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ぼっちなサレ芋は職場に住みたい ~社畜上司に憧れて、働いて働いて働いて、働き続けていたら脱芋した話~  作者: 万丸うさこ


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第5話 尊くて稀有で稀で唯一無二な休み(グラント視点)

 グラントは十分に準備して、緊急調査依頼に対応したつもりだった。


 ただこの緊急調査は、グラントが隊長を務める第四小隊の案件ではなかった。

 もともとは第二小隊の仕事だったのだ。


 それが今日の午後、第二小隊の事務方から第四小隊の事務員へと唐突に案件が回ってきた。

 隊長同士で話し合い、理解を得てから回ってくるのが普通だというのに。


 だから準備は十分にしたつもりだが、完璧とは言い難い。

 その不安が頭の隅に少しだけあったのは事実だ。


 下水に目と鼻先だけ浮かべてこちらを見るブラッド・アリゲーターの群れを刺激しないように、部下たちを下がらせる。 

 自分たちと同じように、気配と魔力を極限まで消してそっと逃げようとするスライムたちを見て、グラントは頬の内側を噛んだ。


 元はこの〝スライムの大量発生〟の調査依頼だった。

 弱い魔物だが、大量発生すれば下水道の機能が停止しかねない。すると王都全体に影響が出る。


 誰かがやらなくてはならない仕事。だけど地味で目立たない。

 面倒で厄介な……しかも場所柄臭くて汚く、誰も進んでやりたがらないものだ。

 目立ちたがりで見栄っ張りな貴族の体現者のような第二小隊長にとっては、つまらない仕事だろう。


 今日はグラントにとって、半年ぶりの半休が取れた日でもあった。

 グラントにとっては黄金やダイヤモンドのように価値があり、貴重で、尊くて稀有で稀で唯一無二な休みだった。


 今日は午後から伸びっぱなしだった髪を整え、服屋や本屋を覗いて、カフェで新作ケーキを味わいながら買った本を読む……そんなふうに休みを満喫しようと思っていたのだ。


 けれど下水道の機能は、誰かが魔物から守らなければならない。


 だから第二小隊長から仕事を押し付けられた第二小隊の事務方が申し訳なさそうに提案してきた、指揮権をグラントが持つ〝第二・第四小隊新兵の合同調査〟に、グラントは仕方なくうなずいたのである。


 面倒な仕事だが、隊員たちに力量を求めるような仕事でもない。

 そのため第二小隊からもグラントの第四小隊からも、実戦経験の浅い新兵たちばかりがこの場にいる。


 新人とはいえスライムなら、たとえ襲われたとしても通常通り十分対処できるものだった。

 しかし当然、脅威度A級の魔物には歯が立たない。


「グラント小隊長……」と、隊員がグラントを呼んだ。第二小隊の新人だ。

 若い彼のそばかすの散った顔が、グラントの胸のライトに照らされて青ざめている。


「退避行動へ移れ」


 グラントの言葉に、部下はほっとしたような、けれど悔しそうな顔で命令を繰り返してうなずいた。


「隊長はどうされるのですか」


 グラントの部隊の隊員が、ブラッド・アリゲーターの群れから目を離さずに呟いた。


「この場で脅威度A級のブラッド・アリゲーターに十分対応できるのは私だ。私がしんがりを務め、君たちが逃げ切るまで食い止める。君たちは地上に戻り次第、素早く応援を呼ぶように」


「隊長……」


 目を潤ませうなずく部下へ、グラントは微笑んだ。


「悲観するな。知っての通り、私は風と水の二属性持ちだ」


 脅威度A級とはいえ、ブラッド・アリゲーターは弱点も知られている。

 爬虫類と同じく寒さに弱く、水や氷魔法がよく効く。


 ただ脅威度A級であるがゆえにその弱点を弱点とするには、実戦経験の浅い新人兵士の水魔法や氷魔法では打ち払われてしまう。

 それどころか、下手に寒さを与えて逆上させかねない。


「……」


 グラントは魔導杖を掲げ、炎のように真っ赤に煌めく魔物の目を見つめた。


 そういえば、新人らしからぬ威力を持つ氷魔法の使い手がいたな……。

 と、グラントの頭の片隅に、柔らかな茶色の目をした猫背の女性兵士の顔が浮かんだ。


 入隊して二年目の若手。仕事熱心で、誰よりも早く現場にきて、一番遅くに帰っていく。

 そこらの貴族令嬢も裸足で逃げ出すほど綺麗な顔立ちをしているのに、いつもなぜか自信なさげに顔をうつ向かせている。


 かと思えば、討伐対象が高脅威度の魔物であればあるほど、目を輝かせて突っ込んでいく。


 休日でも、体調不良で真っ青な顔をしていても、なぜか詰所にいる。

 食事休憩の時間のはずが、なぜか詰所にいる。

 当直でもないのに、なぜか詰所にいる。


 魔力切れ対応の訓練、当然いる。

 高度340Mで飛ぶグリフォンから突き落とされる訓練、皆勤賞。

 五日間ほぼ不眠不休で水や泥の中で基礎訓練を繰り返すという、ベテランでも嫌がる訓練にも嬉々として参加。


 魔法の威力や戦闘技術を得るために貪欲な若手。


 働き詰めでとにかく休みが欲しいグラントからすれば、信じられないほどストイックな新人兵士。


 彼女がいれば、もしかしたら……と、グラントは心の中で溜め息をついた。


 少なくとも彼女なら、パニックになって炎魔法を下水道の中でブラッド・アリゲーターの群れに向かって放つような、そんな失敗はしなかっただろう。


(いや、そもそも彼女は氷魔法の使い手だったか)


 止める間もなく第二小隊の新人の誰かが叫びながら放った炎を絶望的な気持ちで眺めながら、グラントは下水臭い空気を吸った。


「総員、魔導杖を抜け! 抜杖!」


 炎魔法が下水に着弾し、水面の油膜を走って小さな火柱を上げる。

 一瞬で辺りが明るくなり、炎の川となった下水道の中で、無数のブラッド・アリゲーターが身を乗り出し鋭い牙がずらりと並んだ大口を開けた。


 気配を殺すのをあきらめ、なりふり構わず逃げ出し始めたスライムを踏み潰しながら、グラントも声を張り上げた。

 

「各班退路を確保しつつ詠唱開始!」

 

 もしかすると新兵の半数を失うかもしれない。

 その覚悟を、グラントはした。


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