裕介とメガネ
「おい裕介飛ばしすぎだぞ。」
助手席に乗っていた男は風景の移り変わりがやけに早いと感じ携帯から顔を上げ車の速度メーターを注意した。
「固いこと言うなっちゃ。メガネ弁護士さん!いい車乗ってるやん。27歳でもうロールスロイスVIP気取りやんけ?」
「こんな奴が市民の秩序を守る警察官とは日本も末期だな。」
「まぁ働くときはしっかりやるけん。刺されそうになったら俺に電話しったい。命を張ってでも守っちゃる。勤務中ならな。」
「笑えない冗談だ。」
すっかり暗くなった中サングラスをはめ窓を開け風を感じイキリ運転散らしているのは裕介と呼ばれていた。赤を基調としたタキシードを着こなし、短髪金髪でツーブロック。ピアスを片耳にはめ、いかにもヤンチャそうな雰囲気を出していた。
一方で助手席で静かに携帯を開きネットサーフィンを楽しむ傍らたまに金髪の運転速度をチェックするのは黒のスーツできっちり決め髪型は7:3のオールバックに銀縁のメガネ。前者とは対照的な優等生のような姿をした人物は皆からメガネと呼ばれていた。そして二人は今パーティー会場であるリッツカールストンに向かって一般道を車で飛ばしていた。
「前の車何しよーや?ちんたら右車線走っとんじゃねーと。」
「プァンプァンプァン」
裕介は前かがみになり煽り運転の如く車間距離を狭めクラクションを連打した。
「おいよせ。そんなことでいちいちクラクション鳴らすな。」
「ばり遅いっちゃーね。最低速度知ってるか?100kmと。絶対無免許運転やけん逮捕するぞ。」
そしてそのままアクセルを吹かせ前の車を抜かした。
ウ〜ウ〜ウ〜
すると夜の街にパトカーのサイレンが鳴り響いた。
「前の車左に寄せて止まりなさい。警察です。」
裕介達が抜かした車からメガホンで声が聞こえた。
「嘘やん!あれ覆面警察やん。あんな遅く走んの詐欺じゃねーと?」
「全く君ってやつは・・・」
隣でメガネは呆れて茫然とした。
裕介はアクセルを緩め一番左の車線に車を停車させギアをパーキングに入れサイドブレーキを引いた。
警察官を待っている間車体エンジンの揺れが震度2だとすると裕介の貧乏ゆすりの方は震度5弱だなとメガネは感じた。
車間距離3台ほど後ろにパトーカーも止まり中から二人の警官がやってきて、トントントンと窓を軽く叩いた。
「窓を開けなさい」
ーーウィーン
裕介は大人しく指示通りに窓を空けた。
裕介は顔を見るなり警官にしては中肉中背の冴えない男だなと思った。
「あのぉ君随分イキってクラクション鳴らしてたよね?えっどうしたの?」
裕介は随分と棘のある気の障る言い方に苛立ち引いてやろうかと思った。
「裕介!」
しかし様子を見ていたメガネは裕介は何かしでかすと本能的に察し名前を呼んだ。
「ッチ」
「あっ今君舌打ちしたよね!?」
おかげで裕介は奥歯を噛み締め舌打ちだけで耐え忍んだ。
「すみません。クシャミが連続で出たので。僕のクシャミと手ってリンクしてるんですよ。ほらこんな感じで。ハクション、プァン ハクション、 プァン」
代わりにわざとしたクシャミに合わせながらクラクションを鳴らし、体内に溜まった毒素のような苛立ちを発散した。
「わかったわかった。君やめなさい!え…..何してんの。」
警官は慌ててクラクションを鳴らす裕介の手を抑えた。
「で何キロで走ってた?」
「50キロです。」
「え?ちょっと待って100は行ってるでしょ?流石に無理があるよ。だって考えてみて50キロだと思って会った女性が100キロだったらどう思う?」
「それは詐欺ですね。」
「でしょ?」
「でも100キロだと思って50キロだったら最高じゃないですか?半分ですよ?だからもう行っていいでしょ?」
「ん・・・・?何の話をしてんだ君は。」
考えても考えても裕介の訳が分からない理論に警官の頭がパンクした。
「いやあんただよ。」
追い討ちをかけるように裕介が言った。
「いや違うじゃーん。例えの話じゃーん。」
警官が言い包められたことに慌てふためいた。
「ふぅ。ここは高速じゃないんだぞ分かってんのか!」
そして突如怒りのボルテージを上げて怒鳴った。
「いやそのほんと僕じゃなくてこのロールスロイスが悪いんです。乗ったことあります?ないですよね?もう振動が来なくて逆に30キロぐらいで走ってると思ってました。」
「何が逆なの?えっちょっとちょっと何してんの君。」
いつの間にかもう一人の警官が勝手にロールスロイスの後部座席に座っており、窓から顔を覗かせていた。
「何といわれましてもロールスロイスですよ!僕乗ったことないしこれから先も絶対乗れないので今の内に乗っとこうと思って。それに彼が乗っていいと言ってくれたので。先輩もどうスカ?」
後部座席に乗った警官は丁寧に前に座るメガネに指を5本差し出した。
「ばかっそれは罠だ!例えるならケーキバイキングでまさかポテトがあったみたいな罠だ。」
先輩警官が訳わからないことを口走っていたが裕介の耳は完全に前の話しか聞こえてなかった。
「おっお前この車の良さがわかるか!」
裕介がさも自分の車のように自慢げにいった。
「俺の車だ。」助手席からメガネが囁く。
「ええもちろんわかりますよ!この振動の少なさ。」
後ろの助手席に乗っていた警官が横に寝そべり耳を座席にくっつけて言った。
「そりゃエンジン切ってるからな。」
メガネがまたボソッと囁いた。
「君警察官としてのプライドは無いのか?」
先輩警官が窓から中を覗き後輩警官を注意した。
「先輩のボロボロの軽自動車見てたらそりゃ夢もプライドもないですよ。」
「はっ?それ今関係ないし!俺の車ボロボロじゃないし!ただ昔隕石が衝突してきただけだし。」
「だからよくボンネットに水たまりが溜まるんですね。」
「は?うるせーしまじ黙れだし。」
警官2人で不毛の言い争いが始まったことに見兼ねた裕介がブレーキペダルから足を離した。するとクリープ現象で車体が前に進んでいく。
「ちょ何勝手に行こうとしてんの。そしてお前降りろ!」
外にいた先輩警官が慌てて止めに入り後部座席にいた後輩警官を外に出した。そして懐から紙を取り出し記入し出した。
「10万の罰金そして一発免停ね。」
「えっ・・・10万払うんで免停だけは取り消しやめてくださいよ。ほんとお願いします。自分も警察なんですよ。」
両手をすり合わせてなんとか誤魔化そうとする裕介は財布から一万札をありったけ取り出し献上しようとした。
「んな警察あろう者が警察を買収するのか?恥を知れこのクズが!こんな警察官がこの世にまだいるとは・・・通知書は後日届くから早く行け。お前はもうアクセルに足をかけるなクリープでいけ。いいな。」
先輩警官が酒気帯び運転で飲酒検問されそうな程赤くなりながら怒鳴った。
「おい。ちゃっかり貰おうとしてんじゃないよ。」
そして差し出された万札を貰おうとした後輩警札官の手を叩いた。
「しゃーやし。お勤めご苦労さんです。」
裕介はGOサインが出たためアクセルに思いっきり踏み込み急発進した。
「おい速いぞ!」
後ろから怒鳴る警官の声が遠くなる。
「全く話のわからない警察やけんこれだから東京はダメなんよ。そう思わんと?メガネ!」
裕介は同意見を求めたが助手席から何も返事は返ってこなかった。
携帯を操作していたメガネが何も喋らずとも裕介は脳内に『お前がな』と語りかけられた気がした。
気持ちを切り替えた裕介は窓を開け後ろの警察官に向かって右手でサムズダウンをしそのまま加速した。
バックミラー越しに先輩警官がその態度に帽子を地面に投げ捨てていた。