愚かなる皇子
昔々、一人の心優しき女皇がいました。
彼女は、賢皇と呼ばれる程の正しき治世を布き国民を導いていました。
しかし、悲しい事に彼女には肉親と言える人が、身体の弱い弟だけでした。
彼女にとって、弟はとても大切で、血を分けた、たった一人の可愛い弟です。
せめて、人並みの人生を送らせてあげたいと思っていました。
……けれど、彼女と弟は創星皇の子孫。
創星皇の直系と、七人の賢者の血を引きし者は星を守護する要。それ故に……。
この星に在る限り、そのくびきから逃れる事は出来ない。
彼女は自分が皇位につく時、一つだけの我が儘を願い出た。
時の賢者達は、その願いを聞き入れ、一時的な誓約の書き換えを行使した。
その制約の魔法は、彼女が生きて皇位にいる間だけの限定的なものであった。
成人した皇族の義務である【星の贄】の役目を肩代わりすると言うものである。
――――そして、女皇の願いにより、皇弟は人並みより少し上の健康を得た。
だが、その選択により、己を悲しみの底に落とす原因を作り出してしまっていた。
元々持っていた魔力の半分以上を星に捧げ、行使出来る魔法の幅も威力も少なくなったが、彼女にとっては苦ではなかった。
可愛い唯一の肉親である弟が健やかであれば、幸せだった。
その日が来るまでは…………。
それは、女皇が別の星へと公務の為出掛けていた隙を狙ったものだった。
皇弟が、皇位簒奪を企てたのだ。
彼は……星を維持する為の救済的な強制魔法装置に手を出した。
それを使えば、七賢者の認定が無くとも皇位に即ける事が可能となる。
『皇位選定版』別名『星喰みの石版』と呼ばれるそれを使う事で、皇位を継げる事が可能となる。
彼はそれを使う事のリスクを考えず、自分を褒め称える周囲の声に酔いしれた。
「貴方様は王に相応しい」
「女皇の力は衰えて来たのですから、変革を起こすなら今しかありません」
「我々は、貴方にこそ王になって欲しいのです」
そんな都合の良い言葉に踊らされた。
――――運命の日。
愚かな皇子は、『皇位選定版』に手を出す。
そして、自らの幸せを手放す。
姉の慈悲を踏み躙り、彼は己に課せられていた皇族の義務を……そして、求めた代償を支払う。
彼は『皇位選定版』に、命まで奪われなかった。
姉が彼の暴挙を止める事が出来たからである。
魔力の全てを奪われ、それでも皇位を継ぐ為に必要な魔力量に達せず、更に生命力までも奪われることとなった。
結局、彼は一年程昏睡状態に陥る。
目覚めた時、彼は本当に大切なものを失っていた。
――――健康な身体。
――――人並み以上の魔力。
――――皇族としての地位。
彼に課せられたのは、星の為の生贄としての魔力の献上。
この星に居る限り、人並み以下の身体となる。
それは、ちょっとの事でも病魔に侵されやすい事を意味する。
元々が虚弱体質だったのだから、仕方がないかもしれない。
この地に住み生きる事は、死なない程度に……苦しんだとしても……魔力を搾取され続ける。
古の魔法は契約に沿った形で、間違いなく行使され続けるもの。
だが、女皇はそれを受け入れられなかった。否、受け入れたくなかった。
両親に死なれ、家族は弟一人となった時より、彼女は日々怯えて暮らしていた。
女皇と言う頂点に立ち笑顔を浮かべた、その裏で。
ただ独り残されることを。
そして、彼女は一計を案じた。
人並みの身体で生きられる方法を……古の魔法からは逃れられないのを逆手に取り、魔力を吸い取る魔導具を使い罪人の証とした。
そして、外の惑星に追放する事で彼の身体と命を守ろうと考えた。
人並よりほんの少しの余剰魔力を残して搾取される様に設定すれば、虚弱体質までにならないからだ。
命を脅かす位まで搾取されるのと、一定量の魔力を献上するのとではどちらが良いか明白だ。
――――そして、皇弟は故郷を離れ、年に一度、魔力を溜めた魔導具を献上し、新しい魔導具を枷られる。
その際、自分を案じ、愛してくれる姉からの手紙を受け取り過ごしたという。
弟もまた、姉への手紙を綴った。
それは、どちらかが死ぬまで、文のやり取りが続けられたと言われている。