第四話
36日目 午後 日本サーバー 【アルナミアの街】
「そうですか、あのバルニア様がお亡くなりになられるとは。
領主様もさぞかし気を落とされていることでしょう」
作業の合間にさりげなく聞き出せた情報は重大なものだった。
彼女を始め領主軍の整備を一手に引き受けていたバルニアは、ある朝突然息を引き取った状態で発見されたらしい。
死因は不明。
最初は毒殺かと思われたが、それらしい痕跡もなく、前夜も疲れた様子ではあったものの具合は悪そうではなかったそうだ。
結果として原因不明となったらしいが、日頃の様子を確認した俺は、何となく死因を推測できた。
恐らく過労死だろう。
合計で数十人の騎士団と百人を越える兵士。
彼らが日夜使用する武具をたった一人で整備し続けていたのだ。
そんな想像を絶する激務を続けていれば、過労死をしなかったとしても何らかの異常が出てもおかしくない。
「ああ。
しかし困った話だ。
お前が請け負ったという新しい装備も、整備されなければ直ぐにダメになってしまうだろうからな」
それなりの品質のものを納品するつもりだが、まともな手入れもされないのであれば直ぐに使い物にならなくなるだろう。
他の人間に仕事を任せたがらなかったらしいバルニアのおかげで、領主軍には整備をこなせる人材がいない。
誰かを雇おうにも、今の街には自分の店を持てるレベルの鍛冶屋は俺しかいない。
流れの人間を軍の重要な部門である兵站に入れることは出来ないだろうし、さぞかし困っているのだろうな。
とはいえ、俺には関係の無い話だ。
「はい、お返しいたしますよ」
哀れな同業者の最後を確認し終わったところで剣を返す。
鍛冶屋レベルMAXの俺にとって、武具整備など容易い事である。
本気を出せばエンチャントだのなんだのもできるが、そういった能力を見せびらかすとろくな事にならないので黙っておく。
「え?あ、ああ、ご苦労」
手渡された剣を見た彼女の目が見開かれている。
ちょっと腕が良い程度に見えるようにしておいたが、大丈夫だっただろうか?
「それでは私はここらで失礼します。
早く軍の専属が見つかるといいですね。
えーと、何か?」
エーリアと言葉をかわしつつ振り返った途端、気弱そうな兵士が剣を隠したのが見えたのだ。
あちこちがボロボロな鎧、何かがぶつかったのか歪んだ兜を身につけている。
肩に付けている紋章は巡察を示すものだ。
「何かお困りで?」
残念な表情を浮かべないようにと必死に顔面を制御しようとしているのが容易に見て取れる。
どうやら、俺がバルニアの後任か何かで、全員の武具を整備しにきたと思ったのだろう。
それにしても、何をどうするればここまで装備を傷めつけることが出来るのだ。
「いや、その、なんでもない。
魔法剣士様のお役に立てるとは、お前もツイていたな!」
必死に笑みを浮かべようとしつつそのような事を言われても困る。
それに、見麗しい女性ならばまだしも、泣きそうな表情を浮かべた壮年男性がそれをするというのも勘弁願いたい。
「兵士の皆さんにはいつもお世話になっていますからね。
これも何かのご縁でしょう、もしよろしければ、整備を承りますよ」
あんな装備ではゴブリン一匹にも大苦戦だろう。
これがただのNPCならば無視するのだが、相手は俺の生活環境の治安を維持する兵隊である。
彼らが倒れることがあれば、それだけ街の治安が悪化してしまう。
「ああ、いや、今は手持ちがなくてな」
せっかく声をかけたというのに、つれない返事が返ってくる。
どうやら、先ほどエーリア嬢が手渡した銀貨が自腹だと知って、怖気付いたらしい。
まあ、兵士の月収から考えれば法外な金額だし、当然といえば当然か。
俺は公的に雇われたわけではないので、あくまでも個人の手持ちで支払う必要がある。
そうしてもらう必要があるのだが、目の前の兵士が整備不良で死んでしまうというのも寝覚めが悪い話だ。
「何でも銅貨一枚で整備しましょう。
取り敢えずはその剣ですな」
はっきり言ってただ働きに近いのだが、それはもういい。
作業の合間に領主軍の現場について情報収集を行うことで補填としようじゃないか。
自分の時と明らかに違う金額で仕事を受けたにも関わらず、エーリア嬢は愉快そうに俺のことを眺めていた。
37日目 朝 日本サーバー 【アルナミアの街】
思えばなんと思い上がったことを言ってしまったのだろうか。
このままでは納期に間に合わないかもしれない。
機械的に作業を続けつつ、俺は内心で思った。
「おーい!こっちだ!落とすなよ!」
弓を束で抱えてきた兵士に、俺の傍らに立っていた兵士長が声をかける。
「これはまた、弓が駄目になるたびに予備のものに取り替えて使っていましたね?」
程々に全部ダメになっているということは、つまりそういう事なのだろう。
軍隊らしい贅沢な使い方ではあるが、駄目になった物を整備する能力がない以上、それでは先がないことはわかるはずだが。
「仕方が無かったのだ」
ドルフという兵士長は、無念そうに答えた。
「領主様にお願いしてでもバルニア殿の手伝いができる人間を育てるべきだったのだが、彼は一人で何でも出来すぎてしまった。
今にして思えば、高齢である彼に掛かる負担は尋常ではなかったはずなのに、私を含め彼が初めからいた世代は、当たり前に全てを任せてしまっていた」
一人の天才に全てを委ねると、何かあったときにこうなるという好例だな。
たった一本の柱に支えられているために、それが折れると全てが一気に崩壊してしまう。
「まあ、伝説の魔王軍が目の前に来ているわけではないですし、次はうまくやるしかありませんね」
他人ごとのように言いつつ整備を続ける。
完全に壊れる寸前で交換しているということは、ここの領主軍は少なくとも練度はそれなりのようだ。
能力値やスキルの力で仕事を進めつつ観察する。
今までに見てきたものもそうだが、どれもが完全に駄目になる手前だった。
つまり、本当に崩壊の一歩手前だったのだろうが、彼らはそこまで現状維持が出来ていたということになる。
自分が住む地域がそのような人々に管理されているという事実は心強い。
「何を言って、ああ、そういえば領民には知らせていなかったな」
そんな不穏な言葉が聞こえたのは、俺が内心で感心しつつ次の弓へ手を伸ばそうとした時だった。
「いいか、ここだけの話だぞ?」
ドルフ兵士長は声を潜めた。
やめてくれ、そんな重要そうな内緒話は俺がいないところでやってくれ。
「隣のナルガ王国から伝わった話だが、魔王が復活したらしい」
その言葉に思わず手が止まる。
大陸の東側にあるナルガ王国から伝わったということは、さらに東の海に浮かぶ群島か、あるいはその上下に位置する大砂海に出現したという事だろう。
ゲームの知識からすると、恐らくは群島に出現するはずである。
原作、というか元の世界というか、とにかくゲームの中では数百のプレーヤーがランダムに撃沈される輸送船に分乗して強襲上陸を仕掛けようとしていたはずだ。
参ったな、プレーヤーキャラクターに比べて格段に雑魚しかいないNPCたちでは、奇跡が起こっても勝てるはずがない。
「失礼ですが、その情報は確かなもので?
魔王が復活したとなれば、それだけでこの大陸もタダでは済まないはずです。
その割に、私の身の回りに限って言えば特に異常はないのですが」
魔王復活イベントが発生すると、モンスターの出現率が飛躍的に増大する上に、各地でプレーヤーを強化するための特殊イベントが続発するようになる。
少なくとも、ゲームではそのような仕様になっていた。
「そりゃそうだ。
俺達が体を張って領民には被害が出ないようにしているからな」
何とも頼もしい回答だ。
装備の急激な消耗具合からしてハッタリではないだろう。
「そのようなお話を頂けたとなれば、自分も微力ながら全力を尽くさせていただきますよ」
俺は背筋を伸ばし、整備を続行した。
結局この日も丸一日を費やすことになったのだが、その充実度は昨日までとは全く異なるものであった。