遠退く平凡な日常
「おい、レーツェル。そこまでにしろ」
カグラの言葉で、私は我に返る。
「ちぇー、残念。もう少し、お話したかったのになー」
きらきら笑顔をふりまくレーツェルは、言うほど残念そうに見えない。
「レーツェル、良い頃合いだろうから、そろそろ、シエンの所に行くぞ」
「はいはーい。しょうがないなー」
カグラの命令に投げやりに頷いて答える。
私をじっと見てから、にっこり微笑んで。
「じゃ、そういう事なんで、今日はこれで。またね、御姫様」
そう行って、私の左頬にちゅっと軽いキスをした。
「!!!!」
ぎょっとして、私は思いっ切りカチコーンと固まる。
「……レーツェル」
低い声音で、カグラがレーツェルの名を呼ぶ。
「あれ? 怒っちゃった?」
「当たり前だバカ」
のほほんとしているレーツェルにカグラは近付くと、さっきキスされた私の頬をハンカチで拭いてくれる。
「俺の騎士が無礼な事をした。すまない」
「僕、バイキン扱い!?」
「ばい菌より性質が悪い」
「え~~っ」
「すまないな、大丈夫か?」
カグラは私を覗き込んで問い掛けた。
「あ、え、は、い。あ、あの、さっきの様な事はやめて下さい。あと、お姫様と言うのも取り消して下さい!」
私はぐるぐる回る頭の中で、とりあえず反論をしておかないと変な風に取られても困るので強めに言い切る。
「えー。僕は本気で君に女の子に成って欲しいと思ってるんだけどなぁ~」
「だとしても、そういった真似をする方とはお友達にはなりたくありません」
「ん~~。じゃぁ、女の子に成ったら口説くのはいいんだね!」
合点がいったと言わんばかりに、レーツェルはキラキラフラッシュ炸裂な微笑みで言う。
「レーツェル。いい加減、その辺で止めろ。でないと蛇蝎の如く嫌われるぞ」
カグラがレーツェルの頭をペシリと軽く叩き、強制的に止めてくれる。
不満げな表情でカグラを見やると。
「それは命令?」
「ああ、命令だ」
「御意」
カグラの言葉にレーツェルの纏う雰囲気がガラッと変化した。
無駄の無い動きで膝を着いて、頭を下げて私に真摯に告げた。
「ナツキ殿、先ほどの非礼、平にご容赦下さい」
一つ一つの動きも上品で、思わず見惚れる。
うぉぉぉ!!
マジモンの騎士だー!!
カッコイイわ、この人。
見てる分には……だけど。
うん、目の前でやられると、どうしていいのか分からなくなるが。
「えーと……」
私は視線を泳がせて、カグラを見た。
「一言、許すと言ってやればいいよ。でないとコイツこのままだから」
ふわっと微笑みを浮かべて、カグラは言う。
「え?」
思わず、声に出した私に。
「一応、お仕置きの一環だから。君が許さなければ、コイツはこの体勢のままで反省して貰うから」
カグラはあっさりと追い打ちを掛けて来る。
ひぃ! 実は怒ってらしたのね!?
私が逃げたら、レーツェルはこのまんま……。
それはそれで、後々語り草に……なんて言う、片棒の一人にはなりたくありません。
「許します! 許しますから、私のことを茶化さないで下さい。お願いします」
焦りながら、私なりの主張も述べる。
「有り難う御座います。お心に沿う様に努力致します」
深々と頭を下げてレーツェルが声を出し、ゆっくりとした所作で立ち上がった。
「じゃ、俺達はこれで」
カグラがそう言うと、レーツェルはチラッとカグラを見て頷く。
「庭の散策の邪魔や、気分を害してしまい、申し訳ありませんでした。もし叶うのならば次にお会いした折りは、気さくにお声をお掛け下さい。それでは、僕等は失礼致します」
騎士然とした態度で、レーツェルは礼節な口調を貫いて喋り切る。
「はぁ……?」
私は困惑顔でどう答えていいものか解らず、去って行く二人の姿を凝視した。