暴走兄様
「ナツキィィィィ!!」
叫び声と共に、扉を壊しそうな勢いで入って来たのは兄様だ。
その形相に、シエンとカグラは呆気に取られて固まってしまった。
兄様が、我を忘れているわ……。
黙っていれば、カッコイイのに! と思ったのは言うまでもない。
だだだだだっ!
と、物凄い勢いで私の所まで来ると。
「ナツキ!大丈夫だったか? 変なことされてないか?」
そう口走り、問答無用で私をがばーっ! と抱きしめる。
その力たるや、容赦がない。
「に、兄様!」
ばしばしと腕や背中を叩いて、気付いて貰おうと試みるが「心配だったんだぞ!」などとブツブツと言っていて私の願いを聞いてはくれない。
「にーさまっ!!痛い!」
私はバシバシバシ!
と、思いっ切り連続で叩くが……兄様は、自分の世界に入り込んでいる。
鳩尾にでも一発入れてしまわないとダメか?
と、思った時。
「折角治療したのに、怪我させる気なの? アンタは!離れなさいっ!!」
シエンが怒気を込めて言い、兄様をべりっと私から引き剥がしに掛かる。
「こっちへおいで」
少しだけ力強く、私を兄様とは反対方向へ引き寄せる腕があった。
その腕はカグラで、私を抱き留める様に、兄様から数歩分離してくれた。
「大丈夫?」
優しく問いかける声に、ほっと息を吐き。
「ありがと」
お礼をすると、ふわっとカグラは微笑んでくれた。
大人びた表情に隠れていたが、カグラはそんな風に笑えるのね。
確かに、王子様っぽいね。
年相応なら、きっと初恋になっていてもおかしくないくらいの、どきりとする微笑み。
きっと、青年になった時は、ものすんごーくモテモテになるわね。
公爵家の人だし、超優良物件間違いなしだ。
ぼんやりと、彼を見つつ思っていたら。
「あああああああああ!!!」
奇声が上がる。声の主は、兄様。
「ナツキ!お兄ちゃんはそいつとの交際は認めないからな!」
シエンに羽交い絞めにされつつも、どきっぱりと宣言をかます兄様に、頭が痛くなる。
あーあーあー。
どこをどうして、そうなるのか?
と思わず突っ込みたくもなるが、暴走している彼を止める者は今の所いない。
「ったく、いい加減にしろよな!」
オカマ口調ではなく、ドスの利いた低音ボイスがシエンの口から吐かれる。
そして、羽交い絞めを解くと素早く、兄様の脳天に手刀を一発落とした。
とっても痛そうな、ごすっと言う音がした。
「うっ!!」
兄様は頭を抱えて、その場に座り込んだ。
「そんなんだから、この子があんな事に巻き込まれるんだよ! 過保護なのもいい加減にしろっ!」
「シエン」
吐き捨てるように言うシエンを咎める様に、カグラは名を呼ぶ。
「アタシが、女王陛下に怒られてあげるわよ。このまま帰したら、この子が真実を知る機会を失いかねないわよ」
意を決した眼差しがそこにはあった。
ただの治療師が、そこまで解るものかとも思うけど、カグラに砕けた感じで接している時点でそれなりの影響力を持っているのは確かだろう。
女王様に怒られるだけで済まされるのは、余程信頼されているか、身近でそれを許されている地位など持っているに違いない。
「大丈夫よ。後で、レオンの方もちゃーんと丸め込んでおくから」
ふふふと笑って言うシエンは、いたずらっ子の様に見えた。
この人は父様とも知り合いらしい。
「さて、ナツキちゃん。真実知りたくはない?」
私の前に立ち、強い光を宿した瞳でシエンが見詰めてくる。
「……真実?」
私は、ぽつりと呟く。