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第二十一話

2015/02/17 誤字等を修正しました。ご指摘を頂いた皆様ありがとうございます。

75日目 夕刻 ジラコスタ連合王国 ヴィトニアの街


「総員大休止を取れ。

 曹長、後は任せる」


 ようやく着いたヴィトニアの街は、控えめに言って大混乱に陥っていた。

 馬車置き場から溢れ出る遺棄車両の大群。

 町の外で痛ましげに傷ついた体を休める捨てられた軍馬たち。

 門の中に入ることすら許されずにただ身を寄せ合う負傷兵や避難民達。

 巨大な城門は開かれたままで、よく見れば落ち着かない様子の守備隊員たちが城壁の上を行き来していた。


「はい、筆頭鍛冶殿。

 伍長と伝令は集合!」


 俺の言葉を聞いた曹長は、くるりと後ろを振り向くと、全員の耳に嫌でも届く大声量で集合を命じた。

 直ちに伍長たちと伝令が駆け寄る。

 全員疲れているが、今直ぐに戦闘を開始できる程度には体力を残しているのが容易に見て取れた。


「よーしお前ら、筆頭鍛冶殿からのご命令だ。

 我々は当初の予定通り、この街で食料その他の調達を行う。

 これより総員大休止を取り、積み込みが終わり次第帰還する。

 第一班は私と共に筆頭鍛冶殿の護衛、第二班は警戒、第三班以下は休め!街道を塞ぐような無作法をするんじゃないぞ!

 糧食部隊、済まないが簡単な食事を作ってくれ。

 伝令!最寄りの待機所へ警戒のために置いてきた連中に、我々がヴィトニアに到着したことを伝えろ!解散!」


 一度に命令を伝えると、曹長は素早く解散を命じる。

 その言葉を聞いた伍長たちは、弾かれたように散らばり、自分の部下たちに曹長の命令を伝えて行動を開始するように命じる。

 第一班はこちらへ駆け寄る。

 第二班はいつでも剣を抜けるようにしつつ、適度に散らばって周囲に監視の目を向ける。

 第三班以下は街道から離れ、同じ班で固まりつつ休憩に入る。

 糧食部隊は周囲からの羨望の目を避けるように食料を取り出し、輸送可能な特製の釜を馬車から下ろし始めた。

 伝令は瞬く間に自分の馬へと飛び乗ると、長距離行軍の疲れを感じさせない軽快さで地平線の彼方に向けて駆け出していった。


「筆頭鍛冶殿!部隊は大休止に入りました!

 次のご命令をお願いします」


 毎度のことであるが、彼がいてくれれば人類は勝てるのではないだろうか。

 大休止を取れ。

 後は任せる。

 このたった二つの指示を、彼は部隊全体へ適切に振り分けてくれた。

 ありがたいことだ。


「ありがとう曹長。

 適時交代させてくれ、食料の確保と商談が終わり次第出発したいからな。

 うん?何か用か?」


 手早く展開していく部下たちに満足しつつ曹長と話していると、傍らに見知らぬ兵士が立っていることに気づいた。

 ここにいる連中は全て敗残兵なのだから当然といえばそうなのだが、酷い装備だ。

 本来であればあるはずの支給品の兜は無くなっており、兵士の命であるはずの剣もなくなっている。


「あの、お話中のところ申し訳ありません。

 アリール辺境伯領の筆頭鍛冶殿でしょうか?」


 随分と名前が売れてきているらしいな。

 鎧の紋章を見たところ、所属は異なるが同じジラコスタ連合王国の兵士のようだ。

 恐らくは、壊走した本隊に置き去りにされたのだろう。


「いかにも、こちらの方が筆頭鍛冶殿である。

 見たところ王領の所属のようだが、何の用か?」


 曹長が俺よりもよほど威厳のある声で尋ねる。

 いや、彼の場合、詰問するといったほうが正しいかもしれない。


「はい、私達は王領から出兵した部隊の、最後の生き残りです。

 敵の攻撃で仲間たちは散り散りになり、なんとか下がれた私達だけがここまで生きて帰ってくることが出来ました」


 私達という言葉に、視線を上げてみる。

 疲れ果てた、何かに縋るような表情を浮かべた軍隊の残骸。

 ざっと見た限り、およそ50名弱といったところか。

 辛うじて整列らしいものを作っている。

 指揮官たる騎士もなく、物資を運ぶ馬車もなく、武具も不十分だ。

 恐らく、僅かな携行食料を分けあい、力尽きた戦友から受け取り、ここまで来たのだろう。

 遅滞防御は我々が不十分ながらも務めたのだから、彼らを責めるつもりはない。

 それよりも、彼らを含め、この周囲にいる全ての落伍兵をこのままでは全滅させてしまう上層部への怒りが湧いてくる。


「その境遇には同じ連合王国の人間として同情するが、筆頭鍛冶殿は現在のところ最前線へ戻るための行動中である。

 申し訳ないが、用件を言ってはもらえないか?」


 わざわざこのような物言いをするあたり、曹長は彼の言いたい事を正しく理解しているようだ。

 いや、曹長が何かを理解できなかったことなど無かったが。

 それにしても、作戦の概念を色々と説明したかいがあり、最前線という比較的新しい言葉を自然に使ってくれるものだ。

 新品少尉よりも随分と頼りない上官として嬉しく思う。

 それはともかく、曹長の言葉を聞いた兵士は、汚れきり、疲れきった顔に力強い何かを浮かべた。


「筆頭鍛冶殿は、アリール辺境伯様と共に民草の盾となるべくアルナミア街道の先で戦われていると聞きます」


 確かに、街道の終点、アルナミアの街の近くに陣を置いている。

 どういうわけだか、情勢は伝わっているようだな。


「お願いがございます。

 私どもを、アリール辺境伯様の兵として使い潰してはいただけないでしょうか?」


 使い潰してくれとはまた凄いお願いごとである。

 他の連中が死体のように地面に無言で座り込んでいるなか、曲がりなりにも整列をして話しかけてきたのだからある程度は予想していた。

 だが、ここまでの覚悟を、これだけの人数が、あれほどの敗走の結果として固めているとは、心強い。


「騎士様はどうした?」

 

 念のため、確認しておく。

 この場にいないということは、最低でも戦死、あるいは兵士たちを置いて逃げ出したということだ。

 だが、俺がそう思ったからといって、本当にそうかどうかはわからない。


「私どもの騎士スティングレイ殿は、連合王国への忠誠を身をもって示されました」


 部下を道連れに玉砕というのは好きではないが、部下をまるごと残して先に戦死というのも士官としては褒められたものではないな。

 それはともかくとして、騎士スティングレイ殿は立派な人物だったらしい。

 このような状況下においても国家に奉職することを望む兵士たちを生き残らせたのだ。

 生前は、さぞかし頼りがいのある人物だったのだろう。

 惜しい人物を亡くしたものだ。


「よくわかった。

 曹長、彼らは今から栄えあるアリール辺境伯領兵士隊の仲間だ。

 面倒を見てやってくれ」


 所属の問題が気になるといえばなるが、まあ、敗残兵を吸収しただけなのだから、何か言われたら返せばいいだろう。

 辺境伯領をまるごと投げ出して逃げ出すような王家が一般兵相手にそんな暇なことをするはずがないと思うが。


「伍長ミスルデ!」


 曹長の怒号が聞こえる。

 休憩に入ったばかりの第三班を預かるミスルデ伍長が音速を超えたのではないかと思われる速度で駆けつける。

 可哀想なことだが、きっと彼と部下たちの休憩時間は長めに手配されるはずだ。


「伍長ミスルデ参りました!」


 彼らからすれば聞き慣れない階級のはずであるが、目の前の王領兵士たちは真面目な表情を崩さない。

 恐らくではあるが、辺境伯領兵士隊の中で勝手に使っている区分だと納得しているのだろう。

 まあ、全軍が貴族と騎士と兵士の三階級しか存在しない制度よりは余程使いやすいので、今後共改めるつもりなど無い。


「ここにいる元王領兵士隊の方々は、筆頭鍛冶殿よりの要請により、我々アリール辺境伯領兵士隊に本日より合流される。

 只今をもって別命あるまで貴様の一時的な指揮下に入る。

 装備の手配を行い、食事の配給を行った後に大休止に入れ!」


 曹長の言葉はいつでも簡潔で正確だ。

 そこには誤解の余地はなく、最小限の表現で必要な全てが凝縮されている。


「伍長ミスルデ、了解いたしました!

 新たな同僚たちとともに装備を点検した後、大休止に入ります!」


 彼の返事を聞いた曹長は、こちらを見る。

 何を言いたいのかは言葉に出されなくてもさすがにわかる。

 返答代わりに軽く頷くと、曹長は元王領兵士隊の一同を向いた。


「総員、装具をまとめて駆け足!伍長ミスルデの後に続け!」


 ドラゴンの咆吼を直接聞く機会にはまだ恵まれてはいないが、俺には断言できる。

 この星の中で、曹長の怒号ほど恐ろしいものはない。

 元王領兵士隊あらため、アリール辺境伯領兵士隊の新兵たちは、瞬きする間に僅かな装具を取りまとめた。


「かけあーし!進め!」


 それを待っていたミスルデ伍長の号令に合わせて、疲れを感じさせつつもしっかりとした足取りで回収した装備品の積まれた馬車へと駆けていった。

 やはり、下士官が軍隊の背骨だという言葉は真実であった。

 真実が現実によって立証されるということは当たり前の事であるので良いとして、いきなり一個小隊分も増えた食料の調達をしっかりせなばならない。


「曹長、馬車にまとめてある売り物を持ってついてきてくれ」


 その言葉に、待機していた第一班の一同は売り物を積み込んだ馬車へと駆け出す。

 まったく、訓練の行き届いた部下たちを持てて俺は幸せものだな。

 部下たちには何の問題もなかったのだが、誰もが浮き足立っている状況下において、俺達は随分と目立ってしまっていたようだ。

 城門に目を向けると、誰かの使いらしい統制のとれた一団がこちらへ向かってくるのが見える。

 さて、これが面倒事の始まりか、話を早く進める潤滑油となるか、楽しみだな。




75日目 夜半 ジラコスタ連合王国 ヴィトニアの街 商業組合事務所


「いやいやいや!さすがはアリール辺境伯様の精鋭ですな!

 このブルア、最初は何が起きたのかと随分と肝を冷やしましたぞ!」


 そう言って、俺の目の前に座る恰幅のいい男は、何が楽しいのか大笑いした。

 予想通りというべきか、こちらに向かっていた一団は、ヴィトニアを代表する商家の一つ、ブルア家の兵士たちだった。

 厳密に言えば兵士ではなく、護衛の名目で永年雇用を結んだ冒険者たちなのだが、まあ細かいことはどうでもいい。


「辺境伯様からお借りした兵士たちがご迷惑ではなく安心いたしました。

 商売をしにきたというのに、ブルア殿にお目通りもかなわないのでは、筆頭鍛冶の名が泣きますからね」


 全くありがたい話である。

 最前線から現れた、明らかに統制がとれた集団。

 そこに最初に接触してくれたのが、武器の売買を主な商売としているブルア家だったとは。

 神様とやらに感謝する気にはなれないので、辺境伯様に感謝しておこう。


「ほう、商売?

 確かアルナミアの街は神聖騎士団の紳士淑女の皆様によって、神殿の統治下に置かれていたと記憶しておりますが」


 耳の早いことだ。

 まあ、商人にとって情報に明るいことは必須ともいえる能力だ。

 大商人を相手にしているのだから、それだけをもって高評価とするのはやめておこう。


「ええ、彼らは彼らでやっていくそうなので、我らは我らでやっていく必要がありまして。

 そこで、商売の話です」


 それなりの立場の人間と話している以上、必要以上に神殿に対する敵意を示すことは良くない。

 たとえそれが、こちらに好意的に見える人物だったとしてもだ。


「なるほど、そういえば連合王国も川向うまで撤退するのでしたな。

 そうなると、食料や武具、様々な道具も必要ということですか」


 話が早くて助かる。

 今は食料だけの話であるが、売るにしろ買うにしろ、ルートができることに何も問題はない。


「そうなります。

 ブルア殿とお取引させて頂けるとなれば、不足という言葉とは無縁になれそうですけどね」


 商業都市で代表的と呼ばれるほどの知名度を持っているだけはある。

 恐らくだが、適切な関係を続けることができれば、砦の建設の時にも十分に役立ってくれるはずだ。

 いや、それどころか、彼との取引を続けることによって、この街も後方支援拠点として成長させることもできるだろう。

 全ては負けなければという話ではあるが、どのみち負ければ全てがおしまいである。

 その場合であっても、少なくとも生存者が逃げ出すために必要な防御力ぐらいは持たせておきたいものだ。


「なるほど、ですが筆頭鍛冶殿、これだけは最初に申し上げておく必要があるでしょうな。

 我々は、出来る限りお取引が続けられるように努力します。

 ですが、明日の大金貨のためには今日の銅貨が必要といいます」


 言いたいことはよく分かる。

 権力や状況を理由に徴発や買い叩きを行えば、二度と買えなくしてやると言いたいのだろう。

 正論である。

 全てを諦めてそういった行動を取るにはまだ早い。


「鍛冶屋といえど、物を売るという仕事をしている以上、商人の端くれではあります。

 その辺りの道理は心得ていますよ」


 できるだけ好意的に見えてほしいと祈りつつ、笑みを浮かべる。

 これから取引を始める相手だ。

 好意的になってくれれば幸いである。

 いわゆる"ニコポ"の能力があれば楽でよかったんだがな。


「そこまで言っていただけると心強い!

 今は人類の非常時です。

 最前線を支えるアリール辺境伯様のためであれば、このブルア、多少の損は気にしません。

 それに、ご覧になっていると思いますが、食料でしたら捨てるほど街中に溢れかえっております。

 どれほどかはわかりませんが、きっと筆頭鍛冶殿の必要な量をお売りできるでしょう」


 この言葉に偽りは少ないのだろう。

 商人である以上、一方的な損を甘受するはずがないが、彼の言うとおり、今は非常事態の真っ最中である。

 悪い意味で言えばこの街から彼の商家が引き上げるまで、良い意味で言えば将来の戦後復興のために、彼は今の損を投資として許容できるはずだ。

 ついでに言えば、過剰在庫となった食料の捨て先にも困っているのだろう。

 そして、現在の我々にはまず何をおいても食料が必要だ。

 今のところは、両者の思惑は合致できているな。


「心強いお言葉です。

 お支払いは連合王国金貨でよろしいでしょうか?」


 相手が協力的でいてくれるうちに話は済ませてしまいたい。

 いきなり金貨での提案。

 これはきっと好意的に受け取ってもらえることだろう。

 例え圧倒的劣勢に置かれた国家の通貨であったとしても、ブルア氏ほどの人物であれば、使用する方法はあるはずだ。


「ええ、ええ、それでいただければ会計が楽にすみます。

 筆頭鍛冶殿はそれだけの商いをお求めでしょうからね!」


 幸いなことに、こちらの思惑は相手の想定の範囲内で良いものだったらしい。

 これで、領主様に良い報告ができそうだ。


「他国とのレートで言えば難しいところではありますが、私も商家を構える身です。

 両替の方法はいくらでもありますからね」


 何をどうするのかは知らないが、とにかく手持ちの金銭が使用できるのであればありがたい。

 いつまでかはわからないが、使えるうちに使い切るつもりで大盤振る舞いしておこう。

 別に、他国の金貨も持っているからな。


「ああ、そういえばブルア殿に手土産があったのでした。

 武具に詳しい貴方であれば、きっとお気に召すと思いますよ」


 連合王国金貨が意味を成さなかった場合に備えて用意させておいた強めな武具であったが、こうなれば貢物として使おう。

 それにしても、このような状況下においてまだ連合王国という国家の通貨が通用するとは思わなかった。

 現状は、良く言って1945年の日本だ。

 まあ金貨の金含有率とか色々あるが、それはさておき通貨として見なされているのは幸運だった。


「とにかくブルア殿が不利益を被っていないのであれば、それは今後のお取引にあたって良い話だと思います。

 先程も申しましたとおり、私はあくまでも商人の端くれに過ぎませんから、詳しいお話はわかりかねますけどね」


 俺の言葉にブルア殿は笑みを深くする。

 通貨偽造問題について、発覚時の責任を出来る限り避けようとする発言に好意を抱いてくれたらしい。

 彼ほどの存在であれば手を染めていないはずがなく、そして、俺のような素人に首を突っ込まれることが一番やっかいな問題について、フリーパスを得たのだ。

 目の前の若造が話せる商売相手だとわかれば、喜ばないはずがない。


「さて、商談も終わったところで、早速ですが筆頭鍛冶殿推薦の逸品を見せてもらいましょう。

 こう見えて、私は武具を好むほうですが、きっと、唸るようなものが見れると信じていますよ」


 その言葉に、後ろに控えていた曹長に軽く頷く。

 彼にとってはそれで十分だった。


「お前たち、失礼のないようにな」


 念には念を入れたいらしく、彼は小声で部下たちに命じつつ、持ち込んできた武具を大きな接客用テーブルの上に置いていく。

 いずれもが+5に鍛えられた銀の剣と金の剣、+6のショートボウ、+4の鋼鉄の防具一式。

 値千金という表現が言い過ぎに感じなくなる豪華な商品たちである。

 だが、それらが霞むほどの逸品を仕込んである。

 豪華な宝石細工を施し、その全てに個別にエンチャントを施した鉄の剣+7だ。

 彼ほどの人物であれば、このムダ具合にきっと喜んでくれるだろう。


「おお、おお、これは素晴らしい」


 次々と解かれていく包みに、彼の表情が緩む。

 一目見ただけで、それらが財宝に値する能力を持っていることを看破したのだろう。


「この鎧、よく鍛えてある。

 兜も、エンチャントまで施してあるか。

 それにこの内張り、魔物の革か、なるほど」


 なにやら呟きつつ、彼は次々と新しい武具を鑑定していく。

 今日のところは貢物としてであるが、状況が悪化した場合には代金代わりに武具を納品することでもなんとかできそうだな。

 本当に最悪の事態に備えて、できれば他国の通貨はとっておきたいところである。


「なるほど、なるほど、んん?」


 一人でしきりに頷いていたブルアであったが、ようやく目線が最後の品に向いたところで声が止まった。

 独り言を聞いた感じでは一つ残らずしっかりと鑑定していたので、目の前の物体の異常性に気がついたのだろう。 


「これは、まさか、いや、ありえん」


 まるで神の降臨に立ち会わせた敬虔な信徒のように、彼は背筋を震わせつつそれに接近する。

 別に光を放っているわけではなく、何かの力場を発生させているわけでもない。

 だが彼は、それが明らかに異常なものであることがよくわかっているのだろう。


「遺物、それもかなり上位の、なぜこんな場所に」


 自分の本社をこんな場所と称するのは良くないと思うが、まあ気持ちはわかる。

 ここに来るまで大盤振る舞いをしてきた鉄の武具+1シリーズは、一般的な兵士の給料三ヶ月分相当の価値がある。

 それにエンチャントが付けば種類にかかわらず六ヶ月相当、有用なものであれば九ヶ月相当だ。

 +2になるとそれだけで最低一年分相当が当たり前であり、そこから先はオークションで勝ち取れた時の金額が値段となる。

 非常事態や緊急事態に追い回される俺の部隊の連中は感覚が麻痺しているが、この世界において優れた武具とはそれだけの価値を持っている。

 まあ、曹長は十分に理解して感謝し、身につけているようだが、彼は例外だ。

 とにかく、鉄の剣とはいえども、エンチャントを多数付与し、おまけに+7にまで鍛えられている事など、通常ではありえない。

 それ故に、彼は『遺物』だと、どこかから見つけてきた財宝だと言ったわけだ。


「出処は申し上げられませんが、確実に言えることは、これは今も未来も、何の問題もなくブルア殿の所有物とできるということです」


 結論から先に言えば、貢物は存分にお気に召していただけた。

 別に邪魔をしていたわけでもないお供の連中を蹴散らして鉄の剣+7を獲得すると、ブルア殿はずっと深い笑みをこぼし続けていた。

 用意したこちらが嬉しくなるぐらい、それはそれは崩れた表情だった。

 貢物は必要なかったかもしれないが、とにかく我々は、大量の食料とそれらを積載するために必要な馬車と馬匹を手に入れることができた。

 まあ、馬車等については所有権があやふやな放棄車両と馬匹をブルア殿の名前で売りつけられ、それを買ったのだが。

 なにはともあれ、こうしてアリール辺境伯領は、どこからか湧いて出た財源を元にして、自分たちの行動の自由を勝ち取った。

 



78日目 早朝 ジラコスタ連合王国 コルナ村付近


「これは、困ったな」


 思わず内心の呟きが漏れる。

 予想よりも余程多くの食料と、さらには今後の供給先さえ確保した我々は、困難に直面していた。

 

「全隊止まれ!筆頭鍛冶殿のご命令があり次第行軍を再開する!

 周辺警戒を怠るなよ!」


 後ろから曹長の怒号が聞こえてくる。

 実に頼もしいが、視界に入ってくる現実が、俺に楽観的な何かを抱くことを欠片も許さない。


「ざっと見たところ、このあたりの村々の全ての代表が集まっているように見えますな」


 先ほどまで命令を下していたはずの曹長は、当然のように俺の隣に立ち、視界から入った情報を分析している。

 この世界では、市町村単位で簡単ながら旗を作っている。

 大本のデザインは所属国家、所管の貴族の旗をベースにしており、そこに村ごとに認可された意匠を盛り込んでいる。

 例えばコルナ村であれば農業を示す交差した鍬。

 鉱業を主な産業とするニムの街であれば三本のツルハシ。

 石材が主な産出品であるヴルの街は白色の正方形を五つ。

 漁業を営むカール村はデフォルメされた魚がトレードマークだ。

 それらの全てが、臨時のアリール辺境伯様の執務館とされたコルナ村村長宅付近に掲げられている。


「曹長、面倒事にばかり巻き込んですまないな」


 思わず謝罪の言葉が漏れてしまったとしても、責められるいわれは無いはずだ。

 アリール辺境伯領の実権が名目上であっても神殿騎士団に譲渡された今、明らかに彼らの権限を無視した行動は許されない。

 しかし、アルナミアの街が落ちたという報告がない中で現状の光景があるということは、そうなったということだ。

 これは、面倒になりそうだ。


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