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冬の童話祭2025

餅を買ったトッケビ

作者: 六福亭


 ある村の餅屋は、ふと、今まで行ったことのないところで餅を売ってみようと思い立った。

 餅屋のこねる餅は、村で大評判だった。食べるとほんのり甘く、舌触りが良いからだ。宴会やお祭りがある時は、その餅屋が必ず呼ばれた。


ところが、村を出て、知らない村で餅を売り歩いても、餅は1つも売れなかった。おまけに、どんどん歩いていくうちに、餅屋は山の中に迷い込んでしまった。


夕方になっても、餅屋は山の中をとぼとぼと歩いていた。朝こねたばかりの餅はとても重く、彼の足取りは自然に遅くなった。この山には虎が出るといううわさがある。獣の吠え声が遠くから聞こえるたびに、餅屋はびくびくした。


もうすぐで、太陽の最後のかけらが沈むという時に、餅屋は竹やぶのそばにやってきた。

どこからともなく、奇妙な声が聞こえる。

「おい、そこの餅屋。お前の餅を、俺にも1つ売ってくれないか」

 餅屋はその声を不気味に思ったが、なにせ餅はどっさり残っていたので、「いいとも」と答え、背負っていた木の箱を開いた。

「一番大きいのを、やぶに向かって投げてくれ」

 と、言われたので、餅屋は白くて大きなもちを1つ取り上げ、竹やぶに放り込んだ。しばらくすると、むしゃむしゃと餅を食べる音が竹やぶの中から聞こえてきた。

「ああ、うまい。1つじゃ、とても物足りない」

 餅屋は思わず、こう言った。

「そんな遠くいないで、近くに来たらどうだね」

 すると、がさがさと笹をかきわけて、恐ろしい姿のトッケビが現れた。餅屋は怖くなったが、餅を食べてくれた大事なお客様でもあるので、何も言わないでいた。

 トッケビは、餅屋が渡す餅を5つも食べ、満足して膨らんだ腹をなでた。

「うまかった。だが、俺は人間のお金を持ち合わせていないんだ。その代わり、お前に良いことを教えてやろう。もうしばらく、この道をまっすぐ歩いていくと、大きなお屋敷がある。そこで餅を売るがいい。そして、今晩は泊まっていけと言われるから、ありがたく泊めてもらうのだ。ただし……必ず守らなければならないことがある」

 トッケビは、声をひそめ、餅屋に忠告した。

「案内された部屋以外は、決してのぞいてはならん。寝泊まりする部屋では、必ず4つんばいで歩き、出された料理は手も箸も使わずに食べるのだ。ああ、それと、もう1つ。自分のことを何か聞かれたら、はっきりと返事をしてはならん」

 トッケビは、餅屋に青い小刀をひとふりくれた。

「これを、いざという時のために、持っていくがいい」

 言うが早いか、トッケビは姿を消し、後には餅屋だけが残った。


 餅屋は、教えられたとおりに、山の奥深くへと続く道をまっすぐ歩いた。すると、山の中とは思えぬほど大きく立派な屋敷があった。

 扉を叩くと、下女が顔を出した。

「餅はいりませんか?」

 すると、中から何人もの人が出てきて、餅を食べたいと口々に言った。餅屋は、木箱の中の餅を残らずこの屋敷で売り切ることができた。屋敷の主人は体の大きな、毛深い男で、気前よくお代を払ってくれた。

 そのうえ、主人は餅屋にこう提案した。

「もう辺りはすっかり夜だ。山道を歩くのは人間には辛かろう。今晩は、ここに泊まっていくがいい。おいしい餅のお礼に、あなたをたっぷりもてなそう」


 餅屋は、トッケビの言う通り、その屋敷に泊まることにした。下女が、一番大きな部屋に案内してくれた。途中にはいくつも扉があったが、餅屋は見向きもしなかった。宮廷料理かと見まがうばかりの豪華な料理が次々と運び込まれた。


 餅屋は、下女に料理の世話をしてもらいながら、手も箸も、お椀さえ使わずに料理を平らげた。ちょっと部屋の中を動くのにも、両手足を使って4つんばいに歩いた。

 

 下女は、餅屋のふるまいをじっと見ていたが、何も言わなかった。食後の酒を取りに彼女が部屋を出た後、餅屋はほっとひと息をついた。


 その時、餅屋は食器をのせる盆のへりにごみがついているのを見つけた。捨てようとつまみ上げると、それは1本の黄色い毛だった。



 下女が戻ってきて酒をつぐと、餅屋は舌をのばし、ぴちゃぴちゃと酒をなめてみせた。下女は呆れているようだった。

「あなた、本当に人間ですか?」

 馬鹿にされているような口調でそう聞かれ、思わず餅屋は答えた。

「はい」


 食事の後は、分厚い布団をしいてもらい、ぐっすりと眠った。だが、真夜中になって、雷のような音を聞いた気がして餅屋はふと目を覚ました。


 部屋の中で、荒い息の音が聞こえた。餅屋ははっと布団の中で身を固くした。彼の周りをぐるぐると歩き回っているらしい、静かな足音も聞こえた。おまけに、生臭いにおいが漂ってきた。

 フンフンと体の匂いをかがれている気配がして、餅屋は震え上がった。扉をすーっと開けて、何者かが次々と入ってくる。

 雷のような音は、ずっと続いている。その音の正体に思い当たって、餅屋は真っ青になった。


 獣が、のどを鳴らす音だ。


 もう我慢ができなかった。餅屋は体を丸め、叫んだ。恐ろしいうなり声が上がり、何頭もの獣が、餅屋に襲いかかった。


 ところが、つづいて聞こえてきたのは、獣の悲鳴だった。おそるおそる餅屋が布団から顔をだすと、月明かりの中で、大きなたくさんの虎が、血しぶきをあげながら跳ね回っていた。


 虎たちが戦っていた相手は、青い小刀だった。小刀はいつの間にか餅屋のふところを飛び出し、虎たちを切りつけていた。あちこち大けがをした虎たちは、とうとう逃げ出した。残りの虎も、皆続いて飛び出して行った。


 餅屋は、虎がいなくなった後で、布団から抜けだし、小刀を拾った。そして、屋敷の中に誰もいない様子であることを知ると、さきほど開けなかった他の部屋の扉を開けて回った。


 最初の部屋には、人間の骨がぎっしりとつまっていた。2番目の部屋には、1頭の大きな虎が死んでいた。3番目の部屋には、目も眩むような黄金や錦など、素晴らしい財宝があった。


 餅屋は自分の木箱に、入れられるだけの宝をつめて、屋敷から逃げ出した。そして、元いた村に戻ると、手に入れた宝で大きな店をたてた。その後餅屋は生涯安らかに暮らしたが、時折夜に、山に住むトッケビが餅を買いに来たらしい。

 


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― 新着の感想 ―
三枚のお札のような、拝読しながらどこか懐かしい印象を受けました。 けれど正体が山姥ではなくトラだというところに異国情緒を感じました! トッケビが山を下りてまで買いにくるという餅屋の餅、きっとおいしいん…
不思議なお話ですね。トッケビとは一体どういう存在だったのでしょう。気になっちゃいます。
2025/01/23 09:11 退会済み
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