第十二話
2011年12月23日
感想にてご指摘頂いた誤字を修正しました。
49日目 昼 ジラコスタ連合王国 国境付近の川 警戒陣地
「目標!前方敵集団!撃ち方はじめ!」
俺の号令に従い、兵士たちは一斉に矢を放った。
その数15、小隊の半数である。
大半は地面を耕しているだけだが、それでも何本かは目標に突き刺さった。
しかし、この世界に機関銃や重砲がない以上、陣前減滅、つまり陣地に敵を触れさせることなく防御を行うことはできない。
必然的に、防御戦闘は次の段階へと移行する。
「敵接近!槍兵構え!叩けぇ!」
遠距離攻撃の出来る弓兵の次は、比較的中距離の攻撃ができる槍兵の出番だ。
彼らには2m以上の竹製の槍を装備させている。
槍兵たちは命令に忠実に従い、自分たちの持つ槍をできる限りの勢いで振り下ろす。
それらは防御柵に殺到した目標の頭を叩き、あるものは腹を切り裂き、別のものは腹を突き刺しているであろう場所に槍先を向ける。
「進入路に敵接近、総員抜剣、逆襲にぃー移れぇ!」
剣を抜いた俺を先頭に、待機していた最後の兵士たちが一斉に飛び出す。
俺たちは唯一用意された進入路に迫ろうとしていた目標たちに次々に殺到し、剣撃を加えていく。
数に限りがあったというのもあるが、目標たちは全てが致命傷を受けたと直ぐに判定される。
「よーし!敵は全滅した!訓練終わり!」
俺の言葉を最後に、最初の演習は完了した。
少ない兵力をさらに3つの兵科に分けるという提案は当初こそ難色を示されたが、座学と演習を通じて今では全員の常識になっている。
敵を近寄らせないほどの弾幕を張れる戦力はないし、敵を陣内に入れないための防壁があるわけでもない。
かといってこちらから打って出れば勝てるという保障もない。
ないない尽くしの状況で警戒陣地としての任を果たそうというのであれば、少しでも時間を稼げる組織を作り上げ、報告を受けた本隊が体制を整えられるようにするしかないのだ。
「たいしたもんじゃないか」
この日、視察に来ていたエルドナ兵士隊長は、眼前で繰り広げられた光景に満足そうに頷いていた。
それを横目に見つつ、俺は自分の想像が合っていたことに顔を青ざめさせている。
想像というのはつまりこうだ。
この世界は、ゲームに良く似た異世界ではなく、ゲームの内容がそのまま異世界になっている。
だから鋼のバルニアは今までこなせていたはずの激務で突然過労死し、兵士たちは装備の手入れすらできない。
街にマトモな鍛冶屋が一軒しかないという状況もそれだ。
そして、剣を振るうか矢を射るか、それ以外は素人同然の軍人たち。
本陣地の目的は、本隊に行動の自由を与えるための時間稼ぎにある。
我々は敵の接近と規模を確認し、それを本隊に伝え、機動防御を行う騎馬隊を最大限有効活用することによって最終的な勝利を得る。
そんな素人丸出しの提案をした時、隣の兵士隊長は驚愕したかのように目を見開き、お世辞には見えない賞賛の言葉で提案を受け入れた。
「恐れ入ります。
ところで、ドワーフの皆様、ああ、ルニティア地下王国からの増援はまだ到着されていないのですか?」
ドワーフが来ればおおっぴらに小銃が使えるようになる。
小銃が使えれば、弓兵は全て銃兵に変え、銃剣を付けてやれば槍兵としても使える様になる。
そうすれば陣地防御はかなり楽になるし、一人でも雇うことが出来れば、戦後を見据えて領地発展の準備も出来る。
現時点でもやりすぎは変わらないのだが、全く新しい武器を使う場合には、さすがに最初だけは誰かに教わるというステップを踏まないとな。
「いや、あの国も諸王連合には入っているので来ることは来るんだろうが、今のところ話は聞いていないな。
エルフの出方を伺っているんじゃないか?」
は?エルフ?
何で同じ諸王連合でお互いの出方を伺わないといけないんだ?
「なんだ、お前知らないのか?
エルフとドワーフは仲が悪いんだ。
いや、悪いと言うか、どちらが上かを競っているという表現のほうが正しいかな」
そんな事を人命が関わる時にやらないでくれよ。
エルドナ曰く、ちょっとした式典でも小規模な演習でも、エルフとドワーフは常にどれだけ自分たちのほうが勢力を持っているかを示そうと全力らしい。
エルフが100金貨投入するならドワーフは500金貨。
ドワーフが1000人動員するならエルフは2000人と、まあ手を抜かれるよりは力を入れてくれる方がありがたいが、そのような有様のようだ。
「しかし、エルフですか。
どうせ競うならば、まずはどれだけ素早く援軍を送り込めるかを重点にして、種族としての有能さを競って欲しかったものですね」
思わず溜息が漏れる。
今はとにかく頭数が必要な時期だ。
偵察を密に行い、防衛線をとにかく整え、常備軍の総動員で済むのか、子供から老人までを残らず叩きこむレベルなのかを調べなければならないのに。
「その案いっただきぃ!」
いきなり掛けられた声に俺とエルドナは慌てて森の方を見た。
そこにいたのは、いや、どこにいるんだ?
「盗み聞きとは感心しませんね。
誇り高い種族としての自覚にかけているのではありませんか?」
どこを見ているとも分からないような遠い目線で叱責する。
一箇所に目線をやって全然違う場所から出てきたら赤っ恥もいいところだからな。
エルフか、ドワーフか、あるいは魔族か人類の援軍か。
誰だか分からないので、ここは一つ無難な表現に留めておこう。
「失礼致しました。
エルフ精霊レンジャー部隊のシルフィーヌです。
諸王連合からの要請に従い、連絡員として着任致しました。
ああ、ここにハンコかサインをお願いします」
俺の目の前の草薮から突然現れたそのエルフは、どこに出しても恥ずかしくない軍人のような口調で名乗ったかと思うと、宅配員のような台詞で書類を出してきた。
脱力する瞬間ではあるが、まあ、この世界はそんなものだろうと割りきってサインする。
それにしても、金髪で長髪かつ美形巨乳とか、男の妄想を絵にしたような人物だな。
おまけにレンジャー?
やはり返事は常にレンジャーなのだろうか。
馬鹿な事を思いつつ書類を返す。
「今来ている戦力はどれくらいですか?」
彼氏や許嫁や配偶者の有無も気になるところだが、まずは戦争だ。
ああ、なんで異世界まで来てこんな真面目に仕事をしなければならないのだ。
「現在のところは私を含めて15人。
全員がレンジャーの資格を持っています。
弓兵としても人間以上に戦えます」
淀みなくそう答えると、彼女は俺の目をじっと見てきた。
おいおい、照れるじゃないか。
自慢じゃないが、俺は女性に免疫はないぞ。
「10人を偵察、残りは弓兵としてこちらの兵士たちの指導をお願いします。
貴方は申し訳ありませんが直ちに連絡のためにエルフ領に戻って族長たちに説明して下さい。
ああ、何を頼みたいかはご存知ですよね?」
顔面が赤くなるのを感じつつ、もっと増援を連れてきてくれと要請する。
最低でも戦闘要員で一個中隊は欲しい。
敵は奇襲とはいえ一国を落とす存在だ。
人肉警報装置の指揮官として、手持ちの戦力があればあるほど行動の自由を得られるというのは言うまでもない。
「確かに承りました。
シルフィーヌ・リュンティディルア。
祖先の名に誓って、必ずや任務を果たします」
よく分からないが、ヤル気になってくれたのはいい話だ。
彼女の成果に期待するとしよう。
「貴方が戻るまで、全員の指揮権をお借りしてもよろしいですか?」
最後になったが重要な事を確認しておく。
いざ敵襲となってから「人間の命令は受けない」だの「上司に指示を仰ぎませんと」などと言われては困る。
「構いません。
ですが、できるだけ生き残れるようにしてやってください」
さすがに先遣隊として派遣されてくるだけはあるようだ。
シルフィーヌは俺の要望に一瞬の迷いもなく同意してくれた。
「ありがとうございます。
できるだけ無理はさせないようにしますよ」
俺の言葉に彼女は嬉しそうに頷き、それではと告げると瞬きする間に森の中へと消えていった。
動きが早くて助かる。
これでもう一個分隊は作る事ができる。
うん、素晴らしいじゃないか。
精霊歴9456年 緑精霊王の月41日 昼 ジラコスタ連合王国 前線
私の名前はシルフィーヌ・リュンティディルア。
エルフ首長家に連なる家の者だ。
胸が大きすぎたために弓兵としての適正には欠けているが、母なる森林を駆けるレンジャーとしての能力は誰にも負けないと自負している。
そんな私達が最前線に来ているのには当然理由があった。
今まで通りだったはずなのに突然苦しくなった一族の食糧事情。
それを輸入という形であってもいいから解決するために、軍事面での貢献という選択肢を一族が選んだからである。
「これは一体?」
連合王国軍の歩兵たちが陣を張っている場所へ到着した私たちは、奇妙な光景を目にした。
私の知る人間の歩兵というのは、もっとこう、なんと言うか、剣を振るって敵を倒すという感じだった。
だが、今目の前にいる人々は違う。
確かに剣はある。
だが、彼らが重視しているのは明らかに弓矢であり、槍である。
「リュンティディルア様。
我々は周囲の見張りに付きます。
何かあればお呼び下さい」
レンジャー部隊が直ちに散っていく。
彼女たちは森と一体化している。
エルフの中でも特に優れた能力を持つ彼女たちが見張りをする以上、この陣はもう奇襲を受ける事は絶対にありえないだろう。
「筆頭鍛冶とやらは誰かしら?」
忙しげに兵士たちが行き来する陣を眺める。
彼らは見ていて気持ちが良いほどにテキパキと活動している。
あちらで柵が立てられ、こちらでは新たなテントが建てられていく。
この陣が作られてからそれほど時間は経っていないと聞かされているが、随分とよく作られているようだ。
ナルガ王国とジラコスタ連合王国の国境はルミ大河で区切られている。
いくつも細かな支流に分かれているこの地域のみが、比較的簡単にまとまった人数を舟を使わずに渡す事が出来る。
私は生まれつきの将軍というわけではないが、さすがにこの地の重要性は理解できる。
そこに配置される兵士なのだから、精鋭でないはずがない。
だが、僧侶も魔術師も騎士もいない。
もし大群が押し寄せたり怪我人が出たらどうするのだろうか?
「わからないわね、あの二人のどちらかかしら?」
誰もが忙しなく動き回る中、何か難しそうな会話をしている二人を見つけた。
見るからに高価な物を身につけているわけではないが、身に纏っている雰囲気が違う。
慎重に、しかしエルフだけが出来る軽やかさで森の中を進んで会話が聞こえる位置に接近する。
「いや、あの国も諸王連合には入っているので来ることは来るんだろうが、今のところ話は聞いていないな。
エルフの出方を伺っているんじゃないか?」
エルフの出方、ということは、恐らくはドワーフ達の話をしているのだろう。
本来であれば既にある程度の援軍を出発させていなければならない私達が、たった15人でここにいる理由。
「なんだ、お前知らないのか?
エルフとドワーフは仲が悪いんだ。
いや、悪いと言うか、どちらが上かを競っているという表現のほうが正しいかな」
年上の方がそう言い放ち、それを聞かされた若い方が表情を歪める。
侮蔑。嘲笑。
そこまで悪意に満ちたものではないが、それに類するもの。
彼の心のなかを覗けば、恐らくはこう言っているのだろう。
『仲が良くて結構結構!死ぬまで両種族で遊んでいろ!』
明らかに劣勢な状況で、さらにその先頭に捨て駒のように配置されている彼らには、そう主張する権利がある。
私達が来ているのも、どちらかと言えば言い訳的に偵察だけは出しておこうというレベルのものだ。
ここに来るまでに見た遅れに遅れている人類の増援。
いつ出発できるかも分からない私達やドワーフたち。
きっと、ここにいる彼らは、増援が間に合うことなく全員死んでしまうのだろう。
若い方が全てを解決できる言葉を発したのは、その時だった。
「しかし、エルフですか。
どうせ競うならば、まずはどれだけ素早く援軍を送り込めるかを重点にして、種族としての有能さを競って欲しかったものですね」
なるほどね。
そういう物の考え方も出来るわけだ。
素早さを損ねない程度にできるだけ多くのエルフを送り込めば、それはエルフという種族の有能さの象徴になる。
あとからドワーフたちが大軍でやってきたとしても、最も苦しい時期を支えたのは誰かという話になれば、彼らは絶対に私たちには勝てない。
「その案いっただきぃ!」
ああ、また地が出てしまった。
子供に見られるから注意しろといつも言われていたのに。
どうせ私はまだ49ですよ!




