第二十四話
2015/02/18
誤字等を修正しました。ご指摘を頂きありがとうございます。
85日目 夕方 ジラコスタ連合王国 鉱山都市ニム 都市衛兵隊本部
「まあ、他の可能性を無視するつもりはありませんが、十中八九は魔族の仕業でしょうね。
ここまで質の悪い呪いが、人間に掛けられるとは思えません。
絶対ないとは言い切れない所が面倒ですが」
ダラダラと続いた議論を、俺はそう締めくくった。
可能性がないわけではないが、面倒事は一つ一つの可能性を潰す方向で解決するべきだ。
ああでもないこうでもないと話しあいばかりに時間を費やし、本質である原因究明に取り掛かれないという笑い話は避けなければならない。
「何はともあれ、我々の行動は決まっている。
この忌々しい事件が終わり次第、アリール辺境伯様の元に向かい、恩を返す」
ガルボ殿の言葉が胸に沁みる。
情けは人の為ならずとはよく言ったものだな。
「ありがとうございます、ガルボ殿。
それはそれとして、まずはどうしてこんな事になってしまったのかという点を解決するべきでしょうね」
ミイナ団長に軽く頷く。
やるべき仕事を既に完了している彼女は、簡単な合図だけでこちらの意図を察してくれた。
「流浪の神官団、団長のミイナです。
筆頭鍛冶殿のご命令で、都市内三十八ヶ所と全ての出入口で確認を行いました」
仕事が速い人って素敵だな。
念入りに背景を説明しておいたということもあるだろうが、即座に動いてくれるのがありがたい。
「結論から先に申し上げますと、残念ながら都市内で上級魔族の残滓魔力を発見しました。
同一のものですが、複数の箇所で、です」
彼女の言葉に室内がざわめく。
普通の人間が束になってもかなわない上級魔族が、既に都市内に潜伏している。
おまけに、単なる偵察ではなく明確な害意を持って攻撃を仕掛けてきている可能性が高い。
まさしく悪夢だ。
「既に街を出ている可能性はありますか?
もしまだ潜伏しているのであれば、直ぐに住民を避難させないといけません」
ローレリア衛兵隊長の信条は、恐らく即決即断なのだろう。
話が早くて有り難い。
どうせ衛兵隊が束になっても勝てないのだから、稼げるだけ時間を稼いで住民を避難させるぐらいしか対策はない。
それをやるのであれば、慎重さは重要だが速やかな行動が必要だろう。
「確認の結果、最も新しい痕跡は都市内部です。
恐らくですが、まだ潜伏中と思われます」
絶対に忘れることのできない突発イベント『魔族を探せ!』で大活躍した残滓魔力の概念が通用してくれて良かった。
最初に相談した時にはミイナは怪しげな様子であったが、無駄でもいいからと頼み込んだ結果がこの会話につながっている。
突発イベント『魔族を探せ!』は、ある都市内で事件が発生し、それをプレーヤーたちが解決するというものだった。
時間が経過するごとに薄れていく残留魔力を追いかけつつ、NPCたちから情報を収集し、容疑者を絞り込んで殲滅する。
面白い点としては、犯行は運営側の用意した人間が実際に行い、ゲームのように(ゲームだが)イベントが突然湧くわけではないという形式を取ったことだ。
人間対人間の推理ゲームを展開しようとしたわけだ。
運営としては、推理小説的な展開をしつつも、作りこまれたマップ内をプレーヤーたちに探索して欲しかったのだと思う。
ところが、彼らの願いは打ち砕かれた。
プレーヤーたちは、全ての情報を外部の別サイトにて共有し、捜査活動のような事を始めたのだ。
全ての情報は共有化された。
最新の残留魔力位置、事件発生時に付近にいたプレーヤーの記録動画、街中で様々な活動をしていた「プレーヤー」への目撃証言聞き込み。
そういったものを駆使し、彼らは対象のNPCを自力で割り出した。
次に、三度の飯よりもゲームプレイを優先する人々が、文字通りの24時間体制で各所で張込みを行った。
あるプレーヤーは録画を回しつつ一日中露店を開き続けた。
別のプレーヤーは道場で稽古を行いつつ、消耗したら商店でアイテムを購入しに行くという作業を実行し続けた。
何人かの人々は、互いにシフトを決め、中央広場での雑談を交代で行い続けた。
そして、最大手のクランは、いくつかのクランと共同で容疑者の尾行を24時間体制で実施した。
そのような努力が実り、運営が動かす魔族は、犯行を行った後、潜伏場所に戻った所を襲撃された。
騒動には俺も参加していたのでよく覚えている。
<<至急至急、犯人は容疑者Bで確定。
潜伏場所は2-1-5であることを確認した。
参加可能なプレーヤーは全員集合、脱出を確認しない限りは2130時より突入を開始する>>
突然全体チャットで流されたそれは、都市内の全プレーヤーが確認できた。
まるで警察か軍隊かと苦笑したが、次の瞬間には俺も含めた全てのプレーヤーキャラが全力疾走を開始した。
それからはもう、酷いものだった。
相手が魔族であるという事は事前にアナウンスされていたため、全てのプレーヤーはNPCの傭兵か、仲間をかき集めて目標地点へ殺到する。
当時のフレンドたちはその時間にログインしていなかったため、俺は雇えるだけの傭兵を雇って突入時刻直前に到着した。
<<犯人に告ぐ、この小屋は完全に包囲されている。
速やかに投降し、この場にいる全プレーヤーにイベント報酬を差し出せ。
抵抗する場合は、容赦なく殲滅する>>
一応、本来は戦闘を行ったパーティにのみ報酬が支払われることになっていた。
だが、ここまでの協力体制を敷いたことから、運営サイドからは最後の犯行前に発見した場合には、最後に関わった参加者全てに報酬を支払うと宣言があった。
そういうわけで、参加プレーヤー数248人の最終決戦が始まった。
まあ、開幕の全力魔法攻撃でサーバーが落ち、申告者全てに報酬を支払うということでこの事件は終わってしまったのだが。
「手の開いている冒険者はいないかもしれませんが、ギルドに掛けあって人手を集めます。もちろん、衛兵隊の志願者を募ります。
手持ちだけですが、一時的に武具も貸し出しますよ、
それ以外は全員で避難誘導と道中の護衛をしてもらいましょう」
何でもかんでも金とアイテムで解決するのは良くないかもしれないが、今はとにかく時間が問題だ。
厄介なやつから潰せる折角の機会だ、出し惜しみ無しでさっさと終わらせよう。
俺の言葉に、一同はこちらを見る。
上級魔族相手に、こいつは何を言っているのか?というところだろう。
「勝ち目がないわけではありませんよ。
やり方しだいでは、一対一ならばやってできないわけではありません。
一体多数でこちらが多数ならば、もう少しやりようもあるでしょう。
幸いなことに、武具については貴族様や騎士様相手に家宝として売りつけられるような物があります」
その言葉に、衛兵たちは納得した表情を浮かべた。
理由はよくわからないが俺の活躍を知っているらしい彼らは、確かにそれで納得できるだろう。
ガルボ殿たちはその前に前線に出れば、少なくともこの場においては安心なのだから当然、と思えば、彼は副官らしい人物に何やら命令を伝えている。
「そうだ、動ける奴は全員出るぞ。
上級魔族狩りだ、鍛えた武具と戦技の見せ所だなあ、ええ?」
おいおい、彼らには最前線に行ってもらわないといけないんだ。
こんなところで男を見せられても困るんだが。
「ガルボ殿、それではお話が違うのでは?」
慌てて声をかけた俺に、彼はニヤリと笑みを返してくる。
「回復に時間のかかる連中はちゃんと最前線に送り届けるさ。
それはそれとして、勝ち目があるのならば、我々が参加しても問題あるまい?」
そう言われては断れない。
誰もがやる気になっている。
ここで犠牲を減らすためにとドワーフたちを逃しては、士気が下がる。
「確かに、勝つ可能性が下がるどころか上がるわけですから、お断りするわけにはいきませんね。
よろしくお願いします」
俺の言葉に、彼は猛獣を思わせる獰猛な笑みを返し、寝ている連中を今直ぐ叩き起こせと部下に命令した。
「さて、時間が重要です。
ギルドには私から出向きますので、衛兵隊は直ちに志願者の募集と、避難誘導の準備をお願いします」
さて、ここまで言って冒険者が徴兵された者以外皆無だったら、赤っ恥もいいところだな。
85日目 夜 ジラコスタ連合王国 鉱山都市ニム 冒険者ギルド
「お話はわかりました」
突然現れた俺の要望を聞いた窓口担当者は、丁寧な口調でそう言った。
一般冒険者は、この戦争が始まった時に既に軍の一部業務を委託するという形で雇用されている。
その大半はあちこちで任務中となっており、これは契約期間終了までは使うことができない。
そうなると、残っているのは重要な仕事を任せることができないような連中か、流浪の神官団のような流れの連中か、あるいはギルドにとって重要すぎて軍には貸せない人材となる。
お話はわかりました、と返ってくるということは、しかしながら、と続くわけだ。
残念ながら、冒険者の協力はあまり得られそうにもないな。
「しかしながら、筆頭鍛冶殿が雇われた流浪の神官団を除くと、あとはギルドからご紹介できる冒険者はこの街には、少々お待ちください」
断られるかと思ったその瞬間、窓口担当者は隣の窓口を担当していた女性から声をかけられ、席を離れていく。
別に俺は偉いんだぞと言うつもりはないが、窓口を預かる者として、交渉の最中に離れるっていうのはアリなのか?
幸いなことに、彼はすぐに戻ってきた。
「失礼しました、お喜びください筆頭鍛冶殿、勇者様がそのお力をお貸し頂けるとのことです」
その言葉に先ほどの方を向くと、ニヤニヤ笑いを浮かべた盗賊風の男がこちらを向いる。
全体像は盗賊であるが、その顔は高貴な出自を感じさせる端正なものだった。
よく見れば、装備も随分と上等なものだな。
「あー失礼、ヒットウカジ殿、ってのはおにーさんで合ってるかい?」
随分と飄々とした、というよりは失礼な物言いだが、まあ、どうでもいいか。
伝え聞くところによると彼らはジラコスタ連合王国の人間ではないし、今は礼儀作法の時間ではない。
雇用主と被雇用者という立場さえ崩さないでいてくれればそれでいい。
「ええ、私がそうです。
ところで、伺ったお話によると、貴方はあの勇者様のご一行だとか?」
そう尋ねると、彼は誇らしげな表情を浮かべて何やら語りだした。
「おにーさんも知ってたか。
そう、勇者ちゃんの一番の部下、疾風のロニーとは俺のことさ」
その瞬間に吹き出さなかったことを褒めて欲しい。
いや、二つ名はどうでもいいんだ。
まっとうな冒険者ならば大抵は二つ名を持っているし、俺も元の世界では恥ずかしくて名乗れないような二つ名をいくつももらっている。
ロニー氏もその名前に恥じない装備と、随分と良い外見をしている。
吹き出しそうになったのは、何というか、他所の貴族相手に勇者の名前を持ちだして偉そうな口を利くというその愚かさについてだ。
まあ、話半分に聞いても随分とぶっ飛んだ勇者様らしいし、部下も規格はずれが集まっているのだろう。
「なるほど、私も聞いたことがあります。
アルーシャ王国の勇者様が、我が国に救援に来てくれたとか。
しばらく聞いておりませんでしたが、ここでご助力頂けるとはありがたい事です」
能力が優れているのか、ハッタリ野郎なのか、はたまた勘違いされる体質なのか、どれでもいいが、頭数が増えることはありがたい。
おまけに、勇者として名前が売れている以上、そうそう簡単に逃げ出したり裏切ったりするとは思えない。
ここは出来る限りの優遇をしておくべきだろう。
「話は聞いていたと思いますが、念のため。
報酬は一人あたり金貨三枚。
装備は希望すれば貸し出します、ポーションなども手持ちであればできるだけ支給します。
万が一死者が出た場合、事前に聞いている実現可能な要望であれば、筆頭鍛冶の名にかけて必ず行います」
この場合の実現可能な要望というのは、家族に報酬を届けてくれとか、田舎の両親に手紙を届けてくれとか、その程度のものだ。
いくら上級魔族を相手にするとはいえ、俺の職責で叶えられない要望を約束してやるわけにはいかないからな。
「それでいいと思うぜ。
武具については、勇者ちゃんを連れてそっちの宿に行けばいいんだろ?」
話が早くて助かる。
どの程度腕の立つ人間が、何人来るのかはわからないが、少しは期待してもバチは当たらないはずだ。
「ありがとうございます、それではお待ちしております」
大きな収穫があったな。
勇者の名前を使えば、更に多くの衛兵が残ってくれるかもしれない。
今回の相手はほぼ単独と思われるが、それでもこちらの手が一本でも多くなれば、それだけ取れる手段が増える。
「ああ、筆頭鍛冶のおにーさん、一つだけ訂正させてもらうぜ」
彼も話が早い人間が好きなのだろうか。
いつの間にか『おにーさん』から、『筆頭鍛冶のおにーさん』に昇進していた。
ここがギルドで、俺が単独だからそんな言葉遣いなのだろうとは思うが、頼むから曹長の前で今のような態度はやめてほしいな。
「なんでしょうか?」
それはそれとして、何か間違いでもあったのだろうか。
盗賊という彼の職業柄、何か作戦に関わる重要事項かもしれない。
問題があるのであれば早急に直さねば。
「勇者ちゃんは、王家の駒じゃないんだ。
俺達の、勇者ちゃんなんだぜ?」
なるほど、彼らにとってそれは重要な事なのだろう。
どうでもいいわクソボケが。
85日目 深夜 ジラコスタ連合王国 鉱山都市ニム 宿屋『ショート・トリップ』
俺が今回使用している宿屋は、ロング・トリップのお家騒動で産まれた宿屋なのだそうだ。
当時の四代目は双子で、非常に仲の良い兄弟だったらしいが、後を継ぐという段階になって弟が不満を訴え、財産分与で揉めに揉めた挙句に実家を飛び出し、この宿を開いたらしい。
それ以来両家は事あるごとに張り合ってきたらしいが、客層からサービス方針まであらゆる点で目指す方向が異なっており、何気に一度もトラブルを起こしたことはないそうだ。
まあ、そんな背景は事件に関係していない以上は心の底からどうでもいいが。
「報告します、冒険者ギルド職員の協力があり、衛兵隊全員が筆頭鍛冶殿の作戦に参加できる事になりました」
衛兵隊のある程度は避難民の護衛に回ると思っていたが、全員参加とはありがたい。
それに、冒険者ギルドが『職員は全て冒険者資格と経験を有さなければならない』という規則を逆手に取り、不足している人員を職員から出すとは思わなかった。
当然その間の業務は滞るが、そもそも街から人が避難する以上、ギルドだけ開店している意味もない。
言われてみればなるほどであるが、一つの役所が総出で曲解と拡大解釈と特例処理を連発して即決即断で行動すると考えれば、この異常さが伝わるはずだ。
「この街は良い街ですね」
集まった一同を前に、俺は静かに口を開いた。
「責任感あふれる衛兵隊、存在意義を理解している冒険者ギルド、そして、自分たちの仕事の先を認識できている職人たち」
事前準備に投入できた時間は少ないが、それでも驚くほどの準備を整えることができた。
それは、俺の反則的な資金や武具、アイテムによるものも大きいが、それだけではない。
優れた剣が何本あっても、持ち手が一人では使い切れない。
便利なアイテムをいくつ持っていても、使い方のわかる人材がいなければ倉庫の肥やしだ。
明日の為に溜め込んでいる資材を、今のために全投入できる人間は何人いるだろうか。
「この素晴らしい人々のお陰で、今があるのでしょう」
ローレリアが誇らしげに胸を張った。
若い頃はA級冒険者だったらしいギルド長が渋い笑みを浮かべる。
職人たちを代表してこの場に来ている鍛冶ギルド長が照れくさそうに笑う。
「そんな街に許可もなく入り込んできた上級魔族とやらに、しっかりとこの街の流儀を教えて差し上げなければなりません」
そこで俺は言葉を切った。
一同は居住まいを正し、下令を待つ。
「アリール辺境伯領筆頭鍛冶として命じる。
可及的速やかに敵上級魔族を殲滅せよ」
既に必要な作戦案は共有されており、一部の部下たちは行動中だ。
だが、何事にも気合は重要だ。
一同が気持ちよく仕事に取り掛かれるように、こういった儀式もたまにはやらないとな。
「失礼するぜ!」
ドアが突然開かれたのはその時だった。
室内にいた全員が剣を抜き、それぞれの戦闘態勢を取る。
「なんだよ?俺様とやりあおうってのか?
悪いことは言わねぇから、やめといたほうが身のためだぜ」
なんだこの失礼な奴は。
見たところ魔族とは思えないが、衛兵たちで警備されたこの部屋まで騒ぎを起こさずに来たということは、見た目だけで判断してはいけないな。
不意を打って腕を切り落としたらどうなるか見てみるか。
「相手は手練だ、複数でかかれ!」
その言葉に入口に近い数名が半包囲を開始する。
直ぐ後ろでは第二陣、第三陣が陣形を整え、さらに杖や弓矢、ドワーフ達のライフルも向けられる。
「へへっ、おもしれぇぜ!」
いわゆるバトルフリークというものなのだろうか。
乱入者は大きな両手剣を片手で振り上げ、突撃の姿勢を取った。
「止めたまえ!」
いよいよ始まるというその瞬間、入口の方から怒号が聞こえてきた。
なんなんだもう。
「君たちはアルーシャ王国国王陛下の認められた勇者様、その仲間に剣を向けているのだぞ!
直ぐに剣を下ろせ!!」
大した声量であるが、悪いがここはジラコスタ連合王国だ。
他所様の王族がどうとかは関係、いや、待て、勇者と言ったか?
「ゆっくり引け、剣は下ろさなくていい」
衛兵たちは、こちらの命令にのみ従ってくれるらしい。
指揮権というものを正しく理解してくれているようで大変結構。
下がりつつも遮蔽物として使えるテーブルの反対側に向かったり、立てかけられていた盾をさり気なく手に取るあたり更に良い。
「それで、揉め事を収めるために他所の国で他国の王族を軽々しく持ち出す貴方はどこの誰ですか?
こう言ってはなんですが、貴方の今の行いは、大変に迂闊で、そして失礼ですよ」
外交問題を起こすためにやってきた新手の魔族ですと名乗られたほうがまだましだ。
「失礼はキミの方だ」
ようやく入室してくれたその男は、何というか騎士様と呼びたくなる出で立ちだった。
白金製の鎧、小脇に抱えられた優美なデザインの兜、確かな技術を感じる造形の剣、そしてご立派なマント。
うん、どこに出しても恥ずかしくない騎士様だな。
甘いマスクと軍人とは思えない手入れされた長い金髪まで装備している。
「キミは今、アリューシャ国王陛下の勇者様一番の部下である、聖騎士アシュレイの前にいるのだよ」
何だこいつ。
面倒くさいから切り捨てて、物取りの犯行に見せかけてもいいかな。
そんな視線をローレリアに向けると、彼女は戦闘態勢を維持したまま、不思議そうにこちらを見てくる。
ああ、曹長が来ないかな。
俺の中で曹長分が不足してきている。
「なんだか知らんが、他所の国で自分の国の王家をそうそう気軽に持ちださないでくれ。
こちらとしても、穏便に済ませる意欲が無くなってしまうじゃないか」
その言葉に、弛緩しかけていた場の空気が再び張り詰める。
「ああもう、任せろというから任せたのに、私に替わって頂戴」
何とも賑やかなことだが、三人目だ。
黒の長髪、眼の色も黒だが、輪郭が日本人ではないな。
まあ、外見だけで言うと俺も到底日本人には見えないが。
それはそれとして、大した別嬪さんだ。
精霊の加護らしい常時バフもかかっているし、腰に下げている刀は、どう見ても超一級品だ。
なるほどなるほど、人格面は保留としても、勇者を名乗るだけはあるようだな。
「初めまして、筆頭鍛冶さん。
私はユリアンカ、貴族じゃないから、ただのユリアンカよ。
不本意なんだけど、勇者と呼ばれているわ」
ああ、忘れていたが、そういえば装備をあとで取りに行くとか言っていたな。
この間の悪さで、あんな感じの悪い形でやってきたというわけか。
「それはそれは、ああ、初めまして、隣国の勇者様。
ジラコスタ連合王国アリール辺境伯領筆頭鍛冶のヤマダと申します。
今回の作戦に参加頂けるということで、装備を借りに来られたという認識であっておりますか?」
多少堅苦しい言い回しになっても文句は言わせないぞ。
喧嘩を売るつもりはないが、とてもではないが現状で仲良くにこやかに会話するつもりにはならない。
「ええ、そういうことになるわ。
私の仲間たちは、まあ、個性的ではあるけれど、腕は立つからきっと役に立つ、と思う」
どうしてそこで弱気になる。
ちゃんと自信満々に言い切ってくれよ。
「今は一人でも仲間がほしい時です。
ご協力頂けるのであれば、喜んで装備をお貸し出しさせていただきますよ。
衛兵隊長、勇者様たちを別室にお通しして、装備を貸し出してあげてください」
不敬なのかもしれないが、今はまだ作戦中だ。
勇者様に拝謁する機会は、誠に遺憾ながら先送りだな。
86日目 早朝 ジラコスタ連合王国 鉱山都市ニム 中央広場 宿屋「ロング・トリップ」付近
ようやく朝霧が薄れてきた中、街中を武装した集団が移動していた。
衛兵隊と冒険者たちの合同部隊である。
彼らの目的地は当然ながら一つ、上級魔族が潜伏していると思われる場所だ。
「ドワーフ隊は配置についたようですね」
合同部隊の先頭を進む俺に、ローレリアが声をかけてくる。
他の衛兵たちが思い思いの装備を手に取る中、彼女は最後まで新しい装備に手を出そうとはしなかった。
聞けば、今の自分はこの武具たちと共に育ったので、こういう時も手放したくはない、だとか。
感動したので、出来る限りの強化を補修を行ったのだが、まあ、彼女は今後もこの街を守っていかねばならないし、余計なお世話ではなかったと信じたい。
どうでもいいが、最近まったくハンマーを振るっていない気がする。
「彼らは切り札の一つだからな、期待したいところだ。
それで、仕込みはうまくいったのか?」
この作戦の第一段階である大切な仕込みの進捗を尋ねる。
別にこれがなくても勝てないわけではないが、やるのであればスマートに進めたい。
「先ほど部下が戻ってきました。
うまく馬車で事故を起こすことができたようです」
作戦の第一段階、それは薪や飼葉を満載した馬車を、目的地で止める事にある。
当然ながらただ止めたのでは疑われるので、事故という形をとっているが。
「それにしても、どうしてあそこに上級魔族が潜伏しているとわかったのですか?」
既に残留魔力の測定によって、目的地である宿屋内部に上級魔族が潜伏しているとはわかっている。
彼女が聞きたいのは、その前の段階で、どうしてそこを特定できたのかということだろう。
「いや、凄く簡単な話なんだが、まず出発点として、あの宿屋で呪いにかからなかったのは店主だけだ。
ああ、もちろんそれだけで敵としてここまでの事をやらかしたわけじゃない」
病気にかからなかった奴は魔族なので火炙りでは野蛮にも程がある。
「次に、残留魔力測定の範囲をあの辺りに絞ってやったが、最新の痕跡は、宿屋の中に戻るものしかなかった。
これは、昨日の夜の話だ」
調べられる限りでは街から外には出ていない。
そして、最新の痕跡は宿屋の中に戻っていくものだけ。
トドメに、清掃やら何やらがまだ行われていないため、調べられる範囲では現在宿屋の中には一人しかいない。
「最新の痕跡が宿屋に戻るもので、そしてあの中には確認できた範囲では一人しかおらず、その人物はこの事件の最初から関与していて、被害を受けていない」
これだけの証拠が揃っていれば、焼き殺しても文句は言われない、はずだ。
言われないといいな。
まあ、ネタバレをすれば、今回の件は俺が洞察力に優れているというわけではなく、単純に俺にしか見えない表記が、NPCではなく敵を示していたからなのだが。
いくらなんでも俺が敵だと思うから殺せでは人がついてこないので、過去のイベントの記憶を掘り起こして捜査の真似事をしたり、推理小説ごっこをしている。
「そういうわけだ。なので、心配をする必要はない。
あとは作戦がうまくいくのを願うだけだ。
第二段階はもうすぐだな?」
俺の疑問に答えるように、ゆっくりと進む馬車が部隊を追い越していく。
荷台には、油を詰めたツボがぎっしりと満載されている。
どこまでうまくいくかはわからないが、できればあっさりと解決してくれるといいのだが。