第三十九話
2018/06/26:ご指摘いただいた点を修正しました
213日目 夕刻 ジラコスタ連合王国 王都 ナルガ王国大使館
「まさか、こんなことになるなんて」
久々に受注できた武具の製造クエストの発注者に会いに行った俺は、真っ青になっている王位継承者という珍しい存在と対面した。
その顔から読み取れるのは、罪悪感、謝意、そして後悔。
はて、どうしてそんな器用な表情を浮かべているのだろうか。
「素直にありがとうとだけ言えれば良かったのだけれど、まずは謝罪させてちょうだい。
貴方の仕事を邪魔するつもりなんてなかった。
ごめんなさい」
そんなに謝らなくても、と返したいところであるが、王族相手に素直な言葉のやり取りは失礼になるか。
「とんでもございません。
お目に適う品を献上できれば、ナルガ王国の宝としてお取り上げ頂けるとお聞きしております。
非才の身なれど、微力を尽くさせていただきます」
少しばかり自分を卑下し過ぎな気もするが、まあ及第点ぐらいはもらえるだろう。
それはいいとして、傭兵の雇入れの件も話を進めなければならないか。
「献上品については早急に手配を進めていきますが、その前に」
大使館の窓からワイワイと騒がしい声が入ってくる。
こんな時間まで訓練をしているのか。
夜間戦闘の訓練だと思いたいが、聞こえてくる声に統制が取れている様子はない。
まさかとは思うが、精神論全開で倒れるまで槍を振り回せとかじゃないだろうな。
「兵団の皆様はまさに意気軒昂といったご様子ですね。
その皆様の雇用について、私の権限で受け入れて構わないとの判断が出ましたので、進めさせていただきます」
急遽行われた王都派遣隊文官会議では、筆頭鍛冶たる俺が決断すれば、領主様はそのまま受け入れるだろうとの結論となっていた。
もちろん、文官たちの責任逃れ的な意味ではなく、促成栽培ながら文官としてやっている彼らの知る限りの知識と経験の中での判断としてである。
未だに理解できていないが、アリール辺境伯領においての筆頭鍛冶とは、将軍に値する権力と権限があるらしい。
そのため、戦時において傭兵の雇用を将軍が決定することは、例えその相手が他国からやってきたものだとしても、越権行為ではなく正当な業務の範疇なのだそうだ。
「やっぱり、貴方は私を助けてくれるのね」
よほど財政状況が良くなかったのだろう。
王女殿下は安堵という言葉を形にした表情を浮かべている。
よく見れば目尻に光るものがあった。
「ご信頼を裏切らずに済んで安心いたしました。
ひとまず、明日の朝から手配を進めていきますが、調整はどなたとすれば良いでしょうか?」
俺の言葉に、王女殿下は傍らに立っていた騎士へ視線を向ける。
「ソフィー、これからはヤマダ様と協力するように」
その言葉を受けてここまで無言だった騎士が歩み出る。
「はい、姫様。
ヤマダ筆頭鍛冶様。ナルガ王国親衛隊騎士のソフィー・ドゥルーズです。
我が国の民をよろしくお願いします」
王族の護衛をしているのだからそれなりに位が高いのだろうとは思っていたが、親衛隊だったとはな。
それが徴用兵の指揮官をしているというのは、恐らくだが彼女に問題があるのではなく、純粋に人手不足が原因なのだろう。
「ドゥルーズ様、よろしくお願いします。
今日のところはご挨拶までとして、明日から今後の計画について打ち合わせをさせてください」
本音を言えば今すぐ打ち合わせを開始したいところではあるが、兵士たちの訓練が終わっても彼女自身の仕事は残っているはずだ。
今日の今からいきなり大きな議題のある会議をしましょうと言われても困るだろう。
「わかりました。それでは明日は朝から時間を開けておきますので、いつでもお越しください」
朝からいきなりか。
それはつまり、もう退社時間だけど明日の朝から会議なので資料を用意しろという事ですよね?
214日目 朝 ジラコスタ連合王国 王都 ナルガ王国大使館 救国親衛兵団司令部
「おはようございます騎士ドゥルーズ様」
通された会議室で待っている俺たちを見て、入ってきた騎士ドゥルーズ殿は目を丸くしていた。
ちょっと連れてきた人数が多すぎたかもしれないな。
今日の俺たちは、最低限であるが大人数だ。
代表者として俺、辺境伯領の問題として処理する関係で呼んできた会計担当官。
傭兵雇用に関する問題のために連れてきた軍務担当官。
連合王国の法律関連に詳しい法務官。
議事録作成のための書記官。
「おはようございますヤマダ筆頭鍛冶様。
私のことはドゥルーズと気軽にお呼びください。
ともに馬を並べて戦う身ではありませんか」
ふむ、会議の冒頭にフレンドリーにやっていこうと言われるのはありがたいことだ。
別系統の組織として譲れない点はもちろん出てくるだろうが、それとこれとは別の問題だからな。
「ありがとうございますドゥルーズ殿。
それでは私もヤマダか筆頭鍛冶とお呼びください」
そんな形で会議はスタートした。
まず最初に救国親衛兵団の現状についてのヒアリングから始まり、人数以外は大変にお寒い状況であることが判明する。
食事は一日二食であるが、予算不足から減量を予定している。
装備は王都の工房で練習作として廃棄される予定であったものを無料で引き取っているが不足気味。
訓練は今までも目にしてきたように、毎日朝から晩まで、全員参加でひたすらに模擬戦を繰り返している。
移動に関しては過去に一度だけ、俺と遭遇した際のものを行っただけで、その後は王都衛兵隊から駐屯地外への行軍を禁じられているらしい。
馬車は動くものが二両、直せば多分使えるものが五両、捨てる場所がないため放置しているものが十両ほどある。
兵舎は掘っ立て小屋を訓練の名目で建てさせ、そこに買い付けた布やらなにやらを詰め込み、内装は兵士たちの創意工夫に任せている。
なるほど、つまりこのままで戦場に突っ込ませれば、使い潰す時間すら待てずに全滅だな。
「内情をお話しいただき誠にありがとうございます。
全ては予算。そういうわけですね」
連れてきた文官が一言たりとも漏らさずに書き取ったのちに最大の問題点について指摘をすると、ドゥルーズ殿はため息を吐いて肯定した。
最後の手駒である兵団をこちらに預けるという行動からも十分に予想はついていたが、これは面倒なことになってきたな。
王都でやらなければならないことはいくらでもあるのに、一つの部隊を作り変えるところから始めなければならないというのはさすがに荷が重すぎる。
「筆頭鍛冶殿、本件については領地で行っていた方策を当てはめることで、いくらか解決できると思われます。
私どもにおまかせいただけませんでしょうか?」
その言葉に、思わず息が止まった。
思わず視線を部下たちに向けると、彼らは熱意の篭った視線を返してくれる。
「判断をする権限はもちろん私どもにはありませんが、やり方は覚えました。
宿舎に戻り次第で提案書を作成しますので、それを見てご判断ください」
うん、今日の夕飯は俺のおごりで盛大にやろう。
今の話は、それだけの価値がある。
「ヤマダ殿は良い部下をお持ちのようですな」
そうだろうそうだろう、俺の自慢の部下たちなんだ。
いやまあ、もちろん個人的に雇用しているのではなく、あくまでも領主様からお預かりしているだけだがな。
214日目 昼 ジラコスタ連合王国 王都 貴族街 ブルア家
「なるほど、実は私は儲け話が大好きでしてな。
喜んでお話に乗らせていただきますとも!
このブルアが付いた以上、筆頭鍛冶殿の手勢は一万の大軍になったとお考えください!!」
例によって高笑いをしているが、今度ばかりは追従だけの意味ではない笑みを返すことが出来た。
資産の売却によって得られた当座の現金と、他国の思惑で不定期に施される援助だけが頼りというナルガ王国勢とは違い、こちらには金がある。
もちろんそれは俺の個人資産であるが、まあそれは置いておくとして、必要なものを用意することはできる。
つまり、活動資金、必要な物資、訓練教官として雇用する傭兵などだ。
金で雇った傭兵のために金を出して準備を整えるというのはおかしくも見えるが、彼らは身元が確かな友好国の国民であり、使い潰すことは許されそうにもない。
おまけに、いらないからと放り出す自由も無い。
そうであれば、はじめから志願兵扱いで、それなりの扱いをしておいたほうが良いと判断したのだ。
「ブルア殿にそう言って頂けると力強い。
必要なものはあとで部下にリストを届けさせますのでよろしくおねがいします」
宿舎に戻るなり手渡たされた提案書は、実に素晴らしいものだった。
思いつく限りの想定をしてみたが、少なくとも俺で思いつくような内容はすべて網羅されていた。
頼れる部下の存在は実にありがたい。
さすがは官僚。
そう呼びたくなる程に文官たちは成長している。
彼らを動かすためには根拠となる法令や命令が必要で、手続きは欠かせず、十分な量の書類も忘れてはならない。
だが、既にやり方の確立している事柄を処理することに最適とも呼べる適正を見せてくれる。
神に愛された才能も、百万人に一人の適正も必要なく、問題を解決してくれるのだ。
しっかりとした教育や十分な賃金、必要な仕事をさせるための権限と、それを実現するために与えられた範囲外の仕事をしてはならないという制限はもちろん必要となる。
出来る限り個人の資質に左右されない人材を揃えるため、その人材を流出させないため、与えた仕事を実用に足る完成度で達成させるために、必要なのだ。
本当に有能な人物なのであれば空いた時間で仕事の質を向上させること自体はむしろ推奨するべきであるが、有能だからと連れ回されて本来の業務に支障が出るのでは意味がない。
人手が足りないのであれば、大前提として仕事を与える人間を増やすべきなのだ。
兼業を増やして効率を上げられたと喜んでみたところで、本当に必要な時に必要なことが出来なかったのであれば、結果としてその人物には価値が無かった事になってしまう。
「どうされましたかな?何か心配事でも?」
ブルア殿の心配そうな声に意識が戻る。
いかんな、官僚主義のダークサイドに落ちかけていた。
うん、上が育ちつつあるわけだし、官僚たちの手足となる下位の文官の増員を急がせよう。
王都であれば、読み書きと四則演算が出来る人材はいるはずだ。
「お気遣いありがとうございます。
ふと振り返ってみると、王都で雇うべき人々を全く探せていなかったことを思い出しまして。
ご歓談の最中に失礼いたしました」
疲れが溜まっているのかもしれないな。
今日は早めに切り上げて、今夜こそ夜の街に繰り出そう。
「それはそれは、またしても筆頭鍛冶殿のお役に立てそうなことを見つけましたぞ」
うーむ、嬉しいのだが、いや、助かるのだが。
「さすがはブルア殿ですね。
どのような人材をお持ちなのでしょうか?」
フレングス氏の人脈も恐ろしいが、目の前の彼は大商人だ。
違う系統からの、豊富かつ大量の人材を期待できるな。
214日目 夕刻 ジラコスタ連合王国 王都 鍛冶ギルド レンタルスペース
「さて、始めるか」
ブルア殿の用意できる人材は、会うだけでも少し調整が必要なレベルらしい。
後日に時間を作ることを喜んで同意し、俺は鍛冶ギルドに来ている。
ここには王都で最高レベルに近い設備が用意されており、必要な費用を支払えば時間貸しをしてくれるのだ。
目的はもちろん、王女殿下のための武具の制作である。
「騎乗するので出来るだけ軽装で、メインは槍で、護身用の剣も必要。
資金に余裕が無いので、予算の範囲で出来るだけ良いものを頼みたい。
この際、素材は任せる、とね」
いいね、俺はそういう仕事が大好きだ。
財力にすべてを任せるお大尽プレイも好きだし、基本廃材ベースの貧民プレイも好きだ。
「素材は任されているので好きにしよう」
炉を確認する。
まだ火は入れていない。
内部はよく清掃されており異物はない。
左を見る。
依頼どおりの石炭(優)が山積みになっている。
右を見る。
必要な道具が必要なだけ並べられている。
言うまでもなく、作業場全体がよく清掃され、綺麗に整頓されている。
うん、さすがは鍛冶ギルドの本部。
金は払うので一番良い場所を用意してくれと頼んだ結果として、満足の行く環境をきちんと手配してくれたようだ。
「最初は鎧だな」
炉の火力を上げる。
手持ちの中から好きにする。
つまり、新規に新しい素材が出現していない限りは、この世に存在する全てのものを使用することが出来るわけだ。
とはいえ、物事には限度がある。
王族を殺してでも奪う価値のあるレベルを使うことは問題だろう。
かといって、そこいらの武具店で少し金貨を積めば買えるようなものを作っては、王女殿下の顔に泥を塗る事になってしまう。
まあ、一流の冒険者に頼めば確実に用意してくれる、そんな素材にしておこう。
「とりあえず鋼鉄をベースとして、装飾は精霊銀をメインとしよう」
融解専用の炉を点火し、金貨にして数千枚の価値がある精霊銀のインゴットを溶かしていく。
鉄とは異なり、この素材はあまりにも高価すぎる。
確かにこれをベースにした場合、対魔族の装備品とするのであれば素晴らしい性能を持つが、奪う場合には王族の殺害が必要でも収支が成り立ってしまう恐れがある。
そこで、あくまでもエンチャントのための素材として採用するわけだ。
その場合であっても、装備品としての価値は十分にある。
ベースを鋼鉄にしたとしても、上位素材を装飾で付け加えることによって、多くの効果を同時にもたせることが出来るのだ。
具体的には、本体と同じほどの魔力吸収量を持つ装飾部分に対し、自己修復機能、抗魔力性といった下位素材には付与できないエンチャントを行う。
「宝石は、五つくらいにしておくか」
ワイバーンの魔石、アイアンゴーレムの核、ルビー、サファイア、最後は大粒のダイヤモンドを見えないところに入れておこう。
宝石類は、驚くほど強力な魔力を込めることが出来る。
モンスターからドロップするそれらは、その中でも特上だ。
それぞれには、重傷を負った際に全回復する効果、呪いを含むデバフを無効化する能力、疲労を少しづつ回復する機能などを込めておく。
最後のダイヤモンドには、周囲のマナを吸収して全ての効果を数日おきに再利用できるようにするためのエンチャントを施す。
こうすることで、王族が身につけるにふさわしい能力を持った防具となる。
遠目に見るだけであればやや派手な鋼鉄のライトアーマーであるが、装着者の命を守るという観点では、これは伝説の一歩手前ぐらいの価値となるはずだ。
「まあ、鎧ごと一刀両断されれば意味はないんだけどな」
そんな事ができるのは超一流の冒険者か、あるいは騎士団長クラスの英雄。
もしくは上級の魔族ぐらいのものだ。
そんな連中と王族が一騎打ちをしなければならない状況は、さすがに設計時の想定範囲外ということで許してくれるだろう。
うん、念のために一回ぐらいは即死に耐えられる効果も付けておこう。
「失礼します」
鎧の仕上げに取り掛かろうとしたところで、邪魔が入る。
本音を言えば怒鳴りつけてやりたいところであるが、ここは金を払ったとはいえ鍛冶ギルドの建物である。
有料とはいえ他所様の施設を借りている以上、誰かが入ってきたとしても、不快な表情を浮かべる以上のことはやめておいたほうが良いだろう。
「はい、なんでしょうか?」
うん、見覚えのない人物だな。
服装を見た限りでは冒険者ギルドの職員のようだ。
「初めまして、ですよね?
アリール辺境伯領のヤマダです。
お名前を伺ってもよろしいですか?」
何とか思い出そうとしてみるが、やはり顔に見覚えがない。
確か冒険者ギルドの制服は、青が多ければ多いほど上級だったはずだが、それ以外は全く見当もつかない。
「はい、私が筆頭鍛冶様にご挨拶をさせていただくのは今回が初めてです。
冒険者ギルド監査部の、スミスと申します」
監査部とはまたおっかない名前だな。
ギルド長と会えない以外では特に何もなかったはずだが、もしかして毎日帰還予定を確認することが迷惑となっていたのだろうか。
それにしても、言葉には出さないが、絶対に公文書に記載できる公式な偽名だろうな。
仮にも筆頭鍛冶を相手にするにあたり、名前がスミスというのは面白い冗談だ。
「スミスさん、ですか。
それで、監査部の方が何か御用でしょうか?
私の覚えている範囲では、ギルドの皆様に、ましてや監査部の方が来られるような悪いことはしていないと思っているのですが」
ニムの街で他国の軍隊であるルニティア地下王国のドワーフ戦闘工兵隊を助けるために依頼したことが問題になったのだろうか。
あるいは、結果的にはとはいえ、流浪の神官団から副団長であるミイナを引き抜いたのがまずかったか。
それとも、アリール辺境伯領における拠点であるアルナミア支部を無視できるように本部直轄の訓練所を作ったことが良くなかったのだろうか。
はたまた、事実上の単なる武装組織である自称アリール辺境伯領軍で、様々な用途で冒険者を雇っていることかもしれない。
うん、こうやって振り返ってみると、俺は結構なことをやってきたな。
「ああ、いえ、誤解がないように最初に申し上げておきますが、今回伺ったのはギルド側の問題についてのご相談です」
よほど変な表情を浮かべていたのだろうか、彼は友好的に見える笑みを浮かべてこちらの考えを否定してくれた。
ギルド側の問題?
そういうのは身内だけで話し合ってくれないかな。