第十三話【12/23 21:10全文修正】
12/23 21:10修正
誤って次回投稿文を先に貼り付けてしまったため全文を差し替えました。
52日目 昼 ジラコスタ連合王国 国境付近の川 警戒陣地
「かなりマズイ状況ですね」
久々に訪れた主力陣地からの帰り道で、俺は深刻な表情を浮かべて曹長に相談をはじめた。
当然ながら、好きで部下の前でそのような表情をしているわけではない。
この日、俺は補給が滞り始めるという信じがたい問題を解決するために仕方なく後方へ抗議に赴いた。
そこで待っていたのは、勇者の出現という情報だった。
アルーシャ王国にある日突然訪れたらしい彼女は、偶然遭遇した盗賊を退治。
遅れて登場した騎士たちを従え、そのまま現地の腐った貴族を廃し、さらに突然現れた魔物まで打ち破ることによって勇者と呼ばれるようになったらしい。
そんな彼女が自分に心酔した騎士や兵士や改心した盗賊なんぞを引き連れて、先日主力陣地にやってきたそうだ。
ここまではまあ、いい話である。
「とりあえず、補給担当の奴が来たら楽しい最前線勤務を楽しんでもらうとしましょう」
歩兵でも弓兵でも騎兵でもない中途半端な戦力故に、勇者様ご一行は遊撃隊として好きなように行動することになったらしい。
それもまあ、いい話なのだ。
平時ならばともかく、今のような非常時に戦力としてカウントできない連中を貼り付けの守備隊として使用することは非常に危険であるからだ。
まあ、好きな様に暴れられたお陰で敵の大群を誘引してしまう危険性が無いというわけではないが、現状はそこまで慎重に行動すべきというわけでもない。
「彼がやってくるのが楽しみですね。
私としては、僅かな手勢で敵領土内の偵察とかをさせてみようと考えているのですが、筆頭鍛冶殿はどう思われますか?」
さすがは曹長。
いい考えを持っている。
個人的な利益をチラつかされたのか、単純に色香に惑わされたのか。
理由については尋問の結果を待つとして、補給担当者は我々への割り当て分を勝手に削り、その代わりに勇者様ご一行に物資を回してしまったそうなのだ。
どうやら確かに困っていたそうなのだが、そんな事は俺たちの知った事ではない。
我々が抗議に現れた瞬間の彼の顔色は凄いものだった。
俺は自慢ではないが仕事ができない男なので、まずは何とか担当者間で話を終わらせようと考えていた。
だが、彼の顔色は明らかに事情を把握し、問題が起こる可能性を認識しており、その解決策が思い浮かばない状態でなければできないものだった。
結果として、彼からは謝罪の言葉以外は引き出すことが出来ず、失望した俺は直ぐに上位者に話しを持っていった。
しかしながら、書類上の上位者に過ぎないエルドナ兵士隊長は、部下がそのような不始末を仕出かしているとも知らずに全体の補給計画について頭を抱えている最中だった。
彼には申し訳ないが俺は自分の部下たちを食わせる責任がある。
解決策が思いつかないので諦めるという選択肢はないのだ。
最終的に領主様まで駆けつけての大騒ぎとなった挙句、相手が勇者故に不問とはなったものの、補給担当者はしっかりと責任を取らされることで落とし所となったが、それで問題が全て消えたわけではない。
結局のところ無いものは無く、何をどうしても次の後方からの補給を待つ以外にはできないという結論になった。
「長距離偵察か、一度やらせてみたかったんですよ。
それにしても、まさか頭数だけ揃えてそれをどうやって維持するかを考えていなかったとは」
ひと通り騒ぎが収まった所で、諸王連合各国が派遣した精鋭であるはずの多国籍軍が、無くなる寸前の物資を必死にやりくりする姿を俺は確認した。
確かに、大軍を動員すれば兵站の難易度が増すのは当然のことである。
ましてや、この世界はゲームの世界がそのまま現実になったらしいために、様々な事柄が歪になっている。
とはいえである。
仮にも軍隊が、最前線に来てから物資不足で慌てるというのは無様にすぎるだろう。
「これから、我々はどうなるのでしょうか?」
曹長の表情は暗い。
自分たちの上がとんでもない無能だと思い知らされる事ほど恐ろしいことはない。
総兵力4900名を数えることになった主力部隊は、戦わずして崩壊寸前だったのだ。
派遣部隊はそれぞれの母国からも補給が出されているが、補給部隊自身も飯を食べ、水を飲み、時には戦闘を行なって消耗品を使っていく。
そのため、輸送する距離が伸びれば伸びるほど、運ぶ量が増加すれば増加するほど、最終的に手渡すことの出来る物資は減ってしまう。
今日聞いた話では、まず暫定的な処置として一部部隊を我が国と諸国を隔てる西のヴィト大河付近まで下げるしか無いというありさまだ。
警戒部隊が敵を発見し、機動防御によって敵を叩くという作戦は、一定量の戦闘能力を持つ主力部隊が存在していることを前提にしていた。
だが、これではそれ以前の段階だ。
まず、多国籍軍をきちんと受け入れることの出来る状況を構築し、兵站を一本化でも多重化でもいいのでとにかく機能するようにしなければならない。
そんな話をしたところで、誰もが喜んでさすがは筆頭鍛冶だと褒めてくるのが嫌になる。
彼らもこの異常事態の被害者であることは俺だけが知っている。
だが、そうだとしても、明らかに問題になることがわかっているにもかかわらず、問題が起こるまで誰もそれに気が付かないという事が恐ろしい。
人類が一丸となって戦争を遂行しようとしていることはありがたいが、この様子ではまた何か問題が発生するはずだ。
「筆頭鍛冶殿の防御計画ですが、根本から見直しが必要ではないかと思いますが、いかがなさいますか?」
黙って歩く俺に、曹長は不安そうな表情のまま尋ねてくる。
最前線に送り届ける分どころか、主力部隊が今日の夕飯に困るようなありさまである。
いざという時に速やかに撤退したとして、後を任すことの出来る主力がいないというのは悪夢だ。
「やりたくはなかったのですが、私の持つマジックアイテムや秘術を使うしかありませんね」
俺の言葉に曹長の表情が明るくなる。
彼らのような下士官兵は、上官がどれだけ手札を持っているかで全てが変わる。
そいつが無能であれば仲良く討ち死にしか選択肢がなく、出来る上官であれば生き残るという幸運を掴むことができる。
今のところ俺は失点がないどころか、彼らが生き残れると思えるだけの仕事ぶりを発揮することができていた。
それを帳消しにする上層部の不手際を聞かされた後で、それでも何とか出来ると言われれば、明るい表情の一つも出てくるだろう。
「他言は無用ですよ。
口の堅い兵士たちを四人用意して下さい。
食べ物と武器については、私が全部何とかしましょう」
俺にはインベントリがある。
そこには様々な食材や料理が保管されており、呼び出せば一瞬で手に入れることができる。
今までは買い物や補給なしで生活できると不信感を持たれるおそれがあるために使っていなかったが、この期に及んで出し惜しみはできない。
素材やら食料やら、長年のプレイで溜め込んだドロップ品や報奨品を配れば暫くはなんとかなるだろう。
さすがに馬鹿正直に配るわけには行かないので、主力陣地から補給として届けられたふりするが。
武器については、俺は忘れそうになるが鍛冶屋である。
グレードはさすがに考えなければならないが、生産に全力を注げばなんとでも出来る。
「それと、戦術も見直しましょう。
これをご存知ですか?」
俺はインベントリから一本の杖を取り出した。
そのまま無造作に曹長に手渡す。
「お借りしますが、今どこからそれを?
いや、失礼しました、って、これはマジックアイテムじゃないですか!」
何やら騒がしいが、曹長は手渡されたそれが何かを理解できるようだ。
さすがに、只の一兵卒ではないだけはあるな。
「そうです。私が自分でエンチャントした、ファイヤーロッドですよ。
これを弓兵以外の全員が装備したら、随分と戦闘が楽になりそうだと思いませんか?」
いわゆる魔法の杖は、魔法をエンチャントすることで戦闘補助道具にすることが出来る。
破壊されない限り半永久的に効果を発揮するものは作成難易度が高いが、使い捨てのものであれば量産も可能だ。
このファイヤーロッドは、その中でも特に難易度の低いものである。
現在の俺の鍛冶レベルは最高の50だが、魔法レベルは12だ。
この手のアイテムを生産する場合、俺は魔法レベルに応じた威力のアイテムを作成することが出来る。
つまり、ファイヤーロッドを作るのであれば、魔法レベル12相当の破壊力を持つ、10連発のものが作成可能だ。
この10発というのは最低数であり、ある方程式に従って発射弾数を増やすことも出来る。
まあ、方程式というほど複雑なものでもないが、それは以下のようなものだ。
(本来の魔法レベル-設定する魔法レベル)×10+10
つまり、俺が魔法レベル11相当の威力のファイヤーロッドを作成すれば、差分の1×10+10ということで20連発のものが作成できる。
生産職以外はまず使用することのない仕様だったのだが、部下たちに手渡すとなれば大きな効果が期待できる。
ただの歩兵が、使い捨ての効く大魔法使いに変身するのだ。
「筆頭鍛冶殿、そこまで私たちのことを考えていただけるのですね」
曹長は大変に感激している様子だが、俺は必要最低限以下の人数で主力陣地としての役割を求められそうな状況を何とかしようとしているだけだ。
質対量の戦いは、いつだって量に負ける側が不利である。
しかし、地形障害を最大限に活用している今の陣地であれば、戦闘正面を狭くすることを敵に強要できるあの場所であれば、敵の攻撃を受け止める際の負荷は致命的なものにはならないはずだ。
「弓兵とこれでできるだけ敵の先頭を叩き、相手の足を止めた所で森ごと焼き払う。
二回目以降は使えない手ですが、逆に言えば敵の初動を妨害することは出来るでしょう。
出来る限りの手を打って時間を稼ぎ、民間人と本隊、そしてもちろん我々が逃げ出す時間を作る」
森を焼いたぐらいで敵に打撃を与えることが出来るのかは何とも言えないが、これ以上は手が思いつかない。
最悪の場合、全員を退避させた後で俺が無双をすればささやかな時間稼ぎぐらいは出来るのだろうが、それだって気休めの範囲を出ない。
「これだけでも随分と変わります。
筆頭鍛冶殿、この杖は一本あたりどれくらいのお時間で作って頂けますか?
それと、一度使いきった後はどうなるのでしょうか?」
やはり彼は曹長だ。
実績に基づき上官を信頼し、そして部隊を生き残らせるために必要な全ての手立てを取ろうとする。
「一晩貰えれば十本はできますね。
回復は、多重結界石の近くに置いておけば、一時間といったところでしょうか、
ああそれと、今日からはこれを使って下さい」
インベントリから彼のために用意した指揮官用の装備品を次々と取り出す。
鋼鉄の剣、盾、兜、ガントレット、いずれもが銀細工を施し、持久戦向けのエンチャントを施してある。
短い付き合いだが彼は信頼に値すると勝手に思っているので、いずれも+5という大盤振る舞いだ。
「失礼ですが、今まで明らかに持っていなかったですよね?
難しいことは私にはよくわかりませんが、いえ、なんでもありません」
明らかに今までとは違う俺に何か言いたいことがあったようだが、それを飲み込むだけの度量はあるようだ。
そうでなくては大盤振る舞いをしてやった意味が無いので助かる。
「皆さんに犠牲を出さない範囲でしか、全力を振るうことは避けていました。
過ぎたる力は災いしか呼びません。
ですが、そうも言っていられないのが現状です」
人類の未来は暗い。
それどころか、俺たちの明日も見えない。
生半可な覚悟では、自分だけでも生き残ることはできないだろう。
まったく、こうも当初の目標からコロコロ変わるのでは格好悪いにもほどがあるな。
そんな事を思いつつ、俺は陣地に戻ると速やかに全員に対して新たな方針を説明した。
偶然とはいえ今まで失点なしで来た俺だけに、兵士たちは特に疑問もなく従ってくれた。
その過程で俺という存在に対してかなり誤解されたところもあったようだが、まあいいだろう。
大切なのは、生き残ることだ。




