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ぼっちなサレ芋は職場に住みたい ~社畜上司に憧れて、働いて働いて働いて、働き続けていたら脱芋した話~  作者: 万丸うさこ


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第7話 なぜいる?(グラント視点)

 グラントをはじめ、隊員たちの吐く息が凍る。


 白い息を吐き出しながら辺りを見回すが、こちらに敵意を向ける魔力反応は全くない。

 スライムの魔力反応すらなかった。


 あるのは水の壁越しに揺れる光の存在だ。


 飛び跳ねるように上下に揺れる光のほうから、強烈な魔力が漂ってくる。

 もしかするとブラッド・アリゲーターよりも魔力濃度は高いかもしれない。


 這いつくばったまま、側にいた部下がうめき声を上げた。

 ブラッド・アリゲーターをしのぐ強さの魔物の登場に、絶望的な表情に顔を歪めている。が、グラントにはその魔力に覚えがあった。


 よく知った魔力だ。

 その魔力の持ち主とは毎日顔を合わせている。

 合わせなくてもいいはずの日でも合わせている。


(なぜいる?)


 グラントは部下と同じようにうめき声を上げつつ白いため息をつく。

 とりあえずこのままでいたら、部下も自分も凍えてしまう。


 危険はないと判断し、グラントは部下たちに立つように言って水の壁を消した。


 濁った水の壁が魔力を失い崩れていく。

 空中で水が凍りレンガの地面に落ちて砕け、氷の欠片が凍った汚水やスライムの間を滑っていった。


 そして水壁がなくなったことで、氷の彫刻と化したブラッド・アリゲーターの群れの奥に、この極寒を作り出した犯人が姿を現した。


「……やはり君か、レイン・ハンター」


 魔導杖をあちこちへ向けて辺りの魔力反応を探りつつ、奇妙な足運びで氷の上をこちらに向かって歩いてくるのは、グラントたちと同じ装備の兵士だ。


 入隊二年目の新人兵士。

 魔物の目の光のように見えたヘルメットと胸に装着したライトがこちらを照らし、霜や氷柱に反射して眩しい。


 どんな魔物が現れるかと身構えていた部下たちも、見知った姿に拍子抜けしたように肩から力を抜いた。

 落ち着いて魔力を探った者は、確かに普段からよく知った同僚の魔力を感知してさらに脱力している。


 弾むような足さばきでこちらへやってくるレインを、グラントは複雑な思いで見つめた。


 休暇を命じたはずの部下が、見たところ単独でやってきた。

 しかしその部下の氷魔法で救われた。


 怒るべきなのに怒れず、どうしたものか……と、グラントは長くて深いため息をついた。



◇(レイン視点)



 魔導杖(ステッキ)を振りながらスキップとステップを踏みつつ魔力を込めてうっきうきで氷魔法を放ったら、祭りが一瞬で終わってしまった。


 討伐祭り。

 後の祭り。


(嘘だじゅ……!)


 あっけない祭りの終わりが信じられなくて、ブラッド・アリゲーターの魔力を探ってあちこち杖を向けてみたけれど反応は全くない。レインはさらにがっかりした。


(こ、根性ないじゅ! ちょっと多めに魔力を込めて凍らしたくらいで全滅なんて、弱すぎだじゅこのワニども!)


 レインは文字通り冷めきった下水道内の戦場を眺めて、しょんぼりと肩を落とした。

 ヘッドライトもしゅんと下を向き、凍って霞む足元をぼんやりと照らす。


 そのヘルメットを、誰かがぽこんと叩いた。


「すまない、つい。さすがにこの状況で、君が救援に駆け付けてくるとは思わなかったから。誰の命令で来た?」


 顔を上げたレインの視線の先にいたのは、苦虫を噛み潰したような表情のグラントだった。


「あ、あの……一人、です、じゅ……」


「なるほど、単独で。――単独? なぜ単独で? 他に誰もいないのか?」


「だ、だ、だじゅ、一人……です……」


 魔導杖をもてあそびながら猫背で縮こまるレインを見て、グラントは大きくため息をついた。

 階級も身分も違うレインを、委縮させたかったわけではないのだろう。ため息はレインへというよりも、自分へのわだかまりから出たもののようだった。


 グラントは立ち上がった新兵たちへ、念のため凍りついたブラッド・アリゲーターにとどめを刺すよう命じてから、レインへと向き直った。


「先に礼を言うべきだった。助かったよ、ありがとう」


「じゅ、え、えじゅ、そだ、じゅ……いえ、お役に立てて良かったで、す」


 しっかりと目を見て礼を言われ、レインはしどろもどろになって礼を返した。

 レインのつたない敬礼を穏やかな微笑みで見つめていたグラントが、ふうと白い息を吐いてからキリッと目をつり上げて言った。


「それで、君は休暇中だったはずだ。なぜここにいる?」


 しっかり真っすぐレインを見てくるグラントの翡翠のような目から視線をそらしつつ、レインはやっぱりまごまごしながら、ここに来た経緯を説明する。


 もちろん、〝家が無人で寂しくて死にそうだったから〟なんて言えるわけがない。

 真面目な上司のことだ。そんなことを言えば、今度は体ではなく心の健康を心配して別の休暇を提案してくるに違いない。しかもおそらく長期の。


(それは困るじゅ! 私は仕事さえできれば心も体も健康なんだじゅ! 長期休暇なんて言われたら寂しさのあまり消滅するじゅ!)


 しかしここで仕事がしたくてしたくてたまらないじゅ! と訴えるのも、体の疲労や体力の消耗を心配され、今回の寂しさの原因になったように結局休暇を取らされてしまうような気がする。


(ならもう、全部〝偶然〟で誤魔化すしかないじゅ!)


「ぐ、偶然(・・)、忘れ物を取りに詰所に戻ったじゅ。その時に、偶然(・・)、警邏隊からの報告書が目に入ったじゅ……」


 それで王都民からのスライムに関する苦情は、気温が上昇した時に集中していることに気がついたこと。


 もしかしたらスライムたちは別の魔物……気温が高い時に活発になるような、たとえば爬虫類系の魔物に追われて下水道から脱出しようとして、大量発生したように見えたのではないかと仮説を立てたこと。


 もしも予想通りなら、氷魔法使いの自分が何か役に立てるかもしれないと思ったこと。


偶然(・・)、私、暇だった……じゅ。しかも偶然(・・)隊服だったじゅ。それで詰所には、ぐ、偶然(・・)、すぐにでも下水に行ける程度の装備があったじゅ……偶然(・・)、撥水ポーションとか偶然(・・)、滑り止めポーションとかだじゅ、だから、その……」


 グラントの翡翠色の目が、偶然というたびに小刻みに揺れるレインの茶色の目を真っすぐに見つめてくる。


(全然まったく誤魔化されてくれる気がしないじゅ。あんまりにも苦しいじゅ……)


偶然(・・)、暗所討伐戦用のライトの魔道具も、魔力がフル充填されてた、じゅ……」


 なんとか偶然(・・)を強調しながら話すレインへ、グラントはやや時間をおいてから困ったようにうなずいた。


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