開幕ⅱ
「またあした、じゃあねっ、彩華」
「…」
「? あやか? おーい?」
「…え? か、かれん?」
目のまえにはキョトンとした顔で加恋が私を見ていた。
身支度は終えているようで、今すぐにでも教室から出ていきそうな感じだった。
何もおかしなところはない。
「い、いや、ごめん。ちょっと、ぼーっとしてた。」
「…ふーん。まあ、そういうことにしといてあげる。あたしも忙しいしからねっ!ばいばい!」
どうやら、含みがあったことに気づいてはいたらしい加恋だったが
追及はしてこなかった。
正直助かった。実のところ私にもよくわかっていない。
なにかおぞましい体験をした気がする…?そんな気がしてならない。
いや、今日は普通に日常を過ごしただけのはずだし、
しっかり今日やったことも思い出せる。
なのに…、漠然とした不安を感じるのはなぜだろうか。
「よぉ、大丈夫か?なんか深刻そうな顔してるけど。」
「いたんだ…。」
「相変わらず扱いひどいな!?」
翔は不服そうに唇を尖らせながらスマホを渡してきた。
「…?なにこれ?」
「え?最近加恋がご執心中のアイドルの画像だけど、あれ、違った?」
おかしい。
あっているはずなのに違うといった意味の分からないモヤモヤが胸中にある。
とはいえ、それがなんなのかは分からない。
「いや、これであってるよ、わざわざありがとね。」
「なーんか、適当だけど、ま、いいや。
俺バイトあるからもう行くわ、じゃーなー」
そう言い残すと翔は勢いよく教室を飛び出していった。
いつの間にか教室には私一人しかいなくなっており、静まり返っている。
「…。」
(とりあえず、私も帰る準備をしないと)
胸の中のモヤモヤが晴れないままではあったが、切り替えて変える支度を始めた。
そんな時だった。
カタンッと後ろから音がした。
(!? なにっ。)
しかし、驚きはしたものの不思議とすぐに冷静になった。
そして、なんとなく後ろを確認すべきだという考えが頭に浮かぶ。
(さっきから何かおかしい、なにも根拠なんてないのに…。
このモヤモヤのせい?)
本当に意味の分からない胸中ではあったが、
思考はクリーンであるのは間違いない。
冷静に考えてみれば、後ろを確認するだけだ。問題が起きるはずもない。
残りの明日使う教科書を机に押し込むと、一つ深呼吸をする。
(よし…。大丈夫、大丈夫、)
そのままおそるおそる後ろを振り向いた。
何もいなかったし、いつもと変わり映えのない景色だった。
(やっぱり、何もないじゃん。いや…、)
窓側の一番奥の席におかれている花瓶に目が合った。
どうやら花瓶の中にあった花が風で傾いてしまったらしく、
その拍子に音が鳴ったようだ。
「…。」
私はその花瓶のある机まで行くと花をまっすぐに戻した。
さっきまでのモヤモヤした感情は消えていたものの、
胸中には新たな自責の念が浮かび胸の奥を締め付けた。
あの日を忘れたことは今日まで一度もなかったし、
こうして花の変化に気づくくらいには毎日手入れをしているつもりだった。
それでも、やっぱりあの日の後悔をぬぐうことはできずにいた。
「…一人で教室にいるのってずいぶんとさみしいものなのね。」
そう一人ごこちに呟いてみるものの、当然返事なんてあるわけな
「そのとおり。本当に一人でいるのは寂しいものだよ。」
い…?
「えっ!?」
ギョッとして花瓶から目線を上げると目の前に顎をさすりながら男が立っていた。