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ぼっちなサレ芋は職場に住みたい ~社畜上司に憧れて、働いて働いて働いて、働き続けていたら脱芋した話~  作者: 万丸うさこ


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第1話 仕事、したいじゅ……

「寂しいじゅ……」

 と、レイン・ハンターは〝だじゅ弁〟と呼ばれる方言で呟いて、三角形にした膝を抱えた。


 季節は春になったばかりでまだ寒く、タイル床がしんしんと尻を冷やし、坐骨神経(ざこつしんけい)が痛みで悲鳴を上げている。


 尻の冷えは孤独感からくる心の冷え、坐骨神経痛はレインの悲痛な叫び声だ。

レインの気持ちを尻が代弁している。


(口下手な私よりよっぽど雄弁な尻だじゅ。私がこれくらい多弁だったら良かったんだじゅ。そしたら家を追い出される前に話し合えたかもしれないじゅ……)


――いや、お前が尻ほど喋れたとしても結果は同じだったじゅ。思い上がるんじゃないじゅ。あとあんまりベンベン言うんじゃないじゅ、お前は一応うら若き十八歳の乙女だじゅ。


(ベン違いだじゅ)


 己の心の呟きへ、尻の気持ちになって返事をする。

 尻と自分の一人二役で会話を試みたレインは、孤独からくる精神の限界を感じ、涙を浮かべて膝に顔を埋めた。


(それでも住むところがあるのは幸いじゅ。隊長に感謝し、崇め、奉るじゅ……隊長様様様様様……)


「……――じゅ」


 声が乾いた空気に響いた。


 レインがこんなに虚しい一人遊びをしている理由。

 その発端は、一年ほど前にさかのぼる。


 田舎から王都へ就職のために幼馴染みと一緒に上京して三ヶ月、ようやく軍の制服を着なれてきたくらいの頃合いで、レインは家を失った。

 一緒に住んでいた幼馴染みに追い出されてしまったのだ。


 王都に友人はおらず、地元大好きな故郷の人間はめったに王都にやってこない。

 同郷の知人もいなかった。


 困り果てたレインがなんとか相談できたのは、職場の上官であるグラント・ウェストコット小隊長だけだった。


 レインは王立魔導討伐軍南東方面第三旅団第二大隊第一中隊第四小隊の新人隊員だ。

 いわゆる一兵卒である。平民兵と呼ばれることもある。


 対してグラントは二十三歳という若さで小隊長、しかもウェストコット迷宮伯家という由緒正しい貴族家の出身だ。


 突然のホームレス化や住所変更など私的な事情は、まず所属する第四小隊の事務員に言うべきことである。

 本来ならこんな個人的な事情で話しかけられる人物ではない。


 けれどちょうど残業中で隊の詰所に残っていたグラントは、途方に暮れて泣きじゃくるレインに……というよりも、田舎から出てきたばかりの平民の新兵にとても親身だった。


 普通ならこんな中途半端な時期に新人が「帰る家がない」と相談しても、どうにもならなかっただろう。

 しかし幸いなことにグラントは隊に掛け合って、小さな戸建てを貸してくれた。 


 小さいといっても、貴族出身の兵に与えられる〝小さな〟戸建てである。

 平民からすれば三世帯が余裕を持って暮らせるほどの、大きなお屋敷であった。


 それしか空きがなかったのだから仕方がないが、独り身のレインにはもったいないほど豪華な一戸建てである。


 意外なことに平民事情に詳しいグラントは、その広さに目を白黒させるレインにちょっと申し訳なさそうにしていた。

 しかし「だじゅー!」と声を出せば『だじゅー! ……だじゅー……じゅー……ゅー……』と反響して遠くへ消えていくほど広い屋敷にもかかわらず、単身者用の寮の一室と同じ家賃で手配してくれたので文句などない。ありがたい。


 けれどもひとつだけ難点を挙げるとしたら、誰とも住んでいないレインにとってはただただひたすらに、孤独が際立つ家だということだった。


 それから約一年後の現在。

 レインはあれからずっと広い家に独りで住み続けているのだが、仕事に没頭している時間が長くなっていた。


 あまりに広くて人気(ひとけ)のない家に、帰りたくなさ過ぎたからだ。


 レインは昼夜問わず、可能な限り休みなく働いた。

 どんな危険な任務も独りで家にいるより楽しかった。


 だって職場には人がいる。


 人がいるのだ。


 家にいれば無音だが、職場では知っている人の声がする。

 だじゅ弁に気後れしてレインからはあまり話しかけられないけれど、それでも命令や指示や点呼の時に名前を呼んでもらえるし、任務や討伐する魔物についての情報交換の際には会話もする。


 それのなんと楽しいことか!

 そして魔物を討伐し終えて解散するときの、祭りの後のような寂しさよ。


(魔物ももっと根性出すじゅ。戦いが続けばずうぅぅぅぅ――……ぅぅぅううっと、皆と一緒にいられるじゅ)


 単身者用の寮に入り直せればここまで(こじ)らせることはなかっただろうが、あいにく空きが出なかったのだ。

 なのでレインはとにかく周りに人がいないことが寂しくて、はっきり言って、病んでいた。


「ざびじいじゅ……」


 レインは呟いて、涙を肩で拭った。

 故郷の村の集会所がすっぽり入るくらい広い自室の隅っこで、膝を抱え直す。

 そしてぐずっと鼻をすすって、抱えた膝にまたおでこを当てた。


 誰もいない、とにかく広い部屋。

 レインが不在の間、軍に雇われた掃除屋が毎日完璧に掃除をしてくれるから、埃すらない家。


「仕事、したいじゅ……」


 とにかく人の気配を感じたい。

 そのためだったら誰もやりたがらない下水スライムの討伐とか、書類整理とか、隣国の魔物分布のデータ集めとか、もうなんでもいいから仕事がしたかった。


 だって仕事をしていれば、とりあえず誰かは側にいる。

 少なくとも隊長であるグラントはずっと職場にいるはずだから。


 耳が痛むくらいの静寂の中、誰もいない部屋で膝を抱えて座っているくらいなら、下水まみれになってスライムに氷魔法をぶっ放しているほうがいい。


「むしろご褒美だじゅ」


 だけど人恋しいレインが孤独を紛らわすために確保した仕事のことごとくを、「働きすぎ」といってグラントに取り上げられ、定時で返されてしまった。

 そのうえ働きづめで全く休暇をとっていなかったレインを心配し、一週間の有給まで取ってくれてしまったのである。


 ありがたいと思う。

 常人であれば優しい上官だと思うだろう。人道的な職場だとも思うかもしれない。

 こんな職場に就職したいなーと、憧れさえ抱くかもしれない。


 でもレインにはそんな配慮は無用である。


 なぜ、どうして、レインから仕事を取り上げるのだ……!

 自分だってその〝働き過ぎ〟と同じくらい、毎日職場にいるではないか!


 休みなんかいらない!

 欲しいのは仕事だ、仕事をくれ!


 というかもはやレインは職場に住みたい!


 無音!

 さみしい!!

 尻も心も凍えて限界!!!


「そ、そういえば今日、ちょうどまさしく王都の下水の調査に行くって聞いたじゅ……」


 レインはひらめいた。


 その調査に潜り込もう。そうしよう。天才。


主人公こじらせすぎだじゅ…と憐れに思った方は、★をくださると喜びます!

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