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おっさん三人、ウォーキングのウォーからはじめてみたら・・・

 その日は、からりと晴れた空から太陽の光が燦々と煌めき、優しく街を照らしていた。

 午前7時、橋本はしもと むつみは日課である公園のゴミ拾いを鼻歌交じりに行っている。時折民家から聞こえてくる目覚まし時計のアラームが今日の始まりを感じさせて、睦は皺の寄った目元を和らげる。

 「おお、橋本さん!今日も精が出ますねぇ!おはようございます!」

 快活な笑顔とともに、比嘉ひが 克典かつのりがランニングの帰りだろうか、元気よく睦に声をかけてきた。克典は齢六八とは思えぬ筋肉の持ち主であり、退職前はジムのインストラクターで、現在は老人ホームでストレッチを教えているらしい。

 「いやぁ、克典さんには及びませんて。この頃足腰が弱ってきてましてねぇ、日課のゴミ拾いも少々キツくなってしまってるんですよ」

 「それはいけないなぁ、もしよければこれから簡単にできる足腰の体操でも教えますか!」

 「おお、それは有り難いですね。妻にも何かスポーツをしろと口を酸っぱくして言われてるもんですが、何から手を付けていいかさっぱりでして」

 睦は所謂文化系の畑で、生まれてこの方仕事の付き合い以外でまともにスポーツをした事がないのである。加えて、過ぎる人の良さが妻の心配を誘うらしく、何かしら自信になる事を趣味にして欲しいと思われているのだ。



小林こばやし 紀夫のりおは悩んでいた。彼は少々人見知り故にご近所付き合いが苦手で、話しかけられても上手く話が出来ずに気まずい空気を作ってしまうのだ。

 そんな彼がゴミ出しに家を出たら、通り道のポストの前で比嘉と橋本が談笑していた。このまま進めば気のいい彼らは紀夫に挨拶をしてくれるだろう。しかし、朝一番から失敗をしたくない紀夫は、遠回りになるが反対の坂道を登ってゴミ捨て場に行くことも考える。だが、それを目撃された場合不可思議に思われてしまうのは必然だし、もっと悪く考えると二人が邪推をして紀夫が彼等を嫌っていると思うかもしれない。

 比嘉と橋本に限ってそんなことは一切ないのであるが、いかんせん紀夫は人見知り故のマイナス思考なのである。

 (はぁ、キツくなるが坂道からいくか・・・・・・)

 結構な間考えた末、紀夫は坂道を登ろうとした、その時である。

 「おーい!小林さん!おはようございます。ちょっとお聴きしたい事があるんですけどねぇ!」

 大きな声で比嘉が呼びかけてきたではないか!

 肩をビクッと揺らしつつ、紀夫は二人の元に向かう。するとこんな会話が繰り広げられていた。

 「やっぱり最初はランニングでしょう!」

 「いやいや、私はさっきも言ったようにまるっきり初心者ですから、ウォーキング・・・・・・いや、ウォーキングのウォーの部分からやりたいんですよ」

 紀夫はさっぱり意味が分からなかったが、よくよく聞いていると、橋本が運動をやるにあたって、何処から手を付けるかという議論が白熱し、ランニングかウォーキングのどちらをやるかで紀夫に意見を聞きたいらしかった。

 「あ、あのぅ・・・・・・、僕は初心者にはウォーキングがいいと思います・・・・・・」

 勇気を振り絞って紀夫が言うと、比嘉が頭を掻きつつ渋々といった程で首肯した。

 「やっぱりウォーキングかぁ、まあいきなりは身体も痛みますしね、走ると受ける風が気持ちいいんですけどね、ようし、明日から走り込みますか!」

 やっぱりランニングを諦めきれない比嘉に橋本がそうはさせないとばかりに言う。

 「いーえ、ウォーキングのウォーですから走り込みはいきなりしません」

 橋本はそう言って、にこりと小林に微笑みかける。

 「宜しければ、小林さんもご一緒に比嘉さんに運動を教えてもらいませんか?健康にも良いですし、前々から小林さんとお話ししたいと思っていたんですよ。あ、勿論嫌だったら断ってくださいね」

 「あっ、あっ・・・・・・、わ、私でよければ・・・・・・」

 まさか誘われると思っていなかった小林は動揺してつい首肯してしまう。しまったと思った時にはすでに遅く、比嘉にガシッと肩を掴まれた。



 三日後、橋本は額に脂汗を浮かべながら、眼下に流れる濁流を、震える腕で必死に木の幹に掴まりながら眺めていた。

 (どうしてこんなことに・・・・・・)



 始めは簡単なウォーキングという事で、比嘉の近くの山のウォーキングコースに行きましょうという提案に乗り、三人は初心者用のコースを歩いていた。

 木々の隙間からは陽の光が差し込み、のどかな鳥の鳴き声が聴こえ、穏やかに談笑しながら三人は進んでいく。

 最初はがちがちに緊張していた小林も、二人の朗らかさに次第に緊張が解れ、ぽつぽつと自分の事を話し始めていた。

 「ほー!小林さんの娘さんは今年から社会人ですか~、お家を出ていかれるときは寂しさもあったでしょうが、今頃は新しい生活にも徐々に馴染んできているのではないですか?」

 聴けば、橋本の娘二人もここ四年のうちに社会人になったそうで、妻と電話している様子から見るに、段々と自分の生活ペースを掴んでいっている様である。比嘉にも一人息子がおり、建築会社で勤務してしばらく経つらしい。やはりみな子供はかわいいので、話に花が咲く。話題が子供の幼少期にまで移った頃に、三人の足は山頂に差し掛かった。

 


やがてコースを登り切り、さて下山しようとした所に突然雨が降ってきて、三人は東屋に入り雨宿りをすることにした。だが、一時間経っても雨は止まず、流石に家族に心配をかけると思った三人は、タオルを傘代わりにし、濡れても下山をする事に決めた。

 一応一報を入れておこうと、橋本が鞄からガラケーを取り出そうとした、その時だ。強風に煽られて唯一の連絡手段である橋本のガラケーが坂道を転がっていってしまったのは。

 何かハプニングが起きると人間は正常な思考ができない物である。慌てた三人はなんとかガラケーを取り戻そうとそれを追いかけ、初心者コースから外れた森の中に入っていく。だがガラケーはどんどん遠のいていき、三人もまた、バラバラの場所を走り始めた。

 一番ガラケーの側を走っていた橋本が、やっと追いつきそうだと思ってガラケーに手を伸ばした。そんな彼の先にあったのは、崖の下、虚空だった。

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