第2話
雲ひとつない真っ青な空。
太陽に似た惑星はキラキラと輝き、その反対側には月に似た、けれどもかなり大きな惑星が2つ。
草原を駆け抜ける風は、どこか夏の匂いを含んでいる。
見渡す限りの、青と緑。
「どこだよ、ここ……」
どれだけ目を凝らしても、街ひとつ……人っ子一人すら見当たらない。
異世界の神ギディシオンが言うには、転移場所は様々で、街のど真ん中もあれば海の真上、森の中など、どこに出るか分からないと言っていたが。
「うーん……ちょっと無理ゲーでは?」
転移した瞬間、絶望が胸を襲う。
まさか自分がこんなところに転移するとは思ってもいなかった。
しかし項垂れていても仕方ない、ひとまず適当に歩いてみるか、と随分重くなった体を動かし始める。
そして俺は、風の音と鳥の声、遠くから聞こえる獣らしき声を背後に、つい先程の事を整理し始めた。
――――――――――
「ぼ、僕たちは死んだん、ですよね……?なんでまた、デスゲームなんて……」
「?」
恐る恐る、といったように震えた声を上げたのは、俺の一つ前に座るメガネの男だ。
ギディシオンはその男に目を向けると、感情の浮かばない瞳で首を傾げて見せる。
「お主らの命はもう我のものだろう?我の自由にして、何が悪い。我はデスゲームという遊びをしてみたいのだ」
「なっ……!」
ギディシオンの言葉はどこまでも軽く、俺たちの命はなんてちっぽけなんだと思い知らされる。
どこまでも純粋に、デスゲームを「遊び」として捉えていることに、全員が気づいた。
「ふ、ふざけるな!なんで俺たちが……!」
「異世界の神なんでしょ!?自分の世界でやりなさいよ!」
「もう1回死ぬのなんてごめんだ!」
あの神という存在は、自分たちとは全く違う理解のできない存在なのだと。
恐怖に顔をひきつらせながら、口々に叫び出す。
ただでさえ人生を失っているのに、更にデスゲームなどというものに参加させられるなど、耐えられるものはいなかった。
「……弱き命ほどよく泣くものだ」
ギディシオンはこちらの声に眉をひそめ、手を一振、払ってみせる。
先程まで騒がしかった場は途端に静かになり、口元に違和感を感じた。
「お主らの命はもう我のものだ。それにな、我は我の世界を愛しておる……愛し子たちを危険な目に合わせるのは、しのびないだろう?」
先程本を出した時のように、また手のひらにひとつの惑星を映し出す。
それを慈しむように見つめるギディシオンに、俺たちはもう言葉も出なかった。
……いや、出すことが出来なかったのだ。
皆一様に喉を押さえ込み、顔を赤くさせ、脂汗を浮かべて苦しそうな顔でもがいている。
どういう原理かは分からないが、あの神は俺たちの呼吸器官を止めたらしい。
かく言う俺も、汗と涙だけが流れ続け、だんだんと意識が朦朧としてきた。
「……っ!」
もう、気を失う……と思ったところに、ギディシオンに掴みかかる影がひとつ。
明るい茶髪で、背の高い男だ。
顔を真っ赤にしながらも、必死にギディシオンに掴みかかる。
「……おぉ、忘れておった。お主らは呼吸器官を止めると死ぬのだったな」
手を一振。
その瞬間、大量の空気が流れ込み、今度はそれに窒息してしまいそうだった。
必死に酸素を吸い込み、呼吸をおちつける。
「我はデスゲームを見たいのだ。こんなところで死んでくれるなよ、異世界の子供たち」
それは、どこまでも冷たい、暗い瞳だった。
どんなにおかしいと思っても、刃向かってしまえばまた苦しい思いをすることになる。
先程とは打って変わって、誰一人として声を上げることはなかった。
「……ふん、この我に歯向かうとは」
先程ギディシオンに掴みかかった、1人の男。
最後の力を振り絞って俺たちを助けてくれたのだろう、今はギディシオンの足元にぐったりと倒れ込み、ひゅーひゅーとか細い音だけが響いていた。
ギディシオンは男をつまみ上げ、元いた場所にポイッと捨ててみせる。
「まぁ良い……我は気分が良いからな」
近くにいた人達が介抱するのを見ながら、口元を歪め、そして指を鳴らす。
体をなにか暖かいものが包み込んだかと思えば、ふわりと浮き上がる。
周りも同じようで、一人ひとりが丸い液体のようなものに包まれているのが見えた。
「お前らはこれから我の世界に転移する。場所は我でも分からない……森の中か、街の外れか、それとも海の中か……。あぁそうだ、お主らに簡単に死なれては面白くないからな。特別に力を分け与えてやろう。1人にひとつ、我の特別な力だ。役に立つ力もあれば、立たない力もあるかもな……」
ギディシオンのいう、転移とやらが始まるのだろう。
意識が薄れ始め、声もぼんやりとしか聞こえなくなってくる。
「さぁ、我を楽しませてくれよ、異世界の子供たち」
狭まっていく視界の中、ギディシオンがやけに楽しそうに笑っているのが見えた。
俺たちは、どこまでもゲームのためのコマでしかないのだ。
――そして気がつくと俺は、だだっ広い草原の真ん中に倒れていた、という訳だ。
できれば同じ日本人がいいが、この際ここの住人でもいい、とりあえず人に会いたい。
……とはいえ。
「……うあー、どこまで続くんだ、これ」
歩けど歩けど見えるのは草原ばかり。
休憩しようと棒のようになった足を放り出し、地面に寝転がってみれば優しい風が頬を撫でていく。
「デスゲームしろ」なんて言われたことが嘘のように、穏やかな風だった。
「ちょっと……いやだいぶ前途多難だな」
そして俺は襲い来る眠気に身を任せ、ゆっくりと目を瞑るのだった。