第十一話
2011年10月17日修正
貼り付けミスにより冒頭部分が抜けていたため修正しました。
42日目 朝 ジラコスタ連合王国 国境付近の川 警戒陣地
「任務ご苦労さまです」
久しぶりと言うには余りにも短すぎる時間で俺は最前線に帰還した。
できれば土産に増援を連れてきてやりたかったところだが、諸王軍の増援がまだ到着していない以上、主力陣地からこれ以上の戦力を引っ張ることはできない。
陣地設営に携わる作業員や多重結界石に各種の増強ポーションなど、戦力以外の所で支援するしか無い。
作業員といえば、せっかく陣地設営の経験を積んでくれたことだし、出来れば彼らは工兵としてそのまま雇いたいところだが、領主様はうんと言ってくれるだろうか。
「これは筆頭鍛冶殿ではありませんか。
お忙しい中再びお越しいただきまして申し訳ございません」
多重結界石を覆うようにして張られた天幕から出てきた曹長が頭を下げる。
まあ、曹長というのは俺の勝手な呼び方なんだがな。
「いえいえ、できることをできるだけ、が私の信条ですからお気になさらず。
それと、今日から暫くはこちらに専念できるようになりました」
俺の回答に曹長は探るような表情を浮かべる。
「それはまた、何か問題でもありましたか?」
自分の仕事ぶりにケチが付いたとでも誤解させてしまったのだろうか。
違うかもしれないが、とにかく思いついた可能性は潰しておこう。
最前線で下士官と不仲になるなど最悪にも程があるからな。
「まったく、後方からお偉いさんが気軽に来れるところは疲れます。
神殿から偉い神官様がいらっしゃったのですが、神官に代わって治療をしていた事があまり好ましくなかったようでしてね。
領主様からやんわりとではありますが、こちらに専念するように言われてしまいました」
実際にはやんわりとどころか、問題が解決するまで主力陣地には立ち寄らないで欲しいと言われてしまったのだがな。
そんな事を言われはしたが、仮にも一国の辺境伯を務めているのだからそれなりの発言力はあるはずだ。
彼女とその部下たちが俺の能力を必要としているうちは、なんとか守ってくれるだろう。
なんにせよ、結果として俺は警戒陣地の増強に全力を投入できることになった。
というのも、俺が取得していた教導スキルにより、俺の部下に付いた全員に武器整備スキルを覚えさせることに成功したからだ。
まあ、俺が凄いというよりも、武器整備スキルは初級から中級までの取得はどんな職業でも簡単にできるのだが。
製造の方はまだ手付かずだが、当面は手持ちの武器の整備だけ出来れば問題ないからな。
「とりあえず現状を教えてください。
ここはとても重要な場所ですからね、やれる事は早いうちに全て済ませておかねばなりません」
とは言っても、たった一日ではそれほどは変わらないだろう。
ここにはかなりの初期投資を行ったが、だからといって全ての問題が解決できるだけの余裕が出来たわけではない。
「はい、それでは筆頭鍛冶殿、こちらへ」
先導するように前を歩き出した曹長の後に続きつつ、俺は陣地内部の点検を始めた。
取り敢えずで真っ先に川原に向かい始めた辺り、彼は俺と話している間に視察の経路を素早く策定したのだろう。
そういえば、こいつの名前なんだったかな。
「異常ありませんか?」
最初にやってきたのは川原に設けられた防御柵だ。
一箇所だけ出入りできるように可搬式の障害物が置かれているだけだが、それ以外の部分は俺が満足出来るだけの頑丈さを持っている。
今も柵の向こう側では泥を塗り固める作業が行われており、加えて川岸に近い所では浚渫の真似事のような作業も同時並行で行われていた。
土壁を作るために泥はいくらあっても困らないし、1cmでも多く水深を増すことが出来れば、それだけ敵の進撃を遅めることができる。
また難民が来る可能性もあるが、まあ、一箇所だけは進入路を用意してあるし、そこを通ってもらうしかあるまい。
「これは筆頭鍛冶殿!」
弓を片手に川の向こう岸を睨んでいた女性兵士がこちらに気づいて表情を緩める。
うん、美人さんにそうしてもらえると俺も嬉しいな。
それにしても、この世界は何かと美人さんばかりでありがたい。
「ご苦労様です。
特に異常はないようですね」
作業は順調に行われており、向こう岸に置かれた哨兵にも変わった様子は見受けられない。
現在の担当は第二分隊。
総勢五名からなる彼女たちは、一人を哨兵として向こう岸に置いており、残りが川の此方側で弓を片手に警戒している。
本当であれば一つの分隊に十人前後は置いておきたいところなのだが、数の問題でそれは実現不可能な夢となっていた。
しかし、この渡河地点は幅だけでも30m近くあるわけだが、いくら人数が少ないとはいえこんな少人数でよく陣地を作ろうと俺も思ったもんだ。
「はい、今のところ少数のモンスター以外は目にしていません。
いずれも、その時の当番で排除できました」
うん、いいことだ。
たった十体程度のゴブリン相手に毎回騎士団が全力出撃をするなど無駄にも程がある。
こうして警戒陣地を置くことで、その種の無駄は無くすことが出来るのだ。
やはり、長い歴史の果てにルール化された事柄には無駄がないな。
「警戒を続けてください。
そして、無理は絶対にしないように」
念のために付け加えておく。
ここはあくまでも警戒陣地なのだ。
組織的抵抗を継続しながらの遅滞防御戦闘程度はしてもらわなければならないが、死守は彼女たちが果たさなければならない任務ではない。
俺の言葉に彼女は表情を引き締めて頷く。
誰もが理解していることだが、死ぬことが任務として求められていない以上、彼女たちは死を選択肢として選ぶことはできない。
「おお、だいぶ順調なようですね」
川原を離れた俺たちは、その後も陣地の各所を視察した。
森との境界線で行われている除草作業はだいたい終了しており、防壁と言うよりは境界面を示すものレベルだが防御柵の設置も順調だ。
これでよほど油断しない限りは不意打ちを食らうことはないだろう。
主力陣地へ通じる道の開墾は一日二日でどうにかなるレベルではないが、それでもこちらの陣地側から地道に枝葉の伐採を始めている。
「ん?」
下草が大雑把ながらも刈り取られた道を見ていると、視界の先から何かが接近してくるのが目に入った。
遠くてまだ判別はできないが、主力陣地からこちらに向かってくる以上、敵とは考えにくい。
「なんだと思います?」
傍らの曹長に尋ねる。
いかんな、どうしても彼の名前を思い出せない。
「ちょっと遠くて難しいですが、敵であればもっと急いでこちらに向かってくるはずです」
似たような感想ではあるが、もっともな意見が付いている辺りがさすがである。
こちらの意表を突いた奇策という可能性もないではないが、そもそも我々は人間とは戦っていない。
「一応、何人か連れて出迎えましょう。
真面目に仕事をしていないと思われるのも嫌ですからね」
誰かを呼ぼうと振り返りつつ言ってはみたが、曹長がそれを予測していないわけがなかった。
彼は俺と話しつつ、出迎えが決まった段階で何人かに合図をしていたらしい。
休んでいたはずの兵士たちが二人、こちらに向けて駆けつける最中だった。
「ありがとうございます。
それでは行きましょう」
44日目 朝 ジラコスタ連合王国 国境付近の川 警戒陣地
「なんとまあ、頼もしい光景ですね」
曹長を傍らに置いた俺は、眼前に広がる光景を眺めつつ率直な感想を漏らした。
結論から言えば、先日やってきた集団は、やはり増援部隊だった。
我が国と大河を隔てて西側に位置するアルーシャ王国から先遣隊として、王立騎士団なる人々が到着したそうなのだ。
その数なんと三百騎。
人数だけで言えば一個大隊に相当する。
さすがにこれだけの人数の増援を受けることが出来れば、多少の増援を送り出す決心もつくというものだ。
主力陣地の警備から引きぬかれた増援部隊は21人。
ここに詰めていた連中と合わせると、手持ちの人員は31名に増え、ここに作業員達が加わり、陣地の総勢は63名になる。
これでなんとか戦闘要員だけで小隊レベルの戦力を手に入れることが出来た。
「筆頭鍛冶殿の仰るとおり、頼もしい限りですな」
俺の傍らに立つ曹長は、事実上の指揮官として彼らの命に責任を持たなければならない。
そのため、戦力が増えるという現象を素直に喜んでいる。
本来であれば、部下の数が増えれば責任も増え、その重圧に耐えるという苦行が発生する。
しかしながら、今までは必要最低限以下の人数しかおらず、責任を感じる前に生き残れるかどうかが問題だった。
そのうちに責任のほうが辛くなってくるだろうが、まあ、今からそれを気にした所で解決できるわけではない。
嫌なことがあったら二人で酒でも飲んで憂さ晴らしをするとしよう。
「それで筆頭鍛冶殿、昨日のお話なのですが?」
昨日の話、ああ、今後の編成の話だったな。
いきなりの増援だったために、取り敢えず二日がかりで待機場所を用意するのでバタバタしていたため、編成について話そうと言っただけになっていた。
「ああ、そういえばその話がまだでしたね。
ようするに、我々全員を一つの部隊として、その中で歩兵小隊、工兵小隊の二つに分けるわけです」
足元の地面に二つの枠を書く。
曹長は真剣な表情でそれを眺めている。
まあ、仕事の話なのだから真剣な方がいいのだが、そんなに表情を引き締めては疲れないのだろうか。
「全員で一度に動くことには無駄が多い、という方針でこの陣地を作ったわけですから、当然私達も同じようにしましょう。
工兵小隊の方は人数が必要な作業が多いですから例外として、歩兵小隊の方は15人ずつの分隊、さらにそれを5人ずつに分けて班とします。
何かで動く必要があるときには原則として班単位で行動し、警備は二個班、敵襲の場合は最低でも一個分隊と、敵の規模に応じてこちらの動員数も増やすわけです」
こうしておけば、行動の無駄は最小限に抑えることができるだろう。
多重結界石のお陰で肉体的な疲労という面では毎回全員出動してもいいのだが、精神面を無視するとロクな事にならない。
「なるほど、確かにそうして所属を決めておけば、動かすときに楽ですな。
しかしそうなると、警備中に全体を見るのは私がやるわけですね?」
なんでそうなる。
それでは何のために部隊を細かく分けたのかわからなくなってしまうじゃないか。
「いやいや、班には班長、小隊には小隊長を置き、その上に私と貴方で本部を作ったほうが効率がいいでしょう?
自分たちの持ち場の範囲で誰をどこに置くのか程度の話は班長、一日の警備をどうするのかは小隊長、敵襲や避難民発見などの話は本部へとしておけば十分のはずです。
最初はいいかもしれませんが、毎日のように怪しい水音だの人影のようなものだので呼び出されていたのでは、いくらやる気があっても耐えられないですよ」
軽歩兵と工兵しかいない増強小隊ではあるが、それでも60人を超える人間がいるのだ。
人員配置と権限分担は早い段階で決めておき、管理上の手間を最小限に抑えておかなければならない。
「そうなりますと、私の仕事は随分と減ってしまうようなのですが?」
心配そうな表情を浮かべられてしまった。
士官と下士官兵という区分が出来上がっていないこの世界では、指揮官先頭が基本となっている。
「当分の間は、私の後ろをついて歩いてもらいます。
心配しなくとも、敵が来れば嫌でも働いてもらいますよ」
そう、敵が来れば指揮官先頭しか無いのだ。
彼のためにもそれなりの装備を用意してやらなければならないな。
「各小隊長と班長を決めるのはお任せします。
全員が納得するのは難しいかもしれませんが、なるべく円満に済むようにしてください。
私は工兵小隊の方に用事があるので、今日中に何とかしておいてくれればそれで構いません」
こちらで年齢とか軍歴を元に決めた方が早いのだが、何でアイツがという話に絶対になるはずだ。
それならば自分たちで決めさせてしまったほうが、後で能力が問題になったときに文句を言いやすくて助かる。
「話はわかったんだけどよ、アンタに雇われるってのなら、こいつらも納得するんだがね。
そうじゃないって言うんなら、悪いが今回限りにさせてもらいたい」
俺の提案を聞いたレルゴという名前の代表者は、後ろの大工たちを肩越しに見やりつつそう回答した。
曹長と別れた後に訪れた工兵小隊の方では、話はすんなりとは決まってくれなかった。
彼らは街の大工の集まりだったのだが、元々この陣地が完成するまでという条件で臨時に雇われた存在だった。
とはいえ、人口の極端な増減があるわけでもないこの地域では、彼らの仕事は驚くほどに少ない。
ある程度の身分と定期的な給料が望める領主軍への所属は受け入れてもらえると思っていたのだが、そううまくはいかないようだ。
「私に雇われるのでは不安で、領主様に仕える事には納得というのならばわかるのですが、どうしてそうなったのですか?」
求めてくる所がどうも見えてこない。
彼らに対する給料の提示は領主軍兵士に準じたものだし、それ以上を求めるのであればこんな言い方はしないだろう。
「簡単な話だ。
アンタはどういうわけだか大工の仕事ってのを理解してくれているからこっちもやりやすい。
だが、領主軍の一人となっちまったら最後、行けといわれれば一人でどこかに連れてかれるかもしれんだろう?」
なるほど、そういうわけか。
身分の保証以前の話で、業務内容に理解があり、それに基づいて命令をしてくれる上司の元でしか働きたくないという事か。
技能職である大工という彼らの仕事から考えれば、仕方のない話だな。
体力がある兵士を何人かつけるので、お前一人で陣地を作れと言われても出来るはずがない。
そういう訓練を積んでいる現代の軍隊ならば話は別なのだが、この世界ではそういうわけにもいかないだろう。
「仰りたいことはわかりました。
そういう事であれば、まずは私に雇われてください。
当然ですが、別の場所で仕事をお願いすることになったとしても、最低限の人数がまとまった状態でしか引き受けません」
逆に言えば、私兵として使うのであれば、常に俺の都合のいい仕事だけをしてもらうこともできるだろう。
そう考えれば悪い話でもない。
金の問題については、筆頭鍛冶になるときに人事権を与えられている以上、何とかなるだろう。
ならなかったら蓄えを切り崩せばいいだけだ。
「話が早くて助かるな。
それじゃあよろしく頼むぜ、筆頭鍛冶殿」
この条件で断られることはないだろうと踏んで言ってみたが、予想通り素直に受け入れてもらえた。
部下として今後も使えるのであれば、彼らのスキルも上げるために時間を割く価値があるな。
今後の教育計画を考えておかねばなるまい。
「じゃあそういうわけですので、貴方に小隊長を努めてもらいます。
今までの仕事を見ていた感じでは誰がどう指示を出すのかは決まっているようですので、そこから先のことはお任せしますよ」
5人じゃなくて7人単位じゃないと仕事ができないとか、そういうこともあるだろう。
中身は任せるので、形だけはこの組織にあわせてくれればそれでいい。
「おうよ、誰がどうなったかだけは後で報告すればいいんだよな?
そこら辺は、ティル!」
名前を呼ばれたらしい若者が慌ててこちらへ駆けてくる。
随分と小柄だが、あれで仕事が出来るのかね。
「はい!何でしょうか親方!」
うんうん、元気の良い若者ってのはいつ見ても気持ちがいいものだ。
それはいいのだが、小柄だと思っていたら女性じゃないか。
失礼な物言いだが、彼女に力仕事が務まるのか?
「俺達からの報告はコイツにやってもらう。
ティル、筆頭鍛冶殿にご挨拶しろ」
よく見れば日に焼けているが綺麗な顔立ちじゃないか。
別に俺は熱心な男女差別主義者というわけではないが、彼女のような人物が危険な最前線勤務というのは好きじゃないな。
まあ、事前に調べずに雇った人間が言っていいことではないが。
「はいっ!あの、筆頭鍛冶殿、初めまして。
私はティルといいます。父がいつもお世話になっております」
そんなに緊張しないで欲しいものなのだが、まあ仕方が無いか。
仮にも俺は筆頭鍛冶。
領主様に比べれば天と地ほどの差があるとはいえ、それでも一般市民から見れば雲上とまでは行かなくとも山の頂に近いレベルの身分の差はある。
「よろしくお願いします。
お父さまというのは、レルゴさんの事ですよね?」
こんな真っ赤な髪の毛の人間がそこいらにいてもらっては困るのだが、まあ青に紫にと多彩な髪の色があるからな。
目にしていないだけで兵士の方に父親がいるのかもしれん。
「妻に似てな、俺の娘とは思えんほど器量がいいだろう?」
そういう同意しづらいことを尋ねるのは止めて欲しいものだ。
「目元はレルゴさん譲りのようですな」
よく聞く言い回しで逃げつつ、工兵小隊の編成も無事に完了した。
それに気を良くした俺は、早速この陣地にも簡単な炉を作るように依頼したのだが、嫌な顔どころか笑顔を浮かべた彼らは早速仕事に取り掛かってくれた。
仕事の早い人間というのはいつ見ても素敵なものだ。