マジックアイテム
目の前の扉が自動的に、シュインと両サイドに開かれる。
私は、その部屋の中に足を踏み入れる。
入って来た時と同じ様に、背後の扉が閉まる。
「失礼します」
踏み入れたその部屋には、調度品も机も椅子も何も無かった。
「……本当にここであってるの?」
ぼそっと呟くと、くすりと笑う声が聞こえる。
部屋に配置された、壁のスピーカーから出ているようだ。
「あっていますよ、ナツキ・タカマガハラ。さあ、部屋の中央の魔方陣に入りなさい」
この優しげな男性の声に私は聞き覚えがある。
「……はい」
その声に従い足を進めると、部屋の中央の床にはぼんやりと光る魔方陣があった。
迷わず、私はその魔方陣の中へ足を踏み入れて、真ん中付近に立つ。
ふわりと周りの景色が揺れる。
景色が一瞬に変化していて、私は暗い部屋の中に立っていた。
「入学おめでとう。可愛い僕のナツキ」
サファイアの瞳と白金の髪を持つ美丈夫な兄様こと、コウ・ルウィン・アマハが笑顔で私をぎゅっと抱き締める。
「ありがとう、兄様。でも、どうしてここに?」
素直にお礼を述べてから問い掛ける。下手に詰問すると拗ねるからね。
今日は、各自学院から支給されるマジックアイテムの作成為に指定された部屋に来た筈なんだけど……。
「ナツキのマジックアイテムは、僕が担当するんだよ。気合入れて作るからね!」
うきうきという感じで、兄様がニコニコ笑う。
「職権乱用?」
私が思わず、胡乱気に見遣ってしまうのは、しょうがないよね?
「そんな事ないよ。ちゃんとしたお仕事だからね、安心して。ナツキ」
「そうなの?」
「うん。この学院の中でナツキにマジックアイテム作れるのは、僕か、理事長か、学院長くらいなものだよ? それに、他の職員にでもナツキの本当の姿を見破られたりしたら問題だからね」
優しく頭を撫でて、説明してくれるくれる兄様。
「……ねぇ。兄様、マジックアイテムってどうやって作るの?」
ふと素朴な疑問をぶつけてみた。
「見たいかい?」
「うん、見たい」
「そうだね、じゃあ、特別に見せてあげよう。我が声に応えて出現せよ」
そう言って、兄様は何もない空間にさっと腕を振る。
ほわん、ほわん、ほわんと、蛍火の様な光が幾つも灯る。
その光が像を描いていく。
祭壇の様な台座の上には、魔方陣や不思議な文字が描かれた壺、細身のナイフが鎮座していた。
「まずは、一時的に変化を解除しないとね」
兄様は少し屈むと、私の頬に軽いキスをする。
ぽうっと、淡い光が私から出ている。
自分の事ながら、不思議な光景だなぁ~~と思う。
体が痛むとかそういうのは無く、気付くと頭が重いなぁって位な感じだ。
髪は柔らかい金のウエーブを描いて、肩から流れ落ちている。
服も男性用だけども、胸元がキツイ程でもない。
ってか、変化を解く方法は、身内のキスってなにさーと突っ込みたい。
解呪方法の筆頭は兄様と父様です。
とは言え、一時的な解呪なんだけどね。
1時間位ほっとくと元に戻るらしい。この解呪方法が今日初めての事だからかなり曖昧な情報です。
「やっぱり可愛いね、僕のお姫様は。さぁ、おいで」
ニコリと微笑んで、兄様が慈愛に満ちた瞳で見つめながら嬉しそうに言い、私の右手を取ると祭壇へと導いていく。
祭壇の上の壺は、なんだか良く解らない液体で満たされている。
「ちょっと痛いけど、我慢出来る?」
私の右手は持ったまま、片手でナイフを取って兄様が渋い顔して私に問い掛けてくる。
「うん」
こくりと頷いて見せると、兄様はあからさまにほっとした表情を浮かべる。
「ほんのちょっとだけ、チクッてするけどすぐ直すから我慢して」
そう言いながら、私の右手を壺の上へと誘導する。
壊れ物を扱うかの如く、そっと人差し指の先にナイフの尖端を宛がう。
チクリと痛みが走る。
直ぐに、ぷくりと赤い玉が指の腹から出て、ぽとりぽとりぽとりと数滴液体の中へと混じっていく。
こそっと兄様を見遣れば、必要事項とは言え、傷付けたりするのは非常に不本意なんだろうか、本気で超しぶ~~い顔をしている。
そんな表情でもカッコ良過ぎて似合いますよ。哀愁漂うとかそんな感じの色っぽさでね。
「治癒」
兄様は私の指を両手で包んで治癒魔術を唱える。
これ位の怪我は絆創膏でも平気だし、医療科学の器具でもちょちょいって瞬時に治せる位なのになぁ~。
魔力の無駄使いじゃないの? って思うわ。
ま、言ったら泣きそうな顔で抗議されそうだから迂闊な事は言えない。
「これでよし。傷もないね」
指先を確認して私の手を解放してから、満足そうに呟く兄様。
「うん、有り難う」
私もにこりと笑顔を兄様に返す。
「それじゃぁ、マジックアイテムを作るから、ナツキは一歩下がって見ていることいいね?」
「うん」
兄様の言葉に従い、一歩下がって素直に待つ。
兄様はそれを確認すると、虚空から自身のマジックアイテムを呼び出す。
出て来たのは、30センチ位の長さの杖。シンプルな木の様な素材で出来た魔法の杖。
その杖の先をちょこんと壺の液体に浸ける。
「血を依代とし、具現せよ」
液体が浸っている杖の先から、ゆらりと光の波紋が起こる。
兄様が杖をすいっと壺から上空へと上げる。
まるで磁石でも付いているみたいに、杖の先に銀色の一見すると鎖の様なものがジャラッと数珠繋ぎになっていた。
くるりと兄様が体ごとこちらに反転して、私の前に立つ。
「ナツキ、手を出して」
「こう?」
兄様に言われ、両手で掬うように出すと、シャランと金属音と立てて銀色のそれが落ちてくる。
「最後の仕上げだな。ナツキ、契約の言葉は覚えている?」
「うん。覚えているよ」
私は深呼吸して、気持ちを込めて言葉を紡ぐ。
「今、我が血と契約の言葉もって、魔力を行使する鍵となれ」
キン!!
軽い金属音の様な不思議な音と共に只の鎖の様なものが、銀色の鎖の様な物からキッチリとした形を持った物へと変化していく。
一繋ぎの物が幾つかに分かれていった。
一つは、銀の蔦細工に絡まるみたいに配置された綺麗に輝く7つの石を持つブレスレット。アメジストの様な色の紫石、ルビーの様な赤石、サファイアの様な青石、アクアマリンの様な水石、エメラルドの様な緑石、トパーズの様な黄石、オパールの様な表面の色がキラキラ光る白石の7つ。
二つ目はシンプルな鎖に繋がれた十字架と六枚羽のモチーフのペンダントヘッドのネックレス。クロムなんとかって言うのに似てるかな。
三つ目は絡まる蔦が描く王冠って感じの指輪。これもシンプルなシルバーアクセって感じの代物だ。
四つ目は、蔦模様をモチーフにしたペアのイヤーカフス。
――――アイテム全てがアクセサリーってどうなのよ?
「兄様、これ全てがマジックアイテムなんですか?」
「ああ、そうだよ。ナツキの為の魔法具だよ」
「何で魔法の杖とかじゃないの?」
「主に攻撃用とか、何かを生み出すとか、傀儡とかは大抵は杖などが具現化される。でも、ナツキの場合は必要が無いって事なんだろうね。防御系になるんだと思う。大き過ぎる力を抑制する為にね。まぁ、僕の可愛いお姫様の姿でもつけれる様にって思いながらやったから、数が多くなったけどね」
「……」
悪びれない兄様に頭が痛くなりそうだ。ふつう一人一個だって聞いたよ? 四つも作って大丈夫かなぁ。
「とは言っても、これが主力の魔法具だよ」
兄様が手に取って私の右手に着けてくれるそれは、七石のブレスレット。
「紫の石は電雷を司る雷玉。赤い石は火を司る炎玉。青い石は風を司る風玉、水色の石は氷を司る氷玉、緑の石は地を司る碧玉、黄い石は光を司る輝玉、白く光る石は風を司る風玉だよ」
私は細い手首にくるりくるり、と二回りしたキラキラと光り美しい精緻な銀色のブレスレットを見る。
「他の物はサブだから、有るから安心って思ってはいけないよ?」
そう言いながら兄様は、ネックレスを私の首に掛け、イヤーカフスを両耳に着け、指輪まで右手の薬指にはめる。
「ねぇ、兄様……」
「何だい?」
「もしかして、私の場合、魔法具は常時着けていた方が良いの?」
「ああ、そうだ。放出系統を司るのが主力の魔法具で、防御・制御系統を司るのが他の物だ。だけど、小さい魔術系統ならばどの魔法具を使っても大丈夫だし、もしも魔法で狙われても1つでもその身に着けておけば防御可能だ」
「っと……それって聞き様によっては狙われる可能性があるって風に聞こえるんだけど?」
真面目に話す兄様の綺麗な青い宝玉に似た瞳をじっと、見詰めて私は突っ込む。
「……可能性はゼロじゃない。学院内の統合管理脳も味方だがそれだけじゃ足りないとも思うからね。色々な意味でもナツキはターゲットにされても可笑しくないんだ」
「ターゲット……」
「だから、出来るだけ気を付けるんだよ」
「うん、わかった……」
真剣な兄様に茶化して答える事は出来ない。
――――いろいろな意味でもか……それは、母様の娘と言う事が関係しているし、私の魔法属性や、カグラの婚約者と言う意味合いも含まれるのだろうなぁ……。
学生生活をエンジョイ出来るかどうかは、本気で謎だわ。