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婚約破棄されたばかりの私は、第一王子に呼び出される

作者: みき

壁は純白のトーンで統一され、上質な家具が配置された応接室。昼間だというのに、煌びやかなシャンデリアが高級感あふれる部屋の象徴として輝きを放つ。


「殿下はご公務中ですので、少々お待ちください」


 綺麗に伸びた背筋を折り曲げ、完璧な所作でお辞儀をするメイド。さらさらと艶やかな白の髪が肩から流れる。


「あ、え、ーーっと……」


 一般家庭数十世帯の年収に相当するオーダーメイドのソファに腰掛ける少女は、どう対応したら良いのかわからずに手を上下左右に動かし、とりあえずメイドに向かってお辞儀をする。


「……失礼します」


 それからワゴンに用意されたティーポットの蓋を開け、お湯を注ぎ込む。部屋に紅茶の香りが漂い、緊張で凝っていた肩から少しだけ力が抜ける。


「それでは殿下が参るまで、もうしばらくお待ちください。何か御用向きなどがございましたら、こちらの鈴を鳴らして下さい。では、失礼致します」


「あ、あっ……ありがとうございましゅ!」


 お辞儀をするメイドに向かって、ソファから立ち上がり、同じく完璧ではないが、深々と頭を下げる少女。後ろで結んだ長い髪によって顔が隠される。


「ふふ。そんなに畏まられなくて大丈夫です、どうかご友人に会いに来たつもりで、遠慮なく殿下に接してあげて下さい」


 玉のように綺麗な手を口に当て、上品に微笑むメイドは、少女に再び頭を下げると応接室を後にした。


「……ご、ご友人のようにって言われても」


 高いソファ故、もしも背もたれに体を預けて傷をつけてしまったら困るので、ソファの端にお尻をつけるだけで、あとは殆ど空気椅子のように腰掛ける少女は、「男爵家の人間である私が雲の上のような王子様にそんなの恐れ多い!」とさらに背筋を延ばす。


(それにしても手紙には『王城に来られたし』としか書かれていなかったけど……)


 ドレスのポケットから王家の紋が押された紙を取り出す。


「一体どんな要件なんだろう……まさか婚約者がいなくなった我が家は将来性なしとしてお家取り潰しを言い渡されるのかな……」


 考えれば考えるほど不安な事ばかりが思い浮かび少女の顔は青ざめていく。



 ◇◇◇

 


 春の暖かな風が吹き抜け、桜の花びらが舞い踊る。普段は貴族の子女たちで賑わう教室は、今日は学舎を巣立つ日ゆえに静けさに包まれている。窓辺には、そっと桜の花びらが着地する。


「メリア・フレグランス!」


 建物の外では、祝福と別れの悲しみを噛み締める卒業生達の声がする中、静かな教室からは祝福とは正反対の呪詛に満ちた声が響き渡る。


「貴様との婚約を破棄する!」


 そう宣言したのは、教卓の上で腕を組みメリアに見下した視線を送る緑髪の男性ーー名をクロノ・ヘルトス。子爵家の次期当主でメリアの婚約者。


 その隣には、背中が大きく開かれ白くキメの細かい肌が露出した真っ赤なドレスを着た女性ーー名をオルナ・ブラウス。男爵家の令嬢でメリアの友人。


「……な、何で?」


 卒業式が終わり、「用がある」からと呼び出され教室に来てみれば、突然の婚約破棄の宣言に困惑を隠せないメリアは、仲睦まじく身を寄せ合う2人を見て、「夢でも見ているのか?」と我が目を疑う。


(どういうこと? 何で2人が……?)


 そんなメリアに向けてクロノが口を開く。


「何で、だと……わざわざ理由を言わなくてもわかるだろう? お前のその足りない頭でよく考えろ」


 クロノはこめかみを人差し指でトントンと叩き、メリアを睨む。


「……なぜですか?」


 一瞬考えたのだが見当がつかず、メリアは聞き返す。


「……き、貴様」


 クロノは動きを止め、小刻みに震える。


「彼女は昔からおつむが少々……いえ、かなり悪いですから気にすることはありませんわ、クロノ様」


 オルナは「ふん」とメリアを鼻で笑い、しなだれ掛かるクロノの耳に囁く。その心地よい声に、揺らぐ心は静けさを取り戻し、愛しいという思いが溢れ、引き攣った顔が柔らかさを取り戻す。


「ふぅ……ありがとう、オルナ。君のおかげで落ち着いたよ」


「ふふふ。どういたしまして」


 クロノの抱擁を受け入れるオルナだが、その顔は……


(チ! さっさと婚約破棄の理由を言えよ!)


 感情が如実に出ており、メリアから見えないように壁の方を向く。


(私はあんなに優しくしてもらったことないな……)


 婚約相手として出会ってからの10年ーークロノは子爵家としては信じられない程の財力を使い、欲しいものを手に入れ、いうことを聞かない民を奴隷にしたり……まさにやりたい放題。


 祖父同士が仲が良いということで婚約を結んだが、お金持ち子爵家育ちの令息と、余裕のない男爵家育ちの令嬢……出会ってから距離を縮めようと何度も手紙を送り、直接会いに行ったのだが、ついぞ心を開いてくれることはなかった。


 心が離れている事は知っていた。しかし実際に目の前でこうもまざまざと見せつけられると……しかも、その相手がオルナだなんて……刺すような痛みが胸に広がり、滲み出る涙をそっと拭う。


「馬鹿なお前でもわかるように説明してやろう!まずお前のその態度だ! 誰彼構わず媚びへつらい、しかも俺に見せつけるように……舐めるな!俺は1人が好きなだけだ!」


 雷のような鋭い怒号がメリアに落とされる。


「!」


 これまでに何度も怒りをぶつけられる事はあったが、そのどれとも比にならない程の怒りにメリアはたじろぐ。


「それにあなた、もともとクロノと釣り合ってないのよ。男爵とはいえ、貴族のくせに下々である農民なんかと一緒に土をいじるなんて……恥ずかしいと思わないの?」


 今にも噛みつきそうなほど唸るクロノを宥め、彼の代わりに話を続けるオルナは、半眼でメリアを睨む。


「……だって、この国は農業大国。そんな国の貴族なら一緒に作業をするのは」


「当たり前なわけないでしょ! 私達は選ばれた者なの! あんな泥で汚れた存在とはそもそも住む世界が違うのよ!」


 ドレスの裾を握り、絞り出すように言葉を紡ぐメリアだったが、青筋を浮かべたオルナによって遮られる。


(泥で汚れた存在……私たち貴族はその人達に支えられて生活しているのに……!)


 その想いを言葉にしたいのだがーー


「何か言いたそうね。まあ、あなたがドレスの裾を握る時は何も話せなくなるのは知ってるけどね」


 そんなメリアを嘲笑するオルナは、その長い髪を肩の後ろへ流す。


「まあ、あなたがどうしてもと言うのなら、妾くらいにはしてあげてもいいわよ」


 半笑いで首を傾げるオルナと、「はぁはぁ」と鼻息荒くメリアの身体を視線で舐め回すクロノ。


 妾……経済的支援を約束された愛人という意味だが、その実態は子供が出来ると跡目争いの原因にもなりかねない為に捨てるというのがほとんど。中には、捨てられずに経済的支援を受けられている者達もいるが、それでも本家で暮らす事は許されず、外で大々的に家名を名乗る事も禁じられる。


 オルナの前でも、「身体だけならメリアはすごくいい女だ。しかし子供が出来たらすぐに捨てるがな」と常々言っているクロノなので、その話を受けたら良い未来は待っていない。


 それにここまで言われてーー


「……ふざけないで」


 黙っているようなメリアではない。


「は? 聞こえないんですけど」


「そんなのこっちから願い下げよ!」


 メリアは涙を流しながらも、その思いの丈を叫ぶ。


「っ!」


 それからメリアは脇目も振らず教室を飛び出した。



◇◇◇



「ふぅ……やっぱり畑で作物の世話をするのが一番だわ」


 あの日から1ヶ月……メリアは領地へと戻り、農民達と一緒に畑仕事に精を出していた。


「ふふふ。あなたはどんなナスに育つのかしらね。夏が待ち遠しいわ」


 燦々と照らす太陽の暑さに、苗が枯れないようにと水をやり、その水を吸い上げ萎びていた苗は少しずつ元気を取り戻し、雄々しく立ち上がる。そんな苗へと微笑むメリア……完全に精を出す場所が違うような気もするが、満足気に笑う顔と卒業式での出来事を知っているため、誰もツッコめずにいた。


 しかしいつまでも畑仕事に精を出しているわけにはいかないーーなぜなら……


「メリア様。マグナリス侯爵様も結婚なさったそうです! お相手はご学友の……」


 学園で仲良くしていた友人達がどんどん結婚していっていた。そして今、報告を受けた人で最後となる。


「私にはお前達が居てくれるから全然寂しくないよー」

 

 うふふふ……と、メリアは身体中に暗いオーラのようなものを漂わせ、かぼちゃの花を愛でる。


「コラ!それは禁句だっていつも言ってるだろ!」


「っ! ご、ごめん……」


 ふくよかな男は、背は低いが誰よりもプライドは高い男によって肩を叩かれる。


「うふふふ……全然いいのよ。気にしないでー」


 瞳孔は開き、現実か幻かーー風がないというのに靡く綺麗なクリーム色の髪……その様相は、初夏にしては照りつける日差しが暑い日なのにも関わらず見る者達の背筋を凍り付かせた。


「ひっ……す、すいませんでしたー!!」


「そろそろ昼なんで一旦帰ります!」


 男達は慌てて回れ右。そのまま村へと走り去る。


「メリア様!!」


 そんな男達と入れ違いで、村長権フレグランス家の家老であるーーゴンザレス・ヴァーンは、片手に手紙を持ち掲げ、息も絶え絶えになりながらも、その足を緩める事なくメリアの元へ駆ける。


「うふふふ……今度は誰が結婚したのかしら」


 名前を呼ばれたメリアは、その声に返事をする事なく、今度は胡瓜の花を愛でる。


「胡瓜を愛でている場合ではありません! この手紙を見てください!」


 触れた瞬間に呪いが発動しそうな雰囲気のメリアに勇敢にも触れるゴンザレス。


 普段なら落ち着くまで好きに愛でさせてくれるのに……と、いつもと違う様子のゴンザレスに、メリアは黒いオーラを自身の体内へと収納し、靡かせていた髪を元に戻し、手紙を受け取る。


「……! お、王家の印!」


 手紙を裏返すと、そこには王家の印が押されており、驚くあまり遠くに投げ出してしまいそうになったメリアは、慌てて中を改める。


「『王城に来られたし』……ユリウス・ウェイレス」


 短い文と第一王子の名前が書かれていた。


「……ええ! な、なんで!」


 腰の力が抜け倒れ込みそうになったメリアは、慌ててゴンザレスにしがみつく。


「し、知りませんよ! 確か殿下とは同学年でしたよね。何かしでかしたんじゃ……」


 怪しい……と、メリアを抱き起こし、半眼で見つめるゴンザレス。


「何かしでかしたって……」


 心当たりがないわけではないメリアは顔を背ける。


 そう、メリアには過去の事例として沢山のやらかしがある。


 例えば、とりあえず……と話しかけた相手が公爵令嬢だったり……ダンスなんて踊った事がなく間違えて侯爵家令息の足を踏みまくったり……授業をすっぽかして花壇の世話をしに行ってしまったり……挙げればキリがない。


「何やったんだろう……」


 何もない。と言う言葉を期待していたゴンザレスは青ざめた顔でそう言うメリアを見て口から魂が……


「メリア様ー!!」


 抜けなかった。


 それから数日……失礼のないように最低限のマナーとこれまで一度たりとも袖を通してこなかったフレグランス家にある服の中で一番高く、そしてスタイルの良さを際立たせるために内側に向かって曲線となっているデザインのドレスをバックに詰めて、王都へ急ぎ馬車を走らせた。


………

……


 そして現在……


「ふ、ふふ……」


 極度の緊張から手に持つティーカップをカタカタ揺らし、対面のソファーの角を一点集中で見つめる。


 と、そこへ……


「待たせてすまない」


 部屋の扉が開かれ、颯爽と1人の美青年が入室。


「で、殿下!」


 その人物は、ユリウス・ウェイレス。ウェイレス王国の第一王子にして、メリア達(第70期)世代の首席卒業生。緩く垂れ下がった目尻がチャームポイント、さらに内へ内へと伸びるハチミツ色の髪が可愛らしさに拍車をかける。


「ご、ごき……ご機嫌うるわしッ!……しゅう!」


 本日はお招き頂き……と言う感謝の言葉とカーテーシーを忘れ、一連のやり取りを一言にまとめ頭を下げるメリア……その顔は、ハッ!として、やってしまった……と後悔の色に染まる。


(ギャアアア! 何やってるの私! 殿下の機嫌を損ねたら……)


 ユリウス・ウェイレスーー彼はその見た目から「ハニーエンジェル」と呼ばれる一方で、常に表情を崩さず、どんな貴族子女も寄せ付けない鉄壁の守りから付いた名は、「アイアンプリンス」

 学園で3年間クラスを共にした者達でも、ユリウスが笑った顔を一度も見た事がないと言う。


 そんな殿下に少しでも失礼があれば一体どんな処罰が待っているのか……考えただけでも恐ろしいとメリアは身を震わせ、頭痛と胃痛が同時に襲いかかる。


「ぷっ……あははは! 相変わらず君は面白いね」


 しかし、頭によぎった結末とは打って変わり、メリアの耳にはユリウスの笑い声がーー幻聴か?と我が耳を疑い、顔を上げる。


(……笑ってる)


 幻聴でも幻覚でもなく、耳にする声、目にするユリウスの動作ひとつひとつが現実だとメリアに教えてくれる。


(殿下って笑うとこんな顔をするんだ……)


 意外だ。と感じつつ、その底なし沼のような魅惑の笑顔から抜け出せずに、ユリウスの顔をメリアは凝視する。


「いや、すまない。僕以上に緊張している君を見てたら笑いが止まらなくなってしまって……」


 ふぅ……と、ユリウスは息を吐き、


「メリアさん。遠路はるばるこの王都まで来てくれてありがとう。どうぞ楽にして」


 と、メリアに腰掛けるよう促す。


「……ひゃ!はい!」


 まさか、自身の名前を殿下が口にしてくださると言う光景に衝撃を覚えながらも、少し緊張が取れたメリアは、本来の滑舌を取り戻し、促されるままにソファへ、ドスン!と豪快に腰掛けてしまう。


(ち、力加減を間違えたー!!)


 内心では頭を抱えるメリアだったが、特に気にした様子のないユリウスに合わせ、メイドが新しく淹れてくれた湯気が昇る紅茶を口へ運ぶ。


 口の中に広がる紅茶の豊かな風味……さすがは王宮に仕える使用人。一つ一つの動作もお手本のように綺麗だが、それだけではなく紅茶の旨味を最大限に引き出す技術ーー脱帽としか言いようがない。


 同じ貴族の女として、自分が畑の作物を育てるのに精を出す一方で、彼女達はそのすべての時間をこれらマナーなどに費やしたのかと思うと尊敬の念を覚える。


 しかし、作物を育てる事に関しては絶対に負けない!と謎の対抗意識も燃やすメリア。


「……」


「……」


 それからしばしの沈黙ーー目を閉じて紅茶を静かに飲むユリウスといつ本題を切り出されるのか戦々恐々のメリア。


(な、何を話しかけたらいいの……)


 チラチラとユリウスを見る。


「……!」


 すると、いきなり目を見開き真剣な眼差しでメリアを見つめるユリウス。


(ええ!なになに!急に目を見開いた!)


 メリアは内心で慌てつつも平静さを装い、同じく真剣な眼差しでユリウスを見つめる。


「……メリアさん。今日呼び出したのは個人的なお願いがあって来て頂いきました……」


 流れるはちみつ色の綺麗な髪と、真剣だがどこか緊張からか揺れるユリウスの瞳。


(つ、ついにきた!)


 覚悟を決め、ユリウスの言葉を待つメリア。そして、重い口を開き言葉を紡ぎ出す。


「ぼ、僕と婚約して下さい!」


 紅茶よりも赤く染め上がった頬、断られたらどうしようという恐怖から固く瞳を閉じ、ユリウスは頭を下げる。


「……えええ!!!」


 お家取り潰しと言われるのか……と覚悟していたメリアは予想外の事に、これまで心の中で留められていた声が表へと飛び出してしまう。


「お、お気は確かですか!殿下!……熱でもあるのでは??」


 失礼します!とユリウスのもっちりとした柔らかい頬を掴み、顔を上げ、そのおでこへと手を当てるともう片方の手は自身のおでこへ。


「な、何を……」


 予想の斜め上の行動を取られた事によりユリウスは、自身が想いを寄せる女性に鼻先が触れそうなほどの距離に迫られた事で、既に上限一杯一杯だった緊張が天元突破!どうしたら良いかわからずにただただされるがままとなる。


「うーん、異常はありませんね。ハッ!まさかお胸の方……ではありませんね。しかしーー」


 今度はユリウスの胸に耳を押し当てるメリアは、その鼓動に酔いしれる。


「鼓動が速くなったり、ゆっくりになったりと殿下の胸は忙しいのですね……あ、今度は良いリズムですね!」


 ユリウスを見上げるメリアだったが……


「ハッ!す、すみません!ご無礼を致しました!」


 テーブルに身を乗り上げ、この国の次期国王であるユリウスの胸に耳を押し当てる行為をしてしまった事に遅ればせながら気付いたメリアは、すぐに姿勢を正し謝罪する。


「……ぷっ、あははは!本当に君はいつもいつも予想の斜め上……いや、真上を飛び越えていくな」


「あははは……すみません」


 殿下に許された安堵感と自身の行動による羞恥心から頬を描くメリアと、そんなメリアを見て微笑むユリウスは、ソファから立ち上がりメリアの元へ歩む。


「本当に君は……」


 近寄るとメリアの顎に手を添えて自身の顔に向ける。


「で、殿下……」


「でも、そんな君が愛おしくて堪らないんだ」


 潤んだ瞳のユリウス、その瞳から目が離せなくなるメリアはしばらく互いを見つめ合う。


「僕はこの国の貴族が嫌いだ。民が汗水垂らして稼いだお金から税金を徴収しているにもかかわらず、その民を蔑ろにする……だから、学園では誰とも話したくなかった」


 ユリウスは悲しげに視線を落とす。


「殿下……」


「でも、そんな時に君と出会ったんだ。貴族や民など身分差に関係なく誰とでも笑い合う君に……」


 メリアの髪を撫でる。さらさらとした心地よい肌触り。


「……って、いけません!私は男爵位……殿下とは身分が」


「ふふふ、大丈夫。僕は次期国王だから、その辺はいくらでも押し通せる」


「しかし、私のようなほとんど農民も同然の……」


「大丈夫、私も同じだ」


 ユリウスはメリアに見えるように自身の爪を見せる。


「で、殿下も土いじりをーー」


「私も作物の世話が大好きなんだ」


 メリアは自身の爪を見つめ、同じ汚れのついたユリウスの手をまじまじと見つめる。


「ほ、本当に私なんかで良いのですか?」


「君が良いんだ」


「先ほどみたいに突飛な行動を取ってしまいますよ?」


「面白いから許す」


 ユリウスはメリアを抱きしめる。


「その反応は……YESと受け取って良いのかな?」


「わ、私なんかでよろしければ……末永くよろしくお願いします!」


「ふふ、こちらこそよろしく」



◇◇◇



 それから半年後ーー


「殿下! 鍬を振るう時はもっと腰を入れて下さい!」


「ゼーゼー……メリア、ちょっと休もう」


 2人は王城の中庭に居た。


 あれから、一度領地に戻ったメリアは両親に「私、ユリウス殿下の婚約者になったので、来月から王城に住みます」と領地、ひいては国中を騒がせる事になったが、反対するものはなく婚約は進み、今日2人は結婚する。


 今は、その結婚式における新郎新婦による畑への鍬入刀の最中だったのだが、鍬を持つと人が変わるメリアは結婚式そっちのけで畑を作り始めていた。


 それを目にした多くの参列者は笑い、一部の貴族令嬢は学園時代に見られなかったユリウスの息を切らした姿に魅力され、メリアを知る者は頭を抱えていたーーその中で……


「な、なんであんなブスが殿下と……」


「まあ、そんな事はどうでも良いじゃ」


「うるさい!どうでも良く無いわよ!結婚した瞬間に金脈が底をつくなんて予想外よ!この役立たず!貧乏貴族!」


「ま、待ってくれ!オルナ!」


 領地にあった金脈が底をついた事で今まで誇っていた財力がなくなり、一気に貧乏貴族へと転落したクロノと、そんな彼と結婚してしまい、なかなか離縁できずにいるオルナはクロノを突き飛ばし、結婚式中にも関わらず、王城を飛び出して行った。


「ほら!殿下も早く鍬を振るってください!まだまだ耕し足りません!」


「はぁはぁ……もうダメ」


 そんな2人をよそに、メリアとユリウスは幸せいっぱい……なのか?

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