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第三十七話


211日目 朝 ジラコスタ連合王国 王都


 王都は、ただ王都とだけ呼ばれている街だ。

 今も昔もこの位置にあり、連合王国が建国されて以来一度たりとも別の場所に遷都したことはない。

 そのため、この国に暮らす人々は、王都と呼んでいる。

 意外なことに、他国では建国以来遷都したことが無い国がないらしく、ジラコスタの人間が王都と言えば、それは彼らの首都以外の意味はないという慣習さえ存在していた。

 ここには連合王国国王陛下が住む城があり、貴族たちの暮らす貴族街があり、一般人の暮らす市民街、市場、闘技場、スラム街などが完備されている。

 言うまでもないことであるが、城壁が張り巡らされ、近衛を筆頭に多くの部隊が駐屯していた。

 

「筆頭鍛冶殿、こちらになります」


 同行者の一人である冒険者ギルドからの交渉役に従って大通りを進んでいく。

 さすがは王都、よく整備されている。

 石畳には驚くほど凸凹が無く、通りの両脇に立ち並ぶ建物はいずれもしっかりとした居住者がいるらしく清潔に見える。

 露店も多く建てられているが、それはあらかじめ定められた区画でもあるのか通行を妨げない位置にしかない。

 すれ違う住民たちは身綺麗にしており、まあここは別にスラム街はあるのだが、少なくとも視界に入る範囲では極端な重税や治安に対する不安も感じられない。

 もちろん彼らの表情は穏やかだ。

 何の不安も感じられないというほどまではいかないが、とても戦争中とは思えないほどに落ち着いた表情の者ばかりだ。

 

「ちなみに、こちらが鍛冶ギルドの連合王国本部になります」


 歩みを止めずに紹介されたそれは、質実剛健だけをコンセプトにデザインされたような建物だった。

 掲げられている紋章は確かに俺も所属している鍛冶ギルドのそれであるが、鍛冶というよりは傭兵ギルドと紹介された方がしっくりとくる堅牢さを感じる。

 窓は極端に小さいか鉄格子がはめられており、開かれた状態の扉は断面がこちらを向いているからわかるが装甲板と称すべき分厚さがあった。

 あそこにも後で寄らないといけないが、まずは冒険者ギルドだ。

 そのあとで錬金術ギルドにも行かなければならないし、領主様の紹介状を使って連合王国軍のできるだけ高官と接触する必要がある。

 おまけに、フレングス氏にも挨拶に行きたいし、きっと彼が手配してくれるであろう王都貧民局の担当者殿との情報交換も忘れてはならない。

 あとなんだったか、ああ、いくつか確認に回りたいところもあるな。


「あら?筆頭鍛冶殿、申し訳ないのですが少し道を開けていただけますでしょうか?」


 申し訳なさそうな声に視線を前に戻すと、通りの向こうから軍隊のようなものが進んでくるのが目に入る。

 有事の軍隊に優先通行権があるのは言うまでもないので進路を譲りつつ、接近しつつあるそれを観察する。

 うん、見れば見るほど軍隊“のような”連中だな。

 先頭を進むのは恐らく隊長だろう。

 騎乗し、それなりの装備を身に着けており、恐らくは騎士階級だ。

 その後ろに従うのは同じく騎乗した軽装の兵士、身に着けている装備のグレードからして、こちらは騎士ではないだろう。

 

「どうやら、難民を雇って作った部隊のようですね」


 その言葉に、思わず唸り声が出てしまう。

 先を進む数名は、まあ戦力として使えるだろう。

 だが、後ろを進むおよそ100名前後と思われる集団は、どう見ても使い物にならない。

 識別用らしい青く染められたターバン的なものを頭に巻いてはいるが、それ以外は粗末な槍やボロボロの革鎧程度しか身に着けていない。

 その行進とはとても呼べない歩き方は、日本の小学生の方がよほど訓練されていると言えた。


「まさかとは思いますが、あのままで辺境伯領に向かうという事はないですよね?」


 恐る恐る尋ねる。

 いくらなんでも訓練未了の集団をそのまま最前線に送り込むわけがないだろう。

 恐らくは、これは行軍訓練か何かのはずだ。

 仮に百歩譲ってこのまま進軍するにしても、門の外で輸送部隊と合流するのであろう。

 だが、兵士たちを見れば満足な靴も履かず、歩調はバラバラ、おまけに誰一人として背嚢を装備していない。

 あれでは疲れ切ったボロボロの人間が何人か辿り着く事はできても、部隊として前線に到着する事は不可能だろう。


「見たところ彼らは連合王国の軍ではないようなので何とも言えませんが、まあ、無いと思いたいところではありますね」


 先頭の騎士らしい人物に視線を再び向けると、何故か向こうもこちらに目を向けていた。

 先ほどは装備しか見ていなかったが、この世界では珍しくもない女性騎士のようだ。

 体つきは装備のせいでわからないが、顔は可愛いと綺麗の境界線、大人になりかけの少女といったところか。

 それはいいが、どうして彼女はこちらを見て満面の笑みを浮かべているのだろうか?


「ヤマダ!やっと来てくれたのね!!」


 その言葉に記憶が蘇る。

 もう何年も前に感じるが、実際には数か月前の出来事。

 国境付近に展開していた時に保護した、ナルガ王国の第一王女であらせられる、アイリーン・アルレラ=ナルガ様だ。




211日目 朝 ジラコスタ連合王国 王都 ナルガ王国大使館


「なるほど、救国親衛兵団とは良い名前ですね」


 あの後否応なく大使館へと拉致された俺たち一行は、長々とした説明を受けた。

 要約するのであれば、ナルガ第一王女殿下と僅かな護衛たちは、諸王連合の増援を引き出すために滅びゆく祖国を脱出した。

 国境付近で俺たちと遭遇した後、休まず走り続けて王都へ。

 そこで、彼女たちの旅は止まってしまったのだそうだ。


「もっとも、兵団などという立派な名前はついていても、まだまだですけれどもね」


 第一王女殿下の表情は自嘲というよりは、恥じらいを隠したものだ。

 どういうわけだか、そこに屈辱の色ははない。

 むしろ、何かに安心しているようにも見える。

 これは、一体どういうことだ?


「ご歓談中に失礼いたしますアイリーン・アルレラ=ナルガ第一王女殿下。

 ヤマダ様は冒険者ギルドの本部に火急の要件がありまして、誠に恐れ入りますが、ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」


 とても丁寧な口調で速やかに本題を話すように促した冒険者ギルドの人間に対し、第一王女殿下は冷たい視線を向ける。

 気持ちは痛いほどに良くわかるが、口を挟んじゃダメだろうに。


「王族とその賓客の歓談に許可もなく口を挟むなんて、冒険者ギルドも偉くなったものですわね。

 と、言いたいところだけれど、そちらの要件も重要でしょうし、もう少しだけ私に時間をいただけませんかしら?」


 叱責を受けてしまった。

 まあ、亡命政権だろうとも、彼女は実質的な国家元首だ。

 ここが他所の国であったとしても、人の都合を無視できる程度の権力はあってもおかしくはない。

 むしろ、丁寧なお願いの形をとっているだけギルドに対しては気を使っているのだろう。

 その言い回しはどうかとは思うが。


 先ほどから聞いていた説明によると、この大使館はナルガ王国臨時亡命政府としての機能を持たされているらしい。

 諸王連合の大方針が定まるまでは王都で待機するように依頼された殿下は、私財を投げ売って周辺の土地をいくつか買い取り、 臨時政府官庁、臨時亡命軍基地、臨時難民居住地まで準備したそうだ。

 本来であれば亡命政府とそれを受け入れた側の関係であっても、首都に他国の軍隊の基地を作る許可など出るはずがない。

 だが、諸王連合は、ナルガ王国は国土の一部を魔王を名乗る敵軍に占領されたとしても、正当な王位継承者とそれが統べる国家は滅んでいないとしたいのだろう。

 そしてそれは、あくまでも諸王連合の都合で左右できる臨時の存在に留めたいという事でもあるのだが。

 この殿下は世間を知らない高慢な悪徳令嬢のような口調をしているが、随分と苦労しているようだ。


「あら、アナタまで畏まる必要はないのよ?

 王族に招かれた以上、アナタはこの場においては王族と同等、少なくともそれに準じる扱いを受けなければならないのですもの」


 もちろん、必要な礼儀は言わずとも弁えてくれると期待しているからだ、と続くのだろう。

 とてもありがたい事だが、冒険者ギルドと揉めないでほしい。

 ほら、殿下の後ろに立っている一番偉いらしい騎士さんがしきりに胃の辺りに手をやっているじゃないか。

 それに、王族に招かれた賓客という待遇である以上、俺が殿下に異を唱えることはできないが、かといって俺も冒険者ギルドと揉めたくはない。


「恐れ入ります、殿下。

 冒険者ギルドへ急がなくてもよいかと言えば嘘になりますが、殿下のご用件を優先しない理由もありません。

 どうぞ、お気になさらずお申し付けください」


 偉い人の頼み事を聞くということは、面倒に満ち溢れている。

 最低限の条件として、まず相手の面子を最優先にしなければならない。

 何か頼みごとをされた場合には、できる限りを尽くす必要がある。

 だが、まだ本題は聞いてはいないが、まず間違いなく大変な労力と面倒が予想される頼みごとを聞かされそうになっている。


「アナタのそういうところ、とても好ましいわ」


 嬉しそうに目を細めてこちらの目を見てくる。

 美人にそういうことをされると照れてしまうな。

 できればトキメキであろうこの胸の激しい鼓動を土産に家に帰してほしいところである。


「お願い、というよりも、相談になるけれど、アリール辺境伯領で傭兵団を雇う余裕はあるかしら?」


 傭兵、なんとも前時代的な響きだ。

 ああいや、この世界では別におかしくとも何ともないか。

 一国の国家元首がなぜ傭兵の営業をしているのかは不明だが、それにしても傭兵か。


「余裕が無いといえば嘘になりますが、どこまでの規模になるかによってご返答は変わると思います」


 最大でも中隊単位が限界だ。

 現行の辺境伯領の組織では、それ以上を受け入れてもまともに運用することができない。


「そうねえ、兵士だけならば200人、炊事や雑用は必要なだけ連れて行っていいわ」


 必要なだけ、連れて行っていい。

 なるほど、そういう事か。


「これはまだ国王陛下にも申し上げていない事ですが、我々は近くナルガ王国との国境付近まで部隊を進める予定があります」


 一旦言葉を切る。

 殿下の表情に違いはない。

 相変わらず嬉しそうな表情を浮かべている。

 まあそうだろうな。

 同盟国の軍隊が、自国を救うために攻勢を予定している。

 これで嬉しそうにしない奴がいたら会ってみたい。


「できる限り鍛えます、装備も提供します、物資も十分なだけ用意させましょう。

 ですが、危険です。全員に希望する仕事を割り振れないかもしれません。

 それでもよろしいでしょうか?」


 臨時政府の代表が、傭兵の紹介をして人数は不定。

 つまり、目の前の彼女は、国民を兵力として提供しようとしているのだ。

 悪く言えば口減らし。

 だが、実際のところは食わせるために断腸の思いといったところなのだろう。

 税収はなく、持ち出せた財産は減る一方。

 この部屋も彼女自身の持つ気品で高貴な雰囲気は漂っているが、内装は良く言えば華美では無い、悪く言えば地味なものだ。

 諸王連合からの支援が無いとは思えないが、それは民に不自由のない生活を送らせるには不足しているのだろうな。


「無駄に死なせない、それだけを誓っていただければ何も言う事はありません」


 まったく、大した王女殿下だ。

 お願い事を口に出してからは表情の中に緊張が含まれていたが、今は安堵が含まれている。

 だが、差し向かいでこちらの目を見ているからこそ伝わったが、口調は王族に相応しいものであるが、内心は全く違う。

 恐らくだが、安堵しつつも、自身の責務を他国に負わせることに心を痛めている様子だ。


「非才の身なれど全力を尽くします、殿下」


 目上の人からの頼みごとを断れない俺としては、従うしかないじゃないか。

 それに、賭けても良いが、これは彼女の個人的な感情からの要請ではなく、我らが連合王国からの命令に対する予令のようなもののはずだ。

 大変に失礼な話であるが、亡国の王女である彼女は、隣国の貴族見習のような存在である俺に対してでさえ根回しとご機嫌取り以上は許されていないだろうからな。



211日目 夜 ジラコスタ連合王国 王都 錬金術ギルド本部 応接室


 初日から面倒事が発生した王都訪問であるが、本来の目的である冒険者ギルドとの交渉は始まってすらいなかった。

 そうというのも、俺が訪問した時、ギルド長は留守だったのだ。

 もう少し早く到着していれば、というレベルではなく、前日から外出しており、戻り予定は数日後だというのだ。

 まあ、事前にアポを取っておいたわけでもなく、そもそも向こうからすれば俺が今日ここに来るという事は知らなかったはずなのだから仕方がない。

 戻り次第連絡を貰うという事でその場は退出し、言伝を頼まれていた錬金術ギルドへと訪問する。

 

「これはこれはヤマダ筆頭鍛冶殿、ご活躍はお聞きしておりますよ」


 錬金術ギルドで対応をしてくれたのは、壮年の男性だった。

 やや太り気味だが、どうでもよい。

 それよりも、ここしばらく女性とばかりやり取りをしていたので、組織の中核をなす層に男性もいることに安堵する。


「本当はもっと早くご挨拶に伺う予定だったのですが、遅くなってしまい失礼いたしました。

 アリール辺境伯領筆頭鍛冶のヤマダです。

 本日は、貴ギルドの連絡員より、王都入りの際に渡してほしいと依頼された手紙をお届けに上がりました」


 こちらになります、と言いつつ、懐に収めていた手紙を手渡す。

 中に何と書いてあるのかはわからないが、少なくとも俺に託す辺り都合の悪い事は書いてないだろうと信じたい。

 いや、当然だが書いてあったとしても盗み見るつもりも、闇に葬るつもりもなかったがな。


「失礼しま、すね」


 折りたたまれていた書面を開いた彼は、何故か不自然な位置で言葉を切った。

 その目は見開かれ、口元は固く結ばれていく。

 おいおい、どれだけ難しい内容が書かれているというのだ。


「ああ、失礼いたしました。

 筆頭鍛冶殿はどのくらい王都に滞在なされるご予定ですか?」


 表情は硬いが、言葉遣いが丁寧になったな。

 余程興味を引ける内容が書いてあったのだろう。


「まだ来たばかりですからね、最短でも冒険者ギルド長が戻られて、本来の要件が終わるまでは戻れません。

 せっかくの王都ですし、ほかにもやりたいことはありますからね」


 領主様からは冗談で女遊びをするなと言われているが、まあ、遊ぶにしても身請けして前線へ連れ込むような破廉恥なマネはするなという意味だろう。

 俺もいい年だ。

 奴隷を買うのか、あるいは未亡人や孤児に手を出すのかはさておき、死地に民間人を連れて行くような事をしない程度には分別はあるぞ。

 そんな冗談はさておき、せっかくの王都にこれたのだし、行くべきことも、やるべきことも無数にある。


「できる限り優秀なギルド員と、出しても惜しくないギルド員をできるだけたくさん、多ければ多いほど良い。

 そういうご要望ですね?」


 手紙に書いてもらうにあたり、そこまで壮大な要望を口にした記憶はないが、確かにそういった趣旨の要望を書いてくれとは依頼していたな。

 しかし、交渉のテクニックとして話を蹴られない範囲で最大の要望をとりあえずぶつけてみるという手法があることは否定しないが、随分と大きく話を盛ったものだ。

 

「できる限り多く、一人でも早く送り届けられるように手配します。

 何日かは滞在されるかと思われますが、もし早めに帰還されるようであればお申し付けください。

 その際には、ご帰還される時点での全員を同行させ、第二陣はこちらで手配して送り届けます」


 至れり尽くせりだが、手紙に何と書いてあったのかが気になる。

 ポーションなど各種薬品のレシピと素材採集場所は提供すると約束したが、それ以上は勝手に書かれていたとしても約束できないぞ。



211日目 夜 ジラコスタ連合王国 王都 貴族街 アリール辺境伯公邸


 夜も更けてきた。

 文官たちには俺抜きで夜の街を楽しむようにと一時金も渡したし、そろそろ行動を開始しよう。

 服装を確認する。

 華美すぎず、強力すぎず、ちょっと金を持っていそうな冒険者風にしてある。

 所持金の確認、問題なし。

 マップの確認、色町と思われる地区はマーク済み。

 よし、出よう。


「お休み中のところ失礼します!」


 ドアの向こうから声がかかったのは、椅子から腰を浮かせた瞬間だった。

  

「起きています、何か問題ですか?」


 剣を抜き、音を立てずに机の上に置く。

 ベルトからいくつかの道具を抜き取り、その横に並べた。

 この間0.5秒の早業であった。


「火急の要件があるとの来客が来られております。

 お通ししてもよろしいでしょうか?」


 なんだよ、俺はこれから極めて重要な任務に取り掛かろうとしていたんだぞ。

 まあ、それは個人的な内容だし、王都へは公務で来ているのだから文句は言えないのだが。


「問題ありません、直ぐにお通ししてください」


 俺は、そう、新しい装備を作ったので装着具合を確かめようとしていただけだ。

 決して金を持っていそうな冒険者を装って色街に繰り出そうとしていたりはしていないぞ。


「それでは直ちにお通し、あっお待ちください!」「失礼します」


 相手が入ってくる前に机の上を片付けようと思ったが、どうやら俺に会いに来た人物とやらは辺境伯の家臣の部屋に強引に押し入れるだけの立場だったらしい。

 一瞬だけやりとりがあり、見知らぬ男性が入室してくる。


「大変失礼で恐縮なのですが、まずお名前を頂いてもよろしいですか?」


 微かに眉を顰める。

 それ以上の感情を表に出さないようにしつつ名前を尋ねる。

 相手がどれだけ偉いかがわからないので、その程度にしか自由が無い。

 せめてもの抵抗として、言葉の内容は最大限の嫌味を混ぜてはいるがな。


「申し遅れました。鍛冶ギルドのルーメンスと申します。

 この度は遅い時間にもかかわらずお時間を頂き誠にありがとうございます」


 相手がどれだけの地位にいるのかは知らないが、アポ無し突撃の上に勝手に入室とはずいぶんとやってくれるじゃないか。

 そもそもの話であるが、アポ無しで来ておいてこちらは足を運んだんだぞと相手に時間を取らせるというのは、自分がよほどの上位者でない限りは大変に失礼な事なのだがな。


「この度のご無礼、誠に申し訳ございません。

 また、それにも関わらずお時間を取っていただき誠にありがとうございます。

 実は、我がギルドについて、ええと、その」


 出だしこそ淀みのないものであったが、どうやら卓上の剣に注意が持っていかれているらしい。

 非礼を詫びていたにもかかわらず、彼の眼は剣に注がれており、その分析に脳機能の大半を持っていかれているのか、口はだらしなく半開きとなり、間を繋ぐ適当な言葉すら出てきていない。


「そこまで御気に入っていただけたのであればこの剣はお譲りしましょう。

 要件は、私が辺境伯領で行っている教導への鍛冶ギルドからの研修生派遣と、本部へのレシピ提供ですか?

 もしそうなのであれば、喜んで受け入れますよ?」


 要件の予想はついている。

 辺境伯領に軍事的知識を提供している、諸王連合の同盟国にも提供している。

 今日の日中には亡国であるナルガ王国にも一部知識の提供を決め、錬金術ギルドにまで提供を申し出た。

 それで、どうして本来の所属である鍛冶ギルドには何もしないのだ。

 そういうことを聞きに来たのであろう。


「ええと、ええ!?よろしいのですか!?」


 破格の申し出に相手は驚愕したようだが、別にこちらとしては異論は無い。

 俺が了承した内容というのは、今後の歴史を変えることができるレベルのものだ。

 腕の良い鍛冶屋であれば+3装備を狙って作れるというのは、それだけの意味がある。

 彼らが送り込もうとしている人材が新人なのかベテランなのかはわからないが、教導を行うという事は、今持っている知識を教え導くという事だ。

 それは、普通に考えると競合をわざわざ手間暇かけて育てるということであり、普通の鍛冶屋であれば跡取り以外にはやらないことであるが、結婚の予定が無い俺はそれで良い。


「貴方がどのような交渉条件を持ってきたのかには興味がありますが詳細は知りません。

 私は恐らくは貴方がたが求めるであろう全てを提供できます。

 そのための許可を与えられ、準備を整えてきました。

 なので、どこまで出すかは貴方個人に任せますが、許可されているすべての条件をください。

 ご存じだとは思いますが、辺境伯領は何もかもが不足しているのです」


 致命的な部分はできる限り対策を施しているが、それでも問題点は無数に存在している。

 今の辺境伯領は、領主様のご采配と部下たちの献身のおかげで何とかそこまで持ち直した。

 だが、そこまでしかできていない。

 持続可能な成長を行うためには、もう少しばかり外部からの注力が必要だ。


「交渉事がお好きではないというより、それを行う時間がもったいない。

 そういうわけなんですね?」


 疑問形ではあるが、こちらの考えはしっかりと相手に伝わっているようだ。

 話が早い相手で助かったな。


「そういうことです。それでは、双方が合意できる事項について並べてみましょう」


 笑みを浮かべつつ、書類を取り出す。

 やれやれ、今日は遅くなりそうだな。


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