最後の戦い②
「――――ッ!!」
俺の頬に弾丸が掠めた。
「おっと、動くなよ。早坂。お前には聞きたいことがひとつだけあるんだ。その返答を聞いてから、お前をあの世に送ってやろう」
「……俺に聞きたいこと?」
「ああ、そうだ。お前はこの宝島に眠る“財宝の在り処”を知っているのか?」
……な、なんでそれを俺に聞くんだ。知るわけがないだろう。そこまでの雑学は、俺にはない。だが、これはチャンスか。
この危機的状況を脱する唯一の手段となるかもしれない。
俺の話術がどれほど橘川に聞くか分からんが、やれるだけはやってみるか。
「なんだ、見つけられなかったのか」
「……そうだ。財宝はどこにもなかった。オークションで落とした地図はニセモノだったのか……それとも暗号でもあるのか。教えろ、早坂」
「さあ、その地図とやらを見せてくれないとな」
「やはり、お前を生かしてやって良かった」
「なんだと?」
「お前の雑学だよ。それは爺さん譲りだったようだな」
「クソジジイを知ってるのか」
「ああ、お前の爺さんとは同級生だった。この島やキャプテン・キッドの財宝のことも、あの男が教えてくれた。つまり、お前には何かしらの情報が与えられているはず。……さあ、命が惜しくば言え」
どうせ殺すじゃないか。
だが、時間稼ぎにはなる。
「分かった。とにかく地図を拝見させてくれ。そうじゃなきゃ、なにも分からん」
「……いいだろう。ただし、不審な動きを見せれば、即女共を撃つ。いいな」
「ああ。ちゃんと解読する」
橘川は銃を向けたまま、懐から地図を出した。
古びた地図だ。
多分、何百年と時が経った本物の地図だ。地図は、まさに『宝島』らしき地形が描かれていた。……すげぇ、これが海賊の地図なのか。初めて見た。
「どうだ。なにか分かりそうか」
「そんないきなり分かるか。……えっと、現在地がこの洞窟だろ」
こういうのは普通は『×』とか印があるものだけど、そんな単純ではなさそうだ。そう簡単には見つからないよう暗号になっているのかな。
そもそも、そんな単純だったのなら、とっくに海外のトレジャーハンターがこの島を訪れて財宝を持ち帰っているに違いない。そうなれば世界的なニュースになっているはずだし。
だとすれば……。
「早坂くん、その地図に文字がたくさん書いてあるね。英語かな」
天音が横から覗いてきた。
「そりゃそうだ。気になる文字を探っているけど、うーん、どれも関連性があるかどうか」
書いてある文章がよく分からない。確かこういう未解読の書物が少し前に話題になったな。あれは『ヴォイニッチ手稿』だった。あの類だとしたら解読は困難だ。
いやだけど、財宝をわざわざそこまで難解にする必要はないはず。
悩んでいると、北上がこう囁いた。
「啓くん、ここに気になる文字があります。これには『焚火』とだけシンプルに書かれてるんですよ」
「確かにな。けど、海賊たちはそこをキャンプ地とかにしていたんじゃないか」
「でも、こんなところで焚火を?」
そこは洞窟の外でもなければ、まったく関係なさそうな森の中だった。いや、だけど、そこでキャンプしていただけなんじゃないかと俺は思った。
「どうだ、なにか分かったか」
「せかさないでくれ、先生。悪いけど、こういうのは時間が掛かるんだ」
「……フム。悪いがこちらも急いでいるのでね、ほら、嵐がやってくる。その前に島を脱出したいんだ。三分間待ってやる」
た、たった三分間だけ!?
それで解けだって――んな、無茶な!!
くそう、解くしかないのか。解いても殺されるだろうけどな。
とにかく、頭をフル回転させろ。
焚火……焚火か。
なにか関係があるのか。
北上の言う通り、なにか変だ。こんなどうでも良さそうな森の中に『焚火』のマークなんて、ちょっと不自然だ。しかも、それをわざわざ地図に書く意味も。
「――へっくち」
その時、天音が可愛いくしゃみをした。そういえば、この洞窟って寒いもんな。
「天音、寒いのか」
「うん、ちょっと肌寒い。焚火に当たりたい」
「……!! ちょっと待て、天音」
「え?」
「今、なんて言った」
「肌寒い」
「その後だよ」
「焚火に当たりたい?」
「それだよ!!!」
「え!?」
そうか、そうだったんだ。この焚火の印の意味が分かったぞ。
「謎は解けた」
「本当か、早坂」
「ああ。火を起こす必要がある」
「……チッ。仕方ないな、私のライターを使え」
ライターを手渡された。
そうか、橘川は煙草を吸うんだ。俺はライターの蓋を開けて、カチッと火を灯す。……嘘だろ、こんなスイッチひとつだけで簡単に火がつくとか。
しかも、ツインターボじゃないか。良いもん使っているな。
俺はライターの火で地図を炙った。
「これが焚火の意味だ」
すると、地図に正確な位置が浮かび上がった。
「おおぉ……!! 早坂くん、すごい」
「さすが、雑学王ですね」
天音も北上も褒めてくるけど、それどころじゃないぞ。
「そうかそうか。そんな仕掛けがあったとはな……まさか、あぶりだしとはな。早坂、貴様の最期の仕事、見届けたぞ。さあ、地図を返して貰おうか」
「俺たちを殺すのか!」
「もちろん。死人に口なし……消えて貰う」
銃口を向けられ、俺はこれで終わりだと感じた。もうだめだ。天音も北上も……みんなも守れない。
ここで……無人島生活は今度こそ終わりだ。
諦めたその時。
ドン、ドンと銃声が鳴り響いた。
……あぁ、俺は死んだ。
そう思った――のだが。
「――――がはッ」
突然、橘川が倒れて血を流していた。な、なんだ!? 俺は撃っていないぞ。
「……て、啓くん! 橘川の背後に誰かいます!!」
「なんだって!?」
更に奥から……あれは!!
嘘だろ……。
俺は死人を見た。
だって、アイツは……俺が殺したはず。
「はぁ……はぁ……。橘川ああああああ、この裏切者がああああああああああ!!!」
充血した目で発狂する倉島がいた。アイツ、生きていたのかよ!!
「…………く、倉島……よくも撃ちやがったなァ!!」
「あったりめぇだ。裏切りやがって、裏切りやがって、裏切りやがってえええええええええ!!! 早坂から撃たれて死ぬかと思ったんだぞ!!!」
「……チィ、お前は死んだと思ったんだがな」
「このクソジジイ!! 死ぬはずねぇだろう! 防弾チョッキを身に着けていたからな!! おかげで打撲と失神で済んだ」
そうだったのか。あの時、倉島が沈んだ時の気配の正体はそれか。
「くそ、倉島……お前を殺しておくべきだった」
「黙れ、クソジジイ!! 死ね、死ね!!」
怒り狂って橘川を踏みつけまくる倉島。
橘川が動かなくなると、倉島はこちらに視線を向けた。
「お前……!」
「早坂ァ! 会いたかったぜえ~?」
「もうこんなことは止めろ。島を脱出して、それでいいじゃないか」
「ふざけんじゃねえ!! 財宝だ。せめて財宝はいただく!! 女共なんてもうどうでもいい。全員、ぶっ殺して財宝を俺のモノにしてや――ぶはあああああああああッッ!!」
そう叫ぶ倉島だったが、次の瞬間には撃たれていた。いったい、誰が?