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第三十八話


212日目 昼 ジラコスタ連合王国 王都 貴族街 ブルア家


「お久しぶりですな筆頭鍛冶殿!」


 不本意な始まりだったが満足できる結果となった交渉の翌朝、俺はブルア家の本宅に招かれていた。

 冒険者ギルド長は今日もまだ戻っていない。

 ブルア殿は何が楽しいのか満面の笑みを浮かべていた。

 まあ、恐らく間違いないが全ての情報を入手しているのだろう。

 

「こちらこそご無沙汰しており大変失礼いたしました。

 いつもお世話になっております、ブルア殿の連合王国に対する献身には、アリール辺境伯も大変お喜びになっておりました。

 もちろん、私も感謝しております」


 御世辞ではなく全くの本心である。

 俺の用意した兵站組織はそれなりの能力はあるが、運ぶべき物資が無ければ、それは飾りにしかならない。

 彼は商会の総力を結集し、必要な物資をいつでも準備してくれた。

 時には足りないこともあり、あるいは割高に感じる瞬間もあったが、総じて述べるのであれば必要十分な供給と価格だった。


「名高い筆頭鍛冶殿にそう言っていただけると、単なる商人である私としては光栄ですな!」


 相手の高笑いに合わせれて笑顔を浮かべるが、内心では彼が果たしてくれている役割を思い出し、改めて大したものだと感心する。

 彼は確かに政商に区分される、死の商人と呼ぶのには言い過ぎであるが、国難を金銭に変えているような人物だ。

 提示される単価には明らかに利益が乗せられていたし、希望納期に遅れる事もあるにはあった。

 だが、明らかな価格つり上げはなかったし、調達できないといわれることもなかったのだ。


 金さえ払えば必要な物資を用意してくれる存在は、有事の際には非常に頼もしい。

 世の中には、いくら金を払おうともどうしようもない事というのは大量に存在しており、往々にしてそれは致命的な事が多いからである。

負け戦という緊急事態の中で、商人としての常識の範囲内で行動してくれた結果として、継続的な物資の供給を受けることが出来ているという点が重要だ。

 彼は自分の商会に利益をもたらしつつ、自身の利益も公益もあるこの事業を継続するため、その他の取引先にも利益を分配できる形での売買を行っていた。

 情報収集のために契約しているいくつかの行商人たちの報告をまとめるとそうなる。


「まあ、それはそれとして、本日はどのようなご用件でしょうか?

 お役に立てることがあれば、もちろん喜んで協力いたしますよ」 


 彼の商会とはそれなりの互助関係を結べている。

 こちらが一方的な搾取をしない代わりに、彼は利益が取れれば薄利多売であろうともあらゆる協力をしてくれる。

 そういった関係が続いている以上、頼み事は喜んで受け入れたい。


「ふむ、やはり筆頭鍛冶殿は話が早い。

 実はですな、ここにきていくつかの商会が辺境伯領への協力を申し出てきました。

 既に私の元に何件か商談の要望が入ってきており、親しくさせてもらっている貴族の方々からも、会うように指示された人々が出てきております」


 なるほど、大軍を受け入れられるようにインフラ整備に勤しんできた成果が出てきたな。

 軍隊が行動すれば、そこに巨大な消費地が生まれる。

 特に防衛線を構築してのにらみ合いの場合には、部隊の移動が発生しないことから、余程の負け戦にならない限りは止めてもそれを掻い潜っての売り込みが期待できる。

 急にこのような話が出てきたと考えると、諸王連合軍、あるいは連合王国軍の辺境伯領入りは間違いないようだな。

 

「なるほど、随分と大きな話になっているのですね。

 他の商会という事は、当然ですが五商家も、ということですか」


 俺の言葉に彼は笑みを深くする。

 その目が全く笑っていない点は残念ではあるが、少なくともこちらへの評価を下げなかったであろう事は救いとしたい。


「ええ、そのとおりです。

 当家は別として、既に他の四家全てから会談の申し入れが来ております。

 それだけではなく、中堅どころからも、他国からもですがね」


 なるほど、そうなると増援は連合王国主体の諸王連合軍先遣隊だな。

 先日フレングス氏から聞いた話であれば2~3,000名の連隊規模。

 この世界は現代のように部隊規模を厳密に定めているわけではないので、後方支援も含めて連合王国が多くて1,000名程度、それ以外の国が混成で残りの人数といったところか。

 なんにせよ、調整は必要にしても戦力として期待できる友軍であり、辺境伯領に金を落としてくれる大切なお客様たちでもある。

 これは楽しくなってきたな。


「非常に自分本位なお願い事をしてもよろしいでしょうか?」


 そうであれば、俺がこれから目の前の彼にできる話は一つだ。


「伺いましょう」


 こちらが口を開く前に既に内容は通じているようだ。

 彼は期待に目を輝かせつつ、恐らくは事前に考えてきていたのであろう説得の言葉が無駄になる瞬間を待ち望んでいる笑みを浮かべた。


「まったくお恥ずかしいお話なのですが、私は増援に関する全権を任されているにも関わらず、こういった大きな商いの話は経験がありません。

 そこでお願いなのですが、他の五商家の方々とのお話については、ブルア様をお通しいただいてご調整いただけませんでしょうか?

 連合王国軍との調整はもちろん私がやらなければならない事ですが、そこへ加えて王都側の調整というのは、とてもではありませんが私がこなせるとは思えないのです」


 相手の目を見ながら、微笑みを浮かべつつ縋る。

 正直なところ、できるできないであればできないのだ。

 一対一で、相手の様子を伺いながらであれば商談の継続はできるかもしれないが、どう考えても相手の数が多すぎる。

 ブルア家とは特殊な出会いがあった関係から当主との会話ができているが、それも実務は部下に任せている。

 だが、その部下たちは需品科と輸送科、そして会計科である。

 その業務範囲はいわゆる総務部的なものであって、資材調達的な事はほとんどできていない。

 決済が必要なものは、全て俺に回ってきているのだ。

 今まではそれで回っていたが、相手が一気に四倍以上に増えるのであれば、さらに増派される軍との折衝も加わるのであれば、到底一人でこなせるものではない。

 

「もちろん喜んで承りますが、本当によろしいので?

 どう考えても私の利益が増える話になると思うのですが?」


 明らかにこちらの回答の内容を確信した様子で質問される。

 これは言質を取ろうとしているというよりは、確認を兼ねて会話を楽しんでいるだけだな。


「委託する業務の増大に伴って報酬が増える。

 何も不思議なことはないと思います」


 仕事が増えるから報酬も増える。

 おかしなことは何も言っていないはずだ。

 ついでに言えば、報酬を増やすことをこちらから申し出た以上、必要以上の暴利を貪ろうとした場合には対処する権利が確保できる。

 どこからが暴利で、どこまでが適正価格であるのかという点は別の話としてあるが。


「まったく、筆頭鍛冶殿と一緒にお仕事をさせて頂くと、利益は出るものの楽ができなくていけませんな」


 言葉とは裏腹に、その表情は使命感に満ち溢れている。

 商人である以上、事業の継続拡大のために利益は必要である事は言うまでもないが、彼は利益だけを目的として今まで仕事をしてくれていたわけではない。

 奴隷商人のフレングス氏も同様であるが、彼らは大商人としての社会的貢献を、この戦争で行おうとしている。

 叙勲とか、戦後の発言力とか、そういった要素を計算していないわけは無いだろうが、やらない善よりやる偽善とはよく言ったものだ。

 助かるこちらとしては、偽善だろうがなんだろうが、とにかく助力してくれるということ自体がありがたい。

 そんな彼に対して、今までの礼をしない訳にはいかない。

 限度を超えた搾取が確認されれば別であるが、少なくともそれまでは、彼が気持ちよく仕事をできるように環境を整備しよう。


 最低でもこの戦争が終わるまでの期間、派遣軍は壊滅しない限りは物資を必要とし続ける。

 これ以上の交戦継続は不可能だというレベルの致命的な大敗でもしない限り、連合王国も含めた各国は増援を送り続ける。

 その主戦場はアリール辺境伯領だ。

 そこから旧ナルガ王国に進み、さらには魔王領に攻め込んだとしても、アリール辺境伯領は策源地として位置し続ける。

 ここへ流れ込む物資をコントロールする権限。

 つまり世界各国から策源地へ運び込まれる物資全てをコントロールする権限。

 これは莫大な利益を生むし、その利益は継続的なものとなる。

 その利益を譲る代わりに、面倒な一切合切は任せる。

 悪い話ではないはずだ。


「これからもよろしくお願いしますね」


 正直なところ、これは職務怠慢だ。

 辺境伯領の調達担当が、最大限のコスト削減を行おうとせずに出入りの業者とナアナアの関係で済ませようとしている。

 おそらく後の世ではボロクソに言われるんだろうな。


「こちらこそ、それで早速ですが、連合王国軍に御用があるとお聞きしたのですが?」


 まったく、商人というのは耳が早いな。

 ブルア家は軍への納入もやっているという話だったから、そのあたりから漏れたのかもしれない。


「ええ、増援は間違いなく来て頂けるというお話なので、その規模と、受け入れに当たっての諸条件を先に詰められればと考えています。

 編成が忙しいらしく、なかなかお時間を頂けないで困っているのですがね」


 蔑ろにされているというわけではないらしいが、いくら候補日を提案しても会えないという困った状況が続いている。

 領主様からお借りした文官にアポ取得を任せていたが、担当者に落ち度があるのではなく、こちらが置かれている立場が微妙過ぎるか、あるいは相手が本当に多忙なのだろう。


「ふむ、それであればあまり褒められたやり方ではありませんが、明日に当家の者が辺境伯領までの補給を請け負う関係で、司令官閣下から任命を受ける機会があります。

 断らせずに無理にでも時間を作り出す、ということは出来ませんが、その際に同席いただいて、可能であれば話をするというのはいかがですかな?」


 素敵な申し出だ。

 本来の用件と全く異なる内容の話をその場で無理にするというのは相手の機嫌を損ねやすいことであるが、最悪でも後日のアポを取ることさえできればこちらの勝利だからな。

 そして、司令官から直接任命を受ける者が連れてきた人物が相手となれば、挨拶すらしないというわけにはいかないはず。

 

「ありがとうございます。是非お願いします。

 最悪でも辺境伯様からお預かりした信書だけでも手渡すことができれば、これに勝る喜びはありません」


 そう、信書は持っているのだ。

 普通であれば、辺境伯からの信書など、それも最前線から届けられた信書など、最低でも伯爵クラスが出てきて受け取るべきものだ。

 今の立場が勝手に行動している辺境伯領軍残党というものではなく、王家から見ると所在不明とされている扱いでなければ、五分もかからずに解決している悩みだ。

 ああ、早く神殿が滅ばないかな。


「そういうことであれば、話はより早いでしょうな。

 先に信書があることを伝えておきます。

 連合王国軍の先遣隊に関わる人々は、先の潰走、いえ、転進でしたか、とにかくそれを経験している方々が沢山いらっしゃいます。

 アリール辺境伯様の信書がある事と、筆頭鍛冶殿のお名前を出せば間違いなくお時間を頂けると思いますよ。

 どうぞこのブルアに、お任せあれ」


 頼もしい言葉と共に、ブルア氏は高笑いをした。

 見た目だけ見れば王都の悪徳商人と言った風体であるが、彼の能力と人脈には確かなものがある。

 あとで後悔する可能性はもちろんゼロではないが、今は目の前の交渉相手を素直に信じることにしよう。




213日目 昼 ジラコスタ連合王国 王都 連合王国軍司令部 司令官執務室


「用件を聞こう」


 ブルア殿の評価をまた一段と上げなければならないな。

 懐から信書を取り出しつつ、そのようなことを思う。

 まさしく一発であった。

 ついでに言えば、司令官閣下は非常に実務的な方のようだ。

 あとで担当者には気落ちしないようにフォローが必要だな。


「本日はお忙しい中お時間を頂き誠にありがとうございます。

 まずはアリール辺境伯様よりの信書をお渡しさせていただきます」


 本題は全てこれに書かれている。

 現在の辺境伯領の状況であるとか、増援の受け入れ体制についてとか、派遣軍の規模に応じた支援体制の拡張余地などである。


「頂こう」


 妙に言葉数の少ない司令官閣下は、信書を受け取ると内容の確認を始めた。

 はじめは丁寧に読んでいたが、次第にその手に力が入っていくのがわかる。


「用件はわかった」


 十分ほどであろうか、心地よい緊張感の漂う時間が過ぎ、司令官閣下はようやく口を開いた。

 その声音には、聞き違いようのない安堵を感じる。


「どうやら我々は、道なき道をひたすらに進む必要はなさそうだな。

 アリール辺境伯にぐれぐれも宜しくお伝え願いたい」


 どうやら、好意的に受け取ってもらえたようだ。


「はい、閣下。

 ちなみに、派遣軍の規模はどれくらいになりそうでしょうか?

 現在決定している範囲だけで構いません。

 そこを基準として、拡大できるように準備をしたいと考えております」


 念のためで連隊を想定して三千人前後までは今すぐにでも受け入れられるように準備を進めさせているが、もっと増えるようであれば用地の取得を進めさせなければならない。

 取得と言っても、領主の権限において借用人に対する一時的な立ち退きを命令するだけだが。


「決まっている範囲では、最大で二万人だ。

 まず千人ほどを送り込み、徐々に拡大して三千人。

 宿舎などの手配が済み次第で各国が動員した軍主力と合流した本隊が辺境伯領へ展開する計画だった」


 だったということは、前倒しとするのであろうか?


「最大については計画がまだのため直ぐには変更はない。

 だが、初動から三千に変更しよう。

 最初の千人はそもそも残る二千を受け入れるための準備が仕事だった。

 既に現地に受け入れの準備があるのであれば、前倒しをしない理由がないからな」


 少し待て、と司令官閣下は言い、手早く命令書を用意する。

 ベルを鳴らして従兵を呼び出し、押印した命令書を手渡す。

 話せる司令官閣下だな。

 

「筆頭鍛冶、一応確認しておくが、この信書はお前の仕事の内容を元に作られているのだな?」


 はて、急に怖い顔になられたが、一体どうしたのだろうか。

 領主様の性格からして、人を不愉快にするような内容を書かれるとは思えないのだが。


「内容は拝見していないので断言はできませんが、軍務にかかわることで私について何か記載があるとすれば、間違いないと思います。

 ちなみに、どういった事柄についてお尋ねでしょうか?」


 うかつに質問をすると何かに協力を求められる恐れがあるため恐ろしいが、増援に関わることであれば好き嫌いは言っていられない。

 出来ることをできるだけという範囲ではあるが、協力を惜しむ訳にはいかないだろう。


「本当に申し訳ないが、一つばかり余計な仕事を頼みたい。

 ああ、当然だが援軍に関わることで、そちらにとって損ばかり、という内容ではない」


 援軍に関わることで、余計な仕事?

 正規の軍人ではない俺に訓練を任せるとは思えないし、物資の買い付けは俺ではなく隣のブルア氏の仕事だ。

 何をやらされるのかがわからないな。


「はい、閣下。

 もちろん喜んでやらせていただきます。

 どのような役目を与えて頂けるのでしょうか?」


 一刻も早く辺境伯領へ戻してくれと言いたいが、ここは外れの軍施設とはいえ、王宮の一部だ。

 そういう本音ベースのやりとりは許されないんだろうな。


「心配しなくとも、多少の遅れはあっても援軍を連れて辺境伯領へ戻ることに変わりはない。

 その点は安心しろ」


 多少の定義をどの程度取るのかについては議論の必要があるが、立場が上のものが下のものにここまで細かく説明してくれるのだ。

 国家の歴史から見れば一年など一瞬のようなものだ、とは来ないのだろう。


「頼みたい事というのは、旧ナルガ王国の残存兵力についてだ」


 どこかで聞いた連中の名前が出てきたな。

 つい先日歓談したばかりのアイリーン・アルレラ=ナルガ第一王女殿下が間違いなく関係している話だろう。


「もしかして、救国親衛兵団のアリール辺境伯入りの件ですか?」


 話が見えてきたな。

 事前に本人たちから聞かされた話では、傭兵として雇ってほしいというものだった。

 口減らし兼出稼ぎといえば聞こえは悪いが、他国に設けられた難民キャンプで祖国の未来を人任せに比べれば、随分と前向きな提案ではあった。

 おそらく、その規模を大きくするのか、あるいは政治的な都合で王族も同行させるとかいうところだろう。


「ああ、ナルガ殿下が仰っておられた協力者とはお前のことだったか。

 ならば話は早いな」


 少し困ったような表情を浮かべていた司令官閣下は、俺の返答を聞いて表情を緩めた。


「アリール辺境伯領筆頭鍛冶。

 ジラコスタ連合王国軍司令官として命じる。

 貴殿の持てる全ての力を持って、ナルガ王国救国親衛兵団指揮官である第一王女殿下に相応しい武具を用意せよ。

 もし採用されれば、復興後の同国での国宝に認定するとのお言葉である。

 心してかかれ」


 なんということだ。

 俺に、辺境伯領筆頭鍛冶である俺に、武具を作れだって?

 その言葉をずっと聞きたかった。


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