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第三十四話

175日目 昼 ジラコスタ連合王国 コルナ村 アリール辺境伯領軍仮設拠点 建設中の集会場


「さて、場所はこのような感じで宜しいですか?

 建物自体は未完成でも、この部屋は完成しています。

 今日は工事を休みにさせていましたので、人も警備以外はいないはずです」


 まず間違いなく面倒な話なので、会場は人払いができる場所を選択した。

 これでただの商談であれば赤恥もいいところだが、今回の彼は護衛以外誰も連れて来ていないという報告を聞いている。

 要するに、何かを売りつけるにしても王都の奴隷商人自らが最前線に駆けつけるような内容であり、つまりそれは重要な内容ではないはずがない。


「お心遣い誠にありがとうございます。

 今日お時間を頂いたのは、お買い上げいただいた奴隷たちについてと、王都貧民局長様からの書状をお渡しするためです」


 なるほど。

 奴隷とは言っても国民、ましてや戦災による難民が経済奴隷になっているだけの人々を誰に押し付けたら良いかが問題になって、富国強兵に勤しむ辺境伯領に白羽の矢が立ったのだろう。

 だが、いずれは家に帰すべき人々を鞭打って働かせたり、剣は二人に一本だと戦場に送り込むような場所には任せることはできない。

 そういうわけで、彼が調査員としてここへ送り込まれ、少なくない人数を売りつけてきたのだろう。

 どれぐらいの期間こちらに隠れて継続調査をしていたのかは今となってはわからないが、ここにこうして来たということは、基準値を超えることができたのだろうな。


「彼らは元気でやっていますよ。

 もし気になるようでしたらいくらでも見て回ってやってください」


 少なくとも日本国の労働基準法より多少キツイ程度でしか使っていないぞ。

 この世界の常識を熟知しているわけではないが、人様に後ろ指をさされるようなレベルには達していないはずだ。

 

「いえいえ、ここに来るまでの間に見ただけでも、彼らがしっかりとした扱いを受けていることはよくわかりましたよ。

 何しろ私は奴隷商人ですから、そういった事はよくわかります」


 白々しいことを言ってくれるが、別に向こうに揉めるつもりがない以上、こちらとしてもこれで終わりなのであればありがたい。


「そういっていただけると幸いですね。

 それで、ご用件を伺っても?」


 失礼ではあるが、今は率直さのほうが優先だろう。

 戦闘中というほど時間がないわけではないが、それでも無駄にできる時間は少ない。

 何しろ今は、戦争中だ。


「書状については後でお渡しするとして、今日お話ししたかったのは、あと何人をここで、つまりアリール辺境伯領で受け入れていただけるのかという事です」


 ただの世間話ではないとは思っていたが、随分と大変な話が来たものだ。

 王都でも吸収できない難民兼奴隷を、最前線で何人吸収できるのかと聞かれているのだ。


「そうですね、今は以前ご提案をお断りした時とはだいぶ状況も変わりました。

 辺境伯領全体で、となると領主様への確認が必要ですが、この村と、建設中の要塞だけで言えば、前回と同じ程度は受け入れられると思います。

 ああ、志願兵を含めてという話であれば、もっと可能ですよ」


 手持ちの兵士たちへ食料を配るのが精いっぱいだったかつてとは違う。

 食糧の増産実験は成功しており、要塞の建設も順調。

 コルナ村を起点とした辺境伯領の改造計画が走り始めている今としては、働き手は大歓迎だ。

 

「この村と砦だけでも前回と同じ500人、それは、つまり、ほかの町も含めればもっと、という事ですよね?」


 フレングス氏の度肝を抜くことができたようだ。

 この領の方針に奴隷の使い捨てという概念がないことを知っている事を考えれば、彼の驚きは正しいのだろう。

 前回、男女合わせて500人の奴隷を買い入れ、その前にも150人の奴隷に偽装した増援を受け取っている。

 辺境伯領自体が持つ兵力もあり、さらには元々の現地住民と、保護している難民もいる。

 その状況で、なおも増員が可能だと言ってのけたのだ。


「使い道をこちらで選ばせてもらえるのであれば、そういうことになります。

 ご存じだとは思いますが、今の辺境伯領は人手不足なので」


 魔法を取り込んだ新しい形の農業は、ゲームの設定を用いた方法によって収穫までの期間を極めて短いものにすることができる。

 これにより、十分な支援が行えるという前提は必要だが、同じ面積での生産量が、従来の数十倍、数百倍にも達していた。

 つまり、少なくとも食料面で言えば、農業従事者の増加は、食料自給率の増加に直結している。

 それも、年ではなく、月という異常に短い単位でのそれだ。

 そして、辺境伯領には外洋に面した商業港こそないが、大河による水運を利用した商業都市があり、農業が行える土地があり、鉱山を抱えた工業都市もある。

 戦時であることから兵士はいくらいても不足しているし、最前線の兵士を支えるための後方支援部隊も、それを支える労働者も、どれだけあっても不足しかしていない。

 防衛に関するあれこれをしっかり考えられるのであれば、人口の増加は非常に感謝すべき事態なのだ。

 


「いや失礼しました。思い出してみれば、ここは王都でも研究が始まったばかりの新しい農業、その本拠地でしたね」


 全く自重せずに各国へ流出させている新農法については、当然だが祖国であるジラコスタ連合王国も例外とはしていない。

 この手法を秘匿した場合の利益を考えれば、今が平時で、ここが国境からほど遠い田舎の村であれば全力で秘匿に走りたいところである。

 だが、今は戦時で、ここは最前線だ。

 効果検証はどちらにせよ必要なので、それを理由に農地拡大を行わせているが、敵の攻勢が始まれば奇襲なりドラゴンなりを使って全て焼き払われると考えるべきだろう。

 少なくとも、自分であれば最低限その程度は行う。

 そして縁起でもない想定だが、万が一こちらが壊走することとなれば、手つかずの農地がそのまま相手の手に渡る恐れもある。

 そうなってから慌てて他の領地や国に情報を伝えたのでは、貴族の陪臣として国から給料を間接的にもらっている人間として余りにも不誠実に過ぎるというものだ。

 まぁ、それにしたって国内だけで独占するという選択肢はあっただろうが、エルフとドワーフに対して国対国という形で借りを作れるというのはアリだと思ったんだよな。


「王都で問題になっていなければよいのですが、何しろここでは何かをするのに許可を求める方法もないですし、その結果を聞くこともできないので困っているのですよ」


 忘れがちだが、辺境伯領は行政権を神殿に奪われている。

 そこで勝手な活動を続けている我々は、確かに神殿からの何らかの命令を無視しているわけではないが、その状況を利用している役人の集団程度だ。

 言い訳と曲解の限りを尽くし、状況を最大限に自分本位に解釈して暴走しているに過ぎない。

 それはそれで行動の自由を得られるので気楽ではあるが、貴族の一員として王都との正式なチャンネルを自ら閉ざす結果にもなっている。

 幸いなことに様々な方法を用いて向こうから来てくれてはいるが、それは情報のやりとりするための手段としてであり、辺境伯として国王との関係を維持できるものではない。

 あくまでも非公式なもののため、国としての判断を求め、国としての回答を貰うことはできないのだ。


「そうですね、たまにですが、そのような懸念を王都で聞くことはあります。

 私も詳しくは存じ上げませんが、特に諸王連合軍の中では、それも反撃のために準備をしている将軍たちの間では、最も敵に近い場所に貴族がおらず、軍もないという状況に強い懸念があるとかなんとか」


 随分と詳しくない情報ですね。

 諸王連合軍自体を構成するのは各国の騎士団や貴族軍だろうが、総体としては一つの軍隊だ。

 敵が強いからといって、いや、逆に敵が強力だからこそ、それなりの遅滞防御部隊は必須だと考えるはずだろう。

 神殿がなんと言っているのかはわからないが、既に国が一つ滅んだあとだと言うのに、敵との交戦の報告も、偵察の報告もない状況で笑って待っていられるはずがない。

 いや、実際にはアルナミアから定期的な偵察を出して、ひょっとしたらこちらが把握できていないだけでちょっとした小競り合いなどもしているのかもしれないが。


「なるほど、諸王連合軍の方がそういうお気持ちになられる理由は、わからなくもないところですね」


 逆の立場であれば、例え使い捨ての防壁としてでも、最低でも大河の此方側にそれなりの戦力は貼り付けたいと考えるはずだ。

 それなりとはどれくらいだという話は置いておくとして、ここでこのような話を聞かされるということは、諸王連合軍としての部隊がある程度進出してくるということなのだろう。


「お話はわかりました。

 それで、例えばのご相談なのですが」


 そう告げると、フレングス氏は嬉しそうに表情を歪めた。

 彼の大好きなビジネスの話になったと判断したのだろう。


「これは素人だからこそのご相談なのですが、貴方であれば、いつかくるかもしれない諸王連合軍を何人ぐらいだと見積もりますか?

 ああ、これは将来貴方から奴隷たちを購入する際の目安として、数字を考えておきたいだけという話ですよ」


 露骨すぎる質問であるが、趣旨は伝わるだろうし、貴族的すぎる会話は苦手なので勘弁してもらおう。


「そうですなあ」


 幸いなことに、少なくとも及第点はもらえたようだ。

 彼の表情からは、会話を楽しんでいる様子は見えるが、失望や落胆と言った要素だけは感じられない。

 まあ、できる商人は表情筋のコントロールぐらいはできるだろうから、こちらの勝手な憶測だが。


「私は兵を率いたことはないので、その数が妥当かどうかはわかりません。

 ですが、そうですな、思いつきで言わせていただければ、2,000から3,000といったところかと」


 連隊規模か。

 大陸の一部の防衛と考えた場合には少なすぎる人数だが、過去に見たお粗末な補給体制から考えれば、最大規模の動員とも取れる。

 目的は、恐らくは辺境伯領各地への貼り付けによる防衛線の構築と、そこからの偵察だろう。

 辺境伯領と連合王国本土を隔てるレビ大河のこちら側にしっかりとした橋頭堡を設け、警戒陣地を張り巡らせる。

 それによって、将来的には必ず実施されるであろう反攻作戦の取っ掛かりとするのが、最終的な目標だろうな。


 敵の手に落ちた状態での渡河は大変な手間と犠牲が必要とされる。

 この世界に機関銃や野戦砲はないが、恐るべき面倒さが発生することには間違いがない。

 相当に慎重な計画を立てているはずだし、そう考えれば、本隊の渡河を待って殲滅される危険性を考えつつも、辺境伯領内に先遣隊を派遣しようと考えることは不思議ではない。

 全軍潰走がもう一度発生するにしても、それを遅らせることができるだけの捨て駒を配置することができれば、やってみる価値はあると貴族ならば考えるかもしれない。

 それであれば、今までの領主様に対する有形無形の支援は理に適っている。

 貴族として国王陛下に忠誠を誓う人間が、国全体から見ればほんの僅かな投資だけで先遣隊のための下地を作る。

 神殿との間で本気で問題になれば命令という形で止めることができるし、そうでなければ自腹で防衛のために必要なあれこれを用意してくれる。

 どちらに転んだとしても、ジラコスタ連合王国としては損がない。



「もし仮にそれだけの戦力が来てくれるのだとすれば、私たちは随分と楽ができそうです。

 装備の補給をどうするのかという問題は残りますが、少なくとも食料についてはその程度の人数であれば問題はなさそうですね」


 ヴィトニアを兵站拠点として、こちらが維持している街道を輸送路としての物資輸送を行う。

 いや、物資だけを大河の辺りにあるヴィトニアへ運び込み、そこから先の輸送はこちらに任せたいのかもしれない。

 どちらにしても、大歓迎だ。

 直接の指揮権はないだろうが、戦力の増加はそれを賄える物資があるのであれば、嬉しい要素しか無い。

 これは強がりではなく、事実だ。

 今の辺境伯領は、やろうと思えば数千人の消費者を支えられるだけの食料生産能力を直ぐに用意できる。


「そのお言葉は、もし諸王連合軍の皆様がここへ来たときには、とても心強い事と感じていただけると思いますよ。

 ええ、本当に」


 それはそうだろうな。

 前回の敗因は敵が強かったことでも、味方が弱かったことでもない。

 補給ができなかったからだ。

 だが、今回は補給については問題がない。


「もしそう感じていただけることがあるとすれば、領主様もお喜びになられると思いますよ。

 それはそれとして、今回売っていただける奴隷というのは、500人が限度なのでしょうか?

 農業だけではなく、あちこちに人を回すのであれば、もう少しばかりは人手があると大変に助かります」


 ひょっとしたら糧食の手配が必要なのに指揮権がない人々が大量に来るだけかもしれないが、それでも非常にありがたい。

 今の我々には、パトロールと機動防御という言葉で彩られた、間に合わせの巡回しか行うことができていない。

 各地の兵站拠点や都市には貼り付けの防衛部隊も置いてはいるが、それとて警戒陣地程度の期待しかできないものだ。

 だが、とりあえず敵が相手ならば戦ってはくれるであろう友軍が駐屯してくれるのだとすれば、こんなに心強いことはない。

 さらに、少なくとも賃金だけは、それぞれの国や貴族が支払ってくれる。

 つまり、それは買い叩かれるにしても、領外からの資金が流れ込んでくることを意味する。

 断る理由はどこにもない。

 

「ええ、ええ、そうでしょうね。

 そういう奴隷ももちろんご用意しております」


 俺の質問に対し、フレングス氏はのんびりとした声で答えてくれた。


「王都貧民局局長様からの書状をお読み頂く前に本題が解決しそうです。

 ああ、もちろんお渡ししますが、私が命じられていたのは、少なくとも1,000人の受け入れをご提案することでした。

 当然のことですが、犯罪奴隷は無し、働くことのできない人物もおりません」


 それはありがたい話だ。

 奴隷なのだから労働力として使用できない者がいるはずもないが、だからといって食い詰めた犯罪者や、年端もいかない子どもたち、死を待つばかりの老人の集団を送り込まれても困る。

 だが、贅沢を言えば技能職や、以前のような奴隷に偽装した兵士は欲しい。

 訓練を施し、適正を見極め、無理そうなものは農村や鉱山に放り込むにしても、そう遠くない未来に派兵されるらしい増援のための準備を、最低限だけでも用意しなければならないからだ。


「言い忘れておりましたが、剣をもたせれば剣兵に、馬車を操らせれば荷馬車程度は動かせるような者たちも多数ご用意しております。

 あの敗走から、未だに国は立ち直ってはおりませんからね。

 そういう人間は、驚くほどたくさんご用意できております」


 少しばかり訓練を施したところで一人の人間が兵隊になれるはずがない。

 なるほど、神殿と問題を起こさないための配慮は必要だとしても、支援は継続させるということか。

 お上の考えることは面倒が多くていけない。

 まあ、言うまでもなく最善手だと思うが。


「なるほど、大変に参考になるお話をありがとうございました」


 詳細をもらい次第、領主様にご相談が必要だな。

 だが、大筋はわかった。

 諸王連合からの増援は近いうちに連隊規模で到着する。

 その受入は、こちらで行わなければならない。

 そのために必要な、少なくとも人的資源の提供はある。

 あとはお手並みをご拝見という程度には、我々の行動の自由は承認されている。

 そういうことらしい。


「それで、お話にあった便利そうな奴隷の皆様は、いつぐらいにこちらへ来ていただけるのでしょうか?

 もちろん上限はありますが、できれば全員買い取らせていただきたいと思っていますので、部下たちに受け入れの準備を進めさせたいのです」


 勇者様絡みの胡散臭い話はこの後うんざりするほど聞かされそうなので置いておくとして、先ほどの露骨な会話からするに、諸王連合軍の増援はすぐにでもやってくるのだろう。

 であれば、兵站組織の大幅な拡張と、輸送路が通る辺境伯領内の防衛部隊の増員は、いずれも早期に成されなければならない。

 

「信じていただけないかもしれませんが、私は筆頭鍛冶様に信頼のような感情を持っております。

 実は、既にヴィトニアの対岸までは到着させているのです。

 ご許可をいただければ、数日中にはここまでお届けできるかと思います」


 信じるも何も、目の前の王都で活躍する奴隷商人氏は、非公式な人事部長殿だ。

 表現に問題があるかもしれないが、とにかく彼は、領主様の上長に位置する連合王国国王陛下の指示を受けた人物からの命令を伝えている。

 陪臣であり、領主様から全面的な指揮権を与えられている身としては、否応があるはずもない。


「さすがはフレングスさんですね。

 全員を買い取らせていただくので、直ぐにここへ寄越してください。

 ああ、訓練の後にはなりますが、この辺境伯領全域で活躍してもらうことになります。

 すぐにとは言えませんが、仕事の内容も人により全く変わりますが、それでも大丈夫であれば、更なる追加も可能ですよ」


 そう告げると、彼の笑みは深くなる。

 だが、これはリップサービスではなく、辺境伯領軍での教育システムが、それなりの進展をしたからこそ言える事実である。

 現在の我々には、警戒陣地を張り巡らせつつ、長距離偵察を行い、機動防御のための部隊を維持し、補給部隊を働かせ、必要と思われる防衛部隊を貼り付けつつ、領民に経済活動を継続させられている。

 いざという時の全面撤退の計画は机上の空論レベルでしか準備できていないが、それでもこの領内を持続発展可能な程度にはコントロールしているわけだ。

 その生産能力については向上の予定しかないわけで、働き手でもあり、消費者でもある奴隷の増員と、大量消費者である諸王連合軍の増援は、程度の問題はあるにしても大歓迎なのである。

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