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第三十二話


171日目 夜 ジラコスタ連合王国 コルナ村 アリール辺境伯領軍仮設拠点 正門


 警報の意味を持たせた鐘が鳴り響く。

 ここはコルナという名前の村落であるが、現在は連合王国軍アリール辺境伯両軍基地でもある。

 作りかけの城壁、練兵中の兵士たち、開発中の兵器しかないが、それでも本営だ。

 草原と比べれば比較にならない強固な防御設備、この辺りでは最も多い訓練された戦力、数量は期待できずとも威力は確かな武器がある。


「ドワーフ銃兵隊は西兵舎内にて待機中!」


 駆け寄ってきた伝令が叫ぶ。

 俺が軽く頷き、それを確認して彼は次の報告を受け取るために駆けて行く。

 銃は間違いなく強力な武器であるが、数がない。

 それを扱える人材はもっと少ない。

 空中目標相手にひたすらに撃たせるには、今の数倍は普及させるまでは諦めるほかないだろう。

 それまでは、残念ながら温存の一手だ。


「報告!領有兵士隊クロスボウ部隊は装備を整えて城壁内側で待機中です!」


 対してクロスボウは数を揃えられるし、兵士の中でも扱えるものがいるので今回は総動員だ。

 射程には期待ができないが、ドラゴンたちもこちらへ攻撃するためには接近してくるだろうし、近寄ってこないのならば城壁に隠れていれば被害も無い。


「荷馬車を早くどかせ!上から狙い撃ちにされるぞ!」


 交戦準備を整える防衛部隊とは反対に、輸送部隊は速やかな退避を続けている。

 彼らはここで踏みとどまる理由は欠片もないし、可能であれば1mでも遠くに離れて被害を避けてもらう必要がある。


「村民の避難完了しました!難民も後を追って避難していきます!」


 住民たちも同様だ。

 住み慣れた家、貴重な家財道具、せっかく耕した畑。

 その全てを諦めて、輸送部隊とともに避難してもらう必要がある。

 まあ、着の身着のままとはいえ、輸送部隊に同行する護衛部隊付きの避難ができるのは、彼らにとって幸運なことだろう。


「工兵や輸送部隊の退避急げ!敵はドラゴンだ!こちらに向かっているなら直ぐに来るぞ!」


 航空支援をくれと贅沢は言わないが、せめて機関砲でもあれば気が楽になるが、残念なことに我が方の装備は試作のライフルが数丁。

 あとはドワーフたちのマッチロックガンと領有兵士隊のクロスボウ、長弓や各種攻撃魔法の杖しかない。

 剣兵しかいないよりは余程気楽ではあるが、空を自由に飛ぶドラゴンを迎え撃つには余りにも脆弱だ。

 いや、魔法の杖は威力だけで言えば強力だな。

 当てることができたらの話だが。


「戦闘配置だ!総員戦闘配置!日頃の訓練の腕の見せ所だぞ!

 弓を使えるものは全員散らばって構えろ!剣や槍を使うものは降りてきた時を狙え!

 魔導兵は屋内から隙を狙え!

 領主様はまだ避難が終わらないのか!誰か報告しろ!」


 村の中心に向けて歩きつつ、次々に押し寄せる伝令に向けて叫び続ける。

 ドラゴンを相手にする場合、大軍相手の隊列など組もうと思うだけ無駄だ。

 そして、この拠点で最も価値のある存在である領主様は、速やかに退避いただく必要がある。

 

「筆頭鍛冶殿!領主様はこちらです!」


 声をかけられた方を向けば、僅かな騎馬戦力を揃えた領主様一同の姿があった。

 領主様とともに合流した騎士、軽騎兵、馬上斥候など、数は少ないが、いずれも精鋭ではある。

 彼らに囲まれた領主様は実に面白くなさそうな表情を浮かべているが、とにかく下がること自体には同意いただけたようだな。



「奴らはすぐに押し寄せてきます。

 ここはお任せいただき、ニムの街にて吉報をお待ち下さい」


 挨拶をする間すら惜しい。

 撤退してきた偵察隊からの報告ではまだ動きがなかったということであるが、用もなく集まる習性があるとも思えないし、どこかのタイミングで襲撃をかけてくるはずだ。

 領主様に速やかに退避いただき、一時間でも、いや一分でも準備に時間をかけることができれば、それだけ戦闘体制を整えることができる。

 普通であれば言葉足らずな物言いとなったが、彼女であればこの程度の説明で通じるはずだ。


「相手はドラゴンです。守りを固めた場所を作る方が逆に危険となります」


 ゴブリンやゾンビなどの普通のモンスターであれば今までのように司令官としていていただいても良かったのだが、今度の相手はドラゴンだ。

 前線がいくら奮闘しても、上空からこちらを観察し、そして一瞬で本営に突撃されかねない。

 かと言って、他のモンスターが来ていないとも限らないので村人に偽装して隠れてもらうわけにもいかない。

 そのため、最低限の防衛戦力がある事を確認できているニムの街に避難いただくわけだ。

 騎士や騎兵たちはその護衛として共に退避してもらう。

 彼らの能力には何の不安も覚えていないが、ドラゴン相手となると騎乗したところで役に立つことはないためだ。


「すぐに出る。

 ヤマダ、死ぬなよ。そして、一人でも多く生き残らせてやってくれ」


 手短にそう告げると、領主様は返事を待たずに移動を開始する。

 表情からして納得とは程遠い感情を持っているはずだ。

 彼女の性格からして、危機に晒される事がわかっている兵士たちを置いて自分だけが後方に下がることに納得できるはずがない。

 だが、自分が残ることで発生するリスクと手間を計算し、理解してくださったのだろう。

 最悪でも敗走できる程度には何とかできるはずだというこちらへの信頼は重いが、答えなければならないだろうな。



「曹長」


 あとでごまかすのが面倒なんだが、仕方がないな。

 冒険者ギルドの協力で行われる訓練と、名目上は訓練ということで行われる各地へのパトロールによって、兵士たちのレベルは確実に上昇している。

 更に、各自の持つ装備はドワーフたちと鍛冶ギルドの協力で量産された一級品ばかり。

 おまけに、当たれば強烈な威力が期待できる各種魔法の杖に、少数ながら銃まである。

 だが、それでもドラゴンの集団を相手にするには足りない。

 特に、空中でも地上でも攻撃できる便利な弓兵たちが、一番攻撃力に不足している。


「ドラゴン対策の矢ですね。どれくらいあると見ていいのでしょうか?」


 どうして俺の身の回りは話が早い人々で構成されているのだろう。

 曹長の質問はいつもの様に本題を進めるためのものでしかない。

 それはともかくとして、弓兵は弓と矢の両方を強化することで攻撃力を大きく高めることが可能だ。

 ドラゴン相手となるとそれでも普通は気休めレベルであるが、だったら気休めでは済まないところまで強化してやればいい。


「食料の時と同じ方式でやる。

 とりあえず長弓は500本ほど、クロスボウの方は種類はバラけるが全部で200本はある。

 倉庫を指定するから取りに行かせろ」


 国境警備時や母の丘での籠城時には、冒険者時代というかゲーム時代に溜め込んだ食料を放出して部隊を維持していた。

 今ではその必要が無いので行っていないが、別に俺の手持ちはそれだけではない。

 販売予定だった装備、買い込んだアイテム、あるいは貧乏性なので課金してまで拡張したインベントリでひたすらに拾い集めたドロップ品などは、種類も量も豊富だ。

 そのうちの一つ、ボルトと矢を放出しようというわけだ。

 まあ、都合よく数千本を作っていたりするわけではないので、これで在庫はゼロになるが。

 それにしても、結構な数を持っていたつもりだが、合わせて70人に10本ずつ渡せばそれでおしまいか。

 まったく、戦争というやつは金がかかるな。


「すぐに手配させます」


 できればこういった戦いの前にライフルを揃えたかった。

 ドワーフの秘密兵器はマッチロックガン、いわゆる火縄銃なのだが、戦国時代の日本にあったものと同様でライフリングがない。

 それでも十分に強力な武器なのだが、こちらで用意できる最高の銃は、なんとミニエー銃である。

 これは前装式ではあるがライフリングを施したタイプで、発射速度、有効射程、そしてもちろん最大射程にも優れた兵器だ。

 何故そこまで細かい区分で銃という装備品をデザインしたのかはわからないが、おそらくは装備の種類と等級を増やすための苦肉の策なんだろうと思う。

 それはともかくとして、ライフリングを施され、独特の弾丸を使用するこれは、ドワーフたちを戦慄させるほどの命中精度を持っている。

 もっとも、そのライフリングのせいで数を揃えることができない。

 ゲームでは生産をクリックすれば銃本体も弾丸もいくらでも用意出来たが、残念なことにこの世界では旋盤を作らないことには量産ができそうにないからだ。

 そして、その旋盤は、大いに興味を持ったドワーフたちの全面協力を受けつつも時間がかかっている。

 地球の歴史で言えば100年分ほど一気に進めようとしているのだから無理もない。

 いや、量産を考えずに俺が頑張って作るのであれば少しばかりは用意できるが、それでも部隊として運用可能な数を用意することはできないのだ。


 

「君が筆頭鍛冶のヤマダか?」


 内心で無い物ねだりをしつつ曹長が指示を下しているのを眺めていると、聞き慣れない声をかけられた。

 相手を観察してみるが、ポニーテールでまとめられた青い長髪は見事だが見覚えがないし、防具をつけていてもわかる豊かな胸も素晴らしいが、やはり見た記憶が無い。

 それ以前に、身につけている装備が明らかに我軍の物とは異なる。

 まあ、つまり彼女が保護されたという王女様なのだろうな。


「アルーシャ王国の方ですね?失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 相手が王女だとは聞いているが、名前がわからないのでとりあえず聞いてみる。

 随分失礼な態度だと自分でも思うが、今は王侯貴族様と平民ごっこをしている時間がない。


「アルーシャ王国第二王女、ブレンダ・ジョンソン・アルーシャだ。

 ああ、忙しいのは分かっている。余計な挨拶は不要だ」


 王族という割に話しやすい人物のようだ。

 だからといって本当に気楽に接しては不敬だろうが、戦地の軍人としての対応を心がけておけば間違いはないだろう。


「失礼しました。仰るとおり、ジラコスタ連合王国アリール辺境伯領筆頭鍛冶のヤマダです。

 筆頭鍛冶、もしくは単純にヤマダとお呼びください」


 余計な挨拶は不要と言われているし、頭を下げる程度にしておこう。


「うん、その調子で頼む。

 国王陛下から敵情を探り、それを最も近い部隊、つまり君たちに伝えるように言われてきたんだがな」


 部隊単独で航空偵察か。

 結果として全滅はしたが、最前線の我々にドラゴンの脅威を伝えるという役目だけはちゃんと果たしてくれた。

 彼らの献身に感謝だな。


「まあ、結果は聞いてのとおりだ。

 ドラゴンは最低でも10匹はいた。

 全員でかかって1匹は倒したが、あとはほとんど無傷だと思ってくれ。

 これ伝えることができたということだけでも良かったと考えておきたいな。

 ところで、私の分の武器も貸してはもらえないだろうか?

 恥ずかしながら、奴らから逃げまわる時に腰の剣以外は無くなってしまってね」


 ペガサス騎兵でドラゴンの集団を相手に生き残ったのだ。

 恥ずかしがるどころか、大いに胸を張るべきところだと思うが、これが彼女の表現方法なのだろうな。


「あなたのペガサスも元気だと部下から聞いています。得物はグレイブや槍のほうがよろしいですか?

 必要であれば剣でも弓でも揃えさせますが」


 返し方としてはこれで次第点を貰えればいいな。

 騎兵である以上、そして空を舞台に戦う以上は、レイピアを持たせても仕方がない。

 鎧をつけていることからして、弓というのもないだろう。

 

「できればハルバードと言いたいが、貸してもらえるのであれば何でも大歓迎だよ。

 見たところ、建設中の城壁を盾にしてここで迎え撃つつもりのようだが」


 そう言って彼女は周囲を見回した。

 城壁の影に身を潜める弓兵。

 土がむき出しのところに塹壕を掘るクロスボウ兵。

 作りかけの兵舎や詰め所に駆け込んでいくのは魔導兵だろう。

 なんとなくではなく、あくまでも見るべきポイントを判断して観察しているのがわかる動きだった。


「正直言って、筆頭鍛冶が指揮を取るというのはどうなのかと思っていたが、なかなかどうして兵たちを走らせているようじゃないか」


 指揮統制がしっかりしていると言いたいのだろう。

 頭が回るようだが、上流階級らしく遠回りな表現をする人だな。

 いや、ある意味では士官らしいという言い方もできるかもしれないな。


「ありがとうございます、ああ、ハルバードならば手持ちがありますよ。

 腕試しに作った一品です。きっと王族の方にも気に入っていただけると思います。

 直ぐに持ってこさせるので、愛馬のところでお待ち下さい」


 今ここで取り出すと確実に面倒なことになるので、矢を取りに行く時に一緒に出そう。

 ざっと見たところ、本人のレベルといい、武器以外の装備といい、何故第二王女をやっているのか分からない程に強力なので、きっと使いこなしてくれるはずだ。


「感謝する。あのドラゴンたちは私達の奇襲を受けてしまうぐらい集中して、地上の何かを探している様子だった。

 もちろん既に見つけて帰っているかもしれないが、個人的にはここへ確実に来ると思うよ。

 では失礼」


 必要な情報伝達は終わったと判断したのだろう、こちらの返事も待たずに行ってしまった。

 それにしても、ドラゴンの集団を用意してまでわざわざ探す何かというのは、魔王軍にとってどれほど価値のあるものなのだろうか。

 できれば噂の筆頭鍛冶に興味を持って城を抜けだした魔王の一人娘とかだとありがたいが、絶対にそれはないだろうな。

 まあ、探しものなんてしていなかったという可能性もあるし、彼女の言うとおりその何かを見つけて今頃は帰り道かも知れないが、備えておくことに無駄はない。




172日目 早朝 ジラコスタ連合王国 コルナ村 アリール辺境伯領軍仮設拠点 正門


 結局ドラゴンは襲ってこなかった。

 いや、まだわからないが、少なくとも夜襲だけは仕掛けてこなかった。

 このまま攻めて来ないでくれて一向に構わないが、とにかく油断だけはしないようにしておこう。


「曹長、念の為に偵察を出してくれ。

 分隊単位、生きて帰るのを再優先、怪しげなものを見つけたら即座に退避で構わん」


 まだ戦闘態勢は解けないが、偵察を出したら少しずつでも朝食を取らせてやらなければな。

 ああ、ベッドに入ってゆっくりと眠りたい。


「報告!勇者を名乗る少女が正門前にて助けを求めてきました!」


 一瞬でも気を抜いたらこれだ。

 勇者だって?

 彼女ならあの愉快な連中と一緒に、随分前にここを通過していったんじゃないのか?


「偵察の件は伝令に伝えますか?」


 相変わらず曹長の判断は早くて正確だ。

 僅かでも状況が変わった以上、直前のものであったとしても、命令の実行は確認する必要がある。


「偵察は無しだ。本当に本人かは確認する必要があるが、ドラゴンを持ちだして探しものをするとすれば、勇者はその価値が有るはずだからな」


 空を駆けるドラゴンと、騎乗しているかどうかは知らないが一人の少女。

 先行していたとしても、前者が後者に追いつけないはずがない。

 ああくそ、これは面倒なことになるぞ。


「報告!勇者を名乗る少女は衛兵が保護し、兵舎にて治療を行っています」


 報告が早い。

 一晩の警戒配置の後だというのに、誰ひとりとして弛んでいないようだな。

 うん、愛すべき部下たちは、今日も素晴らしい。

 

「直ぐに向かう。その少女だけか?同行者はいないのか?」


 彼女には確かたくさんの同行者がいたはずだ。

 助けを求めてくるぐらいだから何かあったのは確実だが、仮にも勇者のお供ともなればそれなりの戦闘力は持っているはず。

 それが全滅したのであれば、面倒事が大きくなるな。



「助けて。私、殺される」


 兵舎に入るなりこれだった。

 勘弁してもらいたいな。


「お久しぶりですユリアンカさん、筆頭鍛冶のヤマダです。

 ここはそれなりの人数の部隊がいますからご安心ください。

 それで、作法も何もあったものでなくて恐縮ですが、何があったのかをお聞きしてもよろしいですか?」


 以前会った時に苗字がない、つまり貴族ではないようなことを言っていたので、話を早く進めてしまおう。


「ドラゴン、ドラゴンがたくさん、みんなで戦ったんだけど、だめだった」


 なるほど、連中は彼女を狙ってきたのか。

 脅威度の高い目標を優先して叩くというのは実に理に適ったやり方だな。


「なるほど、どのあたりで戦ったかはわかりますか?生存者がいる可能性は?

 偵察を出すので、教えていただければそのあたりを重点的に調べさせますので」


 勇者一行を倒すためにドラゴンが集団で来たのであれば、生存者などいるはずもないだろう。

 だが、こちらが貸し出した装備品は鹵獲される前に回収したいし、ゾンビにされてこれ以上彼女の精神が傷めつけられる前に、可能ならば遺体を全て焼き払いたい。

 

「わからない、もう、なにも、わかんないよぉ」


 絞りだすような声でそう言うと、彼女は嗚咽を隠そうともせずに泣き始めた。

 あまりにも直接的に聞きすぎてしまったか。

 

「筆頭鍛冶殿、勇者様は少しお疲れのようです。

 一旦偵察は出すとして、それが戻るまではお休みいただいてはいかがでしょうか?」


 曹長の言うとおり、これ以上の話は聞けそうにないな。

 しかし、薄々気がついていたが、自分は随分と嫌な人間になってしまったんだな。

 昔いた会社でこんな態度をとっていたら、あっという間に部下に嫌われてしまっていただろう。

 心に余裕がなかったなどという言葉は、管理職が言って良い言い訳ではない。


「ユリアンカさん、無作法を心よりお詫びします。

 兵士たちを護衛に付けますから、何か困ったことがあったら遠慮なくご相談ください」


 彼女が聞いているかどうかはわからないが、とりあえず詫びて退出しよう。

 防空戦の準備を整えさせなければならない。




172日目 昼 ジラコスタ連合王国 アリール辺境伯領 母の丘近郊上空


「それにしても、お前は面白いな!」


 風を切る音に紛れてブレンダの声が前方から流れてくる。

 

「ブレンダ様!前を向いてくださいよ!」


 流石に声が震える。

 自分も同行の上での航空偵察をダメ元で依頼したが、まさかこうあっさりと受けてもらえるとは思わなかった。

 それはいい事だが、下を見ながら高速で空中を移動するというのは思ったよりも怖いな。

 おまけに、ペガサスを操る王女殿下は後ろを向いて楽しそうに話しかけてくる。

 いくらこれがグライダーなどではなく魔法生物的な何かだとしても、それでバランスが崩れたらどうなるかわかったものではない。

 

「様もいらないと言っただろう!兵たちの前ならばまだしも、ここには私とヤマダしかいないじゃないか!」


 フランクに接してくれるのはありがたいが、さすがに他国の王族を呼び捨てはありえないだろう。

 おまけに名前で、だ。


「ありがたいお言葉ですが!とりあえず前を向いて!周囲に目を配ってください!」


 俺よりも余程詳しいであろう相手に言う言葉ではないが、それでも言いたくなる。

 以前の陣地に近いが、それでもここは敵地だ。

 おまけにドラゴンが集団でいることがわかっている。

 消耗するぐらい気を張り詰めていたとしても、やりすぎではないはずなのだ。


「前方に煙!何か燃えている!降りるぞ!」


 ペガサスで長距離偵察をやるような人物相手に余計なお世話だったようだ。

 未だにその煙とやらは見えないが、偵察に来ている以上、異常を発見したのであれば確かめるのが当然だ。

 こちらの返事を待たず、高度が徐々に落ちていく。

 

「完全に動きが止まったら!腰紐を切って!」


 速度が落ちつつあるが、未だに聞き取りづらい。

 とはいえ、着陸時の手順は事前に決めてあるので何を言っているのかはわかる。

 着陸し、動きが止まったのを確認したら落下防止の腰紐を切って降りる。

 やっつけでの同行のため、手順はそれだけしか決めていない。


「ドラゴンが現れたら!必ず逃げてくださいよ!」


 念押しをしている間にも高度はどんどん落ち、地上の様子が見えてくる。

 なるほど、確かに煙が見えるな。

 焼け焦げた地面、未だに燃えている木々。

 そして、破壊されてもなお豪華な装飾があったことがわかる馬車。

 運良く、事件現場に直行できたようだ。


「確認が先だ!」


 こちらの念押しの返事の前に、手順にはなかった内容が返ってくる。

 徐々に落ちつつある速度を更に殺すように、大きな旋回が始まる。

 降りる準備をしていたため危うく放り出されるところであったが、腰紐のおかげでなんとかなった。

 やはり安全帯は大切だな。

 そんなことを考えている間にも視界は大きく周囲を確認するために回っていき、自分が認識できる範囲では動くものはない事がわかった。

 着陸前の周辺警戒は、考えてみれば当然のことだったな。

 更に速度が落ち、軽い衝撃。

 

「降ります、空は任せますよ!」


 腰紐を切り、地面に足をつける。

 アイテムボックス内は別として、今の装備はエンチャントフル装備の鉄の弓+10と、ドラゴンキラーの矢+10だ。

 何が現れても破滅的な破壊力を発揮できるが、特にドラゴン相手ならば掠っただけでも重傷が期待できる。


「地上は任せるよ!」


 威勢の良い返事とともに、ペガサスが離陸していく。

 その声を背中で受けつつ周辺を警戒する。

 記憶が確かならば、着陸と離陸の時が一番危険なはずだ。

 どちらも地表に近く、速度が低く、自由な動きがとれない。

 そんな理由だったか。

 俺の警戒は無駄ではなく、近くの茂みがガサゴソと物音を立てる。


「動くな!」


 一瞬で矢を番え警告を発するが、幸いなことに無駄に終わった。


「貴方が、救出に来てくれたのですね」


 そこから出てきたのは、何時ぞやに撃退した女神官だった。

 服はボロボロで泥に塗れ、神官帽は焦げ、髪は乱れ、顔には擦り傷が無数にある。

 だが、それでも憎々しげな眼差しには力がある。


「ああ、これは神官様。

 お待たせしてしまい申し訳ありません。

 失礼ですが、お一人ですか?」


 彼女が人間に偽装した敵だという可能性は、表示を見る限りではなさそうなので、声をかけつつ周辺警戒に戻る。

 ペガサスは凄いな。

 もう上昇を終えて旋回に入りつつある。


「もう私一人よ。

 それで、増援は貴方とあのペガサス以外にはいつくるの?

 正直なところ、もう持たないどころではないわよ」


 やっぱり全滅だったか。

 まあ、この周囲の状況からしてそれは容易に予測できたがな。


「大変申し訳無いのですが、増援部隊は私と上空の彼女の二人だけです。

 ドラゴンがいなくなってからどれくらい経ちます?

 ああ、勇者様ならば後方の拠点で保護していますのでご安心を」


 周囲に敵の気配は見えないが、勇者を集団で狙い撃ちにするような連中だ。

 救援が来たところでそれを叩こうという程度の作戦を立てないはずがない。

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