第十話
2013年5月6日
神官との会話部分について表記が不明瞭だった部分を修正しました。
41日目 朝 ジラコスタ連合王国 主力陣地 鍛冶屋たちのテント
「皆さんお元気なようで何よりですね」
日が昇るなり最前線から戻った俺は、早速面倒を見なければならない鍛冶屋たちの所へ足を運んだ。
火力を上げる途中の炉。
並べられた武器たちは、地面に敷かれた布の上で自分の番を待っている。
そして、手に商売道具を持った鍛冶屋たち。
うん、文句の言いようがない仕事ぶりだな。
「これは筆頭鍛冶殿。
お早いお着きでしたな」
主任のような立場を任せている年配の鍛冶屋が歩み寄ってくる。
名前は、なんと言ったかな。
「確か、オーロスさんでしたね?
準備の方は整っているようですが、これは貴方が?」
感心した様子を全面に出して尋ねると、名前を覚えていたことが嬉しかったのかオーロスは嬉しそうに表情を歪めた。
「ええ、この一大事に怠けているわけにはいきません。
私も若い連中も、いつ筆頭鍛冶殿がいらっしゃっても大丈夫なように準備をしておりました」
全ての士官が求めてやまない有能な下士官がこちら側にもいるとは、恵まれすぎて怖いな。
彼らならば、俺の持つ全ての技能を教えるつもりで教育を施しても大丈夫だろう。
「それじゃあ早速はじめましょう。
実際に直しながら説明させてもらいますよ」
上位者、というよりは師匠として認めてくれているのであれば、誰が上かを教えるなどという非効率的な儀式は必要ない。
直ぐに実践的な所から始め、彼らが一人前の鍛冶屋、というよりは武器科隊員として独り立ちできるようにできるはずだ。
武器科、つまり一般的な表現にすると武器整備員の人数が確保できれば、それだけでこの地域の安全性はかなり高まる。
そうなれば、思っていたよりも最前線に長くいることができるかもしれないな。
「ありがとうございます。
お前ら!筆頭鍛冶殿が早速私たちに技を披露して下さるそうだ!
全てを見て、そして覚えろ!」
若い鍛冶屋たちに怒鳴るその姿は、どこからどう見ても見事な軍曹ポジションである。
若者たちは(俺も若いほうなのだが)飛ぶようにして俺の元へと駆け寄ってくる。
いつまでも喜んでいないで、彼のような人材が自分が下に付いてくれる幸運を活かさなくてはな。
「それでは直ぐに仕事を始めましょう。
ああ、口調は癖なので気にしないでください。
炉の温度をもっと上げて、それとこの素材の数では全く足りないので補給を要請してください。
金が足りないならば全て私が出します」
彼らが一刻も早く一人前、せめて半人前の人材として活躍できるようにならない。
やれやれ、せめて管理職手当ぐらい欲しいものだ。
「さあ、もう一度やってください」
作業開始から八時間。
密かにここにも設置してある多重結界石のお陰で、彼らは休むことなく作業を兼ねた訓練を続けていた。
手本を見せ、手順を説明し、壊れた剣で実習してもらい、最後に総括をする。
そして次の手本を見せ、手順を説明し、以下繰り返しという恐怖の鍛冶教室の開幕であった。
最初のうちこそ有り難そうに見ていた兵士たちだったが、終わることのない実習と繰り返される丁寧語での命令に次第に恐怖感を覚えたらしい。
気がつくと、代表者らしい者を除いては、武器の受領の時以外は誰も近寄らなくなっていた。
「あの、筆頭鍛冶殿」
密度の濃さ故に遥かな昔に感じられる午前中を思い起こしていると、オーロスが傍らで笑みを浮かべていた。
ああ、ええと、今は確か【武器整備スキル:中級(弓矢の整備)】の実習だったか。
「すみません、次にやる実習の内容を再確認していました。
全員終わりましたね?」
当然のように尋ねる。
俺の下に付けられた鍛冶屋たちは、全員が初級の刀剣整備までは出来るだけの能力を持っていた。
そのため、効率よく【スキル:教導】を発揮することができ、結果として彼ら全員が整備士としては今すぐ独り立ち出来る状況になろうとしていた。
「刀剣に始まって槍、弓矢、鎧兜に小手まで。
それ以外にもまだあるのですか?」
そんな驚いたような表情を浮かべてもらっても困る。
大体お前も教わる一人だろうが。
「それはもちろん、このあともまだまだ続きますよ」
たかだか八時間程度の訓練で音を上げるとはだらしない。
多重結界石があるとは教えていないが、明らかに肉体的な疲労が無いことは身を持って理解できているだろうに。
「待て」
内心はさておき気持ちよく仕事をはじめようとしたところで、後ろから待ったが掛かった。
振り返って見てみると、神聖僧兵を連れた神官様のようだ。
整備待ちの兵士たちを威圧感だけで排除しながらこちらへ近づいてくる。
「これはこれは神官様ではありませんか!
このような場所にお越しいただけるとは、どのような」
どのようなご用件でしょうかと言おうと思っていたのだが、喉元につきつけられた錫杖がその先を許さない。
なんだよ、せっかく御用商人も真っ青の美辞麗句を並べ立ててやろうとしたのに。
「お前がヤマダだな?」
断定口調で質問される。
いいえ、それはペンですと返してもいいのだが、悪ふざけは止めておこう。
「ええ、ええ、偉大なる神官様にお名前を覚えていただけるとは光栄でございます。
それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
せめてもの抵抗として、背筋を伸ばしたままで対応するとしよう。
兵士たちや鍛冶屋たちに余りにもみっともない姿は見せられん。
「お前が作ったという回復薬の製法と持っている素材。
全て神殿に出せ。
我らの神聖にして絶対である回復魔法に匹敵するかもしれん回復薬など、外法によるものに違いない。
教えてやらねばわからんだろうから言ってやるが、二度と作るなよ」
あまりにケツの穴が小さい発想に基づくその言葉に、俺は驚愕した。
この有事に、既得権益の保護を最優先にして全体の利益を無視する行為を行うとは、驚いたものだ。
長い金髪も豊かな胸も、そして今日からファッション雑誌の表紙を飾ってもおかしくない美貌も関係ない。
こんなクズは今すぐ取り巻きごと全員殺さなければなるまい。
俺に同意するように、彼女の背後にいる兵士たちは殺気を顕にしている。
何時死んでもおかしくない死闘を厳しい訓練レベルにまで落とした俺の活躍は、彼らが身を持って知っている。
それを本人達以外は決して理解出来ないであろう理由でやめさせようとしているのだ。
彼らが怒りを抱かないわけがない。
確実に血が流れるであろう展開になったところで、俺は意外なことに気がついた。
眼の前の神官様を守るように展開している神聖僧兵たちは、どういうわけだか困惑しているようなのだ。
もしかすると、これは彼女の独断なのかもしれない。
試してみよう。
「それはつまり、ジラコスタ連合王国に対する神殿からの正式なご要望ということですよね?」
俺の言葉に、神官は表情を歪める。
聞かれたくないことを聞かれたのだろう。
ならば、話の落とし所は決まったな。
「私の説明が不足しており誠に申し訳ございません。
現在のところ私はジラコスタ連合王国レーア・アルレラ=アリール辺境伯の筆頭鍛冶を努めております。
要職にある私にこうもされるわけですから、当然連合王国側との話はついていたんですよね?
連合王国国王陛下や我が主君であるアリール辺境伯閣下をはじめ、主だった方々と話がついていなければ、大変なことになります」
にこやかに話す俺に対して、神官の表情は固い。
通すべき筋を通さないで勝手に動くからこうして恥をかくんだ。
どういうつもりで事に及んだのかは知らないが、薬が欲しけりゃ書類を持って来い。
まあ、事態がそこまで進んだら俺は逃げるがな。
製薬マシーンとして監禁されたまま生涯を終えるなんていう夢のかけらもない人生は勘弁してもらいたい。
「神官様がそこまでお考えでないはずもなく、当然ですが文書による命令書もありますよね。
何しろ、話がついていなくて、命令書もなくて、一国の辺境伯家に対してこのようなご無理を仰るなんてことがあるはずもありませんからねえ」
そっちがバックを持ちだして脅迫するのであれば、こちらも同じ事をさせてもらうまでだ。
さて、どうしてくれるかな?
部下に命じて強行するか、おとなしく引き下がるか、個人と個人の話に持ち込むか。
「おや、神官様、どうなされました?
そういえば、命令書がまだでしたな。
私もそれさえあれば何も言うことはありませんが、それがなければ、おわかりですよね?」
そこまで言うと、俺は喉元に錫杖を付き付けられたまま、命令書を受け取ろうと片手を伸ばした。
反応からして、目の前の彼女は絶対に独断で動いているはずだ。
関連している全てに話が付いているのであれば、このような脅迫のような行動を起こす必要はない。
上位者を通じて命令を出し、あとは俺が荷物を引き渡した運送者が到着するのを待っていればいいのだ。
「まあまあ筆頭鍛冶殿、神官様も今日は書類をうっかりお持ちではないかもしれません。
そこまで言ってしまうのは失礼ですよ」
周囲の空気が完全に凍りついたところで、助け舟が出た。
俺は決めたぞ。
オーロスは今日から誰が何と言おうとも軍曹だ。
「ああ、オーロス、ありがとうございます。
神官様、そのような状況と理解してよろしいでしょうか?」
俺は最初にして最後の救いの手を差し伸べる。
ここでうんと言わないと大変なことになるぞ。
ジラコスタ連合王国は前線を支える国家ということで立場が強いんだ。
それに加えて魔王軍の侵攻という有事なのだから、我々の背後には諸王連合がある。
いかに神殿の権力が絶大だったとしても、この有事に諸王連合の行動を妨害するような行動を取ったとなれば大変だぞ。
「あ、ああ、確かに今日は命令書を持っていなかった。
それではお前も気持ちよくは仕事ができないということなのだな?」
おお、こうも素直にごめんなさいを言ってくれるとは思わなかった。
思っていたよりもいい娘じゃないか。
「はい、決して神官様に他意があるわけではないのです。
しかしながら、私は規則を守る側の人間です。
部下たちの手前、どうしてもしかるべき手順が踏まれていなければ動きたくても動くことが出来ません。
ご理解いただければ幸いでございます」
これぐらいにしておこう。
余りに虐めると彼女が可哀想だ。
「神官様はお帰りのようです。
オーロス、申し訳ないですが陣地の外までお連れしてください」
俺の言葉にオーロスは曖昧な表情で、だがしっかりとした動作で頷き、神官の方へ歩み寄っていく。
彼には何かお礼をしよう。
金銭か物品か、あるいは技術かはさておき、最低でもその程度はしなければなるまい。
「ようやく収まったようだな」
神官をにこやかに見送っていると、背後から声をかけられた。
振り返ってみると、苦々しい表情を浮かべた我らがエルドナ兵士隊長が立っている。
「これは兵士隊長殿。何かございましたでしょうか?」
白々しく質問すると、彼は表情を不機嫌そうに歪めたままで口を開いた。
「あの神官だがな、ここに来る前に領主様にもあの調子で失礼な口を叩いていたのだ。
まったく腹立たしい限りなのは否定しないが、あの態度はまずくないか?」
どうやら、先ほどのやり取りを最初から見ていたようだ。
気持ちはわかるが、俺が損得勘定のできない子供だと思われるのも癪に障るな。
「いやですなあ兵士隊長殿。
私は何も自分の意志で神聖にして不可侵たる神に仕える親愛なる神官様に逆らっていたのではありません。
おはようからおやすみまで、何をするにしてもまずは書類。
それがなければ動けないというのは基本でしょう?」
まるでどこかの島国の公務員のような話であるが、この世界はそうなのだ。
八百屋で野菜を買ってくるというお使いクエストですら依頼書と進捗状況、そして報告書があったという仕様がそのまま現実になったのだろう。
おかげでこういう場合には無茶を聞く必要がなくて助かる。
まあ、困っている人を助ける程度の話であれば、俺は喜んで勝手に動くのだが。
「まったく、職人とは思えないほど口が達者だな。
それはいいとして、あの神官は多分また来るぞ」
不機嫌そうな表情を苦笑に変えたエルドナは、神官が送られていった先を見ている。
ようやく陣地の外にある馬車にたどり着いた彼女たちは、慌ただしくどこかへと出発を始めたところだった。
「そうでしょうね。
ここは一つ、神官様に失礼を働いた責任を取って、最前線送りにでもしてもらいますか」
俺の提案は彼にとってよほど意外だったらしい。
「神官は来るだろうが、あの回復薬も、もちろんお前も、神殿などに渡すわけがないだろう。
まあ、言い方が悪かったのは否定できないが、それでも気にしなくていい」
即座に反論が返ってくる。
おまけに、見返りを求めているにしても随分とこちらの事を買ってくれているようだ。
「ありがとうございます。
しかし、私が今回の一件で危険極まりない最前線へ送られたとなれば、神殿側としては少なくとも面目だけは保てるでしょう。
そして、そこまでした以上、領主様へこれ以上の面倒は来なくなる。
兵士たちには事情を説明するまでもなくそのうち私が戻ってくるわけですし、回復薬は素材さえ貰えれば向こうでも作れます」
予め考えておいた策を説明すると、エルドナ兵士隊長はにんまりと人の悪い笑みを浮かべた。
どうやら、何かが彼の心の琴線に触れたらしい。
「そして、独断で動いた挙句に明らかに連合王国に不利益をもたらす原因となったあの神官様は、確実に罰を受ける。
それが抜けているぞ」
悪い人だ。
確かに俺はかなりの確率でそのような結末になると予測したが、口に出さない程度には善人だった。
それなのに彼ときたら、こうもはっきり言ってしまうとはね。
後に調査が入った時、この話をすぐ傍で聞いている兵士たちは、きっと有ること無いこと言いふらしてしまうだろう。
嗚呼、名前も知らない神官様の未来に幸少なからんことを。




