第二章 第四話「思い出②」
10月4日。
輪廻と外出した日をきっかけに、ネヲの体の回復経過は順調と判断され、1日中ネヲのリハビリに付きっきりだった輪廻は通常業務へ復帰していった。
そうして、これまで輪廻立ち合いのもとリハビリを行っていたネヲの日常は、真っ白な居室での簡単な自主リハビリとなった。
「この生活、輪廻いねえとますますヒマだなァ……」
床にあぐらをかき、握力を鍛えるグリップを握りながら、ネヲは天井にぼやく。
「……つうか、自主リハビリって誰も見てねえな」
「じゃあ昼寝するかァ」
真っ白で清潔な布団へ入り、瞼を閉じる。
小さな窓から入ってくる秋晴れの日差しが瞼をじんわりと温め、心地よい眠りに落ちていく。
真っ暗な視界。
ーー多摩川。
河川敷。
謎の男。
殴打。血の味。暗くなる視界、ふわっと体が投げ出される感覚。
振り返ると背後には、どこまでも暗く、広大で、永い闇が広がっていた。
「ーーっは……!!」
ザーー……。
ネヲが飛び起きると、外はすっかり暗くなっており、いつの間にか降り出した雨が、カツン、カツンと窓ガラスを幾度となく叩きつけていた。
「またあの夢か……」
「いや、」
「……記憶、だな。これ」
ネヲはさらに記憶の海へ深く潜る。
思い出せ、思い出せ。
河川敷にいた男はおそらく2年前に自分を襲ったという人物だろう。そして自分は殴られて意識を失った。
そして輪廻は何か重大な事実を隠している。
ーー思い出と未来、どっちを選ぶ?
ーーネヲの自由を奪って、ごめん。
ーーどれだけ心配したと思ってるの!!
ーー今日から君のこと、ネヲって呼ぶ。
異様に心配してくるのに肝心な時に目を逸らす癖、ネヲを助けた輪廻が抱くには不似合いな罪悪感、あだ名。
ーー輪廻、俺、なんでこのヘッドフォンみてえなやつ付けてんだっけ?
ーーそれは、……心拍とか脳波とか、生体反応を記録するための医療機器。
ヘッドフォン型の装置に触れる。
ーー記憶保存装置。頭に装着すると自分の記憶を保存できるの。
「!!」
いよいよ思い出した。
医療機器なんかじゃない。これは2年前、輪廻が仕事の傍らで作っていたーー記憶保存装置。
輪廻はなぜこの装置に関して嘘をついている?何を隠している?
輪廻が自分を研究所の外に出したがらない理由。自分だけ、研究所から出るのに堅苦しい書類を出さなければいけない理由。
ーー研究所は何かしらの事情から、喜代永寧生の生存を社会に隠しているーーそんな仮説がネヲの頭に浮かんだ。
でも、何故隠さなければいけなかった?
普通の中学生である自分を?
研究所ぐるみの誘拐?何のために?
これ以上はいくら考えてもネヲには分からなかった。しかし、一度違和感に気付いてしまったからにはもう戻れない。
ネヲは立ち上がり、居室のドアに手を伸ばす。
ーーお願い、もう心配させないで……っ。
ーーいずきっ……!寧生……!
「ぐ……!!」
脳天から背骨を貫くような激しい頭痛にうずくまる。
と、その時、頭上でドアが開く音がした。
「ネヲ!!」
細い指で肩を抱かれる。かろうじて脂汗の滲む顔を上げると、輪廻がいた。
「どうしたの!?大丈夫?」
「……お前がな」
輪廻の手は震えていた。顔を見ると、消えてしまいそうなほど青ざめており、泣き腫らしたような痕が痛々しく頬に刻まれていた。
「何があったよ」
「ネヲ……私……!」
輪廻が意を決したように息を吸う。
「……っ……ごめん」
「言えねえか」
ネヲが笑う。
「ごめん……!!」
「輪廻、俺もう、分かってる」
「え……?」
「お前が何を隠してるか分かんねえけど、何か隠してることは分かってる」
「良くねえことかも知んねえけど、隠し続けることで輪廻がボロボロになっていくなら、俺はそれを壊すぜ」
「待って……!!」
「こないだ輪廻が訊いてきたことの答えだけど……俺は未来を選ぶ」
「ネヲ!!」
叫ぶ輪廻を横切り、廊下へ駆け出す。
一瞬振り返り、青く澄んだ目で幼馴染の方を見る。泣き腫らした顔で追いかけてくるのを見て、目線を前に戻す。
誰にも止めさせはしないと言わんばかりに、駆けていく。




