緊急通信! 現れた危険動物
せっかくなのでスウェーデントーチを使ってみた。
洞窟内では危険すぎるので、もちろん外で。
着火にはかなりコツがいるようだ。
ファイアースターターで別の枝に火をつけて――それを消えないよう火を移していく。
十分以上経ってようやく火がついた。
「へえ、切れ目の中から炎が沸いているな」
「まだ燃え始めたばかりだから、これからもっと火柱が立ちますよ」
北上によれば、三時間以上は余裕で燃え続けるらしい。照明や動物の忌避に使えるし、フライパンがあれば調理も可能のようだ。これは素晴らしい。
「こんな素敵な焚火があるんだね」
結局、服を着た天音もスウェーデントーチに目を奪われていた。
わくわくしているな。
その気持ち、凄くよく分かる。
火には不思議な魔力がある。
ただ見つめているだけで、心が穏やかになるんだよな。嫌な事すら忘れられる。
ノルウェーでは、薪が燃え続けるだけの番組が放送されたことがあるらしい。そういうのを『スローテレビ』というのだとか。視聴率が20%もあったとかなかったとか。
みんな求めているんだ、癒しを。
千年世にも見せてやりたいが、寝ているし……起こさないでおくか。
「ついに夜を迎えてしまった。明日には助けが来るといいな」
「きっと近いうちに船が来ますよ、早坂くん。それまでは無人島生活を楽しみましょう」
「本来の目的とは違うけどね。けど、俺はこういうサバイバルを望んでいた。だから今は楽しいよ。……腹減ったけど」
ぐぅとお腹が鳴る。
そういえば、なにも食べていない。
せめて果物でも入手できるといいんだけど。明日は食糧確保を優先にしようかなぁと思っていると、北上がなにを頬張っていた。
「……(モシャモシャ)」
「北上さん、それ“葉っぱ”だよね?」
「これはハーブの女王こと『ヨモギ』です。どこでも自生しているので入手しやすいんですよ~。草餅なんかに利用されて有名ですね。……食べます?」
目の前でモシャモシャ食べている光景を見せられ、俺はお腹がまた鳴った。
ついでに、天音のお腹も鳴ったが……赤面して“ツッコむな!”と睨まれたので、俺は遠慮しておいた。
「てか、食えるものなのか?」
「ヨモギですからね。薬草にもなる凄いヤツなんですよ。肩こりや腰痛、生理にも効くって聞いたことがあります」
「北上さん、詳しすぎるだろッ! 植物博士かな」
「実家が農家なので、お爺ちゃんが詳しいんです。ちなみに、洗える環境がないので苦いですよ」
「生食か。けど、細かいことも気にしていられないな。貰える?」
「はい、どうぞ」
北上からヨモギを貰った。
葉っぱを食べるという発想はなかったな。
今は少しでも胃に何か入れたい。
俺はヨモギを齧ってみた。
……にがい。
あく抜きしていないから当然か。
お腹壊さないといいけど。
「うえー…、まずい」
天音は、まずいと言いながらもヨモギを口へ押し込んでいた。腹、減ったもんな。
少しは体力も回復して、俺は見張りを担当。洞窟の前で焚火を眺めながら動物に警戒。
たまに北上と交代して……
眠れない夜を過ごした。
――無人島らしき島の朝は、少し肌寒かった。
「ふぅ、なんとか動物と遭遇することはなかった」
ほとんど俺が見張りしていた。
おかげで寝不足だが、女の子達を守れた。
それで十分だ。
立ち上がり、体を伸ばしていると申し訳なさそうな天音が挨拶してきた。
「お、おはよう……早坂くん」
「どうした、天音。昨日のヨモギが当たったか?」
「ち、違うよっ! お腹は平気。……けど」
「けど?」
天音の顔が一瞬で真っ赤になった。
涙目にさえなっていた。
「…………お、お手洗い……行きたいから」
「ああ、トイレか。その辺ですればいいだろ」
「一人は怖いもん。付き合って!」
「はい!? 俺が? なんで! 北上さんとか千年世にお願いしろよっ」
「だ、だって……二人とも寝てるし、頼れるの早坂くんだけだもん」
「仕方ないな。けど、あんまり離れるわけにはいかない。近場で頼む」
「うん……見ないでよ」
「見るかっ! ヘンタイじゃあるまいし」
茂みの方へ入り、俺は距離を取った。
……朝っぱらから天音のトイレに付き合わされるとはな。妙な感じがしてソワソワする。
なるべく気にしないようにしていると、急にトランシーバーに反応があった。
『―――…』
「なんだ!? 千年世からの通信か?」
耳を傾けてみると、なにか聞こえた。
『こちら千年世、こちら千年世!! 大至急、反応して下さい! オーバー』
「こちら早坂。どうした!」
『大変なんです。洞窟の前にイノシシが出て……助けてください!』
「な、なんだって!!」
俺が目を離した隙にイノシシが……大変だ。
イノシシは獰猛で危険なんだ。
突進されたら大ケガする。
トイレ中の天音には悪いが、俺は洞窟へ向かった。
ダッシュで向かい、出入口まで行くと興奮しているイノシシが北上と対峙していた。
「……っ!」
北上はナイフを向けて応戦するが、無茶だ。
「北上さん……! 俺がイノシシを引きつけるから、なんとかしてくれ」
「で、でも……早坂くんに危険が」
「俺に信じて欲しいんだろ。なら、北上さんも俺を信じてくれよ!」
石を拾い、俺はイノシシに目掛けて投石。頭部に命中した。
明らかに怒ったイノシシは俺の方へ向いて威嚇してきた。
……な、なんて威圧感。
なんて迫力だ。怖ぇ!
ついに突進してくるイノシシ。
早い……なんて俊敏な動きなんだ。
俺は辛うじて回避して、地面を転げ回った。
「……早坂くん!」
「俺は大丈夫だ。それより、北上さん……殺れそうか?」
「相手の動きが早すぎて厳しいですよ!」
なら素手でイノシシを止めるしかないのか。
だが、大人のサイズほどある、あのイノシシを止められるのか……。さっき、かなりの力を感じたし、衝突したら俺がゴミのように吹き飛ばされるだろう。
となれば、噛まれておしまいだ。
けど、方法はこれしかない。
「俺が止める。北上さん、頼んだぞ」
「……わ、分かりました」
俺は改めてイノシシに視線を向けた。
だが、野生動物は待っちゃくれない。
容赦なく突っ走ってくるイノシシ。
まさに電光石火の如し。
って、マジかよ。
こんな新幹線みたいなスピードで突っ込んでくる物体……どう素手で受け止めればいいんだ!?
俺の腕が吹き飛ぶぞ!!
いや、泣き言はいいな。
どのみち、この獣を何とかしないと危険が危ないだけだ。
……そうだ、俺にはアイテムがあるじゃないか。
財布、スマホ、ファイアースターター、トランシーバーがある。
どれだ、どれなら使える……?
頭を回せ。
回しまくれ。
考えるのを止めるな。
思考しろ。
なにをどうしたら、この絶望的状況を打開できる。
教えてくれ、俺の無駄知識!
その時、俺に感電しそうなほどの電流走る。
スマホだ。
スマホには『ライト』機能がある。
電池がもったいないないから昨晩は使わなかったが、今は命の方が優先だ。
俺は急いでライトオンにして、イノシシの“目”に向けた。
「くらええええぇぇ! フラッシュ攻撃!!」
ピカッと光るLEDライト。
最近のスマホのライトはかなり眩しいからな。
閃光弾に匹敵するといっても過言ではない。
目潰しには効果的。
「!!」
さすがのイノシシも光に怯んだ。
「今だ、北上さん!!」
「これならいけます……早坂くん、そのままライトを浴びせていて下さい!!」
ナイフを持ち、軽快に動く北上。
体操選手並み……いや、それ以上だぞ。
なんて脚力。敏捷性。
地面を駆けていく様は、あの人類史上最速のスプリンターであるウサイン・ボルトを凌駕していた。
ウソでしょ……!
俺はサーヴァントを召喚した覚えはないぞ!
宙を舞う北上は、そのままナイフをイノシシの頭にぶっ刺した。
……ズドンッ。
そんな鈍い音がしてイノシシは倒れた。
…………あ、ありえねぇ。