第二十三話
予約したのですが、何故か投下されないので手動にて投稿します。
2015/02/18
誤字等を修正しました。ご指摘を頂きありがとうございます。
また、今回は若干の汚物等の表現がございます。
苦手な方はご注意ください。
こちらについても、ご指摘を頂きありがとうございます。
84日目 昼間 ジラコスタ連合王国 鉱山都市ニム
「止まれ!」
衛兵から制止の声をかけられ、俺はようやく退屈な旅が終わったことを知った。
時折魔物が襲ってくる程度の街道を延々と単騎で進み続けること三日。
すれ違うものも追い抜くものもいない孤独な旅路であったが、それももう終わりだ。
できれば曹長と信頼できる数名は同行させたかったが、現状はまだまだ絶望的なものである。
俺の身の安全のために全体を危険に晒すことはできない。
「筆頭鍛冶、ヤマダである。
警備の責任者に会わせてもらいたい。
領主様よりの書状を預かっているので手早く頼む」
正門横に設けられた小屋から数名の衛兵がこちらに向けて歩いてくる。
こちらだけを見ず、周囲に警戒を行いつつだ。
この辺りはよく整地され、草木も伐採されている。
ただ警備をするのではなく、確実な警備を行うための手配を行っているのは素晴らしい。
「ヤマダ筆頭鍛冶殿ですね。
お噂は伺っております」
間近までやってきた衛兵は、こちらの姿形をしっかりと確認した後でそう言った。
何故名前が知られているのかはよくわからないが、面倒な手続きを抜きでこちらを信用してもらえるのはありがたい。
ああ、そういえば出立前に辺境伯閣下より徽章を授与されていたが、あれが役に立っているのかもしれないな。
「警備ご苦労さまです。
領主様よりお預かりした書状が有ります。
代官殿にお渡ししたいのですが、案内してもらってもよろしいでしょうか?」
何はともあれ、まずはお使いクエストを完了させなければならない。
辺境伯領という一つの地方自治体の運命を左右するそれをお使いと呼んで良いのかは悩ましいが。
とりあえず、一段落が着いたら領内の指示命令系統および物流網を何とかしないといけない。
俺は別にその道の専門家というわけではないが、何の知識も持たないというわけでもないからな。
「はい、衛兵隊長殿の所へご案内いたします。
ちなみに、代官殿はアルナミアの街へ増援を求めに私兵を連れて行かれ、現在のところ不在です」
さて、どちらの意味だろうか。
つまり、財産を抱えて護衛とともに敵前逃亡か、防衛力を温存しつつ後方支援を取り付けに行ったのか。
後者はいいが、前者であればいつかは見つけ出して軍法会議にかけなければな。
ああ、そういえばきちんとした軍法を制定していなかった。
戻り次第確認しておこう。
「道を開けろ!ヤマダ筆頭鍛冶殿のお通りだ!」
俺に付けられた案内役の衛兵が声を上げる。
直ぐに正門が開かれ、ニムの街の大通りが視界に入ってくる。
露店、冒険者たち、買い物客、何かを輸送する馬車。
うん、問題は発生しているのだろうが、少なくとも崩壊レベルまで追い込まれているわけではないな。
「おお、あれが噂の殲滅の魔術師様」
正門の内側で警備していた衛兵から妙な形容詞が聞こえてくる。
なんだか知らんが、兵士たちが気持ちよく仕事を出来るのであれば、妙な二つ名も許容範囲だろう。
「みてみて!しょうぐんさまだよ!」
買い物の途中らしい子供が、こちらを指さして何やら言ってきた。
坊や、人を指さしてはいけないよ。
「おやおや、滅魔の聖騎士と聞いたけど、随分と優しげな見た目じゃないのさ」
娼婦のお姉さん、私は軍役にはついていますが、騎士の叙勲は受けていませんよ。
まあ、見目麗しい女性に評価されて嬉しくないはずもないが。
「さすがは筆頭鍛冶殿ですね!
お姿を拝見しただけでも街の皆は安心できたようです!」
言葉の端々から敬意のようなものを滲み出させつつ、衛兵が声をかけてくる。
やめてくれ、こんな公開処刑のようなことをしないでくれ。
まあ、ただ馬に乗って進むだけで戦意高揚に繋がるのであれば我慢する価値はあるが。
うんざりとした気分の俺を乗せて馬は進んでいく。
石畳の道はよく整備されており、ゴミはそれほど見当たらない。
周囲の家屋もしっかりとした石造りの美しさを誇っている。
うん、今のところはこの街自体は大丈夫なようだ。
治安面でも、衛生面でも、資金面でも、そして勿論、士気という面でも。
84日目 昼間 ジラコスタ連合王国 鉱山都市ニム 都市衛兵隊本部
「ようこそお越しくださいました!
衛兵隊長を務めさせて頂いておりますローレリアと申します!
名高いヤマダ筆頭鍛冶殿に足を運んで頂き、衛兵一同、心より歓迎申し上げます!」
なんだかよくわからないが、大した歓迎ぶりだな。
代官の行方も気になるが、まずは彼らの現状把握をしっかりとしておこう。
「ローレリア衛兵隊長、楽にしてください。
まずは領主様からの書状をお渡しいたします。
目を通して頂いて、話についてはそれからにしましょう」
書状を手渡し、相手が着席するのを待とうとしたが、こちらを待っているようなので先に座る。
やれやれ、ようやく読み始めてくれたようだ。
室内を見渡す。
机に立てかけられたままの剣。
隣に並べて置かれている盾。
本部の中ではあるが着用したままの鎧。
全てが使い込まれているが、よく整備されている。
さすがに産業地帯なだけあり、職人には困っていないらしい。
これは良い兆候だな。
行く街行く街が問題を抱えているのでは話にならない。
とは言っても、俺はこの街の問題を解決するためにわざわざ前線を離れてきたんだがな。
「領主様からのご命令は了解いたしました。
また、代官補佐様にお任せしたロックイーターの件については、筆頭鍛冶殿のご助力を頂けるとのこと。
誠にありがとうございます」
取り敢えずは、これで指揮権を気にしないで魔物退治に勤しめるな。
アメリカ映画でよくある、噛み煙草を味わう地元の保安官と、事あるごとに不親切に遭遇するFBI捜査官という構図はないわけだ。
衛兵から何人かと、冒険者を数名雇ってさっさと終わらせてしまおう。
備蓄でどうにか出来ている間に採掘を再開できるようにしなければ、全てが崩壊してしまう。
「直ぐにでも筆頭鍛冶殿を鉱山へご案内したいのですが、実はご相談したいことが別にございます」
衛兵隊長の言葉に嫌な予感が走る。
領主様のご命令よりも優先度が高いと思われるそれは、どのような面倒事だろうか。
「失礼するぞい」
俺の予感は、珍しく裏切られた。
入室の許可を求めずに入ってきたその男は、どこからどう見てもドワーフであった。
面倒は面倒だろうが、同盟国とのそれならば、うまくすればプラスになる。
マイナスから始まる自国の問題解決とはわけが違う。
「お前さんが、筆頭鍛冶のヤマダさんかね?」
名前を呼ばれるたびに思うが、次に何かに名前をつけるときは、よく考えて付けよう。
何事も手抜きでやってはいけないな。
「はい、お初にお目にかかります。
アリール辺境伯領筆頭鍛冶のヤマダです。
ルニティア地下王国からの増援の方でしょうか?」
目の前の男は、ドワーフの戦士というよりも、戦闘工兵といった出で立ちであった。
明らかに金のかかった装備。
だがそれらは、既製品らしい装飾で統一されている。
背負った戦斧は見事なものであるが、腰に下げられたハンマーと、その他あれこれと取り付けられた工具や装備品はどうしても冒険者とは思えない。
おまけに、あえて正装をしてきたのだろう、背嚢から飛び出した円匙が格好いい。
恐らくだが、怒らせた場合にはハンマーより先に円匙の鋭い刃先が俺の首を飛ばすのだろう。
「よく見ているな。
ルニティア地下王国、戦士団先遣隊のガルボだ。
いきなりだが、相談だ」
さて、何を持ちかけられるのだろうか。
時間がない現状で、できればお使いクエストからの派生お使いクエストは勘弁してもらいたいな。
「あー、その、なんだ」
さて、いかにもドワーフという俺の偏見を裏付けるような自信満々の姿で登場した彼は、ここに来て何かを言い淀んでいた。
おいおい、面倒事は別にいいが、大したリターンもない大問題の解決は嫌だぞ。
断れば外交問題になりかねない感じなんだ、せめて何らかのリターンは欲しい。
「全く恥ずかしい話なんだが、いい薬を持っていないか?
ウチの隊の連中が、半分以上病気で倒れてしまってんだ」
思わず耳を疑う。
仮にも一国の軍隊の、それも先遣隊だ。
それが、半分以上も倒れるなどということがありえるのだろうか。
いや、実際に声をかけてきている以上、あったのだろうが。
「症状は?毒?麻痺?それ以外ですか?」
何はともあれ、問題はすみやかに解決しなければならない。
できることがあるのならば、何でもやるべきだろう。
彼らが移動すべき目的地は、領主様がおられる最前線だ。
早ければ早いほど良い結果となるはずである。
まあ、魔王軍の総攻撃を受けて全滅という可能性もあるかもしれないが、それは自己責任だ。
「麻痺だ。
死人こそ出ていないものの、満足にベッドから起き上がれない奴らが多い。
何とか動ける連中も、日に日に減ってきている。
正直なところ、もう数日もしたら俺以外の全員が倒れるだろう」
それはまた、厄介な状況だ。
感染性があるということは、毒ではなく呪いの類だろう。
たしか、上級魔族が扱う呪いの一種に、パーティー内に伝染する麻痺系があったはずだ。
まあ、この世界にそういった特殊な感染症がなければ、という前程だが。
「神殿はなんと言っているんですか?」
俺の言葉にガルボは影のある笑みを浮かべた。
「俺達が到着した時には既に神殿はもぬけの殻だったよ。
なんでも、民衆の救済を差し置いてでも、やらねばならぬ事があるんだそうだ」
非常時に助けてくれないのならば宗教など害悪でしか無いだろうに。
心の赴くままに文句を言うのは部下たちに任せるとして、俺は俺にしかできないことをやろう。
「曹長!は、ここにいないんだった。
衛兵隊長、金貨三枚を提供するので冒険者ギルドに依頼を出してください。
内容は、我が国のために遥々赴いてくれたルニティア地下王国先遣隊を襲う病気か何かの鑑定と、できれば治癒です」
一瞬、背後に見知った存在感が産まれた気もするが、きっと気のせいだ。
それはさておき、俺は衛兵隊長を部下のように扱いつつ、問題の解決に向けて行動を開始した。
冒険者の中には、当然ながら神官に相当する、というかレベルによってはそれ以上の能力を持った連中が大勢いる。
神聖魔法なのか錬金術なのかはさておき、問題の解決になる何かはあるはずだ。
「筆頭鍛冶殿、ですがガルボ殿は他国の軍隊です。
冒険者ギルドへの依頼を行うことはできません」
ギルド憲章では、他国の人間が別の国のギルドに所属する人物に仕事を依頼する事を禁止している。
これは緩いと言って良いギルド憲章にしては珍しく明文化されており、仲介業者や代理の者を立てる事すら例外なく禁止としている。
理由は簡単で、それを許せば、例えば敵国のギルドに所属する人々だけを使って、その国の中をメチャクチャにすることも可能だからだ。
冒険者ギルドは国内で遠回しな破壊工作にあたり、商人ギルドは不法にならない範囲での廉売や価格カルテルを繰り返し、その他のギルドも出来る限り非生産的なサボタージュを行う。
そうなれば、この世界の国家は簡単に崩壊する。
しかしながら、政治や経済に深く根ざしたギルド制度をいまさら見なおすこともできない。
そういうわけで、数えきれない防げたはずの悲劇や犠牲、呆れるほどの非効率さを飲み込んで、この条文は現在も生きている。
とはいえ、全く完全に回避の方法がないというわけでもない。
「私はわたしの責任において、アリール辺境伯領の利益のためにこの依頼を出します。
これは公務上の都合によるものであり、そしてギルド憲章に抵触しません。
前例もあることですから安心してください」
他国の人間に自国で非正規戦をさせないための条文は、当然ながら対象国の同意があれば無効となる。
ギルド憲章に定められているその条文は、自分たちを第五列にはさせないという事だけに定められている。
せっかくの民間組織ゆえの身軽さをあえて捨てたいためではない。
恐らくだが、今までこの町の人々がその解決手段を取ることが出来なかったのはこの理由のせいだろう。
ガルボたちは当然として、代官や衛兵隊長レベルではここまでの権限はない。
領主様や権限委譲を受けている俺でようやく出来る事のはずだ。
まあ、ひょっとしたら独断専行となってしまうかもしれないが、事が済んだあとであれば喜んで引責辞任したい。
「直ぐにギルドに使いを出します」
俺の予想通り、衛兵隊長は馬鹿ではなかった。
金貨を受け取ると、彼女は廊下へと声をかけ、部下に命令を伝えた。
よく訓練されている軍隊は行動が早い。
彼女とその部下たちはきっと有能なのだろう。
「ガルボ殿、念のため貴方の部下たちには近寄らないでください。
ああ、必要な治療のためであれば、私が行きます。
こう見えて健康には気を使っていまして、病も呪いもはねのけられる程度の装備は持っています」
俺みたいな貧弱なキャラクターは、デバフ対策が必須だ。
ただでさえ戦場では足を引っ張る存在なのだから当然であり、この世界でも不自由していないので続けている。
「おいおいおい、それは随分と冷たい話じゃないか。
俺みたいな戦バカでもアンタの名前は聞いている。
それが自分の部下たちのために倒れたとあれば、最終的に全てが丸く収まっても禍根が残る」
そこでガルボは言葉を切り、ニヤリと笑った。
「それに、ルニティア地下王国では、死んでも部下を見捨てるなと教えているんだ。
第三位とは言っても王位継承権を持つ身としては、はいそうですかとは言えないな」
志は大変に立派なのだが、迷惑極まりない。
とはいえ、この場でこれをどうこうする権限は俺には無い。
ああ面倒くさい。
「これとこれ、ああ、それとこれも身につけてください」
デバフ耐性のある装飾具の数々を取り出す。
どうせ言葉では説得することはできないだろう。
だとすれば、とにかく彼が倒れないようにすればそれで良い。
84日目 昼間 ジラコスタ連合王国 鉱山都市ニム ルニティア地下王国先遣隊宿舎 宿屋「ロング・トリップ」
「こいつは酷いな」
宿舎となっている宿屋に入るなり、俺は正直な感想を漏らした。
垂れ流し状態のドワーフ達、自分たちも罹患した宿屋の従業員。
使い捨ての看護師として雇われた貧民達。
そのどれもが、罹患していた。
「とりあえず、呪いか病かをはっきりさせましょう」
既に試したとは聞いているが、麻痺を解除するためのアイテムを用意する。
近くの床に寝かされている看護師らしい女性を実験材料とするか。
しかしまあ、お嫁にいけなくなる有り様だな。
しゃがみこんで目線を合わす。
「私の声が聞こえますか?聞こえれば返事をしてください」
意識はあるのだろうか?
何かを言おうとしているようにも、ただ呻いているようにも取れる反応がある。
「皆さんを治療しに来ました。
何を言っているのかわかるが声が出ないならば瞬きを三回、瞬きも自由にできないならばできるだけ長い呻き声を出してください」
素早く瞬きが三回される。
ふむ、意識はあり、自由な発声ができないということか。
生きているのだから当然だが、完全に体の機能が止まっているわけではないな。
「ありがとうございます。
今から麻痺を回復するための道具を使います。
効果を感じられれば瞬きを三回。
感じられなければゆっくりと四回してください」
定番の麻痺回復アイテムを取り出す。
まあ、既に試したと聞いているので、無駄だとはわかるが、何事も自分の目で試すことは重要だ。
瞬きは、四回だった。
「ありがとうございます。
次の方法を試すので、少しお待ちくださいね」
まあ、これでだいたい分かった。
俺にしか見えないログ表示機能には、効果がなかったとの記載がある。
麻痺を解除できなかったのではなく、効果がなかった。
つまり、これは呪いだ。
いや、まあ、大穴で病気の可能性もあるが。
「呪いか病気というところでしょうか。
ところで、ガルボ殿には異常はありませんね?」
見たところ異常はないが、一応確認はしておくべきだろう。
「大丈夫だと思う。
ここに来る前から考えても、体調に異常はないはずだ」
自信なさげな様子ではあるが、ここはひとまず信じておこう。
いきなり倒れられたとしたら、まあ、その時はその時だ。
「失礼します、筆頭鍛冶殿がこちらにいらっしゃると聞いてまいりました」
唐突にかけられた声に視線をドアに向ける。
おや、まあ。
随分と立派な胸囲を持つ神官殿がいらっしゃったものだ。
豪奢な金髪と、ドアから漏れる外光のお陰で伝説の天使様にも見える。
「私が筆頭鍛冶のヤマダです。失礼ですがお名前とご用件を伺っても?」
しかしまあ、名乗るたびに思うが、もっと世界観にあった立派な名前にしておくべきだったな。
ヤマダという響きは日本人らしくて良いが、あまりにも、こう、何というかこの世界では締まらない。
「失礼しました」
女性神官様は、スムーズな動きで頭を下げる。
どうやら、宗派的に神官服をまとっているだけで、実際には冒険者をやっているのだろう。
この街の衛兵隊は、見事に仕事をしているようだ。
「冒険者ギルドより参りました。
流浪の神官団、団長をしておりますミイナと申します」
その名前は聞いたことがあるな。
確か、神官と錬金術士で構成された、いわゆる『国境なき医師団』みたいな連中だったはずだ。
お使いクエストの常連で、護衛クエストでも随分とお世話になった気がする。
確か、神殿の維持のためには一定額の料金が必要で、しかしそれで助けられないのは神の教えにナンタラカンタラで結成された慈善家の集団だったはずだ。
じゃあまずこの街の神殿を再開しろと思うが、まあ、役に立ってくれるのならば親の敵でも使うのが社会人というものだ。
「初めまして、早速ですが、患者はいずれも麻痺毒の症状を出していますが、麻痺解除剤は効きませんでした。
そちらでも試されるとは思いますが、呪いのたぐいかと。あとはお任せします」
笑顔で道を譲り、必要と思われる情報を提供する。
素人の役目はこれでおしまいだろう。
「ありがとうございます。すぐ、に、す…」
妙な反応に、視線を向けると、ミイナ団長殿は早速床に倒れ込もうとしていた。
おいおいおい、勘弁してくれよ。
「貴様!団長に何を!?両手を挙げておと、と、なしくぅ」
護衛らしい騎士も仲良く倒れこむ。
思わず見惚れてしまうほどに美しいが、黒目を上に向け、よだれを垂らすその表情はあまりいただけない。
なんだか妙な音と嫌な匂いもしてくるし、ああ、結局俺が働かないといけないのか。
錬金術や製造に勤しむ時間を捻出する事ができないのに、備蓄を使うことはできれば避けたいのだが。
「全員この部屋から出ろ!筆頭鍛冶の名のもとに、この部屋を隔離する!
さあ出ろ!今すぐだ!」
何人かの犠牲者は出たが、とりあえずこれ以上の犠牲は避けられるようだ。
さあて、特殊な趣味を持たない者には拷問でしか無い状況での作業を始めようか。
「これ、高いんだけどなぁ」
いつもの袋から、一つの小瓶を取り出す。
酷い有様になったミイナが、それでもこちらに向けていた目を大きく広げる。
うん、まあ、聖職者ならばこれが何かわかるだろう。
「これで効果がなかったらお手上げだな」
魔力を込めつつ小瓶の中身をミイナに掛ける。
使用アイテムは祝福の聖水。
呪いを消すことができる数少ないアイテムの一つで、市場価格はおよそ金貨六千枚。
とにかく高価で、かつ稀少なアイテムだが、その効果は確かなものだ。
上級魔族にかけられた呪いも、こいつを使えば一発で治る。
そして、残念なことに効果があった。
「あ、うう、あ、なた、どうしてそれをっ!?」
一瞬だけだが全身が淡く輝き、そしてミイナ女史は勢い良く立ち上がった。
そのままこちらへ詰め寄ろうとするが、全身が麻痺したせいで酷いことになっている自分に気がついたようだ。
表情を歪めた後に、動きを止める。
羞恥で顔を真赤に染めているが、あいにくとそういう趣味はない。
無視して話を進めさせてもらおう。
「とりあえず、床の汚物で汚れてしまった所を清めてください。
淑女相手にこんな場所で語らう趣味はありません。
ああ、部下の方もその他の方も、効果があるとわかった以上は何とかするのでご安心を」
持っていないはずのアイテム、という程貴重なものではないので、ここは一つ穏便に済ませられるといいなぁ。
そんな甘いことを考えつつ、俺は残された人々の治療を開始した。
とにかく治してしまえば、こんな酷い場所にいる必要はなくなる。
全てが終わったならば、鼻毛を全部切ってしまおう。
俺個人の話はさておき、ひとまず患者の治療という任務は完了した。
次は、解決編をやらないとな。




