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やった!12億当たったよ!

リクルート姿に身を包みコンビニ袋を手にぶら下げている男が縦に長方形の重厚なドアの前に立っていた。

そのドアに奇妙なカニの形をした赤いチラシが一枚貼られている。


 そこには『あなたも一獲千金。カニで3ヶ月で3000万円稼ぎませんか?』と書かれ一面に大きな赤い船をバックに獰猛な男たちがこちらに向かってメンチを切っていた。


 下には小さく『仕事場所 ベーリング海』とあり必要な物には『顔付き履歴書、縁起の良い物、命』の3つが書かれている。


「どうせ死ぬならいっちょやってみるか。」


 無表情でそうボヤいた男はドアの鍵をガチャっと開け両手で押し外に出た。

そこは50階層に及ぶ高層ビルの屋上で、東京を一望できる場所であった。

周りにもいくつか同じ高さのビルが立ち並び部屋の明かりが付いている。

その光に向かって吸い寄せられるようにコツ。コツっと淵まで歩いていった。


 男はそこで止まり靴を脱ぐと両腕を上げて高笑いをした。

ビル風が衣服の中を駆け巡り気分を解放させる。

眼下に広がる明るい東京の街。照らされる小人。ミニカーのような車。

男はこの瞬間この世の全てを手にしたような気分になっていた。


「あぁーーー疲れたーー」


 いつまで経っても仕事が終わらない絶望に打ちひしがれ目の焦点も合っておらず放心状態に陥っていた男は突然我に返ったように笑うのを止めると深いため息と共にその場に座り足を空中に投げ出すと時計を確認した。


《7月11日(23:12)》


「…….もう11時か。」


『死にたい。』


 男は何度そう思いこの屋上から身を乗り出して唐揚げ弁当とカルピスを袋から出しただろうか。

たまに箸で掴み損ねた唐揚げが男が今いる50階の屋上から落ちたことがあった。


 そこで一緒になって飛んだら俺も唐揚げになれるだろうか。来世ではみんなに愛される唐揚げに生まれ変わりたい。いやその隣のちょっと嫌われてるレモンでもいい。最悪千切りキャベツでも。

とりあえずもう生きたくないと何度願ったことだろう。


 それもそのはず男は平日のほとんどをこの会社で働き、休日はピザ屋のバイトを掛け持ちして一日中ピザを近所に撒いていた。そのため22歳で大学を卒業して3年。月々の家賃に光熱費その他諸々の雑費に加え奨学金も返していかないといけない彼についた職場でのあだ名は『万年社畜』。ピザ屋でのあだ名は『働くマルゲリータ』。それぐらいがむしゃらに働いていた。


 そんなマルゲリータは手慣れた動作で袋から唐揚げ弁当とカルピスを取り出して横に置き、さらに底にあるだろうおしぼりを取り出そうとした。


「ん?」


鋭くカサカサする感触に驚いた男が手元を見ると明らかにおしぼりとは違う何かを持っていた。


「封筒?なんで?」


 中央には

「毎日頑張るあなたにプレゼント。ファミチキ以外を買った人対象7月11日まで!」と書かれており封筒の右下の端に花丸に囲まれた『大変よくできました』とスタンプが押されていた。そして裏面を確認すると小さく新井凛乃助と書かれていた。


「何だこれ・・・」

男は面食らったような表情をし、恐る恐る封筒を開いた。

「宝くじ……?」

中には宝くじが10枚入っていた。


「なんで?」


 増えるハテナを一旦頭から口に移すと深呼吸をして吐き出した。そしてレジ袋をひっくり返す。


「ってか箸とおしぼりないやん・・・」


 封筒はとりあえず置いといて先にご飯を食べるべく代案として右手をレジ袋に入れ左手で右手の手首に袋をピンと張ると遅い夕飯をインド人のように食べ出した。数分の間、咀嚼音とゴゴゴゴ、プーーーーーと鳴る車の静音だけが聞こえた。


 最後の唐揚げを食べようと掴んだ時後ろからドアが鈍い音を立てながらゆっくりと開いた。反射的に後ろを見るとそこには50歳前後のケーキを持ったおじさんがいた。


「社長!ハッピーバースディ!」

「落ちるってそんな勢いで来たら!」

男の悲鳴など関係なく勢い良く飛び出したおじさんは近くまで走ってきて困惑している男の顔面に向けてケーキを投げつけた。


「ちょっとなんですか!」

モロ顔面にクリームとスポンジがへばりついた男が叫んだ。


「社長!誕生日おめでとうです!」


 おじさんはポケットからクラッカーを取り出しケーキまみれの顔に向かってパンっと放った。


「俺は社長じゃない!」


 男は立ち上がって顔に垂れ下がったクラッカーの紙を退かしケーキの残骸を手で取るとおじさんの服の袖を取り顔を拭いた。


「またまた!お次は花火です!」


 そう言うとポケットから取り出した2本の手持ち花火に火を付けキャンプファイアーの如く回し始めた。


「ちょ何してんの。マジでじじい!おい落ち着け。」


 男は花火が終わり尚もまだ何かやろうとポケットをあさくるおじさんの手を止めた。


「もういいですって。自分ここの社長じゃないですから。」

「そうなんですか?だって靴脱いでるじゃないですか。」

「え?」

「いつもここの屋上で靴脱いでヨガしてる社長が今日誕生日だから祝ってこいって。」

「誰がです?」

「社長じゃないなら君はこんなとこで何してるの?」

おじさんは男の質問に逆に質問した。


「夜ご飯の途中です。」

「ビルの屋上で?」

「はい。」

「殆どの従業員はとっくに帰ってるみたいだけど仕事はうまくいってる?」

「いえ。僕のせいで不具合が出てしまって今日も会社に泊まり込みです。」

「そうか。あまり無茶しちゃいかんよ。」

「はい。そうですね。」


 たわいも無い会話が一旦終わり場に静寂が訪れた。

男はこのおじさんと目があうたびに心の中を全て見透かされる気がしていた。それもそのはずこんな時間にこんな場所に社長が居るはずない。それに居たとしても一人だけが祝いに来るはずない。なぜっという疑問が彼の頭を支配した。


「すみません。なぜここに?」

「なぜって・・・祝いだよ。パーティーだ!」


 おじさんは即答するも慎二の顔色を伺い顎に手をやって何かを考えた。


「この答えだとあまり納得してないようだね。」

「はい。」

「とりあえずこのバランスボールに座って私の身の上話を聞きたまえ。」

「いやボールはいいです。」


おじさんは壁に設置してあった銀色のバランスボールを手に取り嫌がる男の方に転がした。


「私はここで30年ほど前から掃除の仕事をしている。最初からこんなビルではなかった。ほんと一階建ての小さな家から始まった。私はそこで一人の同僚と一緒に仕事を任せられていた。床に壁。窓の隙間など細部の至る所まで二人で掃除をしてた。

 そんなある日、事業がうまく行き人が増え家を改築することになった。一軒家の古家は3階建のお洒落なガラス張りのビルに変貌した。しかしやることは変わらない。二人で一緒に変わらず掃除をした。」


 おじさんはここまで一気に喋ると一息つきポケットからタバコを取り出して火をつけた。


「それからだった。私と彼との間に決定的差が生まれてきた。それがなんだかわかりますか?」

「いえわかりません。」

「なんでもかんでも諦めるな。ヒントはガラス張りのビルだ。」

「を掃除すること?」

「正解だ。」


 男はほとんど自分で言ったじゃないかと思ったが水を差さず話を続けてもらった。


「私は高所恐怖症だったのだ。3階までの高さになると足が動かなくなり体が震えだす。だから外のガラスを磨く仕事が全くできなかった。一方で私の同僚はそれをものともしない。むしろ自ら進んで拭きに行ってた。後から聞いた話では彼は高所が病みつきになって休みの日には毎回バンジージャンプをしてたみたいだ。会社が10階20回階と改築を重ねていく中で彼はどんどん上の階の掃除を任されていった。その分部下もでき彼は宇宙の掃除屋と呼ばれるようになった。」


「ダサすぎません?」

「ふふ。私もそう思うが等の本人はそれを喜んでおった。ちなみに私のあだ名はガブリチュウだ。」

「なんでですか?」

「仕事中小腹が空いた時に毎回食べていたからそうなった。」

「なぜ毎回?」

「セブンイレブンに売ってるぞ。」


「いやそれは聞いてません。」


「話を戻すがこの会社が50階。今と同じ大きさになった時その同僚は天国を見つけ行ってしまった。」

おじさんは懐かしそうに上を見上げタバコの火をはいた。


「死んでしまったのですか?」

男は遠慮がちに恐る恐る聞いた。


「いや今はアルコールランプのガラスを作っている。どうやら彼はガラスが好きだったらしく職場でよく『ヘブン』と叫んでいるらしい。」


 おじさんは話が終わったぞと眉を動かし男にアイコンタクトを送った。


「・・・結局なんの話なんですか?」

「君にわからんことがわしにわかるわけないだろ。」

「は?」

「ただ単にわしの愚痴を聞いてもらいたかっただけじゃ。」

「はぁそうですか・・・あのぉ」

「ちょっと待てお主の愚痴は話さんでも良い。わしはスッキリしたかっただけじゃからな。スッキリしたしなんかいいこと起きんかのぉ〜。」


『そういえば…..』

 突如思い出した様にずっと手に持っていた唐揚げを容器に戻すと、急いで携帯で宝くじ当選番号を調べ封筒に入ってた謎のコンビニ景品宝くじ10枚をレジ袋から取り出した。


「なんじゃお主宝くじ買っておるのか。」

「いやもらっただけです。」

「そうか。意外にそういうのが当たるのじゃよ。」


 ガハハと気分良く笑うおじさんの前でそれらを照らし合わせていく。


「あぁまず下一桁が当たらんない・・・」

そんな上手い話などなく、全く数字が一致してないことに諦めかけた最後の一枚。


「おっ一桁当たってる。」


 一行でも当たりは当たり。男は少し嬉しくなってニヤケた。そして下一桁の当たりから順番に数字を遡り合わせていく。


「え??嘘だろ?え?」

徐々に数字を合わせていったら1等と全く同じ番号だった。


「ん?え?んんんんん?」

『ありえないでしょ……』何遍もそう思い穴が空いてしまうぐらいガン見して確認しても1等と同じ番号だった。


「うわーーーまじか宝くじ当たった!!!!!うおおおおおおおお!!!」

 その場に立ち上がると彼は咆哮し乗ってたバランスボールを力一杯壁に向かって蹴り上げた。


「うぐっ」


 そのボールは壁に跳ね返えるとモロおじさんに直撃し威力を弱めた。


「しゃああああああああ!」

 空に向かって叫ぶ男の目にはいつもの曇り空ではなく、くっきりとしたオリオン座が見えた。初めて携帯を買ってもらった時のような実感が湧かないけどこれから何かが変わる。何かができる。何でもできる。無敵だ。そんな全能感が男を包んだ。


ピロロロロン、ピロロロロン♪

突如ポケットから電話が鳴り響く。

ハッとしたようにゴソゴソと携帯を取り出すと間髪入れずに通話にでた。


「もしもし。」

「もしもし慎二?」

「よぉメガネ久しぶりだな。どうした?」

「偉いご機嫌だな。」

「あぁそう?」

「なんかいいことでもあったのか?」

「いやまぁね。」

「そっか。来月のお盆に東京でいつものメンツでパーティーしようと思うんだけど慎二空いてる?」

「空いてる!もういつでも空いてる!今すぐやろう!」

「はは気が早いって。」

「パーティー資金は俺が出すから。」

「え?本当?どうしたの?」

「俺宝くじ当たったんだ。」

「え?何円?」

「一等12億」

「えっ凄いな。大金持ちじゃないか。」

「うん。だからパーティー資金出すよ!」

「えっほんと?最上級ホテルのVIPルームでやろうと思うんだけど。」

「いいよいいよ!俺は今12億だからな。」

「それはありがたい!じゃあその日は弾けよう!」

「おう!」

「じゃあまた後日改めて。」

「おう」


 上機嫌のまま電話を切った慎二はルンルンで最後の唐揚げを頬張ると、横に寝ているおじさんを跨いで来た道を戻っていった。


「天国に行くにはまだ早いぞ。青年。」


 そしておじさんはよっこらっしょっと重い腰をあげその後ろ姿を微笑ましそうに眺めていた。

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