パーティーの始まり
日光が降り注ぐ中、高校時代帰宅部部長だった中村は圧巻のスピードの立ち漕ぎでザ・リッツ・カールトンの敷地内に到着していた。ロータリーを駆け上がり何台もの高級車の前を猛スピードで通り過ぎていくと2人の警備員が立っている正面玄関にたどり着いた。
「……プリッツカールストンってここだな。53階って一番上か。雲より高いのかなぁ。」
雲とホテルどっちが高いか気になった中村は眩しく無いように右手で目を覆い隠し上を見上げ確認した。しかし入り口付近には乗車用に屋根が付いており直ぐそこで視界は遮られる。
「屋根あるしここで寝れるな・・・」
訳わからないことをボヤキながらそのまま入り口から中に入ろうとした。
「ちょっとちょっとお客様すみません。」
「ん?」
「ここから先は宿泊者以外立ち入り禁止です。」
「俺今日ここに泊まるんだよ。」
中村を注意した二人の警備員が顔をしかめた。まさかこんな汚い上下ジャージでママチャリを乗ってくるガキが最高級ホテルに泊まるなど考えられなかったからだ。
「では名前と予約のメール確認させてください。」
一人の警備員が言った。
「慎二の友達の中村」
「ん?誰が誰ですか?慎二という方は・・・?」
「慎二はオレの小学校2年生で友達になったやつだよ。」
「いやそう言われましても・・・」
「知らんの?二重跳びの慎二!」
「二重跳び・・・?」
「縄跳びだよ!」
「なんの話をしてるのですか?」
「そっちからだろ!!」
ガヤガヤと言い合ってる間、ホテルの中ではジャズの音楽が流れソファでゆったりとコーヒーを飲み新聞を読んでいる老人。談笑しているビジネスマン。キッチリとした制服を着て大人しくジュースを飲んでいる子供などそれらの人々はどこか優雅で気品を漂わせていた。
「まて!そこのお前!」
そんなゆったりとした空間に対してありえないスピードで物体が動いていた。例えるなら高速道路を150kmで走る原付のような感じである。
物体は勿論ママチャリを全力で立ち漕ぎする中村であり『待てっ!』と後ろから二人の警備員が追いかけていた。
キキキーーー
錆びれた金属音と共に中村は急ブレーキをかけるも間に合わず、受付の壁に『どごんっ』という鈍い音をたて転んだ。
「キャーーーーー」
受付のお姉さんの悲鳴が響き渡る。皆がなんの騒ぎだと見守る中、中村はむっくり起き上がった。
自転車を立て直し曲がったカゴを何事もなかったように撫でると受付のお姉さんに喋りかけた。
「予約してた慎二の友達の中村なんだけど。」
「あっは、はい。ひ、左手のエレベーターでご ご ごじゅうさんさん階まで上がってください。」
受付のお姉さんの声はまるで夫のDVに怯える妻のように怯えか細い声で震えていた。
「それと自転車ですが地下に停めるところが・・・」
「え?」
「えっはい。いやなんでもございません。ごっごゆっくりど、どうぞ。」
「おい中村!お前もうちょっと静かにできねーのか。」
シーンとしたフロア内に怒号が響いた。
中村が後ろを振り返るとエレベーター内からひょっこりとつい先ほど到着した裕介が顔を覗かせていた。
「ここはそういうところじゃねーんだから。うるせーよ。」
メガホンで叫んでいるかのような声量でエレベーター内から中村に注意した。
「おい裕介もうちょっと静かにしろ。」
隣にいたメガネが自分達に注目が向いていることに恥ずかしさを感じ小声で裕介に釘を指した。
「おーー!裕介にメガネ!元気?」
友達を見つけた中村は満面の笑みで自転車を漕ぎエレベーターに突っ込んだ。
「おいおいばかっ!速いんよ。」
裕介は目の前に来てもスピードを緩めない中村に焦り両手を前に出しがっちり潰れたカゴを掴んだ。
「おい中村!危ないけん。引く気か!」
「ごめん。速すぎた。」
「いっちょんわからん……チャリできたのか?」
「おう。」
「自転車持ってくるなよ。外に置いてこい。」
裕介の隣で開くのボタンをずっと押していたメガネが鬱陶しそうに自転車を突いた。
「いやだよ。これ由美子の形見だから。」
「そうなん?お袋亡くなったと?」
「ん?生きてるよ。」
「じゃあ形見って言わないやん。私物だそれ。はよ置いてきーや。」
「わかったよ。」
そう言うと中村は渋々B1階を押した。
「中村。これ上に行くぞ。」
「じゃあそのあといく。」
「いや53階いってまたB1に戻るのか?」
「ん〜よく分からんからとりあえず行こうぜ!」
「いや、だから…..まぁいいや」
閉まりきったエレベーターを前に裕介はどうしようもないとお手上げのポーズをし、メガネは呆れて掛けてたメガネを直した。
ドンドンドンドン
チリンチリンチリンチリン
「俺が来たぞー!」
裕介がスイートルームのドアを叩きながら叫ぶ一方で後ろでは中村が自転車のベルをチリンチリン鳴らしまくった。
「開けろや!」
中村が後ろから叫んだ。
ガチャ
電子音のロック解除音と共に慎二がドアの隙間から顔を覗かせた。
なぜなら彼らのテンションをチェックする必要があったからだ。
ジャズが流れる温和なこの部屋にアスファルトを黒く焦がす暴走族のような奴らに蹂躙されては堪らない。
「よおおおおおおパーティーだぜ!あああああああああい」
裕介は旺盛にドアを押し開けモンスターのように咆哮しながら中に入っていった。
「遅いぞお前ら。10時間以上の遅刻だ。」
慎二は裕介に負けない声量で注意したが、中にいた翔が部屋に流れていた音楽をジャズからEDMに切り替えた為その声は無残に掻き消された。
「すまんな。」
裕介の後に入ったメガネは軽く手を慎二の肩に置き謝罪して裕介に続いた。
最後に自転車に乗った中村が入っていった。
「おい中村チャリから降りろ。そしてベルを鳴らすな。」
慎二によって自転車を取られた中村はショボンと寂しそうに肩を落とした。
「おうお前らやっと来たな!裕介と中村お前らも手伝え!」
「了解ばい!」
翔は部屋の中央のソファーから立ち上がると両手に持ったドンペリを一本づつ彼らに渡した。さらに自分も置いてあったドンペリを手に持ち準備する。
「サビで栓引っこ抜くぞ。こっちのシャンパンタワーには飛ばすなよ。」
「まかせんと!」
「おうよ!」
3・2・1ヤリラフィー………………..」
ヤリラフィーという歌詞とともに振りまくったドンペリの栓を開け部屋中にスパークリングさせた。
三人は歌詞を口ずさみながらドンペリの中身を放射する。
天井まで上がった泡は雨のように下に滴り落ち、さらにドンペリを持った3人は互いに掛け合いながらも最終的にメガネと慎二に標準を合わせた。
「ちょお前らまじでふざけんなよ。いきなりビショビショじゃねーか。」
「全くいつまで子供なんだか。」
ビショビショの慎二に対して折りたたみ傘を開いていたメガネは水滴が一つとして付いていなかった。
「おいメガネお前ずるいぞ。俺もくれよ。」
「悪いなこれは一人用なんだ。」
「まぁまぁ慎二君!ここでお待ちかね。次はロマネコンティのシャンパンタワーです!」
翔が目を輝かせながら寝室とリビングの間に置いてある五角形の五段に渡るシャンパンタワーをドヤ顔で皆に紹介した。
「まだ溶けてないぞ。」
慎二が先ほどまで冷凍庫に入っていたロマネコンティを持ち温度を確かめた。
「だと思って代替品を用意したんです。中村買ってきたか?」
「うん。これでしょ?」
中村が肩からかけてたエナメルバックからパックの味噌を取り出した。
「は?」
翔は全く意味わからない表情をしていた。
「一番高くて美味いお味噌買ってきてって」
「うん。前半あってるけどなんで肝心のお酒がお味噌に変わってるの?え?マジでいってる?」
翔が急いで中村の買ってきたビニール袋の中をチェックすると大量の白味噌でごった返していた。
「…….嘘だろ………. 白味噌…… よしわかった。中村グラスの中に白味噌を入れていけ。上からお湯を流す。」
「翔!幾ら何でも味噌汁こんなに飲めないよ。せめて冷蔵庫に入ってるビール入れればよくないか?」
慎二が冷静に代替案を出した。
「ダメだ。俺の夢のシャンパンタワーが汚される。」
「なんの基準なんだ。味噌のがよっぽど汚れてると思うけど・・・」
「シャンパンタワーは白く無いとダメなんだ!なんでも良いからお前らも手伝え。」
この場にいる誰もがこれから起こるであろう出来事を冷静に分析できてたがこれ以上翔に意見しても無駄だとわかっていた。なぜなら一度やると決めたらとことんやるのが翔であり、高校時代学年のマドンナであった女の子に三年間毎日のようにアタックしていたほどだからだ。結果は全敗。
翔がお湯を沸かしてる間残りの4人で五角形の5段、75個のグラス全てに少量の白味噌が入れられた。
「よしじゃあ入れるぞ!」
両手にティファールの電気ケトルを持った翔が椅子に乗り一番上に乗っていたグラスに注いでいく。
下のグラスが満帆になった時5人がそれぞれ角のグラスにうつ伏せに寝ながら待機した。
「じゃあみんな!乾杯!」
「乾杯ー!」
5人全員グラスに口を付けるとゴクゴクと味噌汁を喉に通した。
そして起き上がり口々にプハーやクゥーといった普段味噌汁を飲んだだけじゃ発せられないオノマトペを叫び一息ついた。
何かが足りないと思った裕介は慎二にキャビアとトリュフ、フォアグラを頼みそれらを全て味噌汁の中に入れ最高級な贅沢味噌汁を完成させた。キャビアに関しては無い無いと皆で探し回り最終的に中村がゴミ箱につまづいて派手に中身をぶちまけた時に見つかり翔がこっぴどく叱れれたのは言うまでもない。