少しだけ世界がうるさくなった日の話
最初に言っておく。
僕は所謂、捻くれたぼっちである。
と言うわけで、僕がどれだけ学校を休もうと誰も気にはしない。
だから数週間ぶりに教室に入っても、誰も声をかけてはくれないのだ。
僕の席は一番後ろの窓側。
昔からくじ運だけは良かった。
席に座りイヤホンをつけ、机に伏して視界をシャットアウトする。
音の世界へとダイブ――する間もなく、数秒後に肩を叩かれた。
仕方なくイヤホンを外し、顔を上げると。
「えっと、星奈さんだっけ? おはよう、何か用?」
そこには美少女が立っていた。
黒髪ロングで、スカートは今どき珍しく捲しあげていない正統派。
なるほど。これがいわゆる清楚系美少女というやつか。
「おはよう。用がなかったら話しかけちゃダメなの?」
その言い方はずるいな、と思いながらも。
「僕眠たいんだよね。用がないなら寝ていい?」
徹夜明けなのだ。
本当は学校さえ休んで寝ようと思っていたのに、担任から連絡が来て仕方なく来ただけだった。
「残念でした。用はちゃんとあるの。ほら、これ」
そう言って一枚の紙を見せてくる。
そこには《林間合宿のグループ決め》と書かれていた。
「あぁ、そんなイベントあったっけ? 何、僕も参加?」
「当たり前でしょ。逆に参加しない選択肢があることに、私びっくりだよ」
「だって友達がいない僕が参加してもつまんないし」
星奈さんは、すごく可哀想な人を見る目で僕を見てきた。
……まぁ、そうだよね。
「君、友達いないの?」
「いないよ。ぼっちだから」
「でも友達いないと不便じゃない? 忘れ物した時とか」
「忘れ物したらサボればいいんじゃない?」
「いや、当たり前にサボりを視野に入れないでよ」
呆れた風に言われる。
「わかったわかった。僕は余ったところに入れてもらうからいいよ」
「そう。だから私たちの班になったんだよ」
「え、はっ? もう決まってるの?」
「うん。先週決まってる。君休んでたから、私たちの班に入ったの」
「……あー、そうですか。まぁ、よろしく」
無気力にそう返すと、星奈さんはなぜか嬉しそうに笑った。
そして、もう一つ決まっていたことがあるらしい。
「あとね。君、図書委員会になったから」
「委員会も勝手に決められたの? 俺の人権は無視ですか、そうですか」
「大丈夫。私も同じ図書委員だから」
嬉しそうに言われても、それは慰めになっていないし、どこが大丈夫なのかも分からない。
「じゃあ星奈さんに任せるね。僕は忙しいから」
「ダメだよ。絶対君も連れていくからね」
「えぇ……」
来て早々めんどくさい人に捕まったな、と思いながら、学校に来たことを早くも後悔していた。
⸻
放課後。
職員室に提出物を出してから、渋々図書室に向かう。
カウンターに座り、やることもないので近くにあった本を手に取る。
題名も見ずに開いたが、どうやら恋愛ものらしい。
なんとなく読み始めたが、意外と面白い。
しばらくすると、図書室の扉が開いた。
視線を向けると、星奈さんが立っていた。
「……どうしたの?」
「驚いた」
「なにに?」
「君がいたこと」
「なんで?」
「だって、どこ探してもいなかったから。もう帰ったのかと」
「だって僕、図書委員なんでしょ?」
当たり前だろ、と思ったが、何が面白かったのか星奈さんは嬉しそうに笑った。
その笑顔は、とても綺麗だった。
「どうしたの?」
じっと見られて、困ったように笑われる。
僕は慌てて目を逸らし、なんでもないと誤魔化した。
「図書委員って言っても、仕事はそこまでないから。私も本読もうかな。その本、面白い?」
「そこらへんに置いてあった恋愛系の短編集。まぁまぁかな」
「へぇ。私も読んでみようかな」
「僕、別にそこまで読みたいわけじゃないし。読む?」
「いいの? やった」
嬉しそうに本を受け取り、ページを捲る星奈さん。
僕も別の本を手に取り、読む。
静かな時間。
ページをめくる音と、遠くの部活の声が図書室に混じる。
一時間ほど経っただろうか。
休憩がてら本を閉じ、隣を見ると、星奈さんが涙ぐんでいた。
「感動でもした?」
渡した本は悲恋ものばかりの短編集だった。
ありきたりだが、最近流行りのジャンルだ。
「うん。両思いなのに絶対に叶わない恋で……ヒロインの覚悟も、主人公の優しさも、すごく胸にきて……」
そう言って目を擦る。
感受性の高い人だな、と思う。
「きっと主人公は、泣き叫びながら神様と何もできない自分を呪っただろうね。
優しいだけの無力な主人公とか使えない……」
言いすぎたと思って、慌てて言葉を切る。
「……ごめん」
「そうかな」
星奈さんは首を振った。
「ヒロインにとっては、主人公の存在はとても大きかったと思うよ。救われてたと思う」
「何もできてないのに?」
「そばに居てくれるだけで、人は救われる時もあるんだよ」
綺麗事だと思った。
でも、否定したくなかった。
「……そうだといいね」
⸻
図書室の鍵を閉め、職員室に戻る途中で担任に呼び止められた。
明るくて、生徒に人気の先生だが、僕は少し苦手だ。
短い小言と、出席日数の話。
それだけを聞いて、会話を切り上げる。
校舎を出ると、夕焼けが沈みかけていた。
あまりに綺麗で、思わず呟く。
「この情景を文字にしたら、どんな文章になるんだろうな」
「何やら素敵なこと言ってますねぇ」
振り返ると、柱の影にもたれた星奈さんがいた。
「……帰ったんじゃないの?」
「私は何もしてないをしているのです!」
「……そっか。頑張ってね」
立ち去ろうとすると、服の裾を掴まれる。
「会話終わらせないで。突っ込んで。私、痛い子になってる!」
ため息をついて。
「……一緒に帰る?」
「うん!」
夕焼けの中を並んで歩く。
自転車を押しながら。
「学校、つまらない?」
「つまらないね、とても」
「君ってさ、自分のこと大事にしてないよね」
言い返せなかった。
「でもね」
星奈さんは少しだけ歩幅を合わせる。
「今日、ちゃんと来てたし。鍵も閉めてたし。私が泣いてたら声もかけてくれた」
「それは仕事だから」
「違うよ」
きっぱりと言われた。
「仕事だけなら、気づかないふりもできた」
――そばに居てくれるだけで、人は救われる。
「……君、変な人だよ」
「ひどい」
そう言いながら、彼女は笑った。
別れ際、手を振る星奈さんを見送って、自転車に跨る。
――もし、この情景を文字にするなら。
夕焼けじゃない。
星奈さんの笑顔でもない。
きっとこれは、
少しだけ世界がうるさくなった日の話だ。




