第二十九話
150日目 朝 ジラコスタ連合王国 コルナ村 アリール辺境伯領軍仮設拠点 正門前
フレングス氏との楽しい商談は実りの多いものであった。
連合王国の他の都市では、流入する避難民の数が都市の吸収力を遥かに超えており、スラム街拡大の懸念どころか。すでに路上生活者で溢れているらしい。
最初は片端から労働者として雇い入れたり、奴隷として買い取ったり、軍隊に放り込んだりしていたそうだが、それでも全く数が減らないそうだ。
どうやら、辺境伯領の難民の他に、活性化したモンスターたちによって街以下の単位で点在していた住処を追われた人々が数多く発生しているらしい。
そういうわけで、本来であれば即座に完売となるほどの需要を誇る働き盛りの人々が、俺のところに特価品として用意されている。
正直なところ、我が国の置かれた状況は絶望的であるが、最前線においては絶望するという贅沢は許可されていない。
総勢500人の男女というのは多すぎる気がしないでもないが、管理能力は別として、幸いなことに糧食と賃金に不安はない以上、受け入れないという選択肢は選べないな。
まあ、暫くの間は教練や単純作業しかさせるつもりはないので、効率面での問題はあるとしても、人命に関わるような問題は起こらないはずだ。
そういった次第で、フレングス氏にはひたすらに労働力を連れてきてもらえる事となった。
受け入れるのは不可能ではないが、総勢千人を超えたら無理だと言っておいたので、その範囲内で済ませてくれるはずだろう。
ちなみに、ヴィトニアのブルア家からの相談内容も同じようなものだったので快く受け入れた。
こちらは食い詰めて軽犯罪を起こした連中を中心に総勢197名であったが、脱走兵や原隊が消滅した部隊など、元兵士が多い。
教練を施した上で、いくつかの警戒陣地を作ってそこを任せておけば問題ないだろう。
曹長が直々に選抜した教育係も置いているし、悪さをしようにも、彼らの所へやってくるのは護衛付きの補給部隊か敵しかいない。
恐喝以上を行ったものは全て騎士が切ったらしいし、それ以外は窃盗や無銭飲食程度のものだ。
少なくとも衣食住は保証するし、給料も支払うのだから、嫌でも真面目に職務へと邁進してくれるはずだ。
特別な練度を要求する仕事ではないし、前線勤務をこなしていくうちに、軍人としての自覚を持ってくれると期待したい。
まあ、本当にどうしようもない人物は、自然淘汰か事故死か、あるいは刑罰を加えればいい。
それにしても、軍法がゆるゆるなので憲兵がいないというのは困るな。
困ったときは騎士が自分の判断を適時行うというのは、応用が利くようでそうではない。
公平な適用ができるかどうかは別の問題として、明確なルールが無いというのは組織運営上非常によろしくないのだ。
うろ覚えの法律知識を元に軍法的なものは作らせているが、検討段階であり、明文化して全軍に徹底するまでには至っていない。
従来から存在していた法律は、社会を崩壊させない程度の原則的なものしか無く、奪うな犯すな殺すなレベルなのだ。
法治国家で産まれた身として、効率的な社会を構築しなければならないのであれば、基礎となる法律の存在は絶対だと思う。
その運用をどうするのかというのは別の次元の話として、まずは最大多数の幸福を満たすことのできるものを作らなければ、治安を維持しようにも維持すべき目標が定められない。
戦時において、後方の安定は必要不可欠なものだ。
後方が安定しているからこそ、物資が来る、補充人員が用意できる、兵士たちが休む場所が作れる、敵が潜入した時に発見しやすくなる。
別に軍事的な話に限ったことではない。
人々は、基本的に法律を破らない様に生きるものだが、それは法律が社会を維持するために考えて作られているからだ。
法律とは、守っている限りは自分を護ってくれる国家との約束事だ。
他所の軍は知らないが、少なくとも俺に付いて来てくれている部下たちと、彼らが護る民間人たちは守ってやらねばならない。
そういうわけで軍法の制定は領主様も巻き込んで進めている。
まあ面倒な話はとにかく、大量の人材を確保できる目処が経ったということで、慢性的な人員不足に悩まされていたアリール辺境伯領は、生産活動にも軍事行動にも必要な頭数が集まった。
これまでの人員では今まで以上の拡大が不可能だっただけに、人手が増えることはイコールで生産量の拡大につながる。
農業だけの話ではない。
林業も、鉱業も、街道整備を含むインフラ整備についても、食べさせるあてができたのだから、人手はあればあるほど良い。
インフラ整備には元手となる税収が必要なので、人手だけ増えれば良いというわけではないが、アリール辺境伯領についてはその税収を増やすための産業振興には課題が存在しない。
日々増員される軍隊は大量の物資を毎日消費するし、最低限の点と線だけで整備される軍事拠点の構築だけでも、恐ろしいほどの資材と作業員、そしてその作業員達が消費するあらゆる物が必要だ。
もちろん、俺の持ち出しは総額で恐ろしいことになっているが、もうしばらくだけは何とか出来る。
既に経費の大半は税収や試験生産を行っている食料の売却益で賄われており、俺からの寄付金は不足分の割り当てに使われている。
資金面では少なくとも問題がなかったこの辺境伯領は、今後は生産能力の向上によって更なる飛躍を遂げることができるだろう。
そして、試験生産が続いていた食料の増産について、連作による農地への影響も、異常な短時間で成長する家畜たちの味にも、摂取した人間の健康状態にも、全てに問題が見当たらない。
もうこの方法については人類中に広げてしまっていいだろう。
貴重な資金獲得手段を陳腐化させる事は愚行と言っていいが、伝え聞く話を信じれば、これを放置すれば我々にとっての後方が消滅する。
それに、軍も、貴重な他種族も遠慮無く投入してソヴィエト連邦も真っ青の集団農場、計画経済を実行しているこの領地以外で、あちこちに輸出できるほどの余剰を作り出せるとは思えない。
おまけに、大河に隣接するヴィトニアへの輸送路を優先的に整備してきたおかげで、非常に早いサイクルで行われる食料の輸送が滞り無く実施できている。
良くて中世程度のこの世界で、他の国家が真似をできるとは思えない。
まあ、今後なんらかの問題が出てきたとしたら、それはもう、その時考えればいいさ。
「それでは、皆様が無事に本国へ戻れるように祈っている」
領主様のお言葉に、意識を眼前の光景に戻す。
先日無事に完成した城門の前には、旅装束に身を包んだエルフとドワーフの小集団がいた。
彼らは激務の合間を縫って本国へ画期的な農法を伝えるべく、秘密裏に情報をまとめていたらしい。
だが、こちらとしては隠すどころかむしろ積極的に広めてほしいわけなので、現状で出来るだけの研究成果を手土産に渡していた。
そういうわけなので、何人かは複雑な笑みを未だに浮かべている。
困るな、協力の対価として成果は渡すと事前に言っておいたじゃないか。
「アリール辺境伯様の御厚意に甘えさせていただきます。
そして我々大森林首長国は、必ずや人類の危機に対抗するため、この場へと戻って参ります。
ご武運を!」
ルディア臨時隊長の言葉を聞いたエルフたちは、領主様に敬礼をすると答礼を待ってから移動を開始した。
ご丁寧なことに、全員が俺の前を通るときに目礼をしていってくれる。
なんかこう、いいなこういうの。
「整列!」
感傷に浸っていると、思わず背筋が伸びる号令が聞こえる。
曹長ではない。
彼については俺の背後にいる気配を感じている。
首を固定しつつ目線で声の主を確かめると、納得できることにガルボ殿であった。
彼の前には無念そうな表情を浮かべたドワーフ兵が五人立っている。
三日三晩に渡る部隊会議の果てに選ばれた、最も優秀な兵士たちらしい。
「私の見てきた中でも最も優秀なドワーフに含まれる諸君には、多くの役目がある。
この地に残り筆頭鍛冶殿と共に、要塞という新たなる時代の城を築くことは重要な事であるが、諸君らの双肩には地下王国の未来がかかっている!
必ずや、祖国へ帰還し、知識を広げ、そしてここへ戻ってくるのだ!
分隊、気をつけ!」
ドワーフ達が姿勢を正す。
いつの間に曹長に習ったのか、教本通りの姿だ。
そして、同じく完璧な動作で回れ右をしたドルフがこちらを向く。
正確には領主様の方だが。
「敬礼!」
六人のドワーフが一糸乱れぬ敬礼をする。
対する領主様も、上がきちんとしなければ下にものは言えないという家訓に従って習得した見事な答礼で返す。
一拍置き、手を下ろすと、直れの号令がかかりドワーフたちは気をつけに戻る。
「分隊、回れぇー右!」
ドルフの命令に従いドワーフたちは開かれた正門を向く。
「駆け足、進め!」
最後の号令とともに端から順番に駆け出し、走りつつ縦列を作って出動していく。
うん、どこに出しても恥ずかしくない歩兵分隊だな。
ここまで動作が一致していると、見ている方が気持ちよくなってくる。
「彼らの無事を祈ろう。
全員、解散して良い」
領主様のお言葉をもって、壮行会は終わった。
ドワーフ達の影響され具合には気にかかる点もあるが、精強な同盟国軍隊が生まれることには何の問題もない。
無能な友軍は強力な敵軍より恐ろしいという警句もあるが、有能な友軍は大歓迎だ。
特に、現在のように圧倒的な戦略的劣勢にある時は。
「そういえば」
壮行会会場から城壁建設現場へと足を進めていると、思い出したようにミイナさんが口を開いた。
油断すると文官候補たちとともに一日中監禁されてしまうため、巡察を口実にこうして表にいる時間を作っているのだ。
まあ、曹長やミイナさんや伝令兵など、色々とお供が付いてしまってもいるが、それぐらいは何でもない。
「ずっと続いている偵察部隊、今は確か第十七次だったと思うのですが、彼らがそろそろ帰還する頃ですね」
この拠点における長距離偵察の第一回目は大失敗に終わっていた。
偵察活動自体は成果を残したが、部隊行動を支える後方支援が全くお粗末な有り様だったためだ。
所詮は生兵法ということのようだ。
まあ、攻勢の兆候は見られないということはわかったし、今のところは仮説の検証レベルで収まっており死者も出ていない。
格安の勉強代で経験を積めたと素直に喜んでおこう。
行軍方法、支援体制、帰還後の対応、得られた情報の分析。
全てに問題があり、それらは改善を目指して今も続けられている。
そういうわけで、必要とされる労力や物資は全て経費とみなし、長距離偵察は続けられていた。
「わからないことがわかるのは楽しいとドルフ兵士長殿が仰っておりましたね」
曹長が会話に参加してくる。
兵士たちのリーダーという曖昧な役目ではなく、アリール辺境伯領軍指揮官としての職務を遂行しなければならない彼は、日々を楽しく送っているらしい。
日夜増える職務、俺から提案という形で持ち込まれる情報、それを実地検証しなければならないという重圧。
それら全てを飲み干して、なおも精力的に過ごしているというのだ。
彼のような人物こそ、将校殿と呼ぶべきなのだろう。
自分を卑下して愉しむ習慣は持っていないつもりであったが、兵士長といい、曹長といい、同じ軍人を名乗ることが恥ずかしくなってくる。
今以上に、出来る限りを尽くさなくてはならないな。
「それは見習わなくてはならないですね。
最近は随分と内勤ばかりをしているなと思っていたところです」
思い起こせばここしばらくは、書類仕事ばかりをしていた。
計画を立案し、詳細を説明し、細部を詰め、報告を待ち、結果を分析し、対策と修正案を出す。
兵士長のように現場で新案を体で理解するという努力が不足していた。
これは一つ、ある程度の期間を前線で過ごして現場指揮について学習をせねばなるまい。
そもそもが、現場を十分に知っているわけでもないのに、書物で学んだ知識だけで偉そうに指揮をとること自体が間違っているのだ。
「お言葉ですが、まだしばらくはそのお時間は取れないものと思われます」
せっかくの思いつきであったが、曹長にそう言われたのであれば諦めるしか無いか。
軍に関して、彼の言うことは真実であり真理だ。
普通であれば今までがそうだったのでこれからもそうとは誤りを指す言葉だが、彼に関しては揺るぎのない事実になる。
それにしても、未だに信じられないが、彼はNPCだったのだ。
このゲームを作った連中は、何を考えてこのような人物を設定したのだろう。
「そうですよ筆頭鍛冶殿!
まだまだご采配が必要なことは数多くあります。
兵たちと共にあることは私も重要だと思いますが、ここでできる事も大切だと思います!」
曹長の教導を受けているからなのだろうか、最近の彼女は妙に曹長との連携を見せてくる。
まあ、別に間違ったことを言っているわけではないのでいいのだが。
「さて、ミイナさんは今日も曹長の教練でしたね。
大変だと思いますが、頑張ってください」
曹長に任せてほしいと言われた以上、俺は任せるしか無い。
彼がやるというのだ、俺に何ができるというのか。
無論できる事はやるが、基本的な教練は曹長に任せなくてはならない。
「あ、あの、筆頭鍛冶様」
珍しくミイナさんはうろたえている。
まあ、俺も曹長の個人授業を受けなければならないとなったら冷静ではいられないので、気持ちはわかる。
それを露骨に表すのは全く評価できないがな。
ほら、貴方の視界の外で、曹長は困ったように苦笑しているじゃないか。
「なんでしょうか?」
顔を見ると、困惑したような表情をしている。
何か、俺が想像もできない何かがあったのだろうか。
「大変恐縮なのですが、辺境伯領軍が採用しているこの独特な仕組みをもう一度教えてはいただけないでしょうか?」
なるほど、どう考えても平民の曹長が異常なほどの権限を持っていることが理解できないのか。
どのような指導をしているのかは知らないが、出るところに出れば神官としての立場がある彼女としては理解できないのだろう。
気持ちはわからんでもないし、この世界の常識からすれば我々のほうが異常だということも理解できるのだが、面倒な話だ。
「ああ、そういえばこの辺りのお話はあまり出来ていませんでした。
次の予定もあるので、歩きながらご説明しましょう」
巡察が終わっていたわけではないので、移動するよう促しつつ口を開く。
「大まかに分けて辺境伯領軍は三つの区分が有ります。
何故このような仕組みとしたのかについての話は時間がある時にするとして、仕組みとその目的について説明しますね」
説明を続けつつ歩いていくと、穂先を落とした槍を抱えつつ、ランニングを行う分隊が向こうから現れた。
銃を使ったハイポートができないとはいえ、これでは余計に辛そうだな。
まあ、試行錯誤の範囲内ということでどうでもいいか。
現代軍の教練ならばまだしも、剣や弓を使用する兵士の訓練方法など聞いたこともない。
少なくとも体力は付くだろうし、それでよしと考えるべきだ。
素人目に考えても、隊列を保ったまま駆け足もできない兵隊など使いものにならないとは思うしな。
それはともかく、槍兵の増強は順調に進められている。
なんでも、一番習熟が楽な装備は剣でも弓でもなく、槍らしいからな。
嘘か本当かはまだわからないが、とりあえずやってみるしかない。
「まずはもちろん兵士。
彼らは軍隊を軍隊とするべき、数を担当します。
最も敵に近いところで戦うことが任務です」
そこに疑問点は当然無いだろう。
ミイナさんも特に不思議そうな表情は浮かべていない。
古来より、兵士の仕事は最前列で戦うことだ。
それぞれが技能職として分担を求められるのは、もっともっと後の段階の話である。
「次に、下士官、ああいや、私は曹階級と呼んでいますが、彼らは兵士たちよりは少なく、しかしながら騎士様よりは数が多く、騎士様のご命令を兵士たちへと伝えます。
逆に、兵士たちが直面した現実を騎士様へと伝える仕事も担っています」
必死に駆け足を続ける兵士たちの後ろから、悪鬼羅刹のような表情を浮かべた伍長が怒号を撒き散らしつつ続いていく。
あれは、たしかミスルデと言ったか?
曹長から特に目をかけられている奴だったな。
横を駆けて行った分隊の様子からもわかるが、相当に優秀なようだ。
早々に軍曹への昇進をかけてやらなければならないな。
「曹階級とは、上から曹長、軍曹、伍長の三つを考えていますが、彼らがいなければ、軍隊は成り立たないと私は考えています」
賑やかに駆け足を続ける一団が離れていくと、驚くほど周囲は静かになった。
日中である現在、中央の通りを進む人々は驚くほど少ない。
この地域では大半の人間が何らかの仕事を割り振られており、日中に用もないのに声を出している者は皆無といえる。
「何故ならば、全体を見るのは騎士様の仕事で、敵の眼前で剣をふるうのが兵士の仕事です。
その間を担当するものがいなければ、大人数が動く戦争はできません」
五人の兵士を目の前で指揮するのであればうまくいくだろうが、十人を、五十人を、二箇所で、十箇所で見ることは物理的に不可能だ。
だが、見ることができないからといって、兵士に全てを任せることはできない。
彼らは作戦を戦術に落としこむ方法など習ってはいないし、全兵士に下士官としての教育を施すこともできない。
最前線で槍を構える兵士たちに対して、それ以外の事を求めるのは間違っている。
だが、騎士たちに目玉や脳を増設する機能がない以上、仲介役は絶対に必要なのだ。
「確かに、流浪の神官団でも末端の傭兵たちに達成すべき依頼目標を正しく伝える事は悩みの一つでした。
騎士様ではない、しかし兵士以上の存在を、組織として作るわけなのですね。
曹長殿を見ていれば、確かに彼のような役職が増えれば、便利であることは確かですね」
わかってもらえてありがたい。
下士官の重要性は、古今東西の軍隊が実証している。
それが少なければ弱くなるし、それが多ければ戦略的な劣勢すら限定的ながら局地的に覆せる可能性が出てくる。
まあ、戦略的に負ければ時間稼ぎ程度しかできないがな。
それはともかくとして、この地域においては急激な軍拡を行っているので、下士官の重要性は増すばかりである。
「そう言って頂けるとありがたいですね。
さて、説明の最後は騎士様です。
彼らは曹階級や兵士たちを指揮し、軍としての目的を実行することが仕事です。
場合によっては兵士では相手にならない強力な敵に対処することもありますが、それは例外ですけどね」
空軍パイロットについてはさておき、通常の士官は敵と殴りあうことは仕事ではない。
だが、この世界においては、騎士は強敵との戦いも視野に入っている。
基本的には武勇に優れた人間が任命されからだ。
とはいえ、少なくとも第一の仕事は管理職としたい。
少なくとも我が辺境伯領軍においてはそうだ。
諸王軍と合流した場合に面倒なので、いずれは官僚としての士官と、戦力としての騎士という形に分ける必要はあるがな。
「さて、そんな騎士様たちですが、彼らは数が限られています。
当然のことですが、足りないからと気軽に増やせるわけもありません」
騎士階級は、貴族と平民で分ければ前者に相当する。
そのため、彼らは指揮官として、肉体的には楽であるかもしれないが、精神的には非常につらい日々を送っている。
幸いなことに、そこに不平不満を訴える輩は今のところ現れていない。
それが義務感から来ているのか、それとも諦観の現れなのかは分からないが、
「しかしながら、我が辺境伯領軍は増加を続けています。
ゆくゆくは、数千人で構成される連合王国軍の中核となれるかもしれません。
それは夢だとしても、少なくともこの戦争は今後更に大きく拡大していくでしょう
当然、戦争を戦う軍隊も、今以上の規模になるはずです。
そうなったとき、初めて兵士たちを指揮する能力を考え始めたのでは間に合いません。
かといって、先ほども言いましたが、騎士様を気軽に増やすこともできません。
そういうわけなので、指揮をとるべき人間については、まだまだ考え中です」
考え中ですとは言ったが、別に案がないわけではない。
貴族としての騎士と、役職としての将校を分けるだけの話だ。
純粋に階級としての将校は置くが、貴族にして将校という存在もある。
双方の力関係におかしなところを設けず、さらにそれを徹底させることでうまくいくとは思うが、何よりもそれが難しい。
要検討といったところだな。
「たっ頼む!誰か助けてくれ!」
話しながら歩いているうちに、城門前に到着していた。
悲痛な叫び声に目をやると、避難民らしい男が建設現場の警備に縋り付いているのが見える。
「身なりからして、この辺りのものではないですね、少なくとも警備があの男に何かしたわけではないようです」
いつの間にか俺の前に出ていたミイナさんが、武器に手をやりつつ静かな声で報告する。
女性を盾にっていうのは好みではないが、多分、条件を整えると彼女のほうが圧倒的に強いんだろうな。
「状況を確認させています、何もないとは思いますが、筆頭鍛冶殿はここでお待ちください」
曹長は仕事が速い。
気がつけば彼は背後を守るように立っており、傍らにいたはずの伝令兵は警備に話を聞きに行っている。
いやはや、いつ見ても頼もしい限りだな。
それはそれとして、何があったのだろう。