祈るしかない
女刑事の古森 碧海に監視されながらも、船旅は始まった。
あの鋭い目線は居心地が悪いなぁ。
「なんかソワソワしてるね、てっちゃん」
隣で炭酸飲料の缶を片手に持つ桃枝が俺を怪しげに見つめる。当然、他のメンバーも俺と北上さんの不審な動きに疑念を抱き始めていた。……いかんな、余計な心配をかけてしまう。
まさか刑事に我々の動向の一挙手一投足を見られているとは言えない。
無用な混乱を避ける為にも、今はこれでいい。
「ちょっとな。桃枝が可愛くてさ」
「…………えッ!?」
口を大きく開け、八重歯を見せながらも桃枝は驚く。なんだこのツンデレの幼馴染みたいな意外性のある照れた表情。
誤魔化す為の優しいウソのつもりが、予想以上にイイ笑顔だったものだから俺はつい、乗り気になってしまった。
「本当だよ。俺より身長低いし」
「なんで身長なのー。そこは胸でしょ、おっぱい!」
堂々と自身の胸を主張する桃枝さん。……いや、分かっている。ロリ体型の割には豊満であると。
あえて触れないでおいたが、自ら武器を晒すとは。てっきり、そっち方面は禁止エリアなのかと思い、立ち入らないでおいたのだが。
「なるほど……」
「じろじろ見られると、それはそれで恥ずかしいっ」
顔を赤くし、先に行ってしまう桃枝。そんなに照れられるとは。
しかし、古森刑事の鋭い視線が俺に突き刺さる。……くそう、そんな目でこっち見んな。
沖縄までしばらくは大変だな、こりゃ。
落ち着かない船内で過ごす。
船の甲板へ出ると、空が墨でも落としたかのように真っ黒に染まりつつあった。悪天候の予感だ。
スマホで天気をチェックすると、どうやら線状降水帯が発生しているようだった。
まずいな、このままでは集中豪雨で荒波に揉まれることになるぞ。
そうなれば船も危険だぞ。
そうこうしている内にポツポツと雨が降ってきた。それは一瞬にして強シャワーへと切り替わり、数分も立たずしてバケツをひっくり返したような大雨と変貌した。
……マジかよ。
直ぐに船へ戻り、そのまま二等室へ。雑魚寝用の部屋へ入ると、そこには天音と桃枝の姿だけがあった。
「戻ったぞ、天音」
「待ってたよ、早坂くん。ていうか、船揺れてない……?」
「外が大荒れだ。天気予報も大雨を示している」
最近の天気はどうかしている。特に雨は異常なほど降り続けるし。地球はとうとうおかしくなっちまったらしい。
「まさか以前のようなことにならないよね」
ぽつりとつぶやく桃枝。
以前のようなこと――それはつまり、あの宝島事件のような沈没事故のことだろう。あの時は本当に死ぬかと思ったからな。
なんとか島に流されて助かったけどさ。
「大丈夫だろ。この船はかなりデカいし、安全そうだ」
しかし、ガクンと上下に激しく揺れて俺はコケそうになった。
まてまて、いくらなんでも今のはヤバいだろう。
「うわっ……」
「大丈夫か、天音」
「うん、なんとか平気」
外は嵐に包まれているのか、雷や雨音が激しさを増していた。
少しして全員が二等室へ集合。
一応、古森も遠くにいた。
不安気な表情を浮かべるみんな。そんな空気の中で北上さんが「ここで待機しましょう」と提案したことで、意見は一致。
身を寄せるようにして座った。
頼むから、転覆あるいは沈没だけはやめてくれ。
今は祈るしかない。
『……ギオオオオオォォォォ』
嫌な音がした。
……え、なんか船が……まさか、そんなウソだろ……?




