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第二十二話

2015/02/18 誤字等を修正しました。ご指摘を頂いた皆様ありがとうございます。

78日目 早朝 ジラコスタ連合王国 コルナ村 村長の家 アリール辺境伯領軍本営


「おはようございますアリール辺境伯閣下。

 本日もご壮健のご様子に臣として心よりお慶び申し上げます」


 朝は取り敢えず無難な挨拶から始まる。

 本営に向かう途中で遭遇してしまうという不運には恵まれたが、取り敢えず挨拶だけして黙って後ろを続けばいいはずだった。

 周囲の兵士たちは今日も精力的に行動を続けており、その士気は高いことが容易に見て取れる。

 実に喜ばしい。

 それはそれとして、結局昨日は俺の帰還を言い訳に陳情団たちとの話は何も無しに朝を迎えてしまったが、どれだけ面倒な状況になっているのだろうか。


「大仰な挨拶はよい。

 それより、伝令から聞いてはいるが、ヴィトニアにて未だに連合王国への忠誠を失っていない勇敢な王領兵士隊から増援を受けたとの話は誠か?」


 随分と話を盛ってしまったとは思っていたが、やりすぎだったのだろうか。

 神殿と対立することはよろしくないが、大河の此方側に対して連合王国は未だに見捨ててはいないという良いメッセージになると思ったのだが。


「はい、ヴィトニアの街にて遭遇し、先方からの要望を受けて指揮下に入れました。

 現在は私の部下たちと共にこの近辺で警備にあたっています。

 何か問題がございましたでしょうか?」


 書類上で言えば、原隊と接触できるまでの間、一時的な指揮下に置いたというところだろう。

 まあ、彼らの原隊である王領兵士隊がこの最前線までやってくることはしばらく無いと思われるが。

 それはともかく、問題があるのであれば仕方がない。

 できるだけ休ませた上で、王都に向けて返してやるしか無い。


「ああ。よくやってくれたと思う。

 兵を切り捨てれば国が滅ぶ。

 それに、どのような形であれ使える兵士が増えることは良いことだ」


 領主様は最大限の表現で俺の越権行為を褒めてくださった。

 それも、単純に頭数が増える増えないの話ではなく、国民の士気という観点からのお言葉である。

 まったく、素直な兵士たちに頼れる下士官、直属の上司は視野が広いときたものだ。

 これで負け戦でなければ言うことはないのだが。


「勿体無いお言葉であります。

 それよりも、陳情団、でしたか?

 何とも厄介ではありますが、これが領主様のお仕事なのですね」


 他人ごとのように言ってみる。

 あちこちに立てられた旗は、予想通り周囲の町村から押し寄せた陳情団のものであった。

 彼らは口々に早期の統治機構の再編を要望し、その代表者として立つことを領主様に要望した。

 領主様としては当然応えたい内容であるが、現実がそれを許さない。

 詳しいところは未だによくわからないが、とにかくこの辺りの行政権を持っているのは神殿の連中なのだ。


「なんだ、さすがは筆頭鍛冶だな。

 彼らの要求が分かる前から随分と余裕そうな様子じゃないか。

 だが、他人ごとのように言ってはいかんな。

 実務を取り仕切る者として、そのような物言いは好ましくない」


 帰ってきた言葉に思わず足が止まる。

 隣に立つ領主様を見る。

 眩しいという表現を使っても過剰ではないほどの美しい笑みだ。

 だが、そんな事はどうでもいい。

 実務を取り仕切るものとして、というのはどういうことだ?


「あの、領主様、今何か気になる言葉があったように思えたのですが」


 無駄と知りつつ抗弁してみる。

 確かに、現状は俺が取り仕切っているようなものだ。

 細かい部分はそれぞれの担当に任せてはいるが、大方針については言いたい放題をさせてもらっている。

 

「そうは言っても、どうせ手は考えてあるのだろう?」


 領主様の言葉に思わず表情が引きつる。

 確かに、幼稚な方法ではあるが、現状を打破できそうな案を一つだけ思いついてはいる。

 だがそれは、会議によって承認されるべきもので、俺はまだ、誰にもそれを言っていない。


「意思の疎通を図ることは重要だと私も思うが、何でもかんでも会議というのも時間ばかりかかっていかん。

 今後は、兵の運用に関わらない事は直接私に言うといい」


 なんともまあ、信用されたことだ。

 このような状況なのだからしかたがないことではあるが、そうであるからこそ、意思統一は重要だ。

 あれは特例これは特別とやれば、この少人数と言うにはいささか数の多い部隊は簡単に崩壊してしまう。


「ありがたきお言葉、この筆頭鍛冶、改めてアリール辺境伯閣下へ忠誠を」

「大仰な挨拶はよいと言った。

 それで、どうしたいのだ?」


 兵は神速を尊ぶとは言ったものだ。

 この場合はどちらかというと政治の分野に属するのでいささか不適切ではあるが、まあ似たようなものだ。


「すぐにアルナミアに伝令を出しましょう。

 とてもとても重要な案件なので、向こうの代表者に会わないことには話せないと言い、とにかく門を開けろと」


 おかしいな、俺は正規の手続きを完璧にこなそうとしているだけだ。

 この地域を統括しているのは神聖騎士団なのだから、全ては彼らに相談するべきだ。

 だが、重要な案件なのだから、門前警備の騎士ごときに内容を話せるわけがない。

 そして、平時であろうと有事であろうと、伝令の行動を妨げることなどあってはならない。

 さすがに謁見の間まで入れろとは言わないが、少なくとも城門程度は通さなくては論外だ。

 そんな当たり前の話をしようとしているだけなのに、領主様はとても深い笑みを浮かべていらっしゃる。

 美人が凄むと、余計に怖い。


「まったく、私はお前に嫌われていなくて良かったよ。

 伝令はすぐに出させよう、書状は、重要な内容であるし私が直々に認めよう」


 ああコワイコワイ。

 美人の怒りは買わないようにしなければな。




78日目 早朝 ジラコスタ連合王国 アルナミアの街 城門


「伝令伝令!開門せよ!開門せよ!」


 突然の怒号に、城門の警備を任されていた神聖騎士団下級兵たちは慌てふためいた。

 食料不足からくる倦怠感。

 情報不足の中でも確信出来るだけの劣勢。

 そして全く見えてこない上層部の方針と、そこに繋がる自分たちの未来。

 これらが相乗効果を奏で、目の前に来るまで三騎の騎兵を見逃すという失態を実現させてしまったのだ。


「な、なにものだ!名を名乗れ!」

「そうだそうだ!私達は偉大なる神に仕える神聖騎士団であるぞ!下馬しないか!」

「まったく、これだからただの兵士は嫌なんだ。もっと優雅さというものを理解できないのか」


 城門の上から返ってくるふざけた内容に、伝令兵たちは恐怖した。

 自分たちのいつかは帰るべき家を、この程度の連中が守っているとは。

 後を気にしなければ、筆頭鍛冶殿率いる自分たちだけで容易に落とせてしまうではないか。


「伝令である!アリール辺境伯閣下より、この地の神聖騎士団指揮官殿への至急の要件である!

 ただちに開門せよ!」


 それでも彼らは伝令であった。

 思うところはあるし、いろいろと言いたいこともあるが、まずは上官に命じられた命令を全うしなければならない。

 口喧嘩をするのも、不平不満をこぼすのも、死ぬのも、全ては任務を達成した後に初めて許される贅沢だ。


「まだわからないのか?お前たちの辺境伯はこの街については何をすることも許されない。

 ここは既に神聖騎士団の統治する街だ」

「まったく、これだから学のない一般の兵士どもの相手は困る」

「何の用だか知らないが、我々に要件を伝えたらすぐに帰れ」


 城壁の上からは子供にも劣る幼稚な返答が次々に返ってくる。

 だが、それでも彼らは伝令兵であった。

 予め与えられた命令の通りの行動を実行する。


「この地域の統治に関わる重要な案件である。

 申し訳ないが指揮官殿以外にはお話できない。

 どうか、取り次いでもらえないだろうか?」


 馬上にて背筋を伸ばして尋ねるそれは、まさしく特務を与えられた伝令兵の姿であった。

 彼らは詳細な任務を与えられており、さらには何故そうしなければならないかについても言い含められていた。

 だからこそ、なんとしても城門で足止めをされるべく行動を続ける。


「わからんやつだな、帰れ帰れ、ここは神聖騎士団以外は通さん。

 さっさと帰って、川の向こうでもどこでも好きなとこに行ってしまえ!」

「そうだそうだ!だいたい満足に川一つ、丘一つも守れない弱兵がどんな重要な任務を持っているっていうんだ!」

「我々に言えないのであれば、ここは通さん。

 単純なことなのだから何度も言わせないでくれ。

 ああ、心配しなくてもいいぞ?お前たちがどこに逃げ出そうとも、我々と勇者様でこの地はしっかりと守るからな」


 伝令兵たちは任務を全うした。

 命に代えても辺境伯の書状をアルナミアの街に持ち込もうとすること。

 統治に関わる非常に重要な内容であることを伝えること。

 そして、出来る限り門前払いを喰らうこと。

 その全てを、完璧に全うした。


「待ってくれ!とても重要な内容なんだ!

 頼むから取り次いでくれ!」


 伝令兵の声音には、悲痛な響きすら含まれていた。

 世が世ならば、彼は役者としての人生が待っていただろう。


「帰れ!これ以上はもう許さんぞ兵隊」


 もうここまででいいだろう。

 伝令兵たちは言葉に出さずとも内心で合意を完了させた。

 これだけ食い下がり、そしてこれだけ拒絶してもらえれば、事前に与えられた命令は達成できているはずだ。


「畜生!」

「おぼえていろよー!」

「撤退!撤退!」


 最後の自制心を総動員して負け惜しみを言いつつ、彼らは撤退した。

 必要な命令は全て実行できた。

 これ以上は望む何もない。




78日目 昼間 ジラコスタ連合王国 コルナ村 村長の家 アリール辺境伯領軍本営



「軍事と行政は分けるべきかと思うのですが、分かりました」


 思うところはあるが、やれと言われた以上はやるのが勤め人の仕事だろう。

 残念なのは、献身に見合う俸給どころか、自分の財布から取り出した俸給を自分の財布にしまうような素晴らしい財務状況にあることだ。

 まあ、納得の上で自分から言い出した話なのだからそれはいいか。


「皆様!お待たせしてしまい申し訳ありません!」


 内心であれこれと呟いた俺は、居並ぶ町村の代表者達に向き直り、できるだけの大声を出した。

 現実世界というか、前世というか、とにかく営業職をやっていて良かった。

 少なくとも、見知らぬ人々を前にして、自分の考えを自信満々に言い放つ程度のことはできる。

 ざわめいていた代表者たちは、何事かとこちらを見てくれた。


「筆頭鍛冶のヤマダです。

 領主様のご指示の下、いくつかの戦いを指揮していたので知っている方もいらっしゃるかと思います」


 眼前の人々からは、おお必勝の魔術師様、彼が常勝将軍かと、聞いたこともない呼び名が聞こえてくるが無視だ。

 俺は、あくまでも一時的に一部の部隊の指揮権を預けられた管理職にすぎない。


「残念ながら神殿側の代表者との交渉は、不幸な誤解により行うことができませんでした」


 一同からの不安を大きく孕んだ私語が聞こえてくる。

 気持ちはよく分かる。

 俺もそちらに混ざって不安を声高らかに叫びたい。


「この地域は、ジラコスタ連合王国国王陛下の命により、神殿の統治下に入る事となっています。

 しかしながら、現在のところ我々も皆様も、神殿としっかりとした話ができておりません。

 そのため、あくまでも非常事態の対処として、皆様には臨時にアリール辺境伯閣下による一時的な統治下に入っていただきます!

 これは神殿側との円滑な意思疎通が取り戻され、正しい統治権の移譲が行われるまでのものではありますが、正式なものです!」


 彼らがそんな気を起こさないでくれればいいのだが、まあその時はその時だ。

 思う存分大いなる神様とやらに甘えさせていただこう。

 余計なことを考えつつも、口は勝手に動いていく。


「まずはじめに、臨時の領主館はここコルナ村に設置します。

 それに伴い、屋敷の建設や、軍の駐屯地を建設することになりますが、これは我々で行いますのでコルナ村の皆様はご安心ください」


 その言葉にコルナ村の村長は安堵した表情を浮かべる。

 目の前に彼らの基準で大部隊が展開してくれることは嬉しいだろうが、そのために仕事が増えるというのは嬉しくないはずだ。

 しかし、我々は自分から手伝いは不要と申し出ている。

 これで笑みが浮かばなければ贅沢がすぎるというものだろう。


「各町や村については、従来通りの生活を行ってもらいます。

 徴税については、内容は今までどおりとし、ここコルナ村に設置する臨時辺境伯代官にて回収し、領地防衛および運営のために使用されます」


 戦争が起こっているというのに徴税を行わないはずがないので、これについては大して反発はない。

 防衛及び領地運営のために使用するという内容も、別に目新しいものではない。

 税金というものはそういうものだ。


「次に防衛について、各地の自警団はそのままの任務を続けてもらいます。 

 そのほか、選抜衛兵隊による巡回を実施します。

 これは大規模な戦いが行われない限り継続するので、困ったことがあればその者達に申し出てください」


 辺境伯領の行政機関として、防衛力の提供は責務と言っていい。

 その姿勢を明確に打ち出しただけあり、あまり反発はないようだ。


「次に領地全般の改造について。

 アルナミア街道については、その三箇所に軍の補給所を兼ねた陣地を設けます。

 これは補給活動を円滑に行うためのものですが、領地防衛の要所、いざという時の避難所も兼ねています。

 何かあった時には遠慮なく利用してください」


 長大な補給路を作る場合、途中に補給所を設けることは必須だ。

 自動車や航空機、あるいは艦船を用いたとしてもその必要性は些かも減じるものではない。

 つまり、馬車などというシロモノを用いる場合、必要ではなく重要となる。

 馬匹に必要な飼葉、水、輸送兵たちの食料、飲料水、その他消耗品。

 これらが日数分だけ必要となるが、輸送量が増大すれば、それだけ数も必要になる。

 搭載物資を減らせばできないことはないが、そうなればそれだけ輸送車両の数が必要となる。

 そういうわけで、補給所というものはとても大切なのだ。

 そして、極めて残念なことに、輸送部隊自身にも補給所にも物資は必要だ。

 パン一個を届けるにもそうなのだから、中隊規模の部隊を維持運営するのがどれだけ大変なのかは言葉にするまでもない。

 そういうわけで、アリール辺境伯軍は、筆頭鍛冶の資金を武器に、非効率に見えるも最大の効率を達成する方針を打ち出していた。


 前線部隊が必要とする物資を第一拠点へ輸送する部隊。

 第一拠点が必要とする物資を第一拠点へ輸送する部隊。

 第二拠点へ前線部隊が必要とする物資を輸送する部隊。

 第二拠点が必要とする物資を第一拠点から輸送する部隊。

 第三拠点へ前線部隊が必要とする物資を輸送する部隊。

 第三拠点が必要とする物資を第二拠点から輸送する部隊。

 前線部隊が必要とする物資を第三拠点から前線に輸送する部隊。

 そして、非常時に備えた直通便。

 これに加えて前線部隊自身が持つ、補充や休養のために部隊を輸送する部隊。


 数少ない兵力を、これだけ分割したのだ。

 だが、無駄に見えても全ては最大限の効率で軍を運用するためのものだ。

 筆頭鍛冶による決死の説得もあり、辺境伯軍の中では好意的に受け入れられていた。

 たかがパン一個、されどパン一個。

 タイムラグはあるにしても、必要な物が必要なだけ送られてくるということは、前線で剣をふるう軍人にとっては非常に重要なのだ。



81日目 昼間 ジラコスタ連合王国 コルナ村 村長の家 アリール辺境伯領軍本営


「まあ、戦時における街道の巡回警備と考えれば無駄とも言い切れないか」


 一気に減った前線部隊が小隊単位で警戒態勢と訓練と休養に勤しむ中、俺は楽しい書類仕事に打ち込んでいた。

 書類という化物は確かに実在しており、そして群れをなす習性を持っていた。

 誰もが完璧な瞬間記憶力と優れた表現能力、そして必要なときに必要な情報を提供できる力を持っていれば必要ないのだが、現実は無情だ。


「しかしなんだ、随分と書類仕事に慣れているな」


 可能ならば気分転換に鼻歌を歌ったり煙草を吸ったりしたいのだが、それを許さない領主様が見惚れる笑みを浮かべて語りかけてくださる。

 ああ、一人で仕事がしたい。


「私の故郷では、立場が人を育てるという言葉がありました。

 そういうものなんでしょう、きっと」


 名言ではあると思うが、それを実体験する立場には立ちたくないものだ。

 俺の手元にある書類は、全てが人命に直結している。

 命令書、要望書、報告書。

 あるものは明らかに数が少なすぎる偵察部隊の編成書であり、別のものは整備道具の追加を求めるもの。

 また別のものは志願兵の着任を伝えるものだ。

 何一つとして粗略には扱えない。


「良い言葉だな」


 領主様の心に響く何かがあったらしい。

 珍しく手を止め、目を閉じて品の良い笑みを浮かべていらっしゃる。

 できれば手を止めないでいただけるとありがたいと伝えたいのだが、それは不忠というものだろう。


「まあ、何はともあれ、仕事に勤しむしかありませんな。

 ああ、曹長」


 何気なく言ったその言葉に、気配が生まれる。

 確認していないが、今絶対そこにいなかったよな。


「はい筆頭鍛冶殿。新兵どもの訓練でよろしかったでしょうか?」


 曹長はいつも間違わない。

 どうでもいいが、彼が本当に人間なのか心配になってくるな。

 いや、これだけ協力的で有能ならば、魔王の腹心だろうが天上からの支援だろうが何でもいいが。


「そうだ、訓練中の第二小隊から半分を偵察部隊に当てろ」


 数が多すぎて予期せぬ威力偵察になってしまうことは困るが、生きて帰れるかもわからない数では意味が無い。

 訓練中の連中には申し訳ないが、もう一度前線任務を味わってもらうしか無いだろう。


「新兵共は、5日以内に警備程度はこなせるようにしておきます」


 曹長直々の教練か。

 恐らくは、第二小隊の残りを使って徹底的にやるのだろう。

 まあ、こんなどうしようもない最前線にわざわざ志願してくる物好きたちだ。

 何があっても生き残れるようにしてやるのが、上官としての最低限の義務だろう。


「よろしく頼むぞ、曹長」


 俺の言葉に、教えたかどうか怪しいが、とにかく教本通りの姿勢に色気を加えた見事な敬礼で彼は答えた。

 これで面倒事はおしまいだ。

 偵察部隊の件は解決し、志願兵たちは一端の兵隊としての力を間違いなく与えられるだろう。

 補給全般に関してはそもそも俺の仕事なのだから、これはこれから解決しなければいけないが。


「さて、領主様」


 俺は別の報告書を手にとって向きを変えた。

 領主様は特に何も言わずに書類を手に取り、目を通し始める。

 話が早い上司というのは助かる。

 それが有能であればさらに助かる。

 

「ニムの街で厄介な問題が持ち上がっているようです。

 恐らく私が行くのが最も適任かと。

 よろしければ、今直ぐにでも向かってもよろしいでしょうか?」


 ニムの街は辺境伯領で最も大きい工業地帯だ。

 ここには鉱山が有り、職人街が有り、それらに従事する人口がある。

 税収についても領内随一のものがあった。

 つまり、ここでの問題を放置してはならない。


「ロックイーターが多数湧いた上に、冒険者がいない。

 肝心の衛兵たちは治安の維持と周辺警戒で手一杯か。

 まったく、我が領地には困ったものだな」


 これについては別に領主様に落ち度があるわけではないが、しかし仕方がないか。

 魔王復活による広域での魔物の活性化など、平時の想定に入れられるはずがない。

 むしろ、全軍潰走の後にもこうして最低限の行政サービスを提供できる下地だけ残っていただけ良しとしなければ。

 ちなみに、ロックイーターというのは鉱石を食べる魔物だ。

 こいつは鉱山都市では最優先で排除されるべき存在なのだが、物理防御力が異常に高く、ただ剣で殴ったのでは排除は容易ではない。


「単独で行かせてください。

 領有兵士隊の力を借りられれば楽では有りますが、できれば現地の衛兵たちや、冒険者達をうまく使っていきたいので」


 上申としては言葉足らずではあるが、この領主様であればきっとご理解頂けるはずだ。

 俺の想像を肯定するように、領主様はその表情を緩められた。

 きっと、ご安心いただけたのだろう。


「すべて任せる。

 だが、できるだけ早く帰ってきてくれよ?

 お前が隣にいないと、不安で仕方がなくなるからな」


 最近の領主様は心の余裕を取り戻されたのか、軽口が多い。

 曹長がいれば心配なことなど何もあるはずがないのに。


「お任せください。

 何しろこれは時間との勝負ですから、一刻も早く解決し、そして一刻も早く帰還致します」


 俺は敬礼をし、領主様からのぎこちない答礼を受けて利き手を下ろす。

 やはり上官殿と部下はこうではなくてはな。


「ご許可いただき有り難うございます。

 直ぐに向かい、可及的速やかに問題を解決します」


 話の早い上官殿は宝だ。

 いつも素早い決断をして頂けるよう、部下としても頑張らねば。

 

 そういうわけで、俺は素早く曹長たちに陣地を任せると、鉱山都市ニムへと向かった。

 工業地帯の失陥は、辺境伯領全体の失陥に直結している。

 一刻も早く問題を解決し、そして合わせて再発防止に努めねばならない。


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