勝ち取りたいわけではない。

 ただ恩を売り、それを返してもらえれば十分なのだ。

 何しろこちらは地方自治体だ。

 長期的に少しずつ返してもらえる方が最終的な利益は大きくなる。

 10年後、50年後の窓口係が、何でギルドはこんなに良くしてくれるのだろうと不思議に思う程度でちょうど良い。

 まあ、いつぞやのようにそもそも俺では勝てない相手という可能性が十分にあるという理由もあるが。


「どうやら、お出迎えいただけるようですね」


 歩みを進める我々の前で、小ぶりだが明らかに周囲の風景から浮いている建物から、一人の女性が出てきた。

 随分とのんびりしたものだ。

 あるいは、人間相手など容易く倒せるという自信があるのか。


「それではあとは、任せます」


 俺の言葉を聞くなり、冒険者たちは一斉に駆け出した。

 冒険者の仕事である、モンスター退治の時間だ。



 後で聞いたところ、相手は上級魔族だったそうだが、最大の武器である精神攻撃を無効化する精鋭10名を相手にしたのではどうしようもなかった。

 そういうわけで、王都を震撼させた魔族侵入事件は、対外的にはたった一日で解決した。

 人々は王都衛兵隊の素早い対応を褒め称え、貴族有志の愛国心に敬服し、周辺警備を努めた騎士団の丁寧な対応に感謝した。

 敵に操られつつも王都に被害を出さぬよう必死に抵抗していた事になっている元冒険者ギルド長に至っては、追悼式典すら開かれた。


 だが、なんと言ってもこの事件の主役は、武装難民から頼れる友好国軍へと昇格したナルガ王国救国親衛兵団である。

 今こそ恩を返す時だと手勢を率いて時間稼ぎを申し出たナルガ第一王女殿下には、多くの貴族たちから称賛の声が寄せられた。

 敵が先手を打ってきたために全くの良心から時間稼ぎを申し出たところ、反撃で逆に倒してしまったのだ。

 他所の軍隊が我らの王都で、などと言えるわけもなく、ただ称賛するしかないだろう。

 もっとも、この手の話でだいたい文句をつけてくる上級貴族は残らず事情を知らされていた。

 彼らにとって、この顛末は自分たちが承認したことであるし、名誉の分前はきちんとなされている。

 その支配下にある下級貴族たちに至っては、上の者が問題視していない事に対して、表だろうが裏だろうが何か不満を訴えることなどできるはずもなかった。

 

 いろいろあったが、王都での仕事は完了だ。

 王宮側の意志の確認は、迂遠な方法だが行えた。

 アリール辺境伯の部下として接触し、正式な支援を受けられる。

 つまり連合王国は辺境伯領を切り捨てるつもりがないと宣言させたに等しい。

 これは政治的正当性に飢えている我々にとって、最高の結果である。


 そして、頼れる増援たちも続々と駆けつけてくれる。

 連合王国は、諸王連合軍の一員として、先遣隊の3,000名を数日中に進発させると約束してくれた。

 素性が確かな文官候補生については、ブルア家が責任を持って用意してくれる。

 冒険者、鍛冶、錬金術の各ギルドも、利益が得られるという理由を得て、これまで以上に大々的な支援を確約してくれた。

 そして救国親衛兵団。

 彼らはナルガ王国の開放という大義名分を持っており、それに協力する我々に、政治的正当性を補強する材料を与えてくれたのだ。


 これだけの成果を得ることができたのだ、もう二度と王都へは行かなくて良くなるはず。

 色街に行けなかったのは残念だが、いや、ある意味ではこの街一番の売春宿に行くことはできたのだが、この街はとにかく面倒な仕事が多すぎる。

 今後は誰か適当な人材を育てるか、領主様に行っていただこう。

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