ニコ
ある日。
圭人はいつも通り亜紀人と帰り道を歩いていた。
「また同じクラスで良かったね」
「またお前のおもりか…」
「…嬉しそうだったのに」
「だっ誰がだよっ……あほアキ!」
亜紀人から背けたその耳と頬は薄く色づいている。
くすくす笑っている亜紀人に気づいた圭人。ギョロリとしたその猫目を細めると亜紀人を睨んだ。
「何笑ってんだ」
亜紀人はそんな態度を取られても朗らかに笑っている。
圭人はそんな亜紀人の隣にいると何処か擽ったい気持ちなる。いい気分ではあるのだが、素直に表現が出来ない。その事が実は最近の悩みでもある。
そんな帰り道の途中、向こうから一人の男性がやってくるのがみえた。
スーツを着て革靴を履いたビジネスマン風の男だ。
通り過ぎ様ちらりと亜紀人の方を見た気がした。
圭人は振り返って見たが、男はそのまま歩いていった。
亜紀人に呼ばれ、今行く、と圭人は返事をしながら亜紀人の元へ駆け戻った。
二日後。また同じ男が前からやってきた。すれ違う直前、亜紀人の方に僅かに寄るとぶつかった。それを見ていた圭人はワザとだと思った。が、気のせいかもしれないと黙っていた。
「おっと、すまない、大丈夫かな」
「はい、ごめんなさい」
男は亜紀人の顔を見て、一瞬圭人が言い表せないようなイヤな視線を亜紀人へ向けていた。
鳥肌がたった。
「いや、…いいんだ。…またね」
そう言い残し男は去っていった。
「…?はい」
圭人は亜紀人にボケっとしてんな、と忠告する。
「おい、お前やべーぞ」
「どうしたの、ケイト顔こわいよ」
「あのおっさん、お前のこと、何か…とにかく変だあいつ…!お前も気をつけろよ。また会ってもムシしろ」
そんな圭人の言葉に亜紀人は「何で」と全く気づいていない様子。
圭人は言いしれぬ不安を亜紀人にぶつける。
「だから、あのおっさん…っ不審者だっていってんだ」
「え、でもいい人そうだったよ…?」
ぶつかって謝ってたし、と亜紀人が言うと、圭人は?と憤怒した。
「おまえの目はふしあなかっ!どこにでもいそうなヤツが、あぶねえのっ」
「ふし…え、どういう意味?」
「目、みえてんのか!ってイミ!」
「見えてるよ僕ケイトのこと」
亜紀人のおっとりした回答に圭人はわなわなとして言った。
「ちっがーう…!あほアキっ。とにかく、一人で帰んなよ、オレと一緒だ」
「いつも一緒に帰ってるのに…」
「…もおいいっ」
圭人はとにかく亜紀人と一緒に帰れば大丈夫だと思っていた。
二人でいれば。
その後男は数日姿を現さなかった。
その日はたまたま亜紀人と時間差で下校した。亜紀人が先に出て圭人はすぐに追い付くつもりだった。
実際、亜紀人を追いかけようと今、校舎から飛び出して走っている最中だ。
どうせ、いつもみたいにトロく歩いてるはずだから、余裕だろ…
と圭人は思いながらも、亜紀人を見るまではどこか胸がざわついていた。
…あ、居たっ
亜紀人の姿を見つけた圭人は一瞬ギクリとした。
…っ!
あの時の男が圭人がそばにいない間にまた亜紀人に接触していた。
すでに何か話し込んでいるようだ。
圭人は叫んだ。
「あきッ、アキトーーー!」
圭人の声に亜紀人は振り返り、手を振り返す。
…ばっか、手なんか悠長に振ってんじゃねーあほアキっ、
男は圭人が近づいてくるとわかると、亜紀人に何か言って離れて行く。
圭人は勢いそのままに走り、亜紀人を追い抜いて止まる。
そして男に向かってさけんだ。
「おいっ!おっさん、ぁ…コイツに近づくな…!」
圭人の叫びに男の動きが止まった。ゆっくりと振り向いて顔に薄く笑みを張り付け近寄ってくる。
圭人は引き下がりそうになったが、後ろには亜紀人がいる。
後ろに下がらずにいると、圭人の前までやってきた。男は膝に手をついて腰を屈めると言った。
「どうしたのかな、何をそんなにおこっているの…?」
と、その時初めて男と目が合った。
目の奥は笑っていない、圭人はなぜか震えそうになる口を動かした。
「だから、コイツに近づくなって言ってんのっ…」
目をそらさず、男をにらみつける。
そんな圭人を見て男は何を考えているのか黙っている。どこか粘つく視線を感じながら圭人は聞いてんのかよっと声を荒げた。
「…生意気だな。…躾、必要だな」
男は静かに言った。
圭人は得体のしれない悪寒を感じた。
「けいと…」
後ろにいる亜紀人の気配にしっかりしないと、と圭人は脚に力を込める。
「何だよ、…へんたいっ!」
と圭人が男の脚に蹴りをいれる。
しかし、びくともしない男の手が圭人の腕を掴んだ。
「大きな声をだすな」
そう言って口を塞ぐ。
圭人をおさえ抱き込みながら男は亜紀人に向けて言った。
「君も来るかい…?お友達、痛い思いをするかもよ…」
「…っけぃ…とっ」
亜紀人は青ざめた顔でその場から動かない。そんな亜紀人に圭人は足をばたつかせて訴える。
っ…何してんだ、逃げろよ…!
「こっちにおいで、大きな声を出すとこの子、どうなるか…」
男の言葉に、亜紀人は固まる体を無理やり動かし男に近づいた。
亜紀人が男の手に捕まろうとした時、どこからか軽薄な声がした。
「やべー、犯罪現場激レアショット」
「どこ投稿する…?」
「お前もう配信すんの…?」
「うん」
真向かいの建物の二階から頭だけ出した二人組が圭人たちのやりとりを撮っていた。
派手な髪色のその二人を男も含め圭人たちは一瞬ぽかんと見上げた。
すると二人組のうちの一人、金色の髪の方がふいに塀の淵に腰掛けた。
と思うと、そこから器用に壁をつたい、足場もないのに下へ飛び降りた。
二階にいた灰色頭の方が茶化すように金髪頭に向かって言い放つ。
「ヒューかっちょいー!…てか骨逝った?」
「ギリいってねえ…。くそっ調子乗った、イデー」
と言いながら金髪はヤンキー座りした。したまま、カメラはこちらに向けている。
「つづきをどぞ。おにいさん」
言われた言葉に圭人の口を塞いでいた男は我に返る。圭人を放しサッと顔を隠すと呆気なく逃げていった。
「いえーい」
と言いながら、いつの間にか灰色頭の方が降りて来ていた。金髪頭とハイタッチする。
そんなやり取りをぼけっと見ていた圭人は、亜紀人へ目を向けた。
目が合うと、亜紀人の涙腺が緩むのがわかった。
圭人は亜紀人の傍へ行き、手を握る。
「おい、泣くなよ…」
「…っ」
声を掛けると、亜紀人は圭人に抱きついた。その腕は震えていて、亜紀人の怯えた感情が伝わってきた。
「…アキ、大丈夫…」
と圭人は亜紀人に言い聞かせる。
ふいに思い出したように圭人はあの二人を見た。
二人は肩を組んでこちらを見ていた。金色の方とバチリと目が合う。
何も言わずニヤリと笑って親指を立ててきた。
「………」
圭人は少し恥ずかしそうにはにかむと、同じようにやり返した。
それから、男は通報され
あの道にはカメラが設置されることとなった。
あの二人に改めてお礼を言いたかったが、もうどこにも居なかった。
残念に思いながらも、あんな風に自分もなりたい、と何処かで思った。
…また会いたいな、カッコよかったし
服を掴んで離さない亜紀人を引き連れ、そんなことを考えていた。
その後、しばらくして亜紀人はまたしても目をつけられた。
アイツの何がそんなに変態を引きつけているんだろうか、と圭人は首を傾げた。
今度は新しく赴任してきた坊主にメガネの体育教師だ。
授業中、あからさまに亜紀人ばかりをかまう。そして異様に距離が近いのだ。亜紀人が居残りをする時は圭人も付き添った。
しかし今日、放課後の空き教室、たまたまその場に圭人は居なかった。居ない時を狙っていたのかもしれないが。
担任に雑用を頼まれ、亜紀人を待たせて職員室に居た圭人。
「あれ、シンジョウ先生は?」
その言葉に圭人の耳は大きくなる。
「え、誰か見ました…?」
「ああ、そう言えばさっき…―」
圭人は急いで亜紀人の元へ走る。
まさか、教室の方まで来ることはないだろうと高をくくっていた。
…オレのいないとこで勝手に危ない目にあってんじゃねー
しかし、圭人が駆けつけた時には事はなぜか済んでいた。
「アキっ…!」
亜紀人に近寄ると、何故か体育教師は半泣きで正座していた。
「大丈夫だよ、圭人」
そう言ってまだ訳がわからない圭人に、亜紀人は綺麗な笑みをみせた。




