黒猫ではありません。黒豹です。
「初めまして。私の事は知っているのね?」
そう問い掛けると、丸い黒曜石な目が私を見上げる。
長い尻尾をフリフリする、愛らしい姿に思わず撫で撫でしたくなるのを堪えつつ回答を私は待った。
「うん、知ってる」
やっぱり、口から出るのは「にゃー」ではなく、キャラメルチックなヴォイスの少年の様な高い声。
「んと、訊いても良いかな?」
「ど~ぞ~」
「私の名前をどっちも知っているの?」
「うん、知ってる。コウが知ってる事は殆ど教えてもらっているよ」
「そう、なら自己紹介は省いても良いわね?」
「イイヨ~」
「じゃあ、次の質問ね。貴方の名前を教えて」
「ボクは、ソード=ケー・ミィーヤァ。ソードって呼んで」
「ソードね。分ったわ、私の事はナツキって呼んで構わないわ。それで、貴方は何故その身体にいるの?」
「取り引きだからね。まぁ、面白い体験だから楽しんで黒豹ライフをしようと思うんだけど何か問題ある?」
ん? クロヒョウ? 黒猫ではなくて?
良く見ると、黒い毛並みに斑模様があるような?
要するに子供の黒豹の身体と言う事か。
「え? 黒豹なの?」
まじまじと見る私に。
「うん。そうだよー。子供の黒豹だから、ぱっと見ただけじゃ猫と変わんないし疑われないでしょ」
「うーん……でも、大丈夫なの? 寮内に動物が居るのって規則違反にならない?」
「あ~、その辺に抜かりはないよ~。何てったって、理事長が1か月前から飼っているって事になってるから」
「……それは、確かに誰も逆らえないかも」
「何所に入ろうが、フリーパスだよ。まぁ、調理場とかは衛生上駄目かもしんないけどね。基本的には、問題なし」
「でも、疑われない? 理事長と私の関係とか?」
「まぁ、四六時中ナツキに張り付いていたりしたら怪しまれるから、適当にあっちこっちに行って愛想も振り撒くし、一応ネコ科の気まぐれで好きなようにさせておく事が通達されているから大丈夫だと思うよ~」
ソードはそうのんびりと答えて、かりかりと右前足で頭の天辺を掻く。
やだっ、そういう仕草すると普通のニャンコに見える!
さ、触りたい! 出来る事なら、抱きしめたい。
だめかな?
「ねぇ、さ、触っても良い?」
私がそう言うと、きょとんとした瞳を向けてくる。
首を少し斜めに傾げた仕草も可愛い。
不自由が無い生活が長いけど、動物と触れ合うとかは一切無かったので猫とか触れたくてウズウズしてしまう。
やっぱり、前世での動物好きの本能が湧いてしまいそうだ。
「……もしかして触りたいの?」
「……うん」
「あ~、そうくるよね~」
素直に言った私に、困った様に右前足でもう一度顔をカキカキしながらソードは言う。
「ん、まぁ、いいよ」
「わぁっ。ありがとう」
手を伸ばし、黒い毛並みをそっと撫でる。
うわー。柔らかい!
温かいし、普通の動物と変わらない感触。
この身体の中身半分は機械なんて思えない。
ん? んんん?
あ、私完璧に話を脱線させちゃった?
あーん、でも、このもふもふ感! 堪らないっ!
撫で。
撫で撫で撫で。
はっ!!
いかんいかん!
トリップしてる場合ではないんだった!
「え~っと……訊きたいんだけど良いかな?」
後ろ髪引かれつつ、私は手をソードのおでこから離して問い掛けた。
「なーに?」
「兄様との取り引きってなに?」
「簡単に言えば、身体かな」
カラダ!?
一瞬BLネタが過った自分に突っ込みを入れつつ。
「身体ってバイオロイド?」
「そう。以前の身体はポンコツでね、ずーっと寝たきりだったんだ。そこにコウが現れた」
「……酷いっ」
反射的にそう思った。
どうにも出来ない状況に交渉を持ち掛けるなんて、脅迫と変わらないじゃない。
「酷くなんかないよ。ボクにとってはチャンスだったからね。君を卒業まで見守れば、望む身体が手に入る。本来なら一生掛っても手に入れる事が出来ない身体を」
「……だからって、兄様ってば何を考えているの。こんな危険なまねをさせるなんて!」
「あ~、危険なのは知ってるよ。ナツキのご両親にも頼まれたしね」
「え?」
「危険なのは承知の上だよ? それに、その危険性も考慮に入れて布石も立ててある。まぁ、価値観の違いだから解らないかもしれないけど。ボクはこの生活を楽しんでるんだよ」
「でも……」
「ボクにとってちょっとスリリングでも死しか見えない箱の中で生きるより、今は自由で幸せなんだよ。だから否定しないでよ」
黒曜石の瞳がじっと見つめる。
彼なりの人生から学んだ、それが答えなんだろう。
形は違うが否定される経験を知っているから解る。
それぞれが望む幸福。
無茶をしてでも掴み取りたい未来があれば、選ぶしかない。
彼の決意を、選択を、否定しては駄目。
もう後戻り出来ない状況に彼はいるのだから。
「うん、解った。卒業するまで、私と仲良くして下さい。出来れば友達になってくれると嬉しいな」
「へ?」
「ダメかな? 笑われるかもしれないけど、私ずっと宇宙船暮らしとかだったから友達いないの。だから、初めての友達になって下さい」
右手を出して、正直な気持ちを口に出してお願いする。
「……ありがとう」
ソードはそう答えると、前足の肉球の部分で私の右手テシテシして応じてくれる。
その姿があまりにも可愛くて、抱き上げてぎゅっとする。
「うん! よろしくね!」
「ヨロシク」
ソードの表情は解らないけど照れたのかもしれず、抱き上げた私の肩を肉球でぽすぽすしていた。