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第二十六話

88日目 早朝 ジラコスタ連合王国 鉱山都市ニム出口


「最後の点検だ!積み忘れが無いように再確認!」


 張り切った様子のミイナが義勇兵たちを急かす。

 上級魔族もロックイーターも倒した後は全てが順調に進んでいた。

 ルニティア地下王国先遣隊、志願してくれた義勇兵、そして、流浪の神官団から脱退する形で合流した一名。

 大半が先遣隊のメンバーではあるが、総勢87名の士気旺盛な男女が増援となってくれるのはありがたい。

 それにしても、ミイナが仲間たちに後を託し、最前線を志願してくれたことには驚いた。

 教義というか、チームとしてのルールからそのままは参加できないとわかるなり、ギルドに掛けあって脱退申請。

 全員を集めて長時間の会議を行い、後任との引き継ぎも即日で完了させて合流してきたのだ。

 ちゃんと引き継ぎは終わっているんだろうな。

 事あるごとに相談を持ちかけられるような状況は引き継ぎ完了とは言わないんだぞ。

 まあ、今のところは一切その兆候は見られないので、恐らくは杞憂なのだろうが。

 


「これから、よろしくおねがいしますね」


 こちらまで嬉しくなるような笑顔で宿舎のドアを叩いてきた彼女に、思わず心臓が不整脈を訴えたとしても俺は悪くはないはずだ。

 とにかく、すべての準備を整えて志願してきた以上、俺には受け入れなければならない義務がある。


「よく来てくれました!

 ミイナさん、共に最後まで生き抜きましょう!」


 思うところはあるが、何事も第一印象が大切だ。

 既に顔合わせどころか共闘すらしている仲だが、上司と部下としての関係は今日から始まる。

 これから面白くもない毎日が待っているのだから、今ぐらいは最高の笑みで迎えておこう。


「はい!筆頭鍛冶殿!

 命の限り、最後までお側にいさせてください!」


 なんとも気合の入っていることだ。

 まあ、やる気が無いよりある方がいい。

 ただでさえ考えることも嫌になるような毎日だ。

 何だか知らんが、前向きな意欲を持っていてくれるだけでもありがたい。

 ボランティアの語源は志願兵という面倒な話を持ち出すまでもなく、自らの意志によって戦場に身を投じられる人材は尊いものだ。

 それに比べて勇者様ご一行ときたら、頼まれるまでもなく前線に向かう気概は十分だが、協調性がなくて困る。

 回復待ちの間にどこかにいた部下たちが集合し、こちらに向けて勇者様を傷つけた罪とやらを囃し立てた挙句に豪華な馬車に一同を放り込んで移動開始。

 止める間もない蛮行だった。

 いや、どこでどうしようと迷惑をかけてこない限りは俺には関係ないが、貸与していた装備は返してくれよ。

 まあいいか、勇者様ご一行が活躍してくれればくれるほど、こちらが楽になる。

 いつぞやのようにこちらの兵站に負担をかけてくれなければそれでいい。

 とはいえ、貸出中の装備一式はきちんと延滞リストに入れておこう。

 いつか、取り立ててやる。



 そんなこんなで、嬉しい誤算もありつつ、ニムからの増援部隊は順調に進発準備を整えつつある。

 それにしても、神殿の連中はなんとかならないのだろうか。

 どこの命令を受けているのかしらないが、我々は未だにアルナミアの街に入ることができていない。

 コルナ村に陣地を構築するのはいずれにしろ必要だが、可能ならば予備陣地とできるようにしたいのが本音だ。

 どうしても入るのがダメで、行政権も渡さないのならばそれも仕方がないが、せめて協力体制ぐらいはできないのだろうか。

 陣地といえば、まず兵力の不足を何とかせねばなるまい。

 防衛線を構築できたとしても、そこに十分な迎撃と機動防御ができる戦力がなければ何の意味もない。

 いや、それ以前に現状では満足な警戒線を構築出来るだけの人数すら無い。

 なんとかなって頭数を揃えられたとして、教導をどうするか。

 そして、財源の問題も未だに解決できていない。

 今までの推移からして、もうしばらくの期間は俺の個人的な支援で回るとは思うが、一回目の決算を終えてみないことには先の見通しが立てられない。

 そもそも論だが、領主様の部下だったはずの文官たちはどこにいるのだろう。

 ゲーム中では領主館に一部屋最低三人は屯していたが、ここに至るまで一人もそれらしい人物を見かけた記憶が無い。

 兵隊を鍛え、幹部を養成しているのに、おまけで官僚団を構築せよとなれば、過労死コース直行便だな。

 完全に遅きに失してはいるが、今直ぐ全てを投げ出して、人の世が終わるその瞬間まで世界の最果てで隠遁生活するか。


「あの、筆頭鍛冶殿、よろしいでしょうか?」


 進発準備を整える義勇兵たちを待ちつつ現実逃避を楽しんでいると、不意に一人の兵士に話しかけられた。

 楽しい妄想はここまでにしておこう。


「はい、すいません、なんでしょうか?」


 視線を向けると、面食らった様子だ。

 どうやら、戦闘中と違う様子の俺に驚いたようだな。

 ドンパチしている最中と普段で同じテンションでいられるわけがないだろうに。


「どちらかと言うと、こっちの口調のほうが本来の私なんですよ。

 まあそれはいいとして、何か問題でも?」


 馬車も、物資も、足りないながらも人員も揃っている。

 前線へ向かうとはいえ大した戦闘も予想されない単なる行軍なのだから、現状で何か問題が起こるとは思えないのだが。


「ああ、ええと、失礼しました。

 衛兵隊から連絡があり、奴隷商人が筆頭鍛冶殿にお話があるとか」


 奴隷商人?

 出動前の軍隊に何の用があるというのだろうか。

 お願いだから、亡国のお姫様とか、捕虜になった良家のご子女とか、売られてきたエルフのお姫様とかは勘弁してほしいな。

 ああ、もちろん男でもお断りだぞ。


「よくわかりませんが、何か用があるのならば聞きましょう。

 どちらに行けば?」


 とりあえず、わざわざ声をかけてくるのだから、単なる挨拶ではないだろう。

 さっさと要件を聞いて、お引取り願おうか。



「これはこれは筆頭鍛冶様!わざわざ私どもの所へお越しいただけるとは!

 このフレングス、感謝感激の極みにございます!」


 なんというか、面倒くさいな。

 とりあえず、今後は領主様にわざとらしい挨拶をするのはやめよう。

 自分で言っている分には楽しいが、聞く側になると疲れてくる。

 それはどうでもいいとして、奴隷商人氏は、まあ、いかにもという外見をしていた。

 仕立ての良い服をこれでもかと下品に着こなし、胡散臭い口調だ。

 まるで貴族のような立派な髭はいいが、端正なガマガエルとでも呼べばいいのか、顔つきはちょっと残念だな。

 だが、身につけている武具は確かなものだし、よく使い込まれている。

 物語でよくある、モンスターの襲来であっさりと殺される存在とは全く異なるものだと理解しておくべきだな。


「どうも、アリール辺境伯領筆頭鍛冶のヤマダです。

 失礼ですが、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」


 俺が14かそこらであれば、奴隷商人と聞いただけで嫌悪感を隠せなかったかもしれない。

 だが、別に俺が奴隷として何かをされたわけではないし、この世界には制度として奴隷がある。

 戦争奴隷は何としても廃絶の方向に持って行きたいが、刑罰や経済的事情から奴隷になる事を止めることはできない。

 そういうわけで、それなりに社会的立場もある以上、表立って目の前の彼に俺がどうこう言えることはないのだ。


「どうか、気軽にフレングス、もしくは単に奴隷商人とお呼びください」


 特に敵対的な兆候は見られないな。

 まあ、俺はこれでも地方自治体の要職にある人間だし、彼がこちらに対して何かあるはずもないだろう。

 

「それではフレングスさんと呼ばせてください。

 何かご用件があると伺っていますが、どのような内容でしょうか?

 大変申し訳無いのですが、今は前線に向かうために準備をしているところでして」


 意味もなく敵対する必要はないが、今は有事で、俺は前線に増援と同盟国軍隊を送り届ける最中だ。

 中身の無い会話を楽しめるような時間的余裕はない。


「ええ、ええ、お忙しいところ誠に申し訳ございません筆頭鍛冶殿。

 早速ではございますが、奴隷の需要はありますでしょうか?」


 直球だな。

 いや、奴隷商人の要件なのだから、当たり前の内容といえばそうか。


「奴隷ですか、今のところ、そういった需要はないですね」


 現状は、糧食にようやく安定供給の目処が立ったというレベルだ。

 増援を連れて行く身で何をと言われそうだが、余計な人員を抱え込める状況ではない。

 そして、日本人としては当然だが、死ぬまで働いてくれればそれで良いとまで割り切れる感性も持ちあわせてはいない。

 たとえ奴隷契約であろうとも、雇用する以上は食えるだけの生活を提供する義務があるだろう。

 もう少し陣地の構築が進められるようになってからならば単純労働者としての価値も、それを守れるだけの部隊編成も可能なのだが。


「それは、何故か、とご質問させていただく無礼をお許しいただけますでしょうか?

 失礼ながら、今のコルナ村には一人でも多くの兵士が必要なはずです。

 使い捨てても問題のない手駒を断るとは、私めにはどうしても理由がわからないのです」


 面倒な人間だな。

 いらないと言っているのだから、また御用があればお申し付け下さいでいいじゃないか。

 とはいえ、いずれは必要になるのだ、言葉足らずで意味もなく関係を悪化させる必要はないか。


「まあ正直なことを言えば、近々必要になる予定はあります。

 ですが、今のところはコルナ村に連れて行っても守ってやることもできません。

 兵士の数は確かにあればあるほど嬉しいですが、それは奴隷に剣を持たせれば解決できるということでもないでしょう?」


 今の軍に、パンと引き換えに敵軍へ突撃できる兵士を用意したとしても、有効に活用できるとは思えない。

 意見を聞いた上ならばまだしも、勝手に部下を増やして曹長たちに後始末を押し付けることはできないしな。


「私の商品の中には、元冒険者や兵隊上がりもおります。

 きっと筆頭鍛冶殿のご期待を良い意味で裏切れると思いますよ」


 なかなかの人材を集めてきてくれたらしい。

 今よりも非常時であれば、そういう人材を使いこなすこともできただろう。

 だが、現状は幸いにもそこまで悪くはない。

 意欲に欠ける増援を通常の兵士たちの中に混ぜれば、きっと悪い影響が出る。

 最低でも、曹クラスがあと10人は育たないと無理だな。


「こういうことを言ってはアレなんですが、奴隷に落ちた理由があるわけですよね?

 今は人間相手に戦争をしているわけでもないですし」


 個人的な意見だが、国家のために命を捧げた軍人に対して、捕虜ではなく奴隷としての扱いをするという制度には反吐が出る。

 その国の制度として存在するという事実にどうこう言える権限はないが、幹部であろうが末端の一兵卒だろうが、敵軍であってもそれなりの敬意は払われるべきだ。

 まあ、それはどうでもいいとして、食い詰めた貧民や重罪人が主体と思われる奴隷たちを、信頼の置ける兵士たちの隣に置く訳にはいかない。

 彼らは動機の強弱こそあれ志願兵であり、同じ境遇の仲間たちの中で育ってきている。

 いずれは徴兵も仕方ないとはいえ、戦争が日常に収まるまでは、異なる境遇の人間を入れてもロクなことにならないだろう。


「寝食を共にし、運命を同じくし、戦場では背中を任せるのが戦友です。

 契約書だけで嫌々連れてこられた人間にそれは務まらないでしょう?」


 もちろん、扱いの程度の問題はあるにしても、それ以外の理由で奴隷になった人間も待遇には最低限の気は払われるべきだ。

 安価な労働力としての役割にはそれなりに重要なものがあるし、簡単に替えの効く歯車という存在は社会に必須の存在だと思う。

 だが、歯車に油をさす程度の事を思いつけない使い手は無能だ。

 責任と権限と報酬が明確にされている一部と、それを支える代替可能だが責任は持たされない大多数の歯車。

 社会はそれで回されなければおかしくなる。

 権限と報酬があるのに責任を持たされない人間など害悪でしかない。

 そして、普段は歯車として扱われている人々に、報酬は与えないのに責任を押し付けるのは馬鹿のやることだ。


「恐れながら、筆頭鍛冶殿は兵士を大切に扱うと聞いています。

 彼らも貴方様の御心に触れれば、きっと勇敢な戦士として役立つと思うのですが」


 俺はそんなに御大層な人間ではない。

 まあ、立場は過分と言いたくなるほど上等なものを与えてはもらっているが、実際には戦意高揚剤と茶番劇で兵士たちに固守を命じるような小物だ。

 今この瞬間も、奴隷として連れて来られた人々を命令で死に追いやったら、一生夢見が悪くなるだろうと考えてしまう利己的な人物にすぎない。


「そこまでの過分な評価は有り難いのですが、出発点が違います。

 状況に流されたにしても、あるいは志願したにしても、自分の足で戦場にやってきた人間と、無理やり連れて来られた人間は別の生き物です。

 私は出来る限り兵士たちが祖国に貢献できるように力を注ぎますが、只の人間を兵士にできるほど時間が余っているわけではありません」


 彼は商談に熱中するあまり忘れているかもしれないが、今は前線に増援を連れて行こうとしている真っ最中だ。

 それも、まだ出発すらしていない。

 言外にどころか明確に買わないと言っているのだから、早く諦めてくれよ。


「これは人づてに聞いた話なので、もしかすれば実際とは違うのかもしれませんが、筆頭鍛冶様は今までに何人も行き先のない兵士をお助けになられたとか。

 もしそうだとすれば、どうして行き先のない哀れな奴隷たちには心を砕いてはいただけないのでしょうか?」


 こちらの事を良く調べている。

 何らかの目的を持っての今回の接触なのだろうが、ただ商品を売りつけたいという以外の要望が見えてこないな。

 だが、会話の方向性からして、単なる強引な商談ではない。


「だれでも雇おうとしているわけではありませんよ。

 おこがましい話ではありますが、私は彼らに選んでもらおうとしただけです。

 地べたに座り込んだまま死を待つだけの日々か、例え死が待っているかもしれないにしても、前を向き自分の足で歩くかを」


 リスクはあるが、見合わないかもしれないがリターンがあるように務める。

 俺は、人に何かを頼む身として最低限の勤めを果たしているだけだ。


「死が待っているかもしれないとすれば、恐ろしい未来予想図ではありますね」


 どうでもいいだろうそんなこと。

 仮にも士官なのだから、兵隊に対してその程度の率直さも持てないでどうする。

 それに、軍人に志願する以上、リスクとしての死を考えられない人間はありえない。

 ありえない仮定と本人が考えたしても、戦闘の結果からくる自らの死を考えられない人間は逆に必要ない。


「その結果として、いずれは一人も来ないという結末もあるかもしれませんね。

 それならそうで、私は出来る限りの事をするだけです。

 結果として力及ばず軍が壊滅し、そして守るもののいないこの街が焼かれ、一人残らず死ぬこととなったとしても、それは全員の選択の結果です。

 無念ではありましょうが、きっと納得してくれる事だと信じています」


 それにしても、ここまで後ろ向きな話題を振っているというのに話の方向性が見えてこない。

 買わないって言っているだろう。

 

「申し訳ないですが、そういう次第なので、今は、どうしても奴隷が必要という状況ではありませんね」


 ここまで露骨に言ったのだから、後日は大喜びで来るにしても、今は諦めてくれるはずだろう。

 そうでなければ何か明確な目的があるはずだ。


「なるほど、わかりました。

 ところで、これはご相談なのですが」


 諦めると思ったが、フレングス氏はさらに言葉を重ねてきた。

 ふむ、これはなにか、明確な目的があっての話なのだろう。


「例えばなのですが、本人たちも戦場に行くことは納得している元連合王国兵士の奴隷150名、お安くさせていただくとしたら、お買い求めいただけますか?」


 随分と具体的な例え話が来たものだ。

 無理やり連れて来られた奴隷ではなく、いわゆる義勇兵に近い存在を送り込んでくれるというのであれば話は変わる。

 もしかしてなのだが、彼はお金次第で仲間を用意してくれる枠なのだろうか?

 いや、そんな都合の良い存在ではなく、恐らくは然るべき存在から増援を届けるように命じられたのであろうことはわかっている。

 

「ああ、私は何か考え違いをしていたのかもしれませんね。

 早速ですが、どういった人材がいるのでしょう?」


 いくら聞いても明言はしてくれないのだろうが、恐らく、連合王国から我々へ、神殿に喧嘩を売らずに兵力を供給する方法として雇われたのだろう。

 面倒な手順を踏んでくれるが、逆に言えば、それだけ気を使ってでも辺境伯領を維持しようとしてくれるその姿勢はありがたい。


「剣兵が50名、弓兵も50名。

 残る50名は馬車などを扱えるので、雑用としてお使いください。

 ただし、最後の連中は、半分は開放を希望した場合には、料金後払いで開放して頂けるとありがたいです」


 ああ、そういうことか。

 俺は唐突に理解した。

 目の前の奴隷商人氏は、正確には彼の背後にいる連合王国軍部は、俺達を教導団として利用しようとしているのだろう。

 まあよろしい、兵站の大切さを知る人間が増えるのは良いことだ。

 いつ引き上げられるかわからないが、どこまで役に立つかわからないが、とにかくしっかりと鍛えて返そう。

 信頼できる本隊が教導をする程度で生まれるのであれば、こんなに嬉しいことはない。


「それは、貴方の用意した『奴隷』たちの中にそういう判断ができる人間がいるという事ですね?」


 念のため確認すると、彼は満面の笑みを浮かべて首を縦に振った。


「ええ、ええ、仰るとおりでございます筆頭鍛冶殿。

 王都から遥々ここまで遠征してきて良かったと初めて思えましたよ。

 以外に思われるかもしれませんが、奴隷には単なる兵隊だけではなく、色々な人材もございます。

 次回はそのような人材も集めてまいりますので、是非その際にはよろしくお願い致します」


 彼は、恐らく王都に店を構えるそれなりの人物なのだろう。

 そうなれば、単純労働者ではなく、技能職の人材派遣(買い取りだが)も期待できるというわけだ。

 いやはや、偶然とはいえ良い縁ができたものだ。


「それは良かった。

 さて、フレングスさん、貴方の用意していただいた『戦闘行為が可能な150名』は全員を買い取らせていただきます。

 それはそれとして、辺境伯領がどのような人材を必要としているか、こっそりとお伝えさせてください」


 悪い笑みを浮かべた俺と奴隷商人氏は、進発準備が一からやり直しになった一同を無視して事前商談を開始した。

 結果としてとても良い事であったが、一点だけ気になることがある。

 ミイナは、どうして深い笑みを浮かべて常に俺の後ろに立っているのだろう。




93日目 夕刻 ジラコスタ連合王国 コルナ村近郊


「止まれ!誰か!?」


 誰何を受け、俺はようやくこの短い旅の終わりを感じた。

 

「アリール辺境伯領筆頭鍛冶ヤマダである!警備ご苦労!」


 一回目の誰何と同時に警備中だった全員が剣に手を掛けた点が嬉しい。

 何より、総勢200名を超える集団相手に、臆すること無く誰何を行ってくれたその練度が有り難い。


「お待ちしておりました」


 呼ぶまでもなく現れる曹長の存在に癒やされる。

 恐らくだが、彼は24時間体制ではなく、友軍が現れそうな時間を見計らって待機していたはずだ。

 その程度のことは頼まずとも期待できるからこそ、俺は遠慮なく彼のことを曹長と呼べるのだ。


「厄介事はあったか?」

 

 ここは残念なことに根拠地であっても最前線だ。

 口調が戦闘仕様になってしまっても俺に落ち度はない。


「はい、特別なことはありませんでした。

 脱走兵が八名、これは全員捕まえられましたが。

 その他には神殿からの特使が三回、いずれも領主様がご対応なされ、最低でも連合王国国王陛下の命令書か神官長を連れて来いで撃退されております」


 思ったより脱走兵は少なかったな。

 これだけ絶望的な状況でたった八名であれば、見せしめに吊るす必要すらない。

 神殿からの干渉も、驚くほど少ない。

 敵襲に見せかけて切り捨てる必要すら無く撃退可能だったとは。

 さすがは領主様だ。


「その他ではなにかあったか?」


 普通ならば、何かあったかという質問は適切ではない。

 ここは最前線だ。

 日々何かが起こっている。

 しかしながら、曹長という存在は、特別だ。

 彼は不適切であっても質問を正しく受け止めて回答できる能力を持っている。


「細かいことは別として、勇者を名乗る集団が、アルナミア方面へと抜けて行きました。

 よくわからないのですが、他国の許可証を盾に胸を張っていたのですが、特に止める権限もなかったので通しています」


 やはり曹長に任せて問題はなかった。

 この国の中で他国の書類を振りかざしても大した意味は無いが、所属不明勢力に近い我々には大した権限がない。

 ましてや勇者様などという面倒な存在相手なのだ。

 特に問題がなければ、すんなり通すほうが賢明というものだ。


「ご苦労。

 見ての通り増援を連れてきた。

 輸送に関して50名を確保できたので、色々と教えてやってくれ。

 その内の半分は連合王国軍に返すからそのつもりで」


 彼に対しては、これで十分すぎる詳細な命令だろう。

 その証拠に、曹長は了解の意を返しつつ、考える目をしている。

 

「了解いたしました。

 ただちに人員割を見直します。

 ひとまず筆頭鍛冶殿は領主様にご報告なされたほうがよろしいかと。

 ああ、後ろの、たしか流浪の神官団のミイナ団長でしたね?

 貴方も同行したほうがよろしいかと愚考しますよ」


 まったく、曹長には毎日驚かされる。

 それが嬉しくもあるが、とりあえずミイナさん、貴方さっきまで隊列の後方を見ていたはずですよね?




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