第1話
――最後の記憶は、恐怖に歪んだ子供の泣き顔だった。
帰宅部ゆえに参加するような部活動もなく、普段遊びに行く友人たちは今日に限って用事があるからとそそくさと帰ってしまった。
ならば受験生だからと教科書を開いてみたものの、やる気が起きず早々と帰ろうとしていたときだ。
突如、鼓膜が破けそうな程の音と振動が響き渡った。
スマホに落としていた目線を上げてみれば、轟々と音を立てて近づいてくるトラックと、道端に座りんだ小さな子供。
ボールを大事そうに抱える腕は恐怖に震え、足はピクリとも動かないようで向かってくる大きなトラックをただ見つめていた。
歩道側にいる子供達は必死に泣き叫び、トラックの運転手も必死に止まろうとはしている。
が、急にスピードは落とすことができず、恐怖に顔をゆがめながらこちらに向かってくる。
――自分でもバカだと思う。
それでも、体が勝手に動いてしまったのだ。
道路に飛び出し、思いっきり腕を伸ばす。
突き飛ばした衝撃で少し怪我はしてしまうかもしれないが、命を落とすよりは何倍もマシだろう。
そして、子供が歩道側に飛んで行ったのを見届けた、刹那。
18歳、茹だるような暑さの中――自分の死を悟った。
――「いやあぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!!!」
――――――――――――
「皆の者、今までの人生は大変なものだったであろう」
ふと、低く艶やかな男の声が耳に入り、俺は重たい瞼をこじ開けた。
頭はガンガンと鳴り響くような痛みがあり、二日酔いってこんな感じなのかな、と場違いにも思う。
痛みが少し治まってきた頭を何とか持ち上げて、周りを見渡してみれば、何とも不思議な空間にいた。厳かな雰囲気が漂う白亜の建物は、アニメなんかでよく見る神殿に似ている。
足元にはスモークのようなものが漂っており、なんだか非現実的な空間だ。
そして祭壇と言うのだろうか、その奥にはパイプオルガンがあり、そのパイプが天井まで伸びている。
そんな幻想的な空間は、思わずため息が零れてしまう程だった。
そして周りには、まさに老若男女……様々な人が規則的に並べられた木製の長椅子に座らされていた。
俺と同じように周りを見渡すものもいれば、ぼーっとどこかを見つめているもの、これから何が起こるのかと恐怖に震えるものもいる。
「まずは自己紹介をしよう……我の名はギディシオン。とある世界を作り出した、神と呼ばれる存在だ」
ギディシオンと名乗った男は大変若く、床に着くほどの長い白髪に、虹色が混じりあった不思議な瞳、耳はエルフのように長く伸び、普通の人間よりも遥かに背が高かった。
神様など1度も会ったことはないが、なるほど確かに異様な雰囲気を放っている。
「お主たちには、我の願いを叶えてもらうためにここに呼び出した」
「……呼び出したって……俺は死んだはずだ!」
「そ、そうよ……!私も確かにあの時死んだわ!」
1番前に座った男の声を皮切りに、あちこちで俺も、私も、と声が上がる。
中には小さな子供もいるようで、甲高い鳴き声まで響き出した。
「左様であろうな。お主らは同じ世界……あぁ日本というのだったか、そこで同じ時間に死んだ56の魂たちだ。死に彷徨う魂を、我がここに呼び出したのだ。お主らの世界では、もう亡きものとなっているだろうよ」
56の魂、つまりここには56人もの日本人がいるらしい。
服装は死んだままらしく、勇作のように制服姿の者もいれば、エプロンを着けた女性やスーツ姿の男性もいる。
その中でも目を引くのは同じ作業服を着た男たちだが、日本のどこかで大規模な事故でも起こったのだろうか。
そんなことを呆然と考える頭の隅で、やはり死んでしまったのだという実感が湧いてきた。
あの時の子供は助かっただろうか。幼い過ちを忘れず、それでも前を向いて生きていけるだろうか。
運転手にも悪い事をした。この先の人生、辛いものとなってしまうのが申し訳ない。
愛し慈しんでくれた両親と祖父母は悲しんでいるだろうか。お盆には会いに行かなければ。
中学から仲の良い友人たちと、もっと遊んでおけば良かった。成人式は空から見守ろう。
「我は神であるが、色々な世界を見て回っている。それは自分の世界をより良くするためでもあるし、数千年にも及ぶこの人生の楽しみを見つけたいからでもある」
周りからかすかに鼻をすする音や、嗚咽が聞こえてくる。
先程の俺と同じように死を実感し、悲しみややるせなさが涙となって出てきたのだろう。
そんな中、ギディシオンはあまり興味が無いとでも言うように話を続けていく。
なんとなく、そういうところが神様っぽいな、などと思う。
「我は長い時間をかけ、様々な世界を見た。馬鹿の一つ覚えのように争いしか起こさない世界も、自分たちの力を過信し滅んでいった世界も、過ぎた発展の力により荒んで行った世界も、だ。だが一つだけ、その世界の中で面白いものを見つけた」
ギディシオンが手のひらを上に向けると、そこに淡い光が発生した。淡緑の、優しい色。
やがてそれはキラキラと光だし、丁度中央の位置に一冊の本が浮かび上がった。
「お主らの世界で見つけたものだ。地球には、面白いものがたくさんある。特に日本は素晴らしい、我には思いつかないような遊びが、この本には乗っておったのだ」
「そ、その本は……!」
「なんだ、お主も知っておるか。これは大変面白い読み物であった」
俺の位置からでは少し遠く見えずらいが、前方から読み上げる小さな声が届いた。
それは、小説……所謂ライトノベルというもので、普段そういうものを読まない俺でも知っている本だった。
内容は詳しくは知らないが、どこかに閉じ込められた人々が生き残りをかけて殺し合いをする内容だったはずだ。
――ギディシオンはなんと言った?
その手にある小説に、面白い遊びが乗っていると言ってはいなかったか?
その美しい唇の両端を釣り上げ、ギディシオンは言い放つ。さも、明日の天気を話すかのように。
「我は見てみたいのだ――ですげぇむ、というものを」
ふと、ギディシオンがこちらをじっと見すえて……目が合った――気がした。
ここまでお読み頂きありがとうございます!
私生活の関係でとてもゆっくり更新となります。
それでも良ければ、ぜひお付き合い下さいませ。