見捨てないし、守り続けるよ
これまでのことを天音に話した。
櫛家に襲われたことや、事件が全国ニュースになっていたこと。アメリカへ行くかもしれないことを。
「対馬に留まるのは危険だ。日本を脱出しよう」
「そうだね。遠見先生も危機感を感じているみたいだし」
「ああ、先生もそう言っていたな」
この病院にずっと留まることは難しそうだ。あの女刑事にも目をつけられているだろうし。
「ごめんね、わたしがこんな状態だから……」
「気にするな。俺は絶対に天音を見捨てないし、守り続けるよ」
「ありがとね」
天音は嬉しそうに微笑み、俺の頬に触れる。そんな風に接していると、艾がすっ飛んできた。
「ちょ、朝からイチャイチャしすぎじゃないかな! 早坂くん!」
むぅ~っと小動物のように頬を膨らませる艾。も、もしかして妬いてるのか?
「あ、いや。天音の容態が心配でな」
「愛ちゃんなら今は大丈夫だよ。ちょっと離れようっか、ね?」
こう必死にされると仕方ないな。
艾の指示には従わねば。彼女は衛生兵の心得があり、今は天音を付きっ切りで看病してくれている。
だから俺は天音から離れた。
「ところで艾」
「ん?」
「月と星、その兄貴である雷はどこにいる?」
「三人なら隣の部屋にいるよ」
「そうか。ちょっと見てくる」
すぐそこの部屋にいるらしい。そこへ向かい、俺は扉を開けた。するとそこには――。
「馬鹿兄貴、さっさと帰れです」
「月の言う通り。さっさと織田家に帰れやがれです」
月は、雷の股間を足で踏みつけグリグリと捻っていた。……げぇっ、なんてことしやがる!? 傍から見ていても痛すぎる光景である。
「うぎょおおおおおおおぉぉぉぉ…………!」
絶叫する雷。痛々しいというか――でも、ちょっと喜んでいるような。そこは置いておき、とにかく月から急所を狙われ悶絶する雷。
星も星で、雷に十字固めを決めていた。
なんの罰ゲームだよ、これは!
「どうした、月も星も」
「あ、兄様」
「兄様……」
俺の存在に気づく月と星は、なぜか頬を赤くして雷から離れた。そして、俺の元へ。……血の繋がった本当の兄貴が不憫でならんな。
「理由を話せ」
そう問い合わせると、月が答えた。
「雷は足手まといなので織田家に帰そうかと」
「そうか? 彼のおかげで神造島では命拾いしただろう」
「兄様は分かっていない。雷は出会いを求めてる」
「天音たちを物色しようとしているとか?」
コクっとうなずく星。
マジかよ。雷は飢えていたのか……。
けど、天音たち美少女を前にすれば誰でも欲望むき出しになるかもしれんな。渡すつもりはないけど。
「それなら事情は変わるな」
と、俺が納得すると同時に雷が立ち上がった。
「ま、まて! 誤解だ、哲!」
「誤解だ?」
「そうだ。俺は別にお前さんの女をおすそ分けしてもらおうなどと考えていない! ……そりゃ、最初は考えていたが」
最初は考えていたのかよ!
手を出した瞬間にグーが飛ぶがな。
「お前な」
「今は違う。俺も混ぜてくれないか……! こんな面白い経験普通はできねえ」
「危険だぞ。変な組織からも命を狙われるし」
「神造島で十分分かっているよ。それに、妹たちが心配でな」
「分かった。雷、お前を仲間として認めるよ」
「いいのか!」
やったーと喜ぶ雷。コイツには恩があるといえばある。しかし、月と星は納得していなかった。
「だめです、兄様」
「雷を甘やかしちゃダメです!」
とはいえなぁ、今は人手が多い方がいいのだ。
対馬を脱出するとなったら、また雷の力が必要になるはずだ。それに、織田家とは良好な関係でいたいからな。
「ありがとう、哲。俺がんば――ぐげえええええええええええええ!!」
月と星は、雷の股間を踏みつけていた。しかし、本人は叫ぶものの喜んでいた。……なんだこの危険な光景。もはやご褒美じゃねえか。
◆
昼になった頃、遠見先生が慌てて俺のところへ来た。
「大変です、早坂くん」
「ど、どうしました?」
「今、居酒屋の方に“公安”が来ています」
「な、なんだって!?」
「この病院がバレたかもしれません」
青ざめる遠見先生。……クソ、あの女刑事『古森 碧海』がチクったのか。いや、けどわざわざ手柄を公安警察に渡すのだろうか。正義感の強そうな人だったし、自力でなんとかしたいハズ。
いや、考えている暇はないな。
早急に病院を脱出するしかないッ。




