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第二十七話

93日目 夕刻 ジラコスタ連合王国 コルナ村 アリール辺境伯領軍本営


「ようやく戻ってきてくれたか。

 うん?後ろのは、流浪の神官団の、確かミイナだったか?

 筆頭鍛冶、説明はあるんだろうな?」


 ふむ、恐らくだが、領主様は独断で著名な傭兵を雇ったと勘違いをされているのだろう。

 一般兵とは違って、傭兵、それも有名な連中は恐ろしいほど金がかかる。

 いくら俺の持ち出しで財政をまかなっているとはいえ、それでもここまで派手な勝手をされれば腹も立つだろう。


「はい、領主様。

 彼女は、もはや流浪の神官団団長ではありません。

 辺境伯領の窮状を耳にし、退団の上で単身駆けつけてくれたのです」


 だいぶ説明を省いているが、これでご理解頂けるだろうか。

 いや、別にこれ以上の説明は無いといえば無いが。


「なるほど、単身、我が領のために、か。

 ミイナと言ったな?」


 領主様は何故か厳粛な雰囲気を漂わせている。

 どうしたというのだろうか?

 ああ、そうか。

 これだけ神殿と揉めている状況で、よりにもよって流浪の神官団からの志願兵というのは不自然といえばそうだな。


「はい、領主様。

 今は退団しておりますので、ただのミイナとお呼びください」


 対するミイナも、妙に気合の入った雰囲気だ。

 せっかく全てを投げ打って志願してきたのに、前の所属を理由に疑われたのでは面白く無いだろうな。

 

「筆頭鍛冶の説明、私は信じた。

 我が領のため、領民たちのために、頼むぞ?」


 やはり領主様は立派な方だった。

 最初はらしくない反応だと誤解してしまったが、考えてみれば、立場上無条件に受け入れるわけにもいかないもんな。


「はい、お任せくださいアリール辺境伯閣下。

 今は魔王軍を何とかする事こそが最優先であると考えています。

 その後のあれこれは、終わってからでなければ」


 あれこれ、とはもしかして報酬の話か?

 まあ、給与はきちんと支払うつもりだが、確かに彼女は今までの人生を捨てて来てくれているのだ。

 俺は単なる前線指揮官だから言わなかったが、総大将相手にはさすがに一言は言っておきたいのだろう。

 まあ、しっかりと言っておきたい相手には、要求があることを先に伝えておくというのも大切なのだろうな。


「その後のあれこれ、か。

 確かに、お前の言うとおり終わってからでなければ、そのような暢気な話題は出せはしないな。

 よくわかった!ミイナ、これからよろしく頼む」


 ああ、何とか面倒な話は終わってくれたようだ。

 さすがの領主様だな。

 多少の疑問点は致命的でなければ飲み込んで、話を次に進められるというのは上司としての資質の一つだ。


「ご説明が不足しており申し訳ございません。

 さて、ニムの街ですが、上級魔族の襲来という予想外の事態もありましたが、無事にロックイーター討伐は済みました。

 不在の間の話は曹長から聞いておりますので、次の段階として、この村を何とかしましょう」


 残念なことに、思い悩んでいられる時間はあまりない。

 一刻も早くこの村を拠点として確立させ、さらに領内の経済を速やかに活性化へと持っていかなければならない。



「なに?上級魔族だと?

 そんな厄介な存在が我が領内にいたのか?」


 当然といえば当然の点に突っ込まれた。

 まあそうだよな、俺だって逆の立場だったらそこに引っかかる。


「はい、どうやらルニティア地下王国からの増援を足止めすべく潜入していたようです。

 厄介な麻痺の呪いによって被害が出ていましたが、ご安心ください。

 倒しましたし、既に増援は回復させた上でここへ到着させています」


 厄介だろうと難しかろうと、解決してしまえばそこまでの話だ。

 再発防止は重要であるが、それはそれとして、奴の目的を確認したわけではないが、少なくとも影響は消し去ることができている。


「そうか。まあ倒した上で影響を抑えられたのであれば今はそれでいい。

 それはそうと、ヤ、ヤマダ、どうしたい?」


 面倒な説明が必要ない上司というのはありがたい存在だ。

 役職ではなく名前、正確には苗字で呼ばれたのには驚いたが、それだけ仕事ぶりをご評価いただけたということなのだろう。

 これはきっちりと、信頼に対してさらなる結果でお返ししなければ。


「はい、ヴィトニアはここが墜ちない限りは持ちます。

 ニムも、その他の村落も同様でしょう。

 そして、我々はコルナ村が失陥する場合には生きてはおりません。

 そういうわけなので、これら三つの拠点を中心に、アリール辺境伯領を自力で維持できる方向に持って行きたいと考えています」


 壮大過ぎる話であるが、決して妄想だとは思っていない。

 この地域は、農業、商業、工業がバランスよく揃っている。

 さすがは辺境伯領ということなのだろう。

 今は戦争で酷いことになっているが、逆に今だからこそ、強力な指導力を持って富国強兵を指示することができるのだ。


「我々にはエルフ、そしてドワーフがおります。

 十分すぎるだけの人員もいます。

 この機会を逃さず、分業と効率化を図るべきです」


 俺の拙い説明に、領主様は身を乗り出す演技をしてくださった。

 大変ありがたいのだが、大変不敬なことにその見事な胸部が執務机から飛び出して俺の視界を犯す。

 いかんいかん、冷静にならねば。


「詳しく、聞かせてくれ」


 まあ、話を聞いてくれるのであればそれだけでありがたいのだが、視覚的なサービスまでは別にいらないのだが。

 いや、まあ、嬉しくないといえば嘘になるがな。

 

「その前に、ミイナ、少しだけ離れてくれ。

 結婚前の淑女が男に意味もなく身を寄せるものじゃない」


 何か柔らかいものを当ててくれるのは個人的には嬉しいが、今は真面目な話をしている。

 まあ、一言言えば直ぐに離れてくれるので、文句をいうほどではないがな。


「ヤマダの言うとおりだな。

 それはどうでもいいとして、先程の言葉、どういう意味か?」


 さすがは領主様だ、話が早い。

 

「辺境伯領の強みは、街単位で分業可能な程にそれぞれの街に特色があることです。

 商業に強いヴィトニア、工業が特徴のニム、そして、街ほどの規模はないにしても農業で食べていけるコルナや他の村々。

 これを活かさない手はありません」


 今までだってそれで回ってきたのだから、更なる発展を期待しない手はない。

 ましてや、それぞれの分野の専門家もいるのだ。


「軍を維持するには、金が必要です。

 強大な魔王軍を相手にするとなれば、なおさらのことです。

 神殿のお陰で連合王国や諸王連合の支援を受けづらいとなれば、我々が自給自足できることの重要性はより一層増します」


 十分な経済的基盤がなければ、強引に兵力を増やしたところで無残な敗走を繰り返すだけだ。

 食料だけ足りても武具が揃えられない。

 武具を何とか揃えても、金がなければ維持ができない。

 全ては金に繋がるが、金があっても必需品が買えなければ意味が無い。

 そういうわけで、後方からの支援が満足に受けられない現状にあっては、納得のいかない何かを感じたとしても、自分たちで自給自足の体制を整えなければならない。


「つまり、支援を受けられなくとも、アルナミアに戻れなくとも、何とか出来る体制か。

 確かにそれを作ることができれば、随分と前向きな気分になれそうだな」


 安心と信頼の領主様だ。

 俺の拙い説明をきちんとご理解いただけている。


「さすが、ヤマダ筆頭鍛冶様ですね。

 全てを任せて身を委ねた意味があります」


 ミイナまで俺の事をヨイショしてくれるのはありがたいが、何も出ないぞ。

 むしろ、これから大変な業務が待ち受けているのだからな。



「そういうわけなので、ルニティア地下王国のドワーフたちには、敵軍を待ち構えるという名目で築城と工房の建築をやってもらうつもりです。

 対して大森林首長国のエルフたちには、敵軍と衝突するまでの準備をするためという名目で農業及び林業をやってもらいます。

 ああ、林業とは、要するに計画的に伐採と植林、つまり森を作るという仕事をしてもらうわけです」


 大雑把な説明ではあったが、見た感じでは領主様にはご納得いただけたようだ。

 まあ、この戦争が始まる前にも辺境伯領をどうやって発展させるかを考えていたはずなので、ある意味では当然の反応だろう。


「築城はできるのであれば当然するべきことですから疑問はないと思いますが、本来であればこんな最前線に生産拠点を設けることは正気の沙汰ではありません。

 ですが、選択肢がない以上は諦めるしかありません。

 大量に生産する分はニムの街に任せるとしても、最前線で日々失われる装備や物資は、早急に確保できる手段が必要です。

 それに、どこかの酔狂な連合王国軍の上層部は、我々に奴隷を装った兵士を大量に派遣してくれました。

 この機会と、期待を逃す手はありません」


 安全という観点から見れば現状は大変よろしくないが、逆に好き勝手をできる状況に置かれたと考えれば、良い状況とも言える。

 いかに辺境伯であろうとも、いや、逆に言えば辺境伯だからこそ、野放図な軍備拡張と国力増強は許されない。

 周辺諸国への緊張を与えられる立場なればこそ、危険を承知でも富国強兵に励めない状況がある。

 だが、今は全てが平時とは異なっている。

 軍備はあればあるほど良いし、強力な敵軍が迫ってきている今、領内の経済状況改善などという些細な出来事には誰も危機感を持たない。

 国家に頼らず自給自足で動けるようになろうとするのであれば、友好的な黙認や、あるいは手助けすら期待できる。

 有事というものは全く有り難いものではないが、利用できる立場としては大変に有り難いものだ。

 まあ、そんな状況など存在せずに内政に勤しめればこれ以上のものはないが。



「言いたいことは分かった。

 ヤマダの言うとおり、ここから逃げることの出来る立場でない以上、ここに居続ける方法が必要だな」


 何度目になるかは忘れてしまったが、やはり領主様は上司として相応しいお方だ。

 面倒なあれこれは取り敢えず飲み込んで、管理職として成すべきことをご理解されている。

 この人の下で頑張ろうと決断した当時の自分を褒めてやりたい。


「ありがとうございます。

 まあ、そういうわけなので、もう少し具体的に何をするかを考えてみました」


 勿体ぶった言い回しをしてみたが、誰もが無言で次を待っている。

 素直に聞いてもらえた上でダメ出しはしっかりとしてもらえるという理想的な環境であるし、とりあえず言いたい放題言ってみるか。


「先程申し上げたとおり、我々の取るべき道は富国強兵。

 つまり、領内を富ませた上で軍備も増強しなければならないという状況です。

 軍備については、既に我々には十分とは言いがたいものの、それなりの戦力が有ります」


 強力な敵軍が迫ってきており、神殿と絶縁状態という悪夢の状況に目をつぶれば、現在の辺境領伯軍は大幅な増員が成されたと言える。

 騎兵こそいないが、元々持っていた戦力に加え、敗残兵や志願兵、増援プラス一名を受け入れ、人員は実に500名を超える。

 現代の感覚になおせば、増強二個中隊もしくは定数を満たさない一個大隊といったところか。

 戦略単位としてみれば不足は否めないが、それでも心強くはある。


「そこでまず、ドワーフおよび工兵隊については、築城を再優先でやってもらいます。

 今でこそ我々は、500名と少しといった人数しかおりません。

 ですが、いずれはその人数も二倍、三倍と増やしていかねばなりませんし、ここで粘っていれば更に多い人数の増援が来ることも予想されます。

 誰も使わない立派な城塞を築く必要はないにしても、いつかは拡張できるような設計が必要です」


 都市設計において拡張性を持たせることは重要だ。

 まあ、俺はゲームでしかやったことがないので、本当に優れたものを設計する能力など持っていない。

 アイデア出しだけはさせてもらうが、それで役目は果たせたと言えるはずだ。


「取り急ぎは、明日を生き抜くために必要な囲いや櫓、塹壕も作らなければなりません。 

 街道から来た物資をどこに置くか、井戸は何本掘るか、厨房はどれくらいにするべきか、最終的にはどこまでを壁で囲うつもりか。

 考えることはたくさんですが、まあ、そのあたりはドワーフの皆様にお任せするとして、そういった作業を行ってもらいます」


 ここまで言っておいて何だが、彼らがもっと前線に出せと言ってきたらどうしようか。

 その時はその時でなにか考えるか。


「必要な資材の買い付けはニムやヴィトニアから行うとして、段階をいくつにもわけて行っていけば、身の丈にあった工事ができると思います。

 これはそれで良いとして、農業についてはエルフの皆様の精霊魔法の力をお借りすることで、大幅に解決できるはずです。

 あとはどの程度の農地を、どのような配置で作るかですが、これは私よりもコルナ村の村長殿や、その他の農民の皆さんの方が余程詳しいでしょう。

 大きなところは領主様に決めて頂き、それが実現可能かについてを考えてもらいましょう」


 見事に他力本願極まりないプランだが、誰もが忘れているが、俺は万能の現代人様ではなく、単なる筆頭鍛冶だ。

 できることはできるだけやるが、出来ない事はできる人間に任せなければ実現できない。

 その辺りは領主様もご理解いただけているらしく、特に文句は飛んでこなかった。


「そもそもの防衛については、先ほどの計画でかなりの人数を割いても、十分な戦力が残っています。

 輸送部隊や巡回させる部隊は増強するとして、部隊編成を見直し、動員可能な数を増やしつつも、訓練にもっとまとまった数を送り込みましょう」


 訓練といえば聞こえがいいが、要するに数に任せた効率の悪いレベル上げをさせようというわけだ。

 最初に気がついたのがいつだったかは忘れたが、とにかく、兵士たちのレベルが上がっていた。

 人によってはスキルを身に着けているものもいる。

 倒している数からすればありえない程に上昇する速度は遅いが、それでも気のせいでは済まされないほどの変化はあったのだ。

 まあ、別に自分が世界最強でいたいわけではないので、これは単に嬉しい話だ。

 それよりも、もっと重要な目的がある。



「訓練か、便利な言葉だな」


 領主様が愉快な表情を浮かべるのも仕方がない。

 我々は、訓練の名目で領内に部隊を巡回させている。

 もちろん完全武装で、困った人達がいれば助け、未だに雇われてくれている律儀な冒険者達に地図を書かせつつ。

 要するに、長距離行軍と集団戦闘に加えて偵察の訓練、おまけで人材育成を行いつつ、武装パトロールをしているのだ。

 利点は上に挙げただけあるが、もう二つばかりの目的がある。


 一つ目は、文字通りの意味で領内の防衛だ。

 調べられる範囲では我々以外にこの種の任務を行っている存在は確認できないため、事実上この地域を収めているのは未だに領主様であると言える。

 これにより、領内の治安は保たれるし、領民たちが未だに領主様が彼らを見捨ててはいないということを理解してくれる。

 二つ目は、先に掲げたものとは全く異なり、神殿に対する嫌がらせだ。

 無理やり行政権を持っていったにも関わらず、君臨も統治もできていない。

 商業都市は大混乱で、工業都市では魔族が暴れ回り、旧領主軍のコントロールが取れない。

 それでは彼らに様々な権利を持たせている意味は何なのか、ということを是非連合王国内で議論していただきたいのだ。

 まあ、秘密裏に支援を受け始めたくらいなのだから、その種の議論は恐らく行われているのだろう。

 連合王国などと名乗っているだけあり、我が祖国には有力な貴族が多数いる。

 その配下の豪商も、数はさておき国政に干渉出来るだけの家が複数ある。

 我々はわれわれのできる事をするだけであるが、それを見て、これ幸いと高貴なる血の歴史と重みを騒ぎ立てる方々が活動してくれるはずだ。


「ええ、便利な言葉です。

 とはいえ、実際に兵たちには十分な訓練を受けさせなければならないわけですから、これはもう続けるしかありませんが」


 苦笑で返しつつ言葉を続ける。


「それにしても、エルドナにはもう少し腰を落ち着けてもらいたいのだが」


 軍事に関わる話題もあるというのに、彼は今日も楽しく訓練中の部隊を率いている。

 恐らく、彼のカレンダーには土と日の文字は無いのだろうな。


「お気持ちはわかります。

 ですが、ご安心ください。

 彼の不在の分は私が何とかこなしますので」


 本来であれば、指揮官が席に収まらず前線を歩きまわるというのは職責放棄と言われても仕方がない。

 しかしながら、驚くべきことに彼はいつ休んでいるのかこちらが不安になるほどに精力的に働き、事務能力も不足はない。

 本人曰く、ペンを握るよりも剣を振るっている方が余程楽しいが、自分のするべきことは理解できている、らしい。

 そういう次第で、今回は俺の帰還に間に合わず領内を巡回しているが、きちんと自分の仕事はしてくれている。


「いや、まあ、ヤマダの能力に不満があるわけではない。

 ただ、そのな、お前にかかる負担が最近多すぎると思ってな」


 過分なお言葉である。

 いや、まあ、確かに仕事が多すぎるとは思うが、元の世界で例外的な事情で最高に多忙だった頃に比べればだいぶマシだ。

 落ち着いて三食を食べることもできるし、夜は眠れる。

 楽しい楽しい満員電車での立ち睡眠を満喫しないでも済むしな。


「そちらについてもご安心ください、休める時には休んでいますし、考えた後の実務はそれぞれの担当に任せますからね」


 エルフにしてもドワーフにしても自尊心の高い種族だ。

 仕事を任せるにしても、その管理をこっちでやるなどと言った日には大変なことになる。




94日目 朝 ジラコスタ連合王国 コルナ村 アリール辺境伯領軍本営


 一夜明けたところで、エルフ、ドワーフの代表者と、コルナ村の村長、その他の補佐役などと俺が集められた。

 昨晩の計画について領主様よりお言葉があり、昨日の今日ではあるがさっそく始めようということになったのだ。

 ちなみに、エルドナはまだ戻っていない。



「まあ、一度は城を作ってみたいと思ったことがないわけではない。

 攻めるにせよ守るにせよ、壁は必要だしな」


 想像以上にあっさりと、ガルボ率いるルニティア地下王国先遣隊は快諾をしてくれた。

 ドワーフならば武具だけではなくて建設についても熱意を持っているはずだと勝手に思っていたが、どうやら俺の思い込みは正しかったらしい。

 もっとも、コメントからして純軍事的な観点からも利点を見出したからこその同意のようだが。


「ざっくりとした案ではありますが、図面を用意しました。

 あくまでも参考で構いませんので、目を通してみてください」


 暇さえあれば考えていた城塞都市コルナ案を手渡す。

 何度も拡張工事を行う前提とはいえ、いや、むしろそうだからこそ、最初期にやるべきことは無数にある。

 本職としての視点は、できるだけ実働前から入れるべきだろう。

 幸いなことに、ガルボは快く図面を受け取ってくれた。


「よくわからないところが多いが、あとで聞かせてもらうとして、マズイところは直してしまっていいんだな?」


 さすがはドワーフ。

 職人としてやるべき事は重々承知しているというわけだな。


「もちろんです。

 そうでなければガルボ殿にお任せする意味がありません」


 俺の言葉に彼はニヤリと獰猛な笑みを浮かべ「後で時間を取ってくれ、長くかかるぞ」とありがたい言葉を返してくれた。

 築城については、これで終わった。



「森を焼けという任務よりは余程親しみを感じる内容ではある。

 それに、筆頭鍛冶の言う農業への魔法の投入という話だが、効果があるかどうかは別として、やってみる価値はあるな」


 大森林首長国からの先遣隊であるルディア臨時隊長も、勿体ぶった表現ではあるが随分と乗り気のようだ。

 何を考えているのかは分からないが、妙に表情が明るい。

 まあ、神聖なる精霊魔法をなんと心得る、とか、誇り高きエルフを農奴にする気か、などと言われるよりは前向きでいてくれたほうが助かる。

 何故か背後では曹長がミイナに小声で話しかけているが、こちらに声をかけてこないのならば大した要件ではないだろう。


「効果はあると思いますよ、あくまでも個人的な経験に基づく意見ですが。

 それはそれとして、おおまかなところはこちらの書類にまとめてありますが、実際のところはお任せします。

 皆さんの知識を大いに役立てて頂けるとありがたいです」


 エルフの寿命は長い。

 その膨大な時間の中で培われた知識や経験は、この異常な世界であっても皆無ということはないはずだ。

 ゲームの仕様にあったというのに、精霊魔法などを用いて農業の効率化を図るという考え方が存在しなかったのは不思議だが、まあいい。

 成長促進についてはダメだったらダメだったで素直に諦めるだけの話であるし、それ以外の部分は物理的な作用の結果を利用しようという話だ。


「撃ちこむ場所だけ気をつければ、少なくとも土魔法と水魔法の組み合わせで用水路ができるはずです。

 耕作地を広げるにあたって、恐らくですが魔法は役に立ってくれると思いますよ」


 せっかく優秀な多属性魔法使いをただでこき使えるのだ。

 逆に効率が悪くなるような結果にならない限りはできるだけ働いてもらわねば。



「私どもの仕事を手伝って頂けると言うのですから、何でも致します。

 どうか、些細な事でも構いませぬのでお申し付けください」


 村長には申し訳ないが、彼に拒否権はない。

 もちろん立場を使って無理難題を押し付けているわけでもないので拒否されては困るのだが。


 

「話は決まったな。

 それでは各自の仕事に励んで欲しい」


 領主様のお言葉を合図に、大規模事業が始まった。

 軍隊だけでも500名以上、さらに領内の大半の町村が参加する、国家事業と言っても過言ではない規模のものだ。

 動きの見えない諸王連合、こちらに期待しているらしい連合王国、そして神殿。

 魔王軍の規模も目的もわからない状況ではあるが、我々はできる事をやっていくしかない。

 自分のためにも、周囲すべての人々のためにも。


 

「それにしても、助かるなあ」


 賑やかに飛び出していったガルボやいつの間にか消えていたルディアに続いて天幕を退出しつつ、思わず口元に皮肉な笑みが溢れる。

 結果論ではあるが、神殿の完全な勢力下に置かれ、勇者様ご一行も向かっていったらしいアルナミアの街は、所有権問題を抜きにすれば大変有難い存在だ。

 彼らが敵陣に近いという地理的デメリットをもって警報装置としての立場を引き受けてくれたおかげで、我々は楽をすることができる。

 大いなる神様とやらと、勇者様に乾杯だな。


「筆頭鍛冶殿、どうかなされましたか?」


 曹長とともに俺の背後を進んでいたミイナから声をかけられる。

 独り言にしては声が大きすぎたか。


「いえ、神殿のお陰で最前線にいるというのに、こうして暢気に会議ができる。

 ありがたい話だなと思いまして」


 まったく捻くれた俺の言葉に、彼女は笑みを浮かべた。


「よくわかりませんが、神殿が筆頭鍛冶殿のお役に立ったのであれば、これは嬉しい事ですね」


 うむ、本当によくわかってくれていないが、まあいいか。

 それはそれとして、今後私兵として活躍してもらうためには、この邪気の無い笑みを汚す覚悟もしないといかんな。

 彼女が受け入れてくれるといいのだが、最悪でも敵対しない方向にしなければ。


「筆頭鍛冶殿、お考えは何となくわかりますが、そのご懸念は恐らく必要ないと思われます」


 相変わらず曹長は俺の思考を読んでくるが、それにしても心配がいらないとはどういうことだろうか。

 いや、まあ、彼が大丈夫だというのであれば大丈夫だ。


「そうですか、ありがとうございます。

 さて、私達は私達の仕事を始めましょうか」


 俺の言葉に、今度はミイナから質問が飛ぶ。

 

「あの、私達の仕事とは、何でしょうか?」


 そういえば説明が抜けていたな。

 こういう場ではいつも曹長だけを相手にしていたので、ついつい言葉を忘れてしまう。


「筆頭鍛冶殿のお仕事ですから、当然工房の作成ですよ。

 さて、ミイナさんには私の方から色々と、お教えしたいことがありますので、どうぞこちらへ」


 安心の曹長だ。

 丁寧な口調で有無を言わせず、昨夜は一晩中俺の部屋の前で自主的な警戒を続けていたミイナを難なく連れ去ってしまった。

 疑問なのだが、彼らはいつ寝ているのだろう。


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