パーティーの準備
3・2・1ヤリラフィー ばりすか おふぃりぶにーいっ
つぁーん ろーべぇらすかっ
りせらのすぃーいっ
チャーjふぇいさjふぁいゔぇあ
ダビダビダビダビだびだー
一泊約250万の高級ホテル。リッツカールストンのスイートルームの一室でEDMが爆音で流れていた。荘厳な雰囲気はまるで無く、天井のミラーボールは七色の光を発して辺りを見渡しチープなLEDライトで覆われた部屋はバチバチとパチンコ店以上部屋を点滅させていた。
そんなバチコリ圭並みに攻めている部屋でパーティーの準備をしている二人の男がいた。一人は斎藤慎二。白のシャツに上下黒のジャケットとスラックスをコーディネートし黙々と高級肉を16人用の長テーブルの上に並べていた。
「おい翔!踊ってないで仕事してくれ!」
もう一人は慎二が注意した翔と呼ばれた男である。イケメンで髪は長く毛先を遊ばせており、Tシャツには誰なのかわからないアーティスト系女性の顔が巨大にプリントされズボンは真っ青。頭にはDJマシュマロキャップを被り目には何故か3Dメガネをかけていた。
「慎二っお前も乗れよこのビックウェーブに。」
隣で踊り狂っている翔が慎二をさらにイラつかせた。
「乗らんよ。うるさいな。とりあえずその両手で振り回してるカニをおろせ。」
「タラバガニ、毛ガニ、伊勢海老と思いきやザリガニ良し。本マグロ良し。あとなんかよく分からない魚良し。」
翔がリズムに乗りながら帽子を取り襟足をいじりながら数多の魚介系を机に並べていく。
「おい翔そのマグロ誰が捌くんだ?」
「あ?そんなもんビートを低く保てば誰だって捌けるさ。世の中はビートよ。ズンズン」
まるでDJをしてるかのように流れている音楽に合わせ左手でマグロのエラを握り右手でお腹部分をスクラッチしながら答えた。
「は?聞こえん!ってかうるさいし暗いわこの部屋」
慎二はあまりの部屋のうるささに椅子の上に置いてあった翔の携帯を取り音楽をジャズに変え暗かった部屋の電気をつけた。
「あぁやる気失せた・・・」
翔は完全に興味を無くしヘナヘナと座ると地面に横たわったマグロの口を開閉しながら駄々をこねた。
「どうせ元からやってないだろ。」
慎二が諦めたような声で諭した。
「つかあいつらまだ来ないのかよ。もう10時間以上遅刻だぞ。」
「翔も2時間遅刻だったけどな。」
「誤差だろ。」
翔の文句は当然だった。なぜなら5人で一緒に朝からパーティーの準備を行う予定だったからだ。
しかし蓋を開け時間通りに来たのは慎二と2時間遅刻の翔。そのため二人で肉や魚、フルーツなどの高級食材からお酒などの飲み物。それに部屋の飾りつけまで全てを行なっていたのである。
「その気持ち悪い魚なんだよ。」
慎二はずっと前から気になっていた本マグロの隣に放置されている体長1mぐらいの眼が大きく銀白色の体色で、腹部側には小さな棘のような鱗が多数並んで生えている気持ち悪い魚を指差した。
「あぁ?これ知らねーのか?深海魚だってさ。」
「名前は?」
「ん………ムケガシラ・・いやマキガシラ・・ホタルイカだ。」
「違うだろ。」
慎二は翔に魚を買い出しに行かせたのは失敗だったと思った。翔は女と酒と金と音楽以外全く興味を示さない。慎二はそのことを忘れていた。いや厳密には忘れていない。大人になるにつれて人は成長していく。現に馬鹿やってた学生生活とけじめをつけ慎二は社会人をやっている。だから翔も成長していると思ってた。がしかしどうやら彼の脳はずっと冷凍保存されてるらしい。何も変わっちゃいない。
「そんな名前も形も気持ち悪いの買ってくるなよ。」
「これがあることによって他がさらに見栄え良くなるってことよ。まっ吊り橋効果ってやつだな。」
「違うだろ。」
慎二はそっと松坂牛のシャトーブリアンを机に置いた。
「慎二っ!キャビアどこにある?」
翔はマグロから離れ円卓状にソファが並べてある席で仰向けに寝そべりながら聞いた。
「キャビア?ちょっと待てよ。確かトリュフと一緒に紙袋に入ってるぞ。」
神経衰弱をやってる感覚で慎二は絨毯の上に無数に置いてある袋をチェックしていく。
「ちょっと色んなもの買いすぎたな……」
『サンデフロマージュ』チーズに『ピアッティ』生ハム。『静岡県産』マスクメロンに『あまおう』イチゴ
見渡す限りの高級食材達を足で押しつぶさないように注意しながらキャビアを探し出した。
「これだ!あったあった。」
「ちょっと貸してくれ!」
「わかった。何に使うんだ?」
「味見だよ。賞味期限きれてちゃまずいからな。」
「んなアホな。ほらよ。全部食べるなよ?」
慎二は袋から一瓶のキャビアを取り出し翔に投げると再び高級肉の陳列の続きを始めた。
「おうサンキュー」
受け取った翔は瓶を開け中のキャビアを小指ですくい取り味見をした。
「うわっ何だこれ。しょっぱくてまずっ。やっぱ賞味期限きれてるなこれ。」
引きつった顔をしながら蓋を閉めそのままゴミ箱に投げ捨てると今度は「ロマ〜ネロマ〜ネ焼きたてのポップコーンはいかが?」
と自作の曲を歌いながら冷蔵庫に向かった。
「うわっこいつ生きてるぞ。おい翔!なんで肉の中に伊勢海老入れたんだよ。ちゃんと箱の中に入れとけよ。」
遠くから慎二が叫ぶも翔の歌で無残にもかき消された。
「さぁ愛しのロマネコンティちゃん。」
翔が勢いよくまるでオペラ指揮者の様に冷蔵庫を両手で開いた。
しかし中には目当てであるロマネコンティの姿は無く代わりに大量のビールとワインが見渡す限り冷やされていた。
「おっとここじゃない。確か下に入れたんだった。」
下を開けると中にはギッシリと詰まったロマネコンティがあった。
そこから取り出そうと手を当てた途端あまりの冷たさに驚嘆を上げた。
「うわ冷たっ!おい慎二ワインこれ全部凍ってるぞ。」
手に勢いを付けロマネコンティを2本取り出すと文句を言いに慎二の元に向かった。
「カッチカチだぞどうするこれ。」
「どうするこれって・・・だから下の野菜室に入れろって行ったじゃん。」
慎二は伊勢海老を持ちながら冷蔵庫の左下にある野菜室を指差した。
「いや下に入れたよ。」
「そこ冷凍庫だろ?確認しろって。300万もしたんだぞ!俺が何ヶ月働かないといけないことか・・・」
「ロマネコンティのシャンパンタワー作りたかったのにこれじゃあただのアイスタワーになっちまうな。」
「なんだ。ただのアイスタワーって」
翔は全く反省するそぶりを見せず逆に嬉しそうに2本のワインを持ち上げ慎二に押し付けた。
しかし慎二もそれを軽く後ろに下がってかわしつつ反撃で伊勢海老を翔の前に突き出した。そうやって交互にイチャイチャすること3往復。翔が遮った。
「そういやアイツらは今どこだ?」
「わかんない。ちょっと場所確認するわ。あっちょいこれ持っといて。」
慎二は右手に持った伊勢海老を翔の頭に乗っけて携帯を取り出した。
「ちょっお前頭はやめろってこれめちゃくちゃ大事な帽子なんだぞ。」
「ちょうるさいうるさい。」
「おい早く取れって。おい!」
「場所がわかったぞ。」
慎二は文句を言う翔を無視して登録してある友達の現在位置情報が分かるアプリ『ゼンリー』を開いた。
「どこだ?」
横から翔が覗き込んだ。
「裕介とメガネは車でこっち向かってるな。後5分ほどで着きそう。」
慎二は邪魔そうに翔の頭をどかし指で二人の現在地をなぞりながら言った。
「おけ。後中村は?」
「中村は…….おいまさかチャリで来てんのかこれ。」
「嘘だろっ!?ここまで700キロはあるぞ」
「そうみたい。この距離だと後30分だな。」
「全く何してんだどいつもこいつも。」
「お前が言うな。」
ピロロロロン、ピロロロロン
どこからか着信音が流れてきた。
慎二は自分の携帯から鳴っているのが分かっていたためそのまま放置した。翔はなんだなんだと着信源を探し慎二の手の中の携帯だと分かった途端手を伸ばした。
「出なくていんだよ!」
慎二がポケットに伸ばした翔の手をさっさと払って言った。
「何だ女か?出なくていいのか?何なら俺が出ようか?」
「あぁいいんだ。これ上司からだから。」
慎二は鬱陶しそうに携帯をマナーモードに変更すると何事もなかったかのように翔の頭から伊勢海老を引き剥がした。
「仕事なら余計出ないと駄目なんじゃないか?」
「もう辞めたからいんだよ。」
「そうか。なら出なくていいな。」
「俺が急に辞めてからずっとかけてくるんだ。」
「諦めの悪い男は嫌われるぜ。引くときはスマートに引き、押すときは情熱的に。あぁ愛しのマイエンジェル。」
翔はまだロマネコンティを両手に持ちながらぐるぐるとターンを決め丁度椅子の上に置いてあった黒ひげ一発に向かって片膝立ちをしプロポーズをした。