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第四十一話


215日目 朝 ジラコスタ連合王国 王都 ナルガ王国大使館 救国親衛兵団司令部


「おはようございますドゥルーズ殿」


 昨日はいろいろとあったが、何はともあれ朝は挨拶だ。

 ドゥルーズ様は今日もお疲れのようだな。

 本来の護衛としての任務は解かれているが、彼女の仕事はそれは誤差程度にしか感じないほどに非常に多い。

 疲れないわけがないだろうな。


「おはようございますヤマダ殿。

 昨日は遅くまで作業をされていたようですが、なにか問題でもありましたか?」


 俺を取り巻く状況はいつだって問題だらけであるが、昨晩の作業だけは珍しくそうではない。

 誰にも邪魔されずに作業ができる場所を建設していただけだ。


「いえね、私は筆頭鍛冶と呼ばれているように、鍛冶にそこそこの能力を持っております。

 それが王都における重要な活動場所であるこの司令部で使えないのはもったいないと思いましてね。

 こちらの曹長、ああ、辺境伯領軍での私の一番の部下なのですが、彼の力も借りて簡単な鍛冶場を作っていました」


 ちなみに、鍛冶場を作る場合には、そこを治める貴族の許可が必要だ。

 ここは王都なので、許可を求める相手は王都管理局になるのだが、作ろうとしている場所は治外法権の大使館であり、尋ねる相手はナルガ王女殿下となる。


 だが、俺は既に救国親衛兵団の雇用主である。

 つまり、その活動に必要と思われる装備、施設を用意することは、正当な職務の範囲に含まれる。

 急遽叩き起こして確認した文官たちはそう保証してくれたし、何事かと見に来た近衛たちも、俺の申し出に喜んで賛同してくれている。


 そういうわけで、誰にも邪魔をされない作業場という理想的な施設の建設は一晩で完了した。

 作れたものは30等級に分けられた鍛冶施設ランクの中で最下位のものであるが、それでも兵士の装具を整えてやるには十分すぎる設備である。

 まあ、実際には建築を名目に曹長と深夜の打ち合わせをしていたんだがな。

 誰が敵かわからない状況では、周囲を容易に確認できる、あるいは誰もいない、そして俺がいてもおかしくない場所が必要となる。

 そういうわけで、状況が落ち着くまでの間は鍛冶ギルドの利用も考えて行わなければならない俺は、曹長への状況説明と、今後もそれを行える場所の用意を行ったのだ。


「確かアリール辺境伯領で取り入れられている兵士たちの階級名でしたね。

 彼には兵士たちの取りまとめを任せるという事でしょうか?」


 頭の回転が速い人と会話すると余計な説明や説得が不要で助かるな。


「はい、彼は辺境伯領軍でも練兵に特に秀でています。

 必ずや、皆様のお役に立つと断言できますよ」


 実績、あるいは事例というものはとても便利だ。

 それが効力を失わない限り、相手に対して自身の考えを肯定する材料として作用してくれる。


 今回もそうであった。

 鍛冶場の増設とは、言い換えれば公的な許可が必要なほどに重要な事項である。

 だが、俺はそれを行うことを事後承諾であっても問題がないように行える。

 曹長の加入もそうだ。

 ここが亡命政権の民兵集団であるとしても、むしろそうだからこそ、外部のインストラクターを雇用することは好ましくない。

 最良の場合でも、その人物は自分たちをうまく使い潰そうとする勢力の代理人であるからだ。

 だが、それすらも他国の騎士相手に無条件で受け入れさせられるだけの実績が俺にはあった。


「曹長」


 後ろに控える曹長に声を掛ける。

 何の物音もしないが、彼が命令を受け取るのに必要な完璧な姿勢を整えたことは気配で理解できる。


「命令、アリール辺境伯領軍曹長として、私の指揮下において友好国軍の教練を命じる。

 時間はないが、できる限り精鋭にしてやってくれ、復唱は不要だ」


 命令としては簡潔すぎるが、彼に対しての命令としては十分な内容である。


「直ちにかかります」


 その証拠に、曹長からの回答は、実に簡潔なものであった。

 物資の手配や各所への届け出を依頼される文官たちには悪いが、練兵に関してはこれで心配はなくなったな。




215日目 昼 ジラコスタ連合王国 王都 ナルガ王国大使館 救国親衛兵団司令部


「それで、貧民街での騒乱は収まったんですね?」


 練兵を曹長に任せた日の昼。

 王族のお招きを頂いての昼食会という疲れるイベントをこなした俺は、冒険者ギルド監査部の男との楽しい会談を行っていた。

 

「はい、鎮圧に出動した兵士が15名ほど相手方に加わるという予想外の出来事もありましたが、何とかなりました」


 今日は茶番は抜きです、という彼は、大使館前で逮捕された酔っぱらった乞食という立場で俺に会いに来ていた。

 

「相手に加わったとかいう兵士は、やはり敵の支配下に?」


 常識的に考えて、治安部隊が騒乱側に加わるという現象は、政権が末期にでもなっていない限りは起こりえない。

 今のところこの国はそこまで達していないと思われるので、今回の事件は別の第三者が関わっていると考えるべきだろう。


「はい、死ぬ前に確保できた五人は、全員が支配下に置かれていました」


 これで相手の目的がある程度わかった。

 騒乱に見せかけて治安部隊を呼び寄せ、それを支配下において被害と騒ぎを拡大させる。

 目指すところは、連合王国軍に出血を強いる事と、経済に打撃を与えることだろう。

 試しに自分の考えを素直に伝えてみると、監査部の男は肯定してくれた。


「相手がそこまで考えて動いているのであれば、時間がありませんね。

 持って数日といったところでしょう。曹長?」


 傍らに立つ曹長に話を振る。


「大盾と棍棒、あるいは穂先を付けない槍。

 投網、先端を潰した矢、そのようなところでしょう。

 それらに解呪のエンチャントを施すことができれば最良かと」


 今回の件をできるかぎり流血を抑えられる結末にするのであれば、それだろう。

 鍛える時間がないことは残念だが、手元には幸いなことに王都の誰もが存在を軽視する一個中隊がある。

 彼らに価値を持たせられる、人員を無駄に損ねない、今ある問題を解決できる、そんな素敵な一手をするしかないな。


「大盾を使った戦闘方法を習熟させるには余りにも時間がなさすぎますが、とにかく怪我をしないように耐えさせるのであればなんとかなるかもしれません。

 今言った武装は全て用意しますが、それに加えて祝福を施したウォーターロッドを用意します。

 時間いっぱいまで練習させてください」


 大盾で耐えて、放水で鎮圧する。

 いつ東京都内で披露しても恥ずかしくない機動隊戦法である。

 実証済みの、死傷者を最低限に抑えつつ、多数を相手にしても確かな効果が見込まれるやり方だ。

 それに、相手は怒れる暴徒ではなく、操られた人々だ。

 解呪さえできれば、最低でも無力化はできるだろう。


「武装した、最低限の訓練を積んだ、解呪手段を持ち合わせる200人。

 今の私に用意できるのはそれくらいですね」


 俺の言葉に、ギルド監査部の男は表情を明るくする。


「そんなものを用意していただけるのであれば、最高です。

 騎士団の方では殺傷もやむを得ないという判断でしたが、死人が少ない事は良い事ですからね」


 冒険者ギルド側としては好意的に考えてくれるようだ。

 そして、彼の言い回しからして、騎士団もこのやり方に反対はしないのだろう。


「騎士団側も、無用な流血は避けたいと判断している、ということですね?」


 この部分については明確な回答をもらっておきたい。

 この作戦で出る損害や遅延は、そのまま辺境伯領への増援に影響してしまう。

 損害を厭わず早期解決を図るのか、あるいは人命第一で慎重に行くのか、全体の方針にこちらも合わせた計画を立てることが重要だ。


「正直に言ってしまえば、貧民街の住民だけが操られているのであれば、騎士団は今すぐにでも突撃しているでしょう。

 ですが、操られているのはギルド長も含む冒険者ギルド員、兵士、色町で遊んでいた下級貴族など、切り捨てられない人物が多すぎます」


 敵ながら実に素晴らしい嫌がらせを考えたものだ。

 待てば待つほど相手の戦力を削り、自分の戦力を増強できる。

 それにより前線への増援を妨害するという事まで行えていた。

 おまけに、王都に魔族の侵入を許したという醜聞により、連合王国の国威を下げるという効果まで期待できる。


「しかし、最初の侵入をどうやったのかが気になりますね」


 俺の言葉に、ギルド監査部の男は不思議そうな表情を浮かべる。

 貧民街といえども、王都の一部である。

 王宮と比べられるものではないにしても、それなりの警備は敷かれていると思うのだ。

 当たり前であるが、王都は巨大とはいえ防壁で全周を覆われている。

 衛兵隊が展開しており、騎士団も巡回している事は言うまでもないが、さらに魔法的、あるいは神殿の力を借りた防衛網もあった。

 魔族の血も流れるハーフなどであればわからんでもないが、正真正銘の上級魔族らしい存在がそれを誰にも気づかれずに突破できたとは考えづらい。

 正直に言ってしまえば、内通者、それも王都の警備に干渉できるレベルの地位の人物によるものがあると考えてしまう。

 王位継承者間での争いなのか、上位貴族同士の足の引っ張り合いなのかまでは、わからないが。

 そんな疑問をぶつけてみたところ、彼は笑みを浮かべた。


「まず間違いなく、そんな深刻な話ではないと思いますよ」


 正直なところ、ショックだった。

 これだけ問題が拡大している中で、どうして彼はそんな適当な楽観的な意見を出すことができるんだ。


「それは何か根拠のあるお話なんで?」


 思わず口調が乱れる。

 人を巻き込むだけ巻き込んでおいて、それはないだろう。


「いえ、失礼しました。

 侵入経路については正確なところはわかっておりませんが、少なくとも貧民街の警備は、王都と比べると大変にお粗末でした。

 簡単に言えば、衛兵の目の前で人殺しが起こっていなければ、それで良いというレベルだったようですよ。

 何しろ、貧民街は正式には王都の外で、間違いなく王都ではありませんから」


 それは、ある意味ではショックであるが、納得できなくもない理屈だな。

 考えてみれば、確認されている範囲では王都自体には操られた人物は入っていない。

 色町から帰ってこないという問題は起こっているが、逆に見ると、立場がある人物であっても操られると王都に入れないと言える。


「つまり、貧民街は王都ではないと正式に認められているという事ですか」


 思わず呆れたような声音が出てしまうが、彼は逆に考え込む表情を浮かべた。

 対して意味のある言葉を発したつもりは無いのだが、何か彼の心に触れる内容があったのだろうか。


「なるほど、王都ではないところに魔族が侵入したところで、それは既に前例のある事。

 別に誰の責任になるわけでもない。

 王都衛兵隊にも、騎士団にも、貴族にも罪はなく、ただ攻め込んできた敵という存在だけがある。

 それを察知し、撃滅することに、誰も何の問題もない。

 そういうことですね!!!」


 よくわからんが、盛り上がってくれているな。

 敵がいて、それを倒さねばらなない。

 そんな物事を単純化する手法を考え出してくれたようだ。

 ここはひとつ、偉そうに頷いておこう。


「ええ、こちらも準備を急がせます。

 できれば七日は欲しいですが、それが無理でも始まる前に一報をください」


 一週間でも少なすぎるが、相手は今回の騒動で予行演習を済ませたと考えるべきだ。

 騎士団側がもう待てないと判断するか、相手が準備が整ったと判断するか、そのどちらかで戦闘は始まるだろう。




219日目 昼 ジラコスタ連合王国 王都 ナルガ王国大使館 救国親衛兵団司令部 練兵場


「大盾構え!」


 曹長の号令とともに、救国親衛兵団第一中隊の半数が大盾を構える。

 底辺を地面に突き立て、体重をかけて支える。

 隊列の関係で空いている隙間には、左右の団員が盾を交互に重ねることで対応する。

 彼らは重い大盾を隙間なく構え、敵の攻撃を受け止めることだけを訓練された人々だ。

 その訓練期間は絶望的に短いが、それでも自分が何をしなければならないかについては教え込まれている。


「報告!通りの封鎖完了!」


 隊列の後方に陣取る騎士ドゥルーズに対し、中隊長は手短に報告した。

 大半が元難民で構成されているこの部隊では、貴族が上層部を占めるような通常の軍隊としての言葉遣いは無用と判断されている。

 たったこれだけまで減ってしまった同胞である以上、出自に関わらず、階級以外での区別は好みではないというナルガ第一王女の意向に従っているためだ。

 それは社会階層ごとの感情までを計算に入れた訓練を行う時間が無いという曹長の意見を受けて捻りだされた意向であるが、まあ、概ね好意的に受け入れられている。


「魔法攻撃を開始」


 騎士ドゥルーズの命令も簡潔だった。

 現場の最高責任者である彼女は、第一王女の意向を最も好意的に受け取っている一人である。

 そもそもが、平民である中隊長から「報告のためにお目通りを願う」という「依頼があったという報告」を受け、より効率的な方法を曹長に求めたのが彼女なのだ。

 彼女は貴族としての位も持っていたが、戦場で礼儀作法を気にしない程度には騎士であった。

 大盾に守られた攻撃班が射撃態勢に入る。

 彼らは号令に従って相手に向かって射撃する、ただそれだけを訓練されている。


「第一射!準備!」


 号令と同時に、最前列の大盾が一部だけずらされる。

 その奥にいるのはウォーターロッドを構えた攻撃班。


「撃て!」


 曹長の号令と同時に一斉射撃。

 盾の向こうにいた対抗部隊に強烈な放水が殺到する。

 その勢いは人体に致命的ではないが、対抗部隊の隊列に対しては壊滅的な威力を発揮した。

 剣士が、槍兵が、重戦士が、次々となぎ倒され、姿勢を崩す。

 

「中隊長命令!全員確保!かかれぇ!」


 中隊長が声を張り上げて命令し、最前列は突撃を開始する。

 可哀想な対抗部隊は、洗い流された挙句に突入を受け、訓練とはいえそれなりの暴行を受けて身柄を拘束される。

 双方は殺傷能力を極限まで落とした武器を持たされており、さらに全力で抵抗するように命令されていた。

 より良い無力化の手段を模索するためとはいえ、危険で、実戦的な訓練である。



「訓練の成果は出てきているようですね」


 大勢が決したところで、俺はドゥルーズに声をかけた。

 鎮圧できたと言えるレベルまで状況が進んだ今、彼女の仕事は訓練後まで無くなったからだ。


「これはヤマダ殿、貴方のお力で兵団は生まれ変わっています。

 改めて感謝を。この戦が収まったら、必ずや、ご恩に報いれる何かを、我が名に懸けてお返しいたします」


 いい人なのだが、生真面目なんだよな。

 まあ、慇懃無礼というわけではないのだし、別に文句はないが。


「ドゥルーズ殿。

 お気持ちだけで十分ですよ。私は少しばかり変則的ではありますが、それでもナルガ王国の方々に協力する立場です。

 自分にできることで、皆様の益になることであれば、やらないという選択肢はありません」


 なんにせよ、自分のやったことに対して感謝してもらえるのは気持ちが良い。

 相手が過度に思いつめないように気を配りつつ、特に何の約束もしなければそれで済むだろう。


「筆頭鍛冶殿?」


 曹長が口を挟んでくる。

 つまり、彼は何か必要なことを俺が言葉にしていないと指摘しているわけだ。

 今回の場合は、行動を次に進めるための合図であるが。


「ああ、ドゥルーズ殿、そういえば貴方に用意したものがあるんです」


 懐から鞘に入った短剣を取り出す。

 単なる鉄の短剣+3であるが、特殊なエンチャントを施した決戦兵器である。


「ナルガ王国の騎士であるあなたに、私が剣や鎧を贈ることは好ましくありませんからね。

 せめて、これぐらいはと思い用意させていただきました」


 曹長が苦笑しているのが気になるが、まあ、技術の無駄遣いをすることは今日に始まったことではないからな。

 彼としては、また高額な武器のバラマキが始まったと思っているのだろう。


「これを、私に?」


 彼女は目を丸くしてそれを見つめた。

 見てくれは高級な短剣であるが、実は柄の中に仕込みがある。

 そこに込められた小さいが高級な宝石たちには、精神耐性、疲労回復、HP回復の三点セットをエンチャントしていた。

 現場指揮官としての彼女が、滞りなく任務を遂行できるようにと用意したのである。

 本命は最初の一つであり、残りの二つはサービスだ。

 いずれ始まる治安維持作戦において、指揮官が乗っ取られるというのは悪夢でしかないからな。


「はい、今回の相手は精神に働きかける魔族ですからね。

 その対策です。

 ああ、もちろん先ほど王女殿下に献上した装備にも同じ対策を施してあります」


 その言葉に彼女は安心した表情を浮かべる。

 わざわざ聞き出しはしないが、恐らくは王族クラス向けの装備を作れる人物に用意してもらった護身用具という点に安心感を覚えたのだろう。

 彼女も、彼女の部下たちも、治安維持のために最前線に立ってもらう必要がある。

 ささやかな装備の一つや二つ、喜んで提供させてもらうさ。


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