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あした、キミが  作者: 真砂木
1/1

にこ


――クラスに、いつも泣いてる奴がいる。


よく、からかわれたり、強く出られないのか他のクラスのやつにも言われるがままのやつだ。


 圭人は一度もその子と絡んだ事がない。少し遠くから、なんとなく眺めていた、そんな存在だった。

 一学期がもうすぐ終わろうとしていた。しかし、そんな今日、クラスで席替えがあった。


 放課後――。


 いつまでも隣の席で机に伏せてグズグズ鼻をならしている、その子を見て、圭人は立ち上がった。


「……オイ、手貸せ」


 腕の中に顔を埋めるそいつ―亜紀人の背中を圭人はおもむろに、軽くバシッと叩いた。


「ッ…たい!!」


 背中に走った衝撃に驚いて顔をあげた亜紀人は、痛みに顔を歪めて圭人を睨みつけた。けれども、他人から見たそれは、だいぶ迫力に欠けていた。


…目が真っ赤だ、ウサギかこいつ。


 少しだけ強くやりすぎたか、と圭人の心に少しだけ罪悪感が湧いた。しかし開いた口から出る言葉は、本人の意思とは正反対だった。


「めそめそめそめそ辛気クセえ」

「ッ…っく、ひっく、いたいっ…」

「うぜ。…手、貸せよ」


 謝ることもせず、また泣き出した亜紀人に向かってそう言った。

 濡れたまつ毛を瞬かせ、黙って圭人の手をじっと見ていたが、諦めたのか、ぞんざいにその手を出してきた。


 差し出された手に、ざわざわしていた圭人の心は少しだけ落ち着いた。

 やんわり手首に触れると、さっそく圭人は自分の人差し指で亜紀人の手のひらに、昔習ったおまじないを描く。

 裏返し、同じように今度は手の甲にも描いていく。


「……くすぐったい」


 圭人のする事を黙って見ていた亜紀人がつぶやいた。

 圭人は掴んでいた手首を放し「反対も」と言った。

 亜紀人は鈍く瞬きをして、ややぼうっとした雰囲気で机の下から反対側の手を差し出した。

 同じように圭人が描こうとすると、小さな声で訊いてきた。


「……これ、なに…?」

「あ?ニコちゃんマークだろ」

「にこちゃ…なんで…?」


 手のひらを滑る圭人の指を凝視している。圭人はボソリとつぶやいた。


「…、ぃ」

「え?」

「だから、ッまじないだよっ!」

「まじない…」

「んだその顔…これでお前、明日は泣かなくて済むんだぞ。俺サマに感謝しろ」


 顎を上げて言った圭人を少しの間ぽかんとした顔で見つめた後、「…うん」とだけ言うと亜紀人は静かに帰り支度をし始めた。

 ランドセルを手に持ち教室の後ろの扉を開けて出ていこうとする後ろ姿に、圭人は少し焦ったように言葉を放つ。

「うん…っておい、俺のおかげで明日笑えるんだぞ!なあって…オイッ」



 背に向けて言葉を浴びせても、受け流すように廊下へ出て行った亜紀人。

 そのとろとろ歩く姿にムキになった圭人は、自分のランドセルを片手で掴むとすぐさま後を追いかけた。


「おい待てよ。何で……怒ってんのかよ、…背中は、叩いて…ごめん。無視、すんな」


 声をかけても反応がない。圭人は自分の声が、思いのほか頼りなく聴こえて一瞬黙った。しかしすぐ我に返り、また亜紀人に近寄った。

 すると立ち止まった亜紀人が、圭人の方を見た。


「ごめん、なんか眠くて…ぼんやりしちゃった。ごめんね…?」


 そういって今気づいたかのような反応を見せた。圭人を気遣うように少しだけ顔を傾ける。

 ゆっくりと瞬きを繰り返す亜紀人に圭人は言い返す。


「べ、べつにっ…気にしてないッそんな事でいちいち謝るな。そんなんだからすぐ調子にのってやられんだ」


あれ…違う何か、こう言いたいんじゃなくて…、本当は――。


 何で、と上手く言えない自分に歯がゆそうに圭人は唇を噛んで、明後日の方向を睨んだ。

 もう後には下がれなくて、相手が何か言うのを圭人は待った。


「かわいいね」

「…?」


 何か聞こえた気がしたが、気のせいだよな、と亜紀人を見た。


「あのね、僕あんがい泣くの、嫌いじゃないんだ。」

「、何…?」

「…なんでかっていうと、うーん何か、スッキリ?するんだよね。だから、気にしないで。心配しなくていいよ?」

「だっ………ぜ、全然…、気にしてねーよバーカ!!!もう知らねバイバイっ」


 圭人は亜紀人を置いて走り去る。


――恥ずかしい。


自分が良かれと思って起こした行動を見当違いだと撥ね付けられたような気分になって、ぶっきらぼうに返してしまった。

 がむしゃらに走りながら、先ほどの亜紀人が言った言葉と顔が頭の中で反芻する。

 勝手にした事で、勝手に傷ついた自分のことが馬鹿みたいだと圭人は思った。

 もう絶対誰にもしないし、あいつに絡むのも明日からは、やめる!


夜――。眠る前、歯磨きを終えた圭人は亜紀人に言われた事をまた思い出していた。


 明日、学校でアイツと会いたくない…。


 鏡の中の憂鬱そうな自分の顔を見て、圭人はため息をつきそうになった。しかし、ふと思い出す。


 "明日圭人が笑顔でいられる、おまじないだよ"


 小学校に入学する前、笑顔でそう言ったあの人の事を、圭人は今でもはっきり覚えている。

 あの人が教えてくれた"おまじない"を今日も鏡の前でする。

 ニカッと笑い、気合を入れ気持ちを切り替えるように呼吸すると、圭人は洗面台を後にした。



 次の日。

 圭人は自分の教室に入ると隣の席を見ないようにして自分の机にランドセルを置いた。席に座ろうと椅子を引くと同時に話しかけられた。


「あの…」


 チラリと見た相手の顔は、少しだけはにかんだように見えた。

 また前に視線を戻し、圭人は平常心を装って一方的に言い切った。


「何だよ。昨日のことならもうどうでもいいし、あっち行けば?」


 言った後唇を噛んで視線を下に落とした。


「あの、昨日は…ありがとう」

「…だから別にどうでもいいって…」

「…うん…………」


 沈黙が一分ほど続いただろうか、自分の席へ戻る後ろ姿を圭人は目で追う。

 昨日の事を馬鹿にしたように返されるかと思っていた。けど、違った。

 見ていると、ふいに圭人の方を見てきた。目が合った瞬間、すぐに圭人は視線をそらした。


…バレて、ないよな…。


 机に腕を付いて窓の方へと顔を背けた。だから、相手がどんな反応をしていたのかは見れなかった。

 その日、チラチラと何度か自分を見る視線を圭人は感じたが、気づいていないふりをして過ごした。


――放課後。帰ろうとした圭人に、声がかかった。

 「待って」

 振り向くと、亜紀人が居た。

「一緒かえろ?」

と近寄ってきた亜紀人に、圭人は頭を振った。


「やだ」

「どうして?」

「ヤダって言っただろ、じゃあな」

「何で?昨日は途中まで帰ってくれたのに」

「昨日は昨日。…ついてくんな」

「え、やだ」

「は?なんだよ、ついてくんなって」


 べっと舌を出すと圭人は走り出した。


「あ、待って、…ねえ!」


 背後を追ってくる足音が聞こえて、圭人はスピードを上げた。すぐにドシャっと後ろで音がして圭人は振り向く。

 見事にランドセルの中身もぶちまけて地面に派手にコケていた。

 門を出た所だったので、まだ生徒たちが居て注目の的になっている。


 目立つコケ方すんなよ…

 頼むから泣くなよ、俺は知らん。関係ない、とまわれ右をしようとしたが、その前に見てしまった。


 泣き出しそうにクシャリと歪んだ顔を。

――あ、また泣く。

 気づくと、手を引いて立たせていた。

 散らばった中身を集めていると、周りにいた子も手伝ってくれてすぐ済んだ。


…てか何突っ立ったまんまなんだコイツ。ってゲ……


「なあ、コレで全部かよ?」

 中身を見せて確認させる。

「……」


 黙ったままなので、圭人は亜紀人の手を引いて歩き出す。なるべく早歩きで。

 俺が泣かせたわけじゃないけど…とにかく目立つ。とりあえず、こっから離れよう。

 

 近くの公園前まで歩き、圭人は立ち止まって亜紀人を見た。

 涙は引いたようで、泣き止んでいるのを確認すると、圭人は繋いでいた手を放して持っていたランドセルを亜紀人に返した。


「…じゃあバイバイ」

「ありがとう」

 ……

 手を雑に振って遠ざかる。

 後ろから鼻水をすする音が聞こえた。つい、気になってしまい、圭人は振り向いた。


――なんで、泣いてんだ……!


 あっという間に元の位置まで戻ると自分のランドセルからポケットティッシュを出して、ぐずぐすの顔に押し当てた。


「う、ゔぇ…ん、っ……」


 なんていそがしいヤツなんだ、とおもいながら、つい面倒を見てしまっている自分がいる。


「ちーん、しろ。ほら」

「ゔん゛…あ゛、ありがどう…っ」


 ガラガラな鼻の詰まった声で言われてもな…


「とにかく、鼻かめって―…」



 落ち着いてきた亜紀人見計らい、使ったティシュを公園内のゴミ箱へ捨てに行く。しかし圭人は直ぐに止まった。


「…、おい掴むな。服のびる」

「どこいぐの…」

「ティッシュ捨てに行くんだよ。放せよ」


 すると亜紀人は素直に言うことを聞いて放した。ゴミ箱まで歩く圭人の後ろに続くように後ろを歩く。

 丸めたティッシュをゴミ箱に入れると、圭人は今度こそじゃあな、と手を振って帰ろうとした。

 しかし、亜紀人の膝が目に入り、眉を寄せた。


「お前、膝擦りむいてっぞ。血…」

「え、わっ、ほんとだ…。いたそう」


 そう言って自分の膝を背を曲げて覗き込む。

 その拍子に、バサッと音を立ててランドセルの中身を綺麗に全て落とした。

 またかよ、と圭人はあきれたが、それと同時にふいに笑いが込み上げてきた。抑える事もせずケタケタ笑うと、落ちたものを拾おうと亜紀人に近寄った。

 が、手前でストップ、と急に亜紀人が手をかざした。


「…今度は、自分でする」


 そう言って拾い出した。止まりかけた圭人は、しかし思い直すとしゃがんで一緒に拾い始めた。


「二人の方がはやい。お前トロいし」

「う、……」


 拾い終え、最後にしっかり、圭人がまた落とさないよう締めた事を確認する。足元を見ながら亜紀人が言った。


「何回もごめんね」

「べつに、早く洗った方がいいぞ、ばいきん入る。俺が持っといてやるから早く洗って来いよ」


 圭人は怪我をした血の滲む膝を指差した。


「うん、待っててね」

「おー…」


 少しだけびっこを引いて歩き出す後ろ姿を見送り、圭人は後ろにあったベンチに座る。

あ、ティッシュ渡せばよかった…

 そう思うと、再びティッシュを取り出して走って亜紀人の元へ行った。


 近寄ると、亜紀人が足音に気づいて振り返った。

 擦りむいた膝を曲げて、水を当てる亜紀人が押さえていた蛇口から手を放し、不思議そうに圭人を見た。


「どうしたの…?」

「これ…、使えよ。たりないかもだけどな」

「え、でもいいよ。このままで」

「……」

「あ、いいって」


 しゃがむ圭人の肩を離そうとしたのか掴んだが、すぐ大人しくなった。

 圭人は、亜紀人の傷ついた方の裸足の足を自分の靴の上に乗せた。

 血のにじむ傷口にそっとティシュを当てる。


「いてえ?」

「ううん」

「(うそつけ…)いたいのいたいの、飛んでいけー」


……ふッと上から吹き出す声がきこえた。

「はあ?何でわらってんだ。効くだろコレ?」


 おさえていた傷口から慎重にティッシュを剥がして言うと、あはは、と声をあげて笑うので、ついムッとなり見上げる。

 けれど毒気を抜かれるような亜紀人の笑みに、「笑うなって」と言いながら、眉を下げ、むず痒そうに圭人は亜紀人が笑い終えるまで、そこに佇んでいた。


―――帰り道。

 亜紀人の前を歩いていた圭人が振り返る。いたずらな笑みを浮かべて言った。


「ほらな、効いただろ」


 何だか嬉しそうだな、と亜紀人もやんわり笑みを浮かべる。


「何が?」

「昨日の…手にやったやつだよッ!…忘れてんなよ。泣きはしたけど、盛大に笑ってくれたよな」

「ああ!おまじない?ふふ、うん……けど、たぶん無くても笑ってたと思う…よ?」

「いや、あれのおかげだろ、絶対」

「…、けいと」

「?なに…」

「ケイトのおかげだよ。…昨日おまじないは、嬉しかった。けど、今日笑ったのはケイトのおかげ!ケイトが面白くて笑ったの!」


 そう言って横に並ぶとニコニコと楽しそうに圭人を見て笑う。

 亜紀人の言葉に、圭人は耳を赤くさせ、目を泳がせた。


「はあ?!おまえ、な…せっかく、何だよ…ばあーーーーか!」



「ばいばいケイトーーー!」


 走る圭人の背後から亜紀人の楽しそうな声がきこえる。

うっさい、何だアイツっ!急に、何言ってんだ、おれの。おかげとか、…恥、ずかしいヤツ……!


走りながら、圭人の顔は緩んでいた。


―――、何だアイツ……!


 家まで全力で走った圭人は家に着いてもドタドタとその勢いは止まらずに、しかし口元は緩みっぱなしで、夕飯の時は、兄から「何かイイ事でもあったんだろ?」と揶揄われ、結局寝る前まで亜紀人の事が頭から離れずに居たのだった。

 眠りに就く時までむにゃむにゃと口角は上がったままだった。



最後まで読んでくださり有り難うございます。

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