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ぼっちなサレ芋は職場に住みたい ~社畜上司に憧れて、働いて働いて働いて、働き続けていたら脱芋した話~  作者: 万丸うさこ


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第6話 祭りだじゅ!

 下水道でしてはならない爆発音が、遠くでした。


 その瞬間、レインは滑り止めポーションを塗ったブーツの靴底でレンガを踏みしめ、汚水に魔導杖を向けて凍らせた。

 そして素早くその上を走り出す。


 氷魔法使いのレインにとって、汚水と油でぬるつくレンガよりも、自分が凍らせた下水の上を走ったほうがよほど安定して疾走できるのだ。


 灰色と黄土色の二色で暗く濁る汚水。同じ色で壁に張り付くスライム。なんの塊かわからないぶよぶよした物がレンガの隙間に詰まっている。


 汚水の上にポコポコと小さな音を立てて現れる泡と、泡が弾ける時に強まる悪臭。

 上から降ってくる汚水の雫。


 視界も嗅覚も最悪の環境のせいで曇っていたレインの顔が、角を曲がった瞬間にパッと輝いた。

 下水の表面から上がる炎であたりが明るくなっていたから、というわけではない。


「こ、声がするじゅ!」


 ついでに魔物の威嚇音もする。

 濃い魔力、風や土魔法が当たって飛び散る汚水と悪臭も、こちらへ向かって飛んでくる。


「水魔法で消火しろ!」


「土魔法で壁を作れるか⁈」


「火魔法をしか使えないやつは、退路に溜まった邪魔なスライムを潰せ!」


 飛び交う怒声とそれぞれが使う魔力が下水道内を渦巻いている。

 少し前までしんと静まり、汚水の雫が天井から落ちる音だけが響いていた下水道内からは考えられない喧騒が、レインの進行方向から響いてくる。


「身体強化と無属性の盾魔法使いは手順通り前衛で牽制!」


「毒爪くるぞ!」


 目まぐるしく戦況が変わり、その度誰かが怒鳴り声をあげる。

 その中心にはグラントがいて、新人隊員を庇いながら風魔法を使って押し寄せるブラッド・アリゲーターを留めていた。


 その混乱極まる様相とどよめきに、レインの背筋にはぞくぞくと震えが走った。


(人だじゅ! 名前を知ってる人たちだじゅ! 仲間だじゅ!)


 仲間。

 ああ、嗚呼、仲間。

 この言葉のなんと甘美な響きだろうか。


 無音の広い部屋で膝を抱えていた孤独と冷えに比べれば、逃げまどうスライムが上げる風船がこすれる摩擦音のような鳴き声も、鼓膜を破壊せんとブラッド・アリゲーターの大口から放たれる強力な音波も、レインにとっては村の皆で歌う収穫祭の歌と同じである。


 ブラッド・アリゲーターが跳ね飛ばした下水の悪臭も、下水の油膜が燃えたせいで地獄の蒸気風呂みたいになった下水道だって気にならない。


 むしろ夏祭りのような熱気にテンションが上がる。

 悪臭は祭りを盛り上げる屋台の煙のようではないか。


(祭りだじゅ! 祭りだじゅ! 討伐祭りだじゅ! こっそり参加するじゅ!)


 レインは魔導杖を握りしめ、凍った下水の上でうきうきとスキップしながら仲間の元へと近づいた。



◇(グラント視点)



 ブラッド・アリゲーターの数が、絶望的に多かった。

 ワニどもに通用する攻撃手段を持っているのは、グラントの他には数名だけ。


 逃げまどうスライムが新兵の足元で潰れて、下水と油を含んだ体液を巻き散らす。

 滑りやすくなった地面で機動力がそがれ、第二小隊からやってきた新兵たちが滑って転んでいる。


 どうやらスライム調査を甘く見て、コンバットブーツの手入れを怠ったらしい。

 グラントは舌打ちを飲み込んで、どうにか受け身を取って倒れた隊員たちを土魔法で作った壁の影へと風魔法で押し流す。


 メイン火力の攻撃が一瞬緩んだその直後、下水に潜んでいたブラッド・アリゲーターの群れが一斉に大口を開けた。


 毒を含んだ粘着質な唾液がずらりと並んだ鋭い牙を伝い、上下の顎を糸のように繋ぐ。

 舌の根元が喉奥を隠すように防御している普段とは違い、喉の奥が開いている。


 その開いた喉の奥から流れ出た魔力が、ブレス攻撃をするために口の中に殺意と混じって渦巻いていた。


 足元の下水溜まりが小刻みに揺れはじめ、鼓膜とレンガが同時に震えて平衡感覚を失う。

 片膝をついた視界がぶれる。


「伏せろ!」


 水魔法で音を吸収する防音壁を作り出しながら怒鳴ったグラントは、続けざまに水魔法使いたちへ防音壁を作るよう命じるために息を吸い――直後、喉の奥に刺すような痛みを感じた。


 ブラッド・アリゲーターの毒や下水の刺激臭のせいではない。

 空気が痛いほど冷えていたからだ。


 気づけば油膜に引火して地獄のように熱かった辺りは極寒に変わり、魔物の攻撃のせいで揺れていた壁や足元の水溜りはしんとして、厚い氷が張っている。


 レンガの壁に滲んだ汚水と蒸気も凍り、天上からは氷柱が下がり、新兵の張った土壁や水の膜も凍りつき霜が覆う。

 這っていたスライムも凍って固まり地面に落ち、ヘッドライトに照らされた空間にはキラキラと舞うスターダスト。


 汚水の中から身を乗り出したブラッド・アリゲーターも、その勢いまま白い氷の塊になっていた。

 赤く爛々と光っていた目は色を失い、牙を伝う唾液すら氷の粒や氷柱となって、完全に動きを止めている。


「なんだこれは、いったい……」


 グラントの隣でうつぶせに倒れていた部下が呟いた。

 彼の視線の先には、かろうじて氷にはならず水の形を保っていたグラントの水の壁。


「新手の魔物か⁉」


「そんな! ブラッド・アリゲーターの群れを一掃する魔物なんて……」


 部下たちが絶望しきった声を漏らし、寒さと恐怖で震えながら身を起こす。


 汚水が混じって濁った水越しに、白い光が飛び跳ねているのが見えた。


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